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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第12章:女王の城

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鏡像の包囲網

合宿二日目。朝霧が立ち込める西園寺女子のコートは、初日以上の冷気と、それ以上に鋭い緊張感に包まれていた。


「おはよう、星和学院の皆さん。……昨日のデータ、一晩かけて整理させてもらったよ」


白河こころさんが、昨日と変わらぬ穏やかな笑みで迎えてくれる。けれど、その背後に並ぶ部員たちの陣形は、昨日とは明らかに異なっていた。中等部レギュラーと高等部OBが完全に一対一のペアを組み、各コートに「鏡」のように配置されている。


「今日はダブルスを中心とした実戦形式。ただし、昨日の動きを見て、少しグループを分けさせてもらうわ」


白河さんの視線が、私たちの顔を順番に射抜く。


「佐藤さん、小林さん、田中さん。そして水瀬さん。……あなたたち四人は、私たちの『基準』をクリアしたと見なします。今日から一つ上のカリキュラム、高等部選抜との合同メニューに入ってもらうよ」


その宣言に、場が凍りついた。残された美咲、綾先輩、優佳先輩、莉奈の四人は、引き続き西園寺の中等部レギュラーとの対戦形式へ。それは事実上の「選別」だった。


「……選抜組、行きなさい」

春花部長が短く、けれど重みのある声で告げる。

「残ったメンバーは私たちが預かるわ。……美咲、莉奈! 下を向かない! 追いつくわよ!」


「……っ、はい!!」


美咲が悔しさを押し殺すように叫び、自身のラケットを強く握りしめた。


一方、私たちが案内されたのは、鳳仙さんが直々に腕を組んで待ち構える特設コートだった。そこには、体格も筋力も中学生とは一線を画す、高等部のエース級が二人、静かにラケットを回して待っていた。


「……来たか。ここから先は『部活動』の延長ではないと思え」


鳳仙さんの低い声が響く。

「有明で見せた付け焼き刃の技術など、高等部のパワーの前では紙切れ同然だ。佐藤、小林。貴様らの粘りがどこまで通じるか。田中、その理屈が高等部の速度に追いつけるか。……そして水瀬」


鳳仙さんは私を真っ直ぐに見据えた。

「貴様のその瞳が、この『速度』に耐えられるかどうかだ」


サーブ練習が始まった瞬間、空気が爆ぜた。

高等部選抜の放つフラットサーブは、昨日体験したものを遥かに凌駕する時速180km近い弾丸。それが正確にコーナーを突いてくる。


「……っ、速い!」


小林先輩が反応するも、ラケット面を合わせるのが精一杯で、ボールは無情にもコートの外へ弾き出される。奈緒も、昨日までの「癖の読み」を試そうとするが、読み切る前にボールが背後のフェンスを叩いていた。


「……これが、基準の上の世界」


春花部長が額の汗を拭い、鋭い視線で相手を睨みつける。

西園寺の「組織力」に加え、高等部の「個の暴力」が牙を剥く。


けれど、私は。

その弾丸のようなサーブの軌道を見つめながら、昨日よりもずっと静かに、自分の中心から広がる「波」を感じていた。


(……見える。まだ『波紋』を使わなくても、兄さんのあの理不尽な球に比べれば、軌道は真っ直ぐだ)


私は、意識を極限まで研ぎ澄ませた。

星和の代表として、この「城」の最上階に足を踏み入れた者として。

ここからが、本当の地獄の始まりだった。


鳳仙さんがラケットの先で示したのは、西園寺女子高等部のコートで静かに、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら待機していた二人の女子生徒だった。


「……紹介しておこう。ここからは、この二人が貴様らの相手だ」


一人は、鋭い眼光と鍛え上げられた長い四肢を持つ、高校二年生の進藤しんどう あかね。高等部テニス部のレギュラーであり、あの鳳仙雅が「唯一、全力の練習相手が務まる」と認めたパワープレーヤーだ。


もう一人は、高校一年生の守宮やもり 由妃ゆき。同じくレギュラーの一角であり、こころがその精密なコントロールを磨くための鏡として、常に練習相手に指名しているテクニシャンである。


