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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第10章:全国の強豪たち

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峻烈なる女王の戴冠

有明テニスの森、センターコート。

昨日の熱狂が嘘のように、会場は冷徹なまでの静寂に包まれていた。

男子決勝、湊兄さんと不知火さんの三時間に及ぶ死闘——あの歴史的な激戦の余波で運営スケジュールは完全に麻痺し、女子団体決勝戦は異例の「翌日順延」となったのだ。


「……今日、決まるんだな。女子の頂点が」


隣に座る陽太が、全身に痛々しいほどのテーピングを巻きながらも、背筋を伸ばしてコートを見つめている。その横には、昨日の激闘を共に戦い抜いた佐々木梓会長、そして心配そうに身を乗り出す妹の凛ちゃんの姿もあった。


「……みゆちゃん、大丈夫? なんだか、空気がモヤモヤしてて、息がしづらいよ……」


凛ちゃんが私の袖をぎゅっと掴む。

梓会長は、陽炎が立ち昇るかのようなコートを厳しい目で見つめながら、静かに口を開いた。

「昨日の熱気を、鳳仙雅が自分自身の『色』で塗り替えてしまったわね。……静かなのに、肌を焼くような重苦しい熱を感じるわ」


私はフェンスを握りしめた。あの二回戦の日、私の勝利で一筋の光を繋いだと信じていたけれど、今、目の前に現れた「女王」たちの姿は、その光さえ飲み込み、灰にするような深い「赤」を纏っていた。


西園寺女子中等部。

全国四連覇という金字塔を目前にした彼女たちは、一糸乱れぬ動きでコートへと足を踏み入れた。深紅のジャージ。その中央を歩く主将、鳳仙ほうせん みやびさんが足を止めた瞬間、周囲の温度が数度跳ね上がったような錯覚に陥る。


「……鳳仙さん。二回戦の時よりも、ずっと……圧が凄くて、喉が焼けるみたい」


美咲が震える声で呟いた。

あの日、私は白河こころさんに逆転勝利し、会場を沸かせた。けれど、鳳仙さんの瞳は、その勝利さえも「不測のノイズ」として処理し、すでに完全に焼き払う準備を整えていた。彼女がそこにいるだけで、コートは逃げ場のない「煉獄」へと変貌していく。


「女子団体決勝戦、第一試合。ダブルス2、コートに入ってください!」


審判の無機質な声が、無慈悲な処刑の開始を告げる銅鑼どらのように響いた。

西園寺女子のダブルスは、もはやテニスという名の「作業」だった。二回戦で私たちの先輩たちを絶望させた、あの精密機械のような連係に、一切の慈悲を排した「火力」が加わっている。


相手校のペアも全国を勝ち抜いてきた強豪のはずなのに、彼女たちの前では逃げ惑うことしかできない。どこに打っても、そこには罠が張られ、最後には強烈な打球で粉砕される。


「……あのコース……。相手を追い詰めて、心を砕いているわね」

高城部長が呟く。返球の一打一打が、相手の希望を灰にするための処刑道具のように鋭い。


「ゲームセット。6-0。西園寺女子!」


一切の歓喜も、安堵もそこにはなかった。

ポイントが決まっても、彼女たちはただ無表情にポジションに戻るだけ。「勝つのが当然」という自負が、相手から「一矢報いる」という希望さえ奪い去っていた。


続く第二試合、ダブルス1も西園寺女子が6-0で完封。


ベンチで静かに座る鳳仙雅さんの視線は、まだ一度もコートに向けられていない。彼女にとっては、このダブルスの圧勝さえ、あらかじめ決まっていた予定事項の一行に過ぎないのだ。


凛ちゃんが私の手を握る力が強くなる。

「……みゆちゃん、あの人たち、笑わないんだね。……テニスをしてるのに、ちっとも楽しそうじゃないよ」


凛ちゃんの無垢な言葉が、私の胸に重く突き刺さった。



私は、二回戦で自分が白河さんから奪い取った「1」の重みを必死に思い出そうとした。けれど、女王たちの圧倒的な熱量の前では、その誇りはまるで煉獄に投げ込まれた一欠片の氷のように、一瞬で蒸発して消えてしまいそうだった。


(……これが、私たちが挑んだ『女王』の、本当の顔なんだ)


試合は、西園寺女子が絶対的な優位を保ったままシングルスへと移った。

第3試合、シングルス3のコールがかかると、西園寺のベンチから一人の少女がしなやかに立ち上がった。


私が二回戦で対戦した、白河こころさんだ。


「……あ、白河さんだ」

私は思わず身を乗り出した。

彼女はコートに入る直前、すれ違うチームメイトに「お疲れ様。お水、ここに置いとくね」と柔らかく声をかけ、転んだボールボーイに「大丈夫? 怪我はない?」と優しく微笑みかけていた。


