表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
此の掌に貴方を。  作者: 桜惡夢
第一章  血と泥に塗れど芽吹く
13/100

   13話


 ──変わらない日常。

それは何の変哲も無いと。

退屈で刺激が欲しいと。

そう思える程に、他愛無い平穏な日々が続く事。

故に、一度それが崩れれば“変わらない日常”と言う事は出来無いだろう。


そして、一度変わったなら再び日常を取り戻しても、それは何処か違っていて、違和感を感じる事だろう。

それは仕方の無い事。

どうしようも無い事でありどうにも出来無い事。

何故なら、変わった時点で二度と同じには戻らない。

戻れはしない。

それが、日常という物だ。


孫権の暗殺未遂が起こり、侍従である圭森が負傷。

城内では箝口令が敷かれ、外に情報が漏洩しない様に徹底されていた。

しかし、小さな変化であれ日常が崩れていると人々は違和感を持ち、気付く。

孫権の様子・圭森の不在、日常なら偶々と思える事が小骨が喉に刺さった様に。

不快な感覚を懐く。

“隠そうとするから”と、言う事も出来るだろう。

ただ、大体は気付かない為結果的には露見してしまう場合が多かったりするのは言うまでもない事だ。


──とは言え、その場合は“長引けば”という条件が付け足された上での話。

短期間であれば、違和感は“気のせい”に変える事が可能なのだから。



「──といった状況です」


「そうですか…」



薄暗い中、閉ざされた窓の隙間から射し込む陽光。

それを境界線とする様に、向き合った者達が居る。

静かに呟いたのは女性。

話し掛けていた相手の他に四人の人影が有った。


城内ではなく、街の一角。

民家が建ち並ぶ中に紛れる様に存在する一軒家。

外観も内装も一般的な家庭その物だと言える。

あまりにも普通過ぎる、と気付く事が出来無ければ、疑問にも思わないだろう。


その一軒家は近衛衆の使う拠点だったりする。

木を隠すなら森の中。

人を隠すなら群衆の中。

家を隠すなら街の中。

近衛衆の“もう一つの顔”──それが諜報部隊。

民衆の中に紛れている事で普通では耳に届かない話を聞く事が出来る。

そういった噂程度の情報が時として重要になる。


その為、普段の孫権護衛は多くても五人程である。

残りは情報収集の為に街に散っている事が大半。

時には、別の街や村邑にも出向く事も有ったりする。

それだけに大変な職務だ。


そんな近衛衆の組織構成は判り易い三層構造。

“衆長”一名を頂点とし、その下に“部隊長”十名、末端に“部隊員”となる。

但し、これは孫家の話。

孫権に付いている近衛衆は一部隊のみである。

半軟禁状態であるが故に、また孫家の主力が分断され各地に散っているが故に。

現状と為っている。

因みに、孫策の元には当然衆長が居り、二部隊が付き従っていたりする。


今、報告を受けているのは孫権付きの部隊長。

民や街の様子、孫権周辺の様子、念の為に出していた街周辺への偵察隊の報告。

それらを纏め、次の指示を出す為に思考する。




 静寂の広がる世界。

自らの呼吸が泡となって、上昇してゆく水中の様に。

限り無く雑音が排除された生命(鼓動)を強く感じ取る事が出来る世界。


淡い、淡い、しかし、蒼。

透き通る程に澄みながら、全てを呑み込む様に深く。

相反しながらも重なり合いグラデーションを成す。

濃淡の蒼い世界。

絶景としか呼べない世界。


しかし、それ故に現実感は全くと言って無かった。

これが夢想である事を。

夢の中で夢から覚める時と同じ様な感覚で。

理解する事が出来る。


四肢に感覚は無い。

いや、四肢が有るのかすら曖昧な程に、不鮮明。

けれど、意識は有る。

まるで意識だけが抜け出し漂っている様な。

そんな感じだろうか。

自我は存在している。

だから困ってしまう。


ふと思ったのは幽体離脱は魂が肉体から抜け出るが、その際に五感は伴うのか。

いや、大体は五感が有ると表現されているのだけど。