「……高校生のレギュラー」

春花部長がラケットを握り直す。中等部の頂点である西園寺の、さらにその「先」を行く本物の実力者たち。


「……っ、ぐうっ!」


練習が再開されるやいなや、芽衣先輩の悲鳴に近い喘ぎがコートに響いた。

進藤茜が放つ打球は、中学生のそれとは根本的に「重さ」が違った。ただ速いだけではない。ボールがラケット面に衝突した瞬間、手首をへし折らんばかりの衝撃が伝わる。


「佐藤、小林。防戦一方だな。進藤の回転スピンの前では、その程度の『粘り』はただのチャンスボールだぞ」


鳳仙さんの冷徹な指摘通り、春花部長と芽衣先輩のペアは、かつてない窮地に立たされていた。ここ数日の特訓で反応速度は極限まで上がっている。しかし、返球したボールが進藤さんのパワーに押し負け、浅くなったところを守宮の精密なボレーで仕留められる。


「……芽衣、一歩も引かないわよ! 私たちが崩れたら、星和のテニスが否定される!」


春花部長は自身の限界を超えたスイングで、高校生の重い球を強引にライジングで叩き返した。その一撃は、守宮さんの「予測」を力ずくで上回る執念の弾道を描き、相手のコート深くへと突き刺さる。


「……ふん、意地だけは一人前か」


鳳仙さんの目がわずかに細められた。部長の背中を見て、芽衣先輩もまた、泥臭く地面を這うようなフットワークで、進藤さんの広角な猛攻を拾い続ける。


一方で、奈緒もまた、自身の限界という壁にぶつかっていた。


(……速すぎる。解析が追いつかない……!)


奈緒の瞳が激しく動く。守宮さんのショットは、打点から着弾までの時間が極端に短く、コースも針の穴を通すような正確さだ。昨日までの中等部相手なら通用した「フォームからコースを割り出す」作業が、脳の処理速度を超えようとしていた。


「田中さん。頭で考える前に、身体が答えを出さなきゃ。……ここは、思考の墓場だよ」


白河さんのボレーが、奈緒の足元を非情に射抜く。

しかし、奈緒は膝をつきながらも、ラケットを離さなかった。


「……墓場、ですか。なら、そこで幽霊ゴーストにでもなって、あなたの計算を狂わせてあげます……!」


奈緒は思考を「予測」から「直感」へとシフトさせた。計算を捨て、相手の「殺気」と「リズム」だけに意識を集中する。その瞬間、彼女のラケットが、進藤の弾丸サーブを奇跡的なタイミングでミートし、守宮さんの足元へ沈めた。


「……っ、やるね」


守宮さんが微かに目を見開く。


春花部長の意地、芽衣先輩の執念、奈緒の覚醒。

星和の選抜組は、高等部レギュラーという圧倒的な暴力の中で、一皮も二皮も剥けようとしていた。


そして、私は。

その嵐のような攻防の中心で、誰よりも静かに立っていた。


(……見える。部長たちの熱量。奈緒の直感。そして、進藤さんと守宮さんの呼吸)


私はまだ、一歩も動いていない。

けれど、私の「水色の瞳」は、コート上のすべての「流れ」を、まるで水面に広がる波紋のように捉え始めていた。


「水瀬。……貴様、いつまで観客でいるつもりだ」


鳳仙さんの挑発的な視線が私を射抜く。

私はゆっくりとラケットを構え直し、白河さんと真っ向から視線をぶつけた。


「……お待たせしました。ここからは、私の番です」


私の言葉とともに、コートの空気が、まるで深い水の底に沈んだかのように一変した。


「……行くわよ、水瀬さん」


進藤茜さんの鋭い宣告とともにサーブが放たれた。時速180kmを超える「弾丸」が、コートのセンターライン上を焦がすような軌道で迫る。昨日までの中等部レベルとは比較にならない、空気そのものを押し潰すような重圧。


けれど、私の瞳には、そのボールの回転、縫い目の揺らぎ、そして着弾後の跳ねる角度までが、凪いだ水面に広がる同心円のように見えていた。


(……兄さん。私、もう怖くないよ)


