表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

5:The lethality

 ―――― 新暦3006年 第11つき6日 昼 第七研究所管区 ノースブリック


 今回の軍事課警備部門主幹の作戦の目標は、ノースブリックに蔓延る違法電子ドラッグ(通称:ラビットアイ)、その取引団体の摘発だった。先日、夜間巡回をしていたボットが捕縛した、とあるドラッグ使用者を“拷問部門”が“丁重に”事情聴取した結果、今回の取引が判明したらしい。

 そんな作戦に研究課から人員を出すことになったのは、作戦補助という名目もあるが、主目的は戦闘専門機でも警備種分類であるGD型最新機、GDM-2012型の正規運用開始に伴う実地データ収集だ。

 ノースブリック内で比較的高く、広域を見渡せる建物、そのレンガでできた半円形屋根の上で俺は観測機器の操作をしていた。雨も降り、風が強く、白衣がバタバタと激しくはためく。SciFiとその拡張端末として持参したパーソナルパッド(PPd)は現在の風速を18ノットと表示していた。PPdの方ではそれに加え、現在稼働中の小型観測UAV、全10機の観測データの詳細をモニタリングしている。それぞれに目を配っていると、そのうちの1機からの通信が唐突に途絶した。そこから数機立て続け、信号が消える。周囲にホログラムモニターを追加展開し、“作戦内容”を、そして“現状”を確認した。

「ストック1よりアルファリーダー、予定より敵アンドロイドの数が増えている。人員の追加投入を具申いたします、どうぞ」

 俺はインカムに向かって一応言葉を放る。だが、返ってきたのは予想通り、アルファリーダーからの剣呑な声だった。

『アルファリーダーよりストック1、貴殿の提案は却下する。……っつーか、それができたら苦労しないっつーの。軍事課ん中でも警備部門(うち)は予算配分が厳しーって言ってんじゃん。経費節約。とりあえず今のまんま作戦継続で。お前は新型の観測を引き続き頼むぜ』

「了解。経費節約の精神で新型機は無駄にしないでくれよ。あと、そいつらはあくまで警備用だ。あまり酷使してくれるな」

『分かってら。見た感じ、一応は鎮圧できそうだ。念のためサポートもよろしくな、セベロ。終わったら飯奢るからよ!通信終わり!』

「飯の話をこんなところでするなっての……」

 最後は通信に乗せずにぼやく。

 アルファリーダーこと、軍事課刑軍部門所属サザ=チェザーレ三級技師とは、研究員育成機関である学術院からの仲で、一言で言えば、勝手知ったる仲と言ったところか。思いっきりが良いせいで、時々暴走しがちなこともあるがなかなか愉快な奴だ。

「さて……」

 どうしたものか。

 現在手持ちの観測UAVは6台。他に別ポイントで観測にあたっているQEM-2014に補助として割り当てているのが4台。計10台が稼働し、新型機3機の稼働を見守っている。作戦における研究員たる俺の役割は、あくまでその新型機の動作観測。とは言え、現在、ホログラムマップ上では研究所側が劣勢に立たされている状況が見て取れた。

 PPdやホログラムから目を離し、捕り物が行われているであろう方面に目を凝らすが、雨がその視界を遮った。雨音に混じり、怒号やら悲鳴やらが聞こえる。アンドロイドやARMの駆動音も耳に入るが、流石にその型や種類を特定するまでには至らなかった。一般市民に危害が及んでいないことを祈るばかりだ。

『アルファ3より各員へ!!』

 切羽詰まった通信が耳に響く。

『生体4、機体10を捕縛・無力化しました!現在2機と交戦中。取り逃がした1機がポイント3方面に向かっています!当該機は倫理機構が外れている模様、各自警戒されたし!!!』

『アルファリーダーより各員へ通達、B級戦術兵装の使用を許可!ぶっ潰せ!ストック1はポイント3から即刻離脱せよ!』

 サザの怒号とノイズが耳に響く。

 倫理機構は機械全般のストッパーのようなもので、人に危害を加えるような命令が発生した場合に全機能を強制停止ないし強制自壊させるためのシステムである。戦後製造された機器すべてに搭載が義務付けられているシステムだが、戦前機器や違法改造機器に関しては、これが外れていることがある。こちらも違法電子ドラッグと同じく摘発を強化しているはずだが。

 やはり状況はあまり芳しいとは言い難い。持っていたスーツケースに

「QEM-2014、移動だ。お前はポイント4まで下がれ。接敵はなるべく避けろ」

『了解』

 現在、QEM-2014は観測特化兵装で、戦闘能力に関していえば研究支援機の素のスペックしかない。ここまでてこずるくらいなら兵装やシステムを戦闘用にしておけば良かったかとも思うが、今さら換装している時間はない。

 念のため、観測UAVを2台こちらに呼び戻す。所詮は観測用なのでいざというときの攻撃力という面ではあまり期待できないが、少なくとも攪乱はできる。何もなく相対するよりはマシだろう。ひとまず、指示通り、ポイントを移動しなければならない。俺の任務は新型機の観測であって、違法集団との戦闘ではない。

 俺は足元にあったガラス窓を軽くノックした。すると、ひょっこりと禿げ頭の壮年男がすぐさま窮屈そうに顔を出す。この建物、バー『ドグラ』のオーナーだ。今時珍しく合法アルコール飲料を取り扱っている、研究所職員の飲み会御用達店だ。オーナーは軍事課の連中さながらの筋肉を持つ大柄の男で、何でも、元々は第八研究所管区に住んでいた傭兵だとか聞いたが、真相は定かではない。ただ者ではないということだけは、俺にも分かる。

