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第29話 花の道を歩く。

 グレシア視点。

 王宮の庭には、以前は花畑などありませんでした。

 そういったものは、全て『花園』にありましたから。


 勿論、美しく整えられた庭園はありましたし、そこにはつるを美しくトレリスに絡ませた四季咲きの薔薇や、他の国では春にしか咲かぬという花々が、常に咲き誇っていたのですが、先の騒乱で、それらも随分と傷んでしまい、いくらかはだめになってしまったようです。


 ただ、今は謎の花がところどころに咲き残って、花畑のようになっています。

 これらは、有害なものではないことは確認されているので、当面は放置すると決まっています。


 庭よりも生きている人たちの生活を先にどうにかしないといけませんからね。


「これだけ空いているなら、ここも畑にでもしてしまうのも手であろうか」

 連れだって散歩しつつ、やっぱり仕事の話になるのが、真面目な摂政殿下らしいですね。


「畑が足りていないわけではありませんから、必要ないのではないですか」

 多分、人の往来の多かったこの庭を畑にするには、土をもう少し柔らかくしないとだめな気がしますし。


 それにしても、わたし、本当にこんな雑な言葉づかいでいいんですかね?

 改まった言葉遣いにしようとしたら、摂政殿下に聖女時代のちょっと雑な言葉づかいでいい、と言われてしまったのですが。


「……足りぬのは人の手であったな……」

 少ししょぼんとした顔になる殿下がかわいいと言うと、多分あっちこっちに怒られそう。


『花の騎士』としてのマウリシオ様と、今の摂政殿下としてのマウリシオ様では、何かが違う、そんな気はするのだけど。


 わたしのことは、前からよく見ているな、とは思う。

 自惚れている訳ではなくてね?


 聖女だった頃は、それが当たり前だったからね?

 護る相手に見向きもしない騎士なんて、いませんもの。


 聖女補佐官から出向して、摂政殿下の補佐官として働いている今も、マウリシオ様はわたしのことをよく見ているのだ。


 ちょっとしたミスがあったり、質問が出来たりしたときの反応が、わたしが言葉を発するより早い事があるのよね。


 かと思うと、ただ、じーっと見ているだけのこともある。

 速記までは習っていないから、言葉を書き留めるのに時間がかかるせいではあるのだけど。


 黒髪が珍しい?いやそんなことはない、西方では珍しいらしいけど、この国ではそこまで珍しいものではないわ。聖女では比較的珍しいそうだけど。


 そもそもわたしの顔なんて、聖女時代に毎日見てたはずですよね。

 わたしは『花園』入りが早かったこともあってか、気持ち育ちはしたけど、見慣れてるわよね?


 ……まあいいか。

 わたしを見ている時の摂政殿下のお顔は穏やかで、落ち着いていることが殆どだ。


 あ、そうか。見慣れたものを見て心を落ち着けているのかもしれないわね!

 この国は、この王都は、この王宮は、いろんなものを喪ってしまったから。


 国王陛下もお命こそ女神様のおかげで助かったけれど、瀕死の状態が長びいたためか、少し健康に難がある状態だと侯爵家から派遣された医師が言っていたし……


 グウェンドリン様の方は、身体的には健康だけど、元通りの身体の動かし方ができない、と鍛錬を下積みの頃のものからやり直しているそう。

 御本人曰く、見た目は自分のままだけど、身体そのものは先々代様……オーリオラ様のものなんじゃないか、という話だったけど……


 自分で身体を捨てる、どころか他人に譲るなんてできるんですね?

 マウリシオ様の記憶でも、歴代聖女でも誰もやったことがなかったらしいけれど。


 グウェンドリン様にそれを譲り渡せたのは、恐らくオーリオラ様がエドレイド家の出身、現公爵閣下の御祖父様の妹、だったからかな、という気は、しないでもない。

 本当かどうかはもう確かめる術はないけれど。



「グレシア嬢?どうされましたか」

 マウリシオ様に声を掛けられて気が付いたら、花畑を眺めながら立ち止まっていたらしい。

 いけませんね、考察に嵌り過ぎました。


「いえ、ちょっと考え事が脱線してしまって。グウェンドリン様はどこまで鍛錬をされるのかしらとか」

 取り合えず最後に考えていたことを口にする。


「成人までに元の動きを取り戻して、その上に達してみせる、だそうですよ。

 あの方はほんとうに、大変な努力家でいらっしゃる。今の時代にいて下さって、本当に有難い存在ですね」

 そして、なんとマウリシオ様はその答えを持っておられましたよ!


 まあ職務上、その手の情報は持っていておかしくはないのですが。


「ではそろそろ戻りましょうか。でないと今日の分が終わらなくなりそうですもの」

 時の鐘は鳴っていないけど、日時と陽の動きでだいたいの時間は判りますから、そう述べたら、マウリシオ様はなんだかしょんぼりした顔をなさいました。


 そういえば、マウリシオ様も鍛錬は欠かさない方でしたのに、最近その時間もあまり取れておりませんね?

 宰相閣下辺りに相談しましょうか。


「……そうですね、残業はしてはいけません、でしたか」

 そういう、人の上に立つという立場上難しい事を、それでもお身体によくないです、と言い切ったのは以前のわたしだ。


「危急の事態に備えた余裕は必要ですからね」

 絶対に、そこだけは曲げられない。


 後から聞いた話でも、わたしたちが全員逃げきれたのは、最初の余裕のおかげ、だったことは間違いないですからね!


「確かにそれは間違いないね。では戻りましょうか」

 マウリシオ様も頷くと、わたしに手を差し出す。


 うう、微笑む姿が眩しい。美しい。普通の顔のわたしだと、引き立て役にも多分ならない!


 そんな美しい人にエスコートされて戻るのが書類山積みな執務室なのが、ちょっとしょっぱいな、と、庶民じみた思考の未だに抜けないわたしです。

だめだグレちゃんがそもそも恋愛ルートに入ってねえ!!

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