その姿は、熱気が渦巻く西園寺女子という軍団の中で、そこだけ涼やかな風が吹いているような、あの日と同じ穏やかな空気感だった。


けれど――。


「シングルス3、試合開始!」


審判の声が響いた刹那、彼女が纏う空気オーラから温度が消えた。

コートの白線を踏み越えた瞬間、白河さんの瞳は、春の陽だまりのような穏やかさから、すべてを無機質に解析する「レンズ」へと変わった。


「……っ、雰囲気が変わった」

隣で陽太が息を呑む。梓会長も、その変化の鋭さに眉をひそめた。


対戦相手は、星和との二回戦の映像を何度も研究したのだろう。私が白河さんを崩した時のように、セオリーを無視した高いロブや、ど真ん中への緩いショットを執拗に混ぜてきた。

しかし、白河さんの「予測」は、すでに私の勝利さえも糧にして、残酷なまでの進化を遂げていた。


「……遅いわ」


彼女の呟きが、静まり返ったコートに響く。

緩いボールに対しても、彼女はリズムを狂わせるどころか、その滞空時間さえも計算に入れ、完璧な位置に先回りしていた。

あの日、私がこじ開けた「綻び」。それは鳳仙雅さんの指示を仰ぐまでもなく、白河さん自身の卓越した解析能力によって、一ミクロの隙もなく縫い合わされていたのだ。


(……すごい。私のテニスを、もう完全に『解析』して……対策を終えてるんだ)


「計算が完璧すぎるわね。相手の『揺さぶり』さえも、彼女の数式の中ではただの定数に過ぎないわ」

梓会長の呟きが、私の肌にピリピリとした痛みを走らせる。

彼女のショットには、怒りも憎しみもない。ただ、相手の最も嫌がるコースへ、最も効率的なタイミングで打球を送り込む――その「最適解」の積み重ねが、相手選手の精神をじわじわと、確実に摩耗させていく。


「15-0」

「30-0」

「ゲーム、西園寺女子! 4-0!」


相手選手は、後半にはもうラケットを振るのを躊躇うようになっていた。

どこに打っても読まれ、どこに動いても裏を突かれる。

白河さんのテニスは、相手の「自由」という概念そのものを奪い去っていく処刑場だった。


「ゲームセット。6-0、西園寺女子!」


完封。

試合が終わった瞬間、白河さんは再び元の、柔らかな「こころさん」に戻った。

「ありがとうございました。素敵なショット、何本もありましたね」

そう言って相手の目を見て、丁寧に、慈しむように握手を交わす。


そのギャップが、私には何よりも恐ろしかった。

テニスを「儀式」として完遂する冷徹さと、日常で見せる慈愛。その両立こそが、西園寺女子という常勝軍団の、真の厚みなのかもしれない。


続いて、シングルス2のコールが響く。コートに現れたのは、二回戦で小林先輩の心を完膚なきまでに叩き折った、あの黒江さんだった。


「……みゆ。あいつら、昨日の鳳凰院の連中とは違う意味で、化け物だな」


陽太が絞り出すような声で呟いた。その視線は、一切の無駄を削ぎ落とした黒江さんの構えに釘付けになっている。

「技術、連携、スピード。全員がトップクラスなのは言うまでもないけど……何より、みゆと同じように『予測』の次元が違う。相手が動く前に、もう答えを知ってるみたいだ」


黒江さんのテニスは、白河さんのような「解析」とも、鳳仙さんのような「圧倒」ともまた違った。

それは、相手の希望を丁寧に、確実に窒息させていく「支配」の上書き。

相手が必死に放った会心のショットも、彼女はまるであらかじめそこにボールが飛んでくることを知っていたかのように、最小限の動きで、最も残酷な角度へと差し返していく。


「見てられないわね、相手選手、もう泣きそうじゃない……」


美咲の視線の先、対戦相手の少女は、自分のテニスを全否定されたかのような絶望に顔を歪めていた。

黒江さんは、相手がどれほど泥臭く食らいつこうとしても、その「熱」を一切受け付けない。それどころか、相手が必死になればなるほど、さらに一段上の精度で絶望を塗り重ねていくのだ。


「……情けを、かけないのね」


高城部長が、苦々しく呟く。

鳳仙雅に「根絶やしにしろ」と命じられたあの日から、黒江さんのテニスには「競技」としての揺らぎすら消え失せていた。ただ、主の命に従い、目の前の敵を排除するだけの、完璧な兵器。


