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此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第三章 伸ばした掌が掴むもの
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   22話


 反董卓連合結成から、時を遡る事、三日。

圭森は楽進・甘寧と共に洛陽へと入っていた。


会議直後に行動を開始した割りに洛陽に入るまでに時間を要したのは連合軍が洛陽までに辿る進路上の要所の下調べをしていた為。

元々、漢王朝領内の拠点や要所の情報は集めており把握してはいるが、そのままとは限らない。

何しろ、相手は賈駆なのだから。

董卓を優先するあまり能力を発揮出来ず残念軍師の色物キャラになってはいたが、才器は本物だ。

だからこそ、圭森は賈駆を甘くは見ていない。

事実、下見をしなければ上手く嵌められていた、と同行する二人と伝令役の部下一人は思った。

賈文和、本人の知らない所で評価を上げる。


──とまあ、そんな事が有った為、日数を要したが三人は無事に洛陽に入る事が出来た。

現在、洛陽に入る事は非常に困難だと言える。

董卓軍に加え、旧劉協派の兵士達が居るからだ。

だが、入ってしまえば怪しまれる事は無い。

勿論、服装等は変えなくてはならないが。

隠密行動が得意な圭森達にとっては容易い事。

その為、堂々と洛陽の通りを歩いていたりする。



「……奇妙な感じですね」


「ああ、まるで他人事の様だな…」



普段通りに賑わう洛陽の街並み。

とても皇帝の崩御から混乱する中心地とは思えない“見慣れた”光景が其処には広がっている。

雑踏に飛び交う喧騒に耳を傾ければ、董卓や袁紹の名が彼方此方から聞こえてくる。

しかし、それを深刻に受け止めている者は居ない。

自分達の生活さえ脅かされなければ、政治の事など知った事ではない。

そういう声が聞こえてきそうな雰囲気だ。


立場上、苛立ちが無い訳ではない。

しかし、理解出来る事でもある。

それだけに複雑な心境に為らざるを得ない。



「我が身に降り掛からぬ災厄に疎いのは誰でもです

実際に経験しなくては理解出来無い苦痛であるなら経験して貰うだけですよ」



そう言って暢気な洛陽の民を圭森は切り捨てる。

その言葉だけを切り取れば、非情で無慈悲な様にも聞こえる事だろう。

だが、共に居る二人は納得する様に同意して頷く。


これが賊徒の脅威に晒されているのなら、圭森達は民の反応等は気にもしない。

治安を、秩序を乱す害悪を排除する事は、統治者の当然の義務なのだから。

だが、今回の状況は違う。

洛陽の民は自ら選ばなくてはならない。

本当の董卓を信じて共に戦うのか。

或いは、噂を信じて董卓を悪として戦うのか。

そして、その何方等も選ばないのなら、起きる事の全てを受け入れなくてはない選択をしている事を、民は知らなくてはならない。

“何も選ばない”事も選択であるのだと。

その結末が如何なる物であろうとも。

自らが“選らんだ”事であるのだと。


洛陽まで到達した連合軍。

その中で、袁紹軍を始めとする一部の暴挙。

それが起こる可能性を知りながら圭森は放置する。

助けを求めるなら、助けない訳ではない。

しかし、現状の洛陽の民に助ける価値は無い。

洛陽一つの民が死に尽くしても影響は無い。

皇帝が居るから洛陽は価値が有る。

では、皇帝の居ない洛陽は何なのか?。

そう、只の“栄華の名残り”でしかない。

生命は死の下に等しいだろう。

しかし、その価値は千差万別であり、価値に絶対は存在し得ない事だと言える。

故に、圭森は洛陽の民に自ら手を差し伸べはせず、各々の選択に委ねている。


日が地平の彼方へと沈み、燃える様に染まった空が灯を落とした様に暗く姿を変えた中。

皇帝が不在となり、脱け殻も同然の宮中を進む。

警備は必要最小限だが、可笑しな事ではない。

はっきりと言ってしまえば、董卓を暗殺する理由は諸侯達には全く無いのだから。

董卓は生け贄であり、公に討たれなくては無意味。

