剣聖
「おい、なんだ今の……。あんな剣技、剣聖の技の中になかったぞ! 分家の癖に、本家の俺が知らない剣技をどうして知ってやがる! どういうことだボケ!」
剣士としての礼儀は出来ているが、それ以外が不良な彼の威圧的な質問が繰り返される。
怒るのも無理はなかった。
剣聖は新たな剣技を生み出して本物と認められる。だが、新たな剣技を生み出せない当主は多い。
だが、カイの一撃は明らかに剣聖の剣技と言っても過言ではない一撃だった。剣聖の剣技は本家が受け継ぐものであり、分家が知る由もない。なら今の剣技は何だったのかと疑問が尽きないシュリアスは、カイに質問攻めしている。
「今のは剣技というほど大した攻撃ではない。構え、間合い、太刀筋、体さばき、呼吸、剣の基本の全てを最大限に生かせるよう振るっているだけだ」
「今のが、剣技じゃなかったら、他の剣技がお遊びになるじゃねえか糞ボケがっ!」
シュリアスはその場でじだんだを踏み、剣幕を放ちながら叫び散らかしている。周りにいる生徒たちは、彼があそこまで取り乱している姿を見た覚えがなく、引いていた。
「お前は剣技に頼り過ぎている。それでは、剣技が通用しない相手に勝てないぞ」
「うぐ……、う、うるせえ。剣聖の剣技が通用しない相手なんているかボケ……」
「今、戦って通用しなかった相手は、もう忘れたのか」
「カイが異常なだけだろうが! 他の相手には絶対に通じる! 剣聖の家系に何年の歴史があると思ってんだボケが!」
「この世に絶対はない。剣聖の剣技が扱えれば絶対に勝てる保証はどこにもない」
カイの冷静な言葉に、シュリアスは犬歯を剥き出しにして睨みつける。何を言い返せばいいかわからず、どうすればこの男に勝てるのかも見えなくなっていた。
彼は剣聖の剣技をいくつも扱えれば分家の英雄に勝てると本気で思っていた。だが、あの一撃を目にしてしまった今、父から教わった剣技すらも偽物だったのではないかという疑念が浮かぶ。むしろ新たな剣技を生み出したカイのほうが「剣聖」の名にふさわしいのではとさえ思ってしまった。
「直す部分が多いのは成長できる証拠だ。一度負けた程度で剣聖の本家の跡取りが逃げるのか?」
カイの煽るような言葉に、シュリアスは何も言い返せず鼻がつんとして、目を開けたまま水に顔を突っ込んだ時のように視界がぼやける。袖で勢いよく眼元を擦り「なめんじゃねえっ!」と叫びながらカイの真正面に突っ込んでいく。
試合形式ではなく、何度倒されても立ち上がれば負けではない実戦形式の訓練に変わった。
いつの間にか他の生徒たちも、ここぞとばかりにカイに攻撃を仕掛けていき、まとめて相手させられる羽目になる英雄だった。
――やはり、金輪際教師などやらないと誓う。
訓練場で生徒全員を一ひねりにしたカイはまるで戦場から逃げてきた兵士のように礼拝堂に足を踏み入れた。扉の隙間から生徒たちの姿が見えないのを確認して、長椅子に腰を下ろす。
「あら、カイ先生、珍しく息切れしているようですわね」
声の主は、金髪に光を宿し、以前よりも明らかに肌艶が増したフィリアだった。昨夜のうちに念入りな手入れをしたのだろう。確かに、女性として美しくある努力は理解できる。しかし、聖女として戦場に立つ者が、見た目に執着しすぎるのは命取りになりかねない。
「フィリアは髪を切る気はないのか?」
「なにを言っていますの。髪は女の命。聖女にとってもそれは変わりませんわ」
彼女は熱した砂糖を糸状にしたような細く長い髪を撫で、満足そうに笑う。
女にとって髪はとても大切かもしれない。だが、聖女が守らなければならないのは髪ではなく、仲間の命だ。彼女が危険を悟った時、仲間を最優先に考え行動できるだろうか。
かつて仲間だった聖女はフィリアほど器用ではなく攻撃魔法は苦手だった。だが、かゆい所に手が届くような性格で、容量がよく判断が速かった。彼女に命を救われた経験は何度もある。
出発の時、今のフィリアより長かった髪を迷わずばっさりと短く切り、風に乗せてばらまいてしまった。当時は彼女が髪に興味がないのかと思っていたが、あれは、おそらく彼女なりの仲間を守るという決意の証だったのだろう。
「以前の聖女様がどういうお方だったか知りませんが教皇様曰く、聖女として何もかもわたくしの方が上だそうですね。あの厳しい訓練にも耐え抜いたわたくしにぬかりはありませんわ」
聖女としての素質はフィリアの方が上だと認めざるを得ない。だが、それだけで戦えるほど甘い世界ではない。彼女の頭の中は、未だに理想だけで作り上げられたお花畑なのだろう。聖女に何かあれば、勇者パーティーは壊滅する。逆に言えば、聖女が生きている限り勇者パーティーも戦える。今のまま彼女を実践に出すのは非常に危険だ。
