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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第12章:女王の城

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選ばれし八名

時は少し遡り、12月26日、あの極限のシャッフル・マッチが幕を閉じた直後のことだった。

河川敷に吹き荒れる寒風の中、湊兄さんと蓮さんの「怪物」ぶりに圧倒され、立ち尽くしていた部員たちの前に、女子部長の佐藤春花先輩が歩み出た。


「……みんな、今の試合を見て、何を思った?」


春花先輩の声は静かだったが、その瞳には今まで見たこともないような熱い火が灯っていた。


「格が違う。化け物だ。そう言って諦めるのは簡単よ。でも、みゆはあの暴風のような攻撃の中に立っていた。河村くんは、北条さんの隣で自分の殻を打ち破った。……次は、私たちの番じゃない?」


先輩は、湊兄さんから託された「西園寺女子合同合宿」の黒い招待状を高く掲げた。


「西園寺は、私たちを『白河さんの個人的な興味』、あるいは『練習台』として呼んだのかもしれない。でも、行くからには星和のプライドを見せつけたい。……この数日間、正月休みを返上してでも、湊先輩の地獄のようなメニューに食らいつく覚悟がある人。その中から、私が責任を持って選抜メンバーを決めるわ」


その宣言は、停滞していた女子テニス部に劇的な変化をもたらした。

翌日からの練習。大掃除の合間を縫ってコートに集まった部員たちの動きは、明らかに変わっていた。1年生の美咲や奈緒、莉奈はもちろん、2年生の先輩たちも、春花先輩が課す非情なまでの反復練習に、泥を啜るような思いで食らいついていった。


そして1月3日の夕暮れ。

最後の調整を終えたコートで、春花先輩はついに「女王の城」へ同行する八名の名前を告げた。


2年、佐藤 春花、小林 芽衣、伊藤 綾、和田 優佳

1年、水瀬 みゆ、松本 美咲、田中 奈緒、星野 莉奈


「……以上の八名で、明日、西園寺女子へ乗り込むわ」


春花先輩の声が響く。選ばれたメンバーの顔には、選抜された誇りと、それ以上の重圧が滲んでいた。


「選ばれなかったみんなの分まで、向こうの空気を、技術を、全部盗んでくる。……いいわね!」


「はいっ!!」


夕闇に消えていく部員たちの返声。

それは、かつての「弱小」と呼ばれた面影など微塵もない、戦う集団の産声だった。


1月4日、午前7時。

星和学院の正門前には、大きなスポーツバッグを背負った八名が集結していた。


「おはよう、みんな。体調は万全かしら?」


霧の中から現れたのは、保健室の式守しきもり 綾子あやこ先生だった。坂上先生に代わり、今回の女子合宿の引率を務めてくれる。


「式守先生、よろしくお願いします!」


春花先輩の号令で、私たちは深く一礼した。

先生はネイビーのアウトドアウェアに身を包み、救急キットを備えた頼もしい姿で、私たちに優しく微笑みかけた。


「ええ。厳しい合宿になると聞いているわ。私が診るのは身体のケアだけ。心のケアは……あなたたちが、お互いに支え合いなさいね」


先生の言葉に、私たちは互いに顔を見合わせ、力強く頷いた。

正門の向こう側から、貸切のマイクロバスがヘッドライトを光らせて近づいてくる。


マイクロバスが正門前に滑り込み、重い扉が開く音が静寂を破った。メンバーたちが一人、また一人と荷物を積み込み始めたその時、通りの角から白い息を吐きながら駆け寄ってくる二人の影が見えた。


「……おい、みゆ! 間に合ったか!?」


陽太だ。その後ろからは、いつもの黒いスポーツウェアに身を包み、一分の隙もない威圧感を放つ湊兄さんが悠然と歩いてくる。


「……兄さん。陽太も」


私が足を止めると、陽太は私の目の前で激しく肩を揺らしながら、琥珀色の瞳を熱く燃やして私を見つめた。


「悪い、蓮さんはどうしても外せない追い込みがあるからって、家から動けなかったんだけど……これ、伝言預かってきたぞ」


陽太が差し出したのは、一枚の小さく折り畳まれたメモだった。そこには蓮さんの、万年筆による迷いのない理知的な筆致でこう記されていた。


『みゆ。君が女王の計算を狂わせる「不純物」であることは、有明のコートですでに証明されている。向こうでは、君のその瞳を封じようとあらゆる圧力がかかるだろう。だが、惑わされるな。君の背後には、僕たちの研鑽がある。……君の凱旋を待っているよ。 北条 蓮』


「……蓮さん」


胸の奥がじわりと温かくなる。すると、隣にいた湊兄さんが一歩前に出て、私の肩にその大きな手を置いた。


「いいか、みゆ。お前のあの『水色の瞳』……。水の流れのようにフィールドを支配し、相手の力を霧散させるその力を、俺は『波紋』と名付けた」


「……波紋?」


「そうだ。相手のパワーを殺し、流し、利用する『無効化』。そして蓮との特訓で研ぎ澄まされた『読み』の精度。今の貴様は、有明の全国大会のデータしか持たない連中が太刀打ちできるレベルにはない」