だからこそ、諸侯は連合を組もうと動いているし、賈駆も董卓軍の主戦力は前線に出している。

もし、これが暗殺も有りなら賈駆は洛陽籠城一択で指揮を執っている事だろう。

そうではないから、圭森達は容易く入り込める。

一番警戒すべき呂布が居ない事も一因ではある。

但し、圭森が仕掛けた訳ではない。

偶々、そういう指揮を賈駆が執っただけ。


刺客自体が有り得ない状況だから董卓も無防備。

圭森が部屋に入っても気付かず、窓辺に置いている椅子に座ったままで物憂げに夜空を見上げ続ける。



「──籠の中の鳥も嘴を使って逃げ出しますよ」


「────っ!?」



突然話し掛けられた董卓は座っていた椅子を後ろに倒しそうな勢いで振り向いて立ち上がった。

董卓が自分を視界に収めた所で、圭森は執事の様に恭しく丁寧に一礼して見せる。

その行動には警戒心を解く、緩める意図は無い。

寧ろ、警戒を強めてくれる方が圭森としては歓迎。


そんな董卓は怪しい人物が部屋に知らぬ間に居るが自身に抵抗する術が無い事を理解している。

それに加えて、意図が読めなかった。

暗殺するなら出来ていた以上、自分を殺害する様な意図は無いのだろうとは思っている。

しかし、こうして自分に接触する理由が解らない。



「……一体、何方でしょうか?」


「初めまして、董仲潁殿

私は圭回朋、曹孟徳様に御仕えしております」


「──っ!」



圭森の名乗りにも驚いたが、それ以上に口から出た名前に董卓は目を見開いた。

賈駆の話では袁紹の呼び掛けに応じたという諸侯の中には曹操の名前も確かに有った筈。

それなのに曹操に仕える人物が自分の前に居る。

その意図が解らない董卓は戸惑うしか無かった。


それでも、今の自分に出来る事が無いのだと。

それが解れば焦りや戸惑いは確実に薄れる。



「……私に何か御用でしょうか?」


「単刀直入に申し上げます

貴女の御命を御預け頂けますか?」


「──っ……随分と大胆な御話ですね…

ですが、それに私が応じる理由が有りません

応じて私が得る利は有りますか?」



流石と言うべきなのだろう。

王の才器は無いが、当主・領主としては原作内でも五指に入ると言える人格者であり聡明さの董卓。

簡単に保身に走る真似はしない。

並みの人物であれば、自分達が袁紹に嵌められたと訴えて助けを求めるだろう場面。

だが、董卓は現状でさえ自身の責任だと理解して、受け入れており、言い訳をする気は無かった。

その上で、毅然とした態度で圭森と対峙する。

圭森ではなく曹操が相手だったとしても同様。

相手の立場や能力等で態度を変えはしない。


そんな董卓を見て圭森は胸中で素直に感嘆する。

原作は史実・演義の流れに沿う為に有り得ないが、もしも董卓を主君として群雄割拠に臨む展開(シナリオ)が有るとしたならば、曹操と天下を争うのは彼女だ。

そう圭森に確信させる程の才器。

はっきり言って劉備等足下にも及ばない。

そう言い切れる程に董卓は優れている。

現状とて、結局は不運としか言えない。

何かが違えば董卓と袁紹の立場は真逆だった筈だ。


しかし、何れも“たられば”の話でしかない。

それが虚しいだけの事だと理解出来る董卓。

だからこそ、生け贄として消え去るには惜しい。



「そうですね…では、貴女の名誉の回復を…

そして、可能な限り董卓軍の臣兵を生け捕りにして貴女を含め、孟徳様が身請け致しましょう」


「──っ!!」



圭森の言葉に──前者は兎も角、後者に董卓の心は大きく揺さ振られてしまう。

ある意味、前者は序での様な物。

皆が自分の助命・存命を望んでくれているから今も戦場に身を置いていると知っている。

それでも、何も出来無い自分が歯痒かった。

逆に言えば、皆が助かるなら自分の命を差し出す。

その覚悟は疾うに出来ている。

ただ、その交渉が出来る相手が居ないだけ。

その相手が今、目の前に居る。

揺れない訳が無かった。



「……それを、どう遣って保証して下さいます?」


「……では、此方等では如何でしょうか?」


「…………っ!?、そ──っ!?」


「御静かに、御願い致します」



反射的に声を上げ掛けた董卓の口を、即座に右手で塞いで黙らせた圭森。