「ゲームセット。6-0、西園寺女子!」


再びの完封。

団体戦スコアは、この時点で4-0。西園寺女子中等部の全国四連覇は、既に記録上、確定していた。


しかし、有明のセンターコートに漂う緊張感は、緩和されるどころか、肌を刺すような鋭さを増していく。

観客席の誰もが知っていた。

勝敗が決した後のこの「消化試合」こそが、今大会で最も恐ろしい時間になることを。


鳳仙雅さんが、ベンチからゆっくりと立ち上がった。

彼女がラケットを手に取り、深紅のジャージを肩から滑り落とした瞬間、会場の空気が物理的な重圧となって私たちの肩にのしかかる。


「……来るわ。煉獄の処刑人が」


高城部長の言葉とともに、王座に君臨する少女が、燃え盛るような眼差しをコートへと向けた。


西園寺女子のベンチから、ついに「女王」がその重い腰を上げた。

鳳仙ほうせん みやび

彼女がラケットを手に取り、一歩、コートへと踏み出すたびに、観客席のざわめきが物理的な圧力に押されるように消えていく。


「……鳳仙さんが出る」

美咲が隣で、祈るように両手を握りしめていた。凛ちゃんも私の腕を掴んだまま、固唾を呑んでその姿を見つめている。


二回戦。私たちの主将、高城部長がボロボロになりながらも意地でもぎ取った「1ゲーム」。あの時、鳳仙さんは初めて感情を排した「暴力」を解放した。そして今、決勝の舞台に立つ彼女の瞳には、当時よりもさらに深く、すべてを灰にするまで許さない、静かなほむらが宿っている。


「女子シングルス1、コートに入ってください」


審判のコールが響く。相手校の主将は、悲壮なまでの覚悟を瞳に宿してコートに入った。昨日、田中くんが見せたような、すべてを投げ打ってでも食らいつこうとする強い意志。


けれど、鳳仙雅さんの前では、その「意志」さえもが、燃え盛る煉獄に投げ込まれた羽虫のように脆弱だった。


「……終わらせましょう。この退屈な儀式を」


鳳仙さんの放った第一球。

それは、湊兄さんのような爆音は伴わなかった。代わりに聞こえたのは、空気が熱で膨張し、一気に引き裂かれるような「ドッ」という重い衝撃音。


「……っ!?」

相手選手は、反応することさえ許されなかった。ボールはベースラインの角を正確に射抜き、石のように硬い音を立ててフェンスを歪めた。


「15-0」


そこから先は、もはやテニスの試合と呼べるものではなかった。

鳳仙さんのテニスは、二回戦で高城部長の粘りに触れたことで、さらなる「排除」の効率を突き詰めていた。

相手がどれほど泥臭く走り、魂を込めたショットを放っても、鳳仙さんは微動だにせず、ただ最短の予備動作から、最も残酷な角度へと、重戦車のような剛球を叩き込む。


一発一発のショットが、逃げ場を奪う熱風となって相手のラケットを弾き飛ばす。

「……あんなの、人間業じゃないわ。技術云々の前に、存在そのものが『圧』だもの」

高城部長が、驚愕を通り越して呆然と呟いた。

その打球は、精密な白河さんのテニスとも、論理的な不知火さんのテニスとも違う。ただ圧倒的な「個」の武力によって、他者の抗いをすべて焼き尽くす、絶対的な断罪だった。


「ゲームセット。6-0。西園寺女子!」


最後の一球がコートに突き刺さったとき、会場は歓声よりも先に、あまりの絶望的な力の差に息を呑む沈黙に包まれた。

圧倒的で、そして無慈悲な、処刑の完了。


西園寺女子、全国四連覇達成。

四度目の頂点に立った彼女たちは、抱き合うことも、涙を流すこともしなかった。

ただ静かにネット際で握手を交わし、鳳仙さんは凛とした姿勢のままベンチへと戻る。


その途中。

鳳仙さんは一瞬だけ足を止め、観客席の私の方に視線を向けた。


その瞳には、二回戦で私に一矢報いられた屈辱を、この完璧な勝利ですべて「灰」にし、清算したという静かな自負があった。

(……次は、この炎に巻かれる覚悟をしておきなさい)

声には出さずとも、その眼光がそう告げているのがはっきりと分かった。


「……これが、女王」

私は、自分たちが辿り着いた「二回戦」が、この煉獄の頂からどれほど遠く、険しい場所にあるのかを改めて思い知らされた。


観客席から立ち上がる鳳仙さんたちの背中を見送りながら、美咲が拳を血が滲むほど強く握りしめた。

「……みゆ。悔しいね。昨日、湊先輩たちが負けた時とは、また違う種類の悔しさだよ。……あいつらは、テニスを『戦い』じゃなくて、一方的な『支配』にしてる。……私、やっぱりあんなの認めない」

「……うん。私たち、まだ何もできてない。……でも、次は、あそこまで行くんだ。あの熱の中に、私たちのテニスを刻みに行くんだ」


女王の戴冠を祝う有明の空は、どこまでも澄み渡り、そしてどこまでも冷たかった。

けれど、私たちの胸の中には、その寒さを溶かし尽くすほどの、新しく、激しい「青い炎」が宿り始めていた。


星和学院

女子部、全国二回戦敗退。

男子部、全国準優勝。


この結果を刻んだ私たちの心に、新しい十三歳の冬が、静かに、けれど力強く訪れようとしていた。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


女子決勝戦の様子でした。

鳳仙雅は三年生のため、来年は高等部またはプロの世界へ進んでいます。

そのため西園寺の戦力は弱体化しますが、ここの実力がそれぞれ高いので、優勝候補であるのは確かです。


とりあえず全国大会の試合風景はここで終了です。

次の帰りの様子をもって、この章は締めくくります。

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