湊兄さんの瞳が、射抜くような鋭さを増した。


「西園寺の連中は、お前の過去を分析し、潰しに来るだろう。だが、その計算のさらに先を行け。今の貴様は、星和のエースだ。その実力、女王の城に刻みつけてこい」


「……っ、はい! 行ってきます、兄さん!」


「みゆ! 俺もここで湊さんと地獄を見てくる。お前が戻ってきた時、度肝を抜いてやるからな。……負けんなよ!」


陽太の力強いエールを受け、私はバスのステップに足をかけた。春花先輩や莉奈たちが窓から顔を出し、「陽太くん、湊先輩、ありがとー!」と手を振っている。


バスがゆっくりと動き出す。窓越しに、腕を組んで見送る湊兄さんと、千切れんばかりに手を振る陽太の姿が遠ざかっていく。


「……さあ、みんな。切り替えなさい」


最前列に座る式守先生の穏やか、かつ厳格な声が車内に響く。

バスが高速道路に乗ると、車内には独特の緊張感が漂い始めた。


「西園寺女子中等部……。去年の全国覇者」

春花先輩が資料を見つめながらポツリと呟いた。

「彼女たちの強さは、一点の曇りもない合理的なシステム。……みゆ、白河さんはそのシステムの要であり、今はその頂点に立っているわ」


「……はい」


私はバッグの底に忍ばせた招待状と、湊兄さんから授けられた『波紋』という言葉を胸に刻んだ。

データの先にある、進化した自分のテニス。


「鳳仙雅さんと、白河こころさん……」


二人の女王が待つ「城」まで、あと一時間。

私たちは、自分たちが灯した小さな火種が、嵐のような西園寺の空気の中でどれほど激しく燃え上がれるかを、静かに問いかけていた。


マイクロバスが高速道路を降り、都心から少し離れた閑静な文教地区へと入る。高い石壁と、手入れの行き届いた並木道。その突き当たりに、中世の城を思わせる重厚な正門が姿を現した。


私立西園寺女子中等部。


「……ここが、女王たちの本拠地」


美咲が息を呑む。門をくぐった先に広がるのは、最新鋭のオムニコートが十面以上並ぶ広大なテニスエリアだ。そこには、深紅のジャージを纏い、一糸乱れぬ動作でウォーミングアップを行う集団がいた。中学生だけでなく、さらに体格の勝る高等部進学内定のOBたちも数名混じっており、その練習強度は想像を絶するものだった。


バスが停車し、私たちは式守先生を先頭に地面に降り立つ。冷たく、それでいて火花が散るような緊張感が肌を刺した。


「お待ちしておりました、星和学院の皆様」


凛とした、けれど鈴を転がすような柔らかな声。

コートの入り口で私たちを待っていたのは、新部長の腕章を巻いた白河こころさんだった。招待状をくれた時と同じ、穏やかで陽だまりのような微笑み。けれど、その背後に控える現役部員と高等部OBたちの鋭い視線が、彼女の「優しさ」が決して甘さではないことを物語っている。


「白河さん。この度はご招待ありがとうございます。星和学院女子テニス部部長、佐藤春花です」


春花先輩が一歩前に出て挨拶を交わす。部長同士の視線がぶつかり、一瞬、空気がピリリと震えた。


「こちらこそ。有明でのあの熱戦を、私たちのホームで再現できるのが楽しみで。……ねえ、水瀬さん?」


白河さんの視線が私に向けられる。


「はい。よろしくお願いします、白河部長」


私が一歩前に出ると、白河さんは私の瞳を覗き込むようにして、ふふっと笑った。

「その瞳……有明の時よりも、ずっと深い色をしているね。私たちの『計算』がどこまで通用するか、今日からの三日間でじっくり試させてもらうよ」


その時だった。

白河さんの背後、コートの奥から、周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような圧倒的な「圧」が近づいてきた。


鳳仙ほうせん みやびさん。


3年生の彼女はすでにプロへの道が確定しており、受験の必要がない。引退した身ではあるが、後輩の指導と自身の調整のために、今もこのコートの「絶対君主」として君臨していた。


「……来たか。湊の妹」


雅さんの低い声が、冬の空気を切り裂く。彼女は私の目の前で足を止め、至近距離から私を射抜いた。


「湊のことだ、貴様はこの冬、何らかの『化けの皮』を被ったんだろ?……本当は高城紗良も呼びたかったのだがな。あのしぶとい部長がいないのは惜しいが、代わりにお前たちがどれほど成長したか、その身で示してみせろ」


雅さんの視線は、私だけでなく後ろに控える美咲や奈緒、そして2年生の先輩たちをも等しく蹂圧する。


「ここは中等部だが、高等部へ進むOBも混じっている。……手加減などという言葉は、この門を潜った時点で捨てろ。こころ、案内しろ。まずは彼女たちの『現在地』を、地獄の底から見せてやる」


雅さんの背中に続くように、白河さんが「それじゃあ、行きましょうか」と促す。

整列した西園寺の部員たちが、一斉に道を空ける。その中心を歩く私たちの背中には、高校生レベルのパワーとスピードを併せ持つ者たちからの、数えきれないほどの「精査」の視線が突き刺さっていた。


「……みんな、行くわよ。星和のテニス、見せつけるわよ」


春花先輩の号令。

湊兄さんが名付けたばかりの――『波紋』。

それがこの「城」でどれほどの波を立てるのか。

高校生すら渡り合う過酷な現場で、私たちの非情で苛烈な三日間が、今、幕を開けた。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



【西園寺女子合同合宿・選抜メンバー】

佐藤 春花(2年): 常に冷静な判断でチームを導く部長。

小林 芽衣(2年): 粘り強い守備を誇る、2年生のエース格。

伊藤 綾(2年): ボレーのキレが鋭い、前衛のスペシャリスト。

和田 優佳(2年): 基本に忠実なテニスで、突出したところはないが安定感抜群。

水瀬 みゆ(1年): 星和学院の女子部エース。「女王」白河こころが指名した、今合宿のキーマン。

松本 美咲(1年): どんなボールも諦めない、ガッツ溢れる努力家。

田中 奈緒(1年): 知性派で、相手の陣形を瞬時に分析する。

星野 莉奈(1年): 抜群の身体能力と明るさで、流れを引き寄せる。


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