抑、五感は肉体が有るから得られる神経情報であり、魂に直結する感覚ではないのだから肉体を離れたなら感覚は失われる気がする。

だから、そういう意味では今の自分の意識だけの感覚というのは、ある意味では正しいのかもしれない。

尤も、それを立証する事は不可能なのだが。


そんな事を考えているのは意識が状況を認識しようと思考し、辿り着いた答えが“死後の世界”だった為。

根拠も確証も無い。

ただ一番納得し易いのが、そうだというだけの話。

深い理由は無い。


まあ、一度死んだような物だったからなのか。

妙に落ち着いているから、何でもいいのだけど。

取り敢えず、何かしら判り易い答えが有るという事で人間は安心出来る。

例え其処に、正否や真実は無かったとしてもだ。


気になる事が有るとすれば彼女──仲謀の無事だ。

既に記憶を手繰り、自分が直面していた事態に関して思い出している。

あの状況下では今の自分に出来る最善を尽くした。

結果として自己犠牲による一番遣りたくはない方法で彼女を守った訳だが。

彼女を守り切れたのなら。

良しとするべきだろう。

…彼女には恨まれてしまうかもしれないが。

最後に駆け付けてきたのは味方──話に聞く近衛衆の面々だったのだと思う。

何にしても彼女が無事なら俺とすれば上出来だ。


──で、当の俺は死亡。

恐らく、あの時受けた矢は毒が塗られていた。

それが自分の死因だろう。

つまりは、それだけ仲謀を確実に抹殺したかった事が窺い知れる訳だ。

彼女は生真面目だから敵は少なくなさそうだが曹操に比べれば、悪目立ちしてはいなかったと思うが。

まあ、孫家自体への怨恨は自分には判らない事だから断言は出来無いが。


そんな事を考えていると、緩やかに眠気を感じる。

倦怠感を覚え、解ける様に意識が薄れてゆく。

再び生まれ変わるのなら、自我は消えるだろう。


自分に別れを告げながら、俺は意識を手離した。




──という記憶を未来永劫忘れ去ってしまいたいと。

そう思ったのは目覚めて、まだ自分が生きている事を認識した直後だった。

いや、誰にも知られてない事だから大丈夫だけど。

自分の中では致命傷だったらしくて恥ずかしい。

恥ずかし過ぎまする。



「良かった…本当に貴男が無事で良かったわ…」



そう、俺を抱き締めながら涙を滲ませるのは仲謀。

逆の立場だとしたら、俺も同じ様にしているだろう。

だから何も言えない。

言えないけど──痛い。

毒に関しては解毒薬が効き大丈夫っぽいけど。

矢が刺さった所は今も傷が塞がっていません。

そして、貫通こそしてないけど深く刺さった訳で。

ええ、痛いんです。

でも、気持ち良いんです。

仲謀、凄く柔らかくて。

だから複雑なんです。

痛気持ち良いって。

…変な扉を幻視しない内にどうにかしなくては。



「孫権様、御心配された分嬉しい事は判ります

ですが、圭森殿の御傷にも障ると思いますので…」


「──っ…そ、そうだな

回朋、済まなかった」


「いや、大丈夫だ

心配してくれて、有難う」



看病してくれていただろう侍女の一言で我に返ると、仲謀は身体を離した。

その瞬間、離れて行く事で薄れる温もりに切なくなり未練を感じてしまうのは、男としての性だろうか。


仲謀が寝台の側に置かれた椅子に座ったのを見計らい侍女は退室していった。

察するのが超一流と言うが出来過ぎると困る。

いや、確かに助かったし、残念だけど、困ってたのも事実だったからな。

ただ、聞かせられない話が有るのを察するのは良いが退室が早過ぎますから。


二人きりにされると何とも言えない空気に為る。

互いに話すべき事は一応は判っているのだけど。

上手く切り出せない。

──が、黙っていても埒が開かないので俺から動く。



「あの時、駆け付けたのは近衛衆の?」


「え、ええ、そうよ

貴男の治療も含め、一件の事後処理は全てね」


「そうか…礼を言いたい所なんだけど近衛衆の性質上会うのは難しいか…」


「そうね…私の方からでも良いなら伝えるわよ?」


「そうだな………そうだ

それなら手紙を頼めるか?