勿論、最低限の備えはしているが、念の為だ。

そして、忠告し、董卓が頷いた事で左手を離す。


董卓は、先程の圭森が右手に取り出して見せてきた物証に困惑してしまう。

それは“皇帝の玉璽”に間違い無いだろう。

何故、“行方不明”の筈の物を彼が所持するのか。

気になる事は幾らても思い浮かんでくる。

しかし、董卓は深呼吸すると共に全てを破棄する。



「…判りました、この命、御預け致します」



皆の為に自分に出来る事が有るのならば。

董卓は、それに懸けてみようと決意した。


圭森は董卓に断り、氣を使い気絶させる。

用意していた麻袋へと董卓を入れると楽進・甘寧に任せて本隊まで運んで貰う。

運送先が許昌ではないのは、まだ董卓には最終盤で遣って貰う仕事が有る為だったりする。


二人と別れた圭森は城内を移動する。

董卓軍の主だった者達は連合軍と対峙する為に各々担当する要所へと赴いている。

だが、一人だけ、此処に留まっている。



「────動くな」


「──っ!?」



机に向かい、幾つもの書物や地図・図面を広げて、生き抜く為、守り抜く為に己が智謀を限界を超えて絞り出そうとしている賈駆。

その背後を取り、右手で口を塞ぎ、左手で首筋へと短剣の刃を突き付ける。

尚、その短剣は董卓が護身用に持っていた物だが、いきなりな状況に賈駆は気付いてはいない。



「そのまま黙って聞け…

貴様等の主である董卓の身柄は預かった」


「──っ!!??」



反射的に動いてしまいそうに、叫びそうになるが、軍師としての本能なのか、賈駆はギリギリで堪え、顔すら見えない侵入者に対して胸中で罵倒する。

同時に、自分の甘さを痛感させられ、悔やむ。

暗殺は有り得ないが、拉致する可能性は有った。

有った筈なのに──気付けなかった。

そんな自分の未熟さが赦せなかった。


だが、既に手遅れな以上、無駄な真似はしない。

賈駆は身体の力を抜き、椅子の背凭れに身を預けて侵入者に抵抗の意志が無い事を示す。

どの道、董卓と同様に賈駆にも侵入者──暗殺者に抗う術は無いのだから。



「理解が早くて助かる…

此方等の要求は大きく言って三つだ

先ず、董卓を殺されたくなければ諸侯軍と戦え

だが、勝つ必要は無い

撤退・投降の判断は貴様達に任せる」



その要求は賈駆の想定内だと言えた。

こう為らずとも、そうするしかないのだから。

ただ、撤退・投降を許すという点は引っ掛かる。

引っ掛かるが、悪い条件ではない。

だから、ゆっくりと賈駆は頷いて了承を示す。



「次に、袁紹軍に呂布を単騎で当てろ

但し、非殺を厳命した上でだ

袁紹や将師を討ち取る必要は無い

飽く迄も被害を出せば撤退して構わない

死者ではなく、負傷者を多数抱える事の意味は…

まあ、貴様ならば言う必要は無いな」



何気に自身の才器を認められている事に不謹慎だが賈駆は嬉しくなってしまう。

それを誤魔化す様に言われた事を考え──納得。

袁紹に被害を与えたい人物という事から黒幕を絞り込もうとするが──気付いた。

自分達も含め、袁紹に恨みを持つ者は多い。

単純な政敵だけではないだろう。

だが、もしそうだとするなら、董卓は害されないで解放される可能性は有る。

都合の良い期待(かんがえ)だが、そうだと思いたい。



「最後に洛陽での戦闘まで持ち込み、撃って出ろ

大勢が決した後は無駄な事はせずに投降しろ

投降先は貴様等

の意思に任せる

その上で、“董卓は拉致され、自分達は脅されて、戦うしかなかった”事を説明しろ

内容は貴様に任せるが…

董卓と無事に再会したいのなら余計な事は言うな

だが、黒幕が居る事は明確に伝えろ、判ったか?」



意図が理解出来無い要求だと言える。

しかし、正直な話、否と返す理由も無かった。

可能不可能で言えば十分可能な条件。

更には自分達に死ねとも、袁紹や諸侯を倒せ・殺せという訳でもない。

自分達が遣ろうとしていた事と大差無い以上意地を張って拒否する意味は無い。


賈駆は最後に頷き──ゆっくりと意識を落とす。

そうして、全ては闇夜の中へと消え去る。




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