私は最短の予備動作で打点に入った。湊兄さんの嵐のような、不条理な一打に比べれば、進藤先輩のショットはあまりに「純粋な力」に満ちていた。


ガツッ、という重い衝撃。それを腕全体で受け止めるのではなく、全身の力を「波」のように流して受け流す。


「――なっ!?」


進藤茜先輩の放った時速180kmを超える「弾丸」サーブ。昨日までの中等部レベルとは比較にならない、空気そのものを押し潰すような重圧。


けれど、私の瞳には、そのボールの回転、縫い目の揺らぎ、そして着弾後の跳ねる角度までが、凪いだ水面に広がる同心円のように見えていた。最短の予備動作で打点に入り、全身の力を「波」のように流して、その衝撃をリターンへ転換する。


「――なっ!?」


進藤先輩の驚愕の声を置き去りに、私のリターンはネット際の守宮先輩の足元を非情に射抜いた。

相手の力を殺さず、流れを読み、コート全体を制する『波紋』の片鱗。


「……信じられない。進藤さんのパワーを、あんなに軽々と……」


白河さんの瞳から、余裕が消え失せた。その光景に、審判席から静かに降り立った鳳仙さんが、初めて真っ向から私を射抜くような視線を向けた。


「先輩方。……そこまでで結構です。この水瀬みゆを止められるのは、もはやこの場には私しかいないようです」


鳳仙さんは進藤先輩たちに対し、実力者への敬意を払った一礼を見せつつも、その態度は傲岸なまでに不遜だった。彼女はゆっくりとコートに入り、私の対面に立つ。


「水瀬、貴様の『波』は確かに美しい。だが、それはあくまで『相手がいること』が前提の力だ。……ならば、私という絶対的な静寂で、その波を飲み込んでやろう」


鳳仙さんの放つ「一打」は、これまで経験した誰のボールとも違った。

重い。速い。それ以上に、その弾道には「迷い」も「隙」も一切存在しない。

私が『波紋』を合わせようとしても、彼女の打球は私の予測をミリ単位で、しかし決定的に上書きし、ラケットの芯を外させる。


「どうした、水瀬。合わせる対象を失えば、貴様の波はただの震えに過ぎない」


文字通りの完封。

鳳仙さんの圧倒的な「個」の力の前に、私の『波紋』は霧散し、一ポイントも奪えないまま、私はコートに膝をついた。有明の時とは違う。技術も体力も向上したはずの私が、手も足も出ない。これが、鳳仙雅という怪物の真の姿だった。


「……そこまで! 午前の練習を終了します!」


マネージャーの声が響き、張り詰めていた空気がふっと解けた。


「……まだ、届かない」

私が荒い息を吐きながら立ち上がると、鳳仙さんはすでに背を向け、道具を片付け始めていた。


「みゆ! 大丈夫!?」

遠くのコートから、練習を終えた美咲たちが駆け寄ってくる。

美咲は全身土まみれだったが、その瞳には初日にはなかった鋭い闘志が宿っていた。


「……うん、大丈夫。美咲たちの方こそ、すごかったじゃない」

「へへっ、西園寺のレギュラー相手に1ゲーム取ったんだよ! 莉奈と綾先輩が繋いでくれたおかげ!」


莉奈や優佳先輩も合流し、星和のメンバーが再び一つに集まる。

西園寺の「システム」に打ちのめされながらも、全員がそれぞれの場所で「戦い」を続けていた。その事実が、雅さんに完敗した私の心を温かく支えてくれる。


「さあ、みんな! 落ち込んでる暇はないわよ!」

春花部長が明るい声を出す。

「今日のお昼は西園寺の皆さんと一緒に準備する手はずになってるわ。しっかり食べて、午後に備えるわよ!」


「「はい!!」」


私たちはそれぞれのラケットをバッグに収め、調理実習室へと向かう西園寺の部員たちの後を追った。

女王の城での二日目。

絶望と希望が入り混じる中、私たちは束の間の休息へと向かった。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



合宿2日目の午前中です。

次はお昼休憩と午後の練習になります。

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