「フィリア、少しついてこい」
「え?」
礼拝堂にいたカイとフィリアは教師の寮に足を運ぶ。何の疑いもなくフィリアはカイの背後を歩き、ぽけーっとしながら「教師の寮ってこうなっているのですね」と呟く。危機感の欠片もない。本来、教師が寮に生徒を連れてくるのは禁止だ。学生もよく知っている。それにも拘らず、彼女は何の疑いもなくついてきている。その状況が危険極まりない。
カイの寝室に到着すると、フィリアの顔が暗くなるどころかほんのり明るくなった。
「ここが、カイ先生のお部屋ですか。何にもないですわねー」
敵は常に正面から襲ってくるとは限らない。善良な者の振りをして近づき、背後から攻撃してくる可能性もあるのだから。
人間は危機的状況に陥っている時ほど、誰かから差し伸べられた善意を信じたくなってしまう。それがさらなる罠だった場合、完全に詰みだ。そのため、勇者パーティーは出来る限り仲間達だけで問題を解決する必要がある。
フィリアは手塩に掛けて育てられた優秀な聖女だ。そのため、人の悪意や恨みに疎い部分がある。純粋と言えば聞こえがいいが、世間知らずとも言えるし、バカとも言える。
カイは書類を縛る縄を手に取り、フィリアの背後に立った。腕を彼女の首に回し、太い血管を適度に圧迫する。数秒何が起こったのか理解できていない彼女は声もあげられず藻掻き、眠るように意識を失った。
両手両足を縛り上げ、ベッドの上に放置。ナイフを持ちながら椅子の上に座り、紙袋に穴をあけて不審者のように被り、彼女が目を覚ますのを待った。
聖女は非常に頑丈だ。五分もすれば意識を取す。
「う、うぅ……。な、なにこれ……」
フィリアは身動きが取れない状態でベッドに寝かされている自分の状態を見る。すぐに状況が飲み込めない様子だ。予想害の出来事に対する反応の遅さも致命的になりかねない。
「動くな。魔法も使うな。何かすれば、刺し殺す」
「か、カイ先生、これはいったいどういうことですか。説明してください!」
「俺はカイではない」
「な、なにを言っているんですか……。どう見てもカイ先生ですよね」
このような状況でも、フィリアはまだ冷静さを保てていた。カイが悪者ではないと勝手に思い込んでいる点がある。
その様子を見て、カイは目を細める。椅子から立ち上がり、彼女が身に着けているローブを切り裂き、下着姿にする。彼女が叫びそうになった瞬間、口に手を当て、顔の間が拳一個分もないほど近づいた。
「あのカイが、こんなことすると思うか……?」
ここまで来てフィリアの顔がやっと青ざめていく。顎や唇、手足が小刻みに震え、瞬きも出来ないほど目を見開き、翡翠色の瞳が湿っていく。呼吸が荒くなり、カイが少し動くだけで敏感に反応する。小さな声で助けを求め始めた。リクやシュリアスの名を聞きたかったが、くしくもカイの名前を口にしていた。
「お前を他国に売れば、相当な金になるだろうなぁ。この国も厄災に滅ぼされるだろう。そうなれば、奴隷を狩り放題だ……。聖女がバカなせいでこの国の者は幸せの全て失うんだ」
「お、おおげさですわ……」
「おおげさでも何でもない。厄災によって滅びた国は歴史上、いくらでもある。ほんと、狭い世界しか知らない聖女の頭はおめでたいな。自分の立場の大切さがまだわからないか」
カイはフィリアの頬にナイフの腹を当てる。
刃を見せられただけで、フィリアの股間からベッドに熱された聖水が溢れ、言葉も出なくなる。
どうやら、フィリアは思っていた以上に心が脆いようだ。これでは、実際の戦場を見たらどうなってしまうのか、先が思いやられる。どうしようもない状況に頭の中が真っ白になってしまったらしく、無表情で涙を流すのみ。
これ以上の訓練は不可能と察し、カイはナイフをしまって紙袋を外した。
「フィリア、考えを放棄するな。現実を見ろ。仲間が死にそうなときもそうするつもりか」
肩を揺さぶり、真正面から言葉をぶつける。聖女がこの体たらくでは、厄災を倒すどころか、誰も守れない。
「か、カイ先生……。て、敵は」
彼女は辺りを見回し、紙袋を被った者を探す。未だに、嘘を嘘だと気づけていないようだ。
「敵はいない。全て俺がやったことだ」
カイは今までの事情を全て説明した。言葉では伝わらない点も、実際に経験してみれば理解できるという考えのもと行った訓練だったが……。
フィリアはまるで新婚早々、夫にひどい嘘をつかれた新妻のように、顔を背けたままベッドの上で正座している。背中は味方以外に見せないよう、伝えたはずなのだがすでに忘れてしまったのだろうか。




