第13話 暗闇の対峙と、もう一つの紋章
月明かりの下に静かに姿を現したのは――人間の背丈ほどもある、しなやかな足を持った『影』だった。
だが、ただの魔物ではない。その全身は黒い金属のような甲殻で覆われ、不気味な赤色の双眸が闇の中で鋭く光っている。仮面のような頭上には、左右に禍々しく突き出す二本の角。
(昼間倒した大蜘蛛とは比べ物にならん気配……いや、遥かそれ以上に重く、禍々しい)
ジョンソンの目が険しく細められる。
さらにジョンソンを驚かせたのは、その化け物の胸元だった。黒い甲殻の胸中央に、先ほどルナが見せてくれた短剣と同じ――そして今、己の手の甲で仄暗く光っているものと同じ『聖剣の欠片』の紋様が刻まれていたのだ。
まるで、欠片の魔力に引き寄せられてやってきたかのように、怪人はじっとジョンソンを見つめている。
「キシャアアアアッ!!」
突如、空間を振るわせるような威嚇の咆哮が放たれた。
その圧倒的な威圧感だけで、周囲の木々がバリバリと音を立てて大きく揺れる。あまりの風圧と圧迫感に、見張り台の木組みがギシッと嫌な悲鳴を上げた。
生前のジョンソン――腰を痛め、歩くのすら一苦労だった頃の彼ならば、この威圧を受けただけで膝をつき、一刃のもとに切り捨てられていたかもしれない。
だが、いまの体は老いてシワシワのままであっても、半幽霊の霊体ゆえに疲れを知らず、長時間の全力戦闘であっても十分に渡り合える手応えがあった。
剣の柄を握る手に、じわりと力がこもる。
(……だが、この桁外れの威圧。正面からまともに打ち合えば、こちらが砕けるな……)
ジョンソンが即座に刃を抜くべきか否かを冷静に分析し、覚悟を決めて身構えた——その時だった。
黒い甲殻の怪人は、攻撃の体勢をふっと解くと、歪んだ笑みのような音を漏らして言葉を放った。
「……聖剣の欠片は、あと一つ。お前が先か、私が先か……先に手にしたほうが勝ちだな」
「なに……?」
「ここで無駄に戦うより得策だ。そのうち、どこかで相まみえよう……!」
言い捨てるやいなや、怪人は漆黒の残影だけを残し、夜の森の奥深かくと驚異的な速度でかき消えてしまった。あとに残されたのは、ただ夜風が木々を揺らす静寂だけだった。
「…………」
ジョンソンは剣の柄からそっと手を離し、長く息を吐き出した。
「……呼んでもないのに、ご丁寧な挨拶だったな。……だが、誰だか知らんが立ち去ってくれて助かったわぃ」
己の力量と相手の底知れなさを冷静に天秤にかけ、ジョンソンは「ふぅ」と口元をニヤリと歪めた。
すると、すぐ後ろの木の影から、清蓮が気配を消して出てきた。
最初からこのやり取りを隠れて見ていたのだ。
「ジョンソン! あやつは……いまのは何者じゃ!?」
「分からん。……だが、胸にこの紋様と同じものが刻まれていた!」
ジョンソンはそう言って、月光に透ける己の手の甲をじっと見つめた。そこには、先ほど短剣から写し取られた青白い『聖剣の欠片』の紋章が、今も不気味に明滅している。
「あやつも『欠片』を持っておるということか……?」
「確か?聖剣の欠片は1つになってこそ」
清蓮が眉をひそめる。
「ああ。しかもあいつは言っていた。『聖剣の欠片は、あと一つ』とな」
「……あと一つ、じゃと?」
清蓮の目が驚きに見開かれた。
かつて魔王城の戦いで三つに折れ、世界中に飛び散ったとされる伝説の『聖剣アルギデス』。
そのうちの一片は、いま自分たちの手元にある(村の祠で見つかった短剣)。
そしてもう一片は、先ほどの謎の怪人が所持している。
つまり――世界中に散らばった聖剣を完全復活させ、神々の神殿を守り、自分たちが『真の成仏(完璧な若返り)』を果たすために集めるべき欠片は、残すところ「あと一つ」しかないということだ。
「話が早くて助かる反面、厄介な競合相手ができたものじゃな」
清蓮が小さく溜め息をつく。
「ガハハ、何をおっしゃる清蓮殿! 相手が誰だろうと、渡すわけにはいかんさ」
ジョンソンは手の甲の紋章を握りしめ、不敵に笑った。
「あいつが先か、俺たちが先か……競争なら、負ける気はせんぞ」
二人が見張り台から村の広場へ戻ると、酒樽の横で雑魚寝していたベネットとジュピターが、目をこすりながら起き上がってきた。
「ふぁぁぁ……なんだジョンソン、夜中に清蓮と二人でイチャついておったのか?」
「年甲斐もなく!。酒の席を抜け出して何やっておった?」
「バカ者、イチャついてなどおらんわ!」
「あの叫び声、聞こえんかったのか!」
ジョンソンは苦笑しながら、先ほど起こった出来事と、謎の怪人の言葉を二人に語って聞かせた。
『聖剣の欠片はあと一つ』であること、そして敵もまたその欠片を狙って動き出していることを。
つづく