「よお、セベロ!もうええがか?」

 第八の訛りなのか何なのか知らないが、陽気な調子、妙な口調でオーナーは言った。

「移動することになったんだ。邪魔して悪かったよ、オーナー」

「飲みぃ来よらば、また歓迎するやき!メリセラっ子によろしゅう伝えっちゃね!ボンッキュッボンがよう見ゆうにシャツの下は黒でってにゃ!」

「……まあ、打ち上げにでも来るよ」

 確かにメリセラは酔い癖が悪いが、誰が脱がせるか。っていうか黒って何だよ。

 とりあえず、サザに奢ってもらう飯屋はここで良いだろう。

 オーナーが引っ込んだタイミングで小型ジンジャーを起動し、道なりに並ぶレンガを屋根伝いを滑空する。雨は激しさを増し、髪が顔に張り付いて鬱陶しい。右手でそれを払った瞬間、雨音に混じってそれは聞こえた。アンドロイドの駆動音と、


【6時方向、上空3m、敵機1。接敵まで……】


 呼び戻していた観測UAVの音声がすべてを言い終わる前に俺はスーツケースをかざす。

「……くっ」

 刹那、粉々に弾け跳んだそれごと、体がジンジャーから吹っ飛ばされた。受け身を取りつつ、すぐに屈んだ。アンドロイドの右腕が頭上を薙ぐ音を聞きつつ、俺は低い体勢のままレンガを蹴って横に跳ぶ。長屋に沿って10mほど駆けて距離を取り、それを見た。

「おいおい、流石に洒落にならないって」

 強防弾・強防刃仕様のスーツケースが紙切れのように千切られ、消し飛んでいた。かなりの重量で落下してきたそれは、全長2mほどの男性型アンドロイド、パッと見た感じたぶん一昔前の戦闘特化型、恐らく改造機。右腕は先端に高周波ブレードが付いたものが三本、左手にも同じようにそれはあった。普通の正規品アンドロイドと同様、人工皮脂やら人工筋肉もついているがそれも申し訳程度で、あからさまと言って良いほど、内部機関が露出している。

 さっきまでいたあたりのレンガ屋根が粉々に崩壊しているのを見て、息を飲む。一撃でも食らったら、アウトだ。警戒しながら装備ベルトからB級装備の弱ビームハンドガンを抜く。現状使用できる兵装の中で最も強力なものだ。これでどうこうできるような相手には見えないが、こっちは鎮圧が目的ではない。離脱できればそれで良い。あとは、刑軍部門の連中に任せるべきだ。一応、ダメ元でインカムに向けて囁いた。

「こちらストック1、敵アンドロイドと接触した。応援求む」

『アルファリーダーよりストック1。こっちはこっちで取り込み中だ!奴ら、前情報以上に戦力持っていやがった!』

「準A級兵装の許可、下りないのか」

『下りてたらとっくに使ってるに決まってるだろ、タコ!!申請中だ!』

 ああ、確かにこの作戦前のブリーフィングで敵はB級装備で対処できる程度だと予測されるって言ったもんな、お前。と小言を言いたいのは何とか飲み込んだ。

 目の前のアンドロイドはアンドロイドなのにも関わらず、人間らしさをかなぐり捨てている。いっそ見ていて清々しい。果たして人型にする意味はあったのだろうか。むしろ、俺なんかよりコイツの方が余程タコっぽい見た目だ。

「うぅ……ううう……あぁ」

「言語系統もないとなると……こりゃ本当に分からんな」

 あったからと言って平和的話し合いができるかと言えば、それは別の話だ。

 歪に曲がった顔面が空をぐるりと見回して、やがて目だけがこっちを睨む。

 殺気らしきものを明確に感じたのはほんの一瞬、

「――――!」

 忽然と姿を消したアンドロイド。後には跳躍でひしゃげたレンガが崩れている。その様子がスローモーションのように知覚された。

 一瞬その巨体がどこに消えたか分からなかった。しかし、空気の極度な震えで耳鳴りがする中、駆動音ははっきり知覚する。真上に迫る六本の腕のうちの数本が白衣を掠って、レンガごと刺し貫く。

「速っ……」

 正直、悠長にハンドガンを構える余裕はない。腕から遅れること数秒で着地したアンドロイド本体の股下を前転で抜け、同じくB級装備の高周波粒子警棒を左腰から振り抜く。

「ううぅ!!!!」

 後ろ手でかざした警棒は確かな手ごたえをもって、人間でいうところの骨盤あたりを抉った。通常なら、足脚駆動系統がそこに集中するはずだから、上手くいけば移動を制限することができる。が、

【損傷軽微。B級以下戦術兵装、無効。準A級以上戦術兵装、推奨】

「うっ……」

 嘘だろ、という間もなく、

「ううぅぅううぅううぁああぁぁあああ!!!」

 豪速で腕が1本、背後から迫った。その先端が、右わき腹を掻き切る。

 無論、痛みに呻いている暇はない。

「弱電磁パルス!!放て!!」

【弱電磁パルス発射】

 観測UAVの1機に指令を送り、アンドロイドの足止めをさせている間、俺は屋根から飛び降りた。そのまま入り組んだ路地をわき腹を押さえ、駆ける。

 わき腹に一撃が入る寸前、別の観測UAVを1機、盾にして破損させてしまった。これがなければ、わき腹どころか腹全体を持っていかれていただろうから安いものだ。

 しかし、それでも、やっぱり傷は深い。一緒に切られた白衣が血で赤く染まっていく。あまり長いこと走ってはいられない。

「……さて、どうしたもんかな」

 電磁パルスを突破してきたらしいアンドロイドの雄たけびと駆動音を背後に聞きながら、俺は死ぬ気で走り続けた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