念の為に名前は入れずに、具体的な話は避ける内容で書こうと思うんだけど…」


「成る程…それなら大丈夫でしょうね

ええ、判ったわ

書けたら渡して頂戴」


「ああ、宜しく頼む」





出汁にして申し訳無いが、近衛衆の人のお陰も有って場の空気が変わった。

別に嫌ではなかったんだが妙にムズ痒い感じがして、落ち着かなかったから。



「一応、確認も含めてだが──怪我は無かったか?」


「ええ、貴男のお陰よ」


「…犠牲者は?」


「襲って来た刺客だけよ

現場周辺の住民達は一様に眠らされていただけよ

建物等にも被害は無いわ」


「そうか…良かった…」



あの状況から考えると周辺住民達が犠牲に為っていた可能性も有った。

だから犠牲者が居なかったという事に安堵する。


戦争時の兵の犠牲と違い、平時の、それも権力闘争の策謀に巻き込まれた犠牲は手向ける言葉も出ない。

それ程に理不尽な事だ。

だから、今回の件で住民に被害が無くて良かった。


一息吐き、切り替える。

ある意味では、此処からが本番だとも言える。



「…今回の概要、何処まで訊いてもいいんだ?」


「現時点で判っている事は貴男になら話せるわ

勿論、他言は無用よ?」


「ああ、判ってる」



俺に対して確認を取ると、仲謀は一つ息を吐く。

覚悟云々という事ではなく気持ちの整理の為に。



「貴男なら察しているとは思うけど、あの時私達から近衛衆は陽動によって引き離されていたわ

事態を把握してからでは、間に合わない様にね

それだけ今回は用意周到に準備されていた暗殺だったという事よ」


「此方は全部倒したけど…

その陽動の方は?」


「捕らえていた者は居たわ

…けど、自害されたわ

お陰で情報は少ないわ…」


「…それって自害する程に高い忠誠心を持ってるって事で良いのか?」


「…正直、微妙な所ね

可能性としては無いと言い切る事は出来無いわ

ただ、忠誠心ではなくて、矜持や自尊心によるという可能性も有ると思うわ」


「職人魂みたいな物か…」


「普通の職人達が聞いたら迷惑に思うでしょうけど、まあ、そんな感じね」



本当に嫌がるだろうな。

ただ、“プロとして…”の精神で自害したのなら実に厄介な敵だろう。

追加(次)が無い事を祈る。




 回朋が目覚めた事を聞き仕事を放り出して、直ぐに彼の部屋へと向かった。

寝台で身体を起こしていた彼を見た瞬間に、私は何も考えずに抱き締めていた。

既に流した筈の涙が。

自然と滲み出て来る程に。

彼の目覚めを喜んだ。


看病を務めていた侍女から声が掛けられなかったら、私は何時まで彼を抱き締め続けていたのか。

それすら判らない位に。

私は心のままに動いていたという事なのでしょう。

気恥ずかしさと共に彼から離れて椅子に座ると侍女は気を利かせたつもりなのか早々に退室した。

先程の恥ずかしさも有って微妙な空気の中、彼の方が先に口を開いた。


其処からは問題は無い。

一度意識が切り替わったら会話というのは流水の如く自然と出来るもの。

まあ、今の彼の様に気心の知れた相手とだから、と。

一言付くのだけど。



(それにしても…真っ先に確かめるのが私や近衛衆・住民達の安否って…

もう少し自分の身体の事を心配しなさいよっ!)



口には出せない愚痴。

けれど、そう思いながらも嬉しくなってしまう。


自分の事は勿論だけれど、それと同じ位に、彼が皆の事を心配してくれる事が、本当に嬉しいと思う。

何故なら、彼にとって今の状況は彼の有るべき場所かどうか判らないのだから。

そして、僅か一ヶ月程しか経っていないのだから。

普通は、難しい。

領主の様な立場であれば、まだ考えられるのだが。

彼は私の侍従という立場。

其処までの責任は無いし、意識を持つ必要も無い。


だから、せめて私と自分。

二人の事位が普通。

それが自分を抜き、自分の周囲の者達の事を思う。

意識的ではなく、自然に。

これを美徳と言わずして、何と言うべきか。

そう言える程に。

彼の優しさが嬉しい。

嫉妬してしまう程に。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