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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第8章:秋光のキャンパス、束の間の休息

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放課後の宣戦布告と証拠写真

地区大会という、烈日の下の戦いが幕を閉じて一週間。 学校には、どこか穏やかで、それでいて浮き足立ったような秋の空気が流れていた。 星和学院の校舎に響くのは、いつものテニス部の鋭い打球音ではなく、放課後の校庭から聞こえる応援団の太鼓の音や、窓から漏れてくる合唱の練習風景だ。


「ねえ、みゆ。ボーッとしてどうしたの? 魂がまだテニスコートに置いてきぼりになってるわよ」


休み時間、美咲がガタガタと自分の机を私の机にくっつけてきた。彼女の手元には、色鮮やかに印刷された文化祭のパンフレットと、運動会の競技一覧が広げられている。


「えっ、あ……ごめん。つい、地区大会の決勝のことを思い出してて」


私は無意識に、右手のひらを握ったり開いたりした。ラケットを握りすぎた名残のタコが、まだ少しだけ硬く残っている。


「もう、切り替えなきゃダメよ! テニス部は今、短縮練習期間でしょ? その分、今はクラスのために働いてもらわないと。今年の私たちのクラスの出し物、『アンティーク・カフェ』に決まったんだから。衣装、みゆならエプロンドレスが似合うと思うんだけどなぁ」


「ええっ、衣装まで着るの? 私は裏方の準備でいいんだけど……」

「ダメよ。テニス部のアイドルを裏方に引っ込めるなんて、クラスの男子が許さないわ。……あ、それよりこっち! 来週の運動会のこと!」


美咲がペンで指し示したのは、運動会の最終種目、『クラス対抗・男女混合リレー』の欄だった。


「みゆ、今回も選抜メンバー入りおめでとう。さすがは湊先輩の直系妹ね。女子枠ではダントツの推薦だったわよ」

「推薦って……。私は兄さんみたいに圧倒的なスピードがあるわけじゃないのに。平均より少し上、くらいだよ」


私が苦笑いしながら答えると、近くでポスターを描いていたクラスメイトの早川くんが顔を上げた。

「そんなことないよ、水瀬さん。君のあの、初速の速さと体幹の安定感は陸上部から見ても凄いと思う。バトンパスの時にスピードを落とさない技術は、うちのクラスにとって最大の武器だよ」


陸上部の短距離エースである早川くんにそう言われ、私は少し照れくさくなった。

「早川くんにそう言ってもらえるなら、自信持てるかな。……私たちのクラスは、アンカーの早川くんにどれだけ有利な状態でバトンを渡せるかが勝負だもんね」


「その通り。俺もアンカーとして、最後は意地でもトップでゴールするつもりだから。水瀬さん、頼んだよ」

早川くんの爽やかな笑顔に、クラスの女子たちが小さく歓声を上げる。


そんな賑やかな教室の入り口に、不意に人影が立った。


「よお、みゆ。ちょっといいか?」


教室の入り口で、陽太がひらりと手を上げた。 逆光を背に立つ彼は、夏の終わりの厳しい練習を耐え抜いたからか、以前よりも一回り身体つきがしっかりしたように見える。


「陽太? どうしたの、わざわざ私のクラスまで」

私が歩み寄ると、美咲も当然のように背後に張り付いてきた。


「あ、松本もいたのか。いや、さっき運動会の実行委員から連絡があってさ。混合リレーのレーン順、うちのクラスとみゆのクラス、隣同士になったんだってよ」


陽太が苦笑いしながら教えてくれた。

「隣のレーン? ってことは、走るタイミングも一緒……?」

「そう。しかも、俺たちの区間も重なるんだ。……さらに悪いことに、隣のクラスのアンカー、テニス部の田中瑛太なんだよ」


「えっ、田中くんが?」

私は思わず声を上げた。田中くんといえば、テニス部でも屈指の韋駄天だ。

「そうなんだよ。あいつ、わざわざ俺のところまで来て『陽太をちぎって、ついでに早川も抜いてやる』って宣言していったぜ。俺も自分のクラスでは第3走者を任されてるけど、後ろから田中が爆走してくると思うと、テニスの試合より緊張するよ」


陽太が困ったように笑う。その制服の着こなしに、私はふと目を留めた。 入学したての頃、あんなにぶかぶかだったブレザーの肩幅が、今はぴったりと合っている。首筋から肩にかけてのラインが逞しくなり、少年の幼さが消え始めていることに、私は今更ながら気づいてドキリとした。


「……何、ジロジロ見てんだよ」

陽太が怪訝そうに自分の襟元を触る。


「え、あ、ううん。……陽太、制服がちょうど良くなったね、って思って」

「ああ……。母さんに言われたんだよ。『あんた、いつの間にか背が伸びて袖が短くなってるじゃない』って。夏休みの間に身体がガッシリしたから、裾も袖も出しに行かなきゃダメね、ってさ」


陽太が照れくさそうに、少し短くなった袖口を引っ張る。その仕草に、私は彼がこの数ヶ月、私と一緒に厳しい練習を積み重ねてきた証拠を見た気がして、なんだか胸が熱くなった。


そんな私たちの雰囲気を察してか、背後の美咲の目がキラリと光った。


「ふーん……。河村くんの成長を一番近くで見てるみゆとしては、放っておけないわよね。……ねえみゆ、それだけ河村くんが逞しくなったんだから、運動会のお昼休み、手作りのお弁当とか差し入れしてあげないの? ……っていうか、二人ってもう付き合ってるんでしょ?」


「っ!? ……な、ななな、何を言ってるの美咲!?」


教室の視線が一斉にこちらに向く。陽太は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「ちょ、ちょっと美咲、変な誤解しないでよ! 私たちはただの幼馴染で……」

慌てて否定する私に、美咲はスマホを取り出しながら、確信に満ちた笑みを浮かべた。


「誤魔化しても無駄よ。合宿の帰り、こんなの見せつけられたら、気がつかないほうがおかしいわよ?」


美咲の指が、スマホの画面をタップした。


「……っ!?」


美咲が差し出したスマホの画面を覗き込んだ瞬間、私と陽太の間に、凍りついたような沈黙が流れた。


そこには、合宿帰りのバスの座席で、深い眠りに落ちている二人の姿がはっきりと映し出されていた。窓の外から差し込む柔らかな夕日が二人を包み込み、私は陽太の肩に頭を預け、陽太は私の頭に頬を寄せるようにしている。 何より言い逃れができなかったのは、座席の間に置かれた二人の手が、指を絡め合うようにして固く結ばれていたことだった。


「ひ、ひゃああああっ! こ、これ、いつの間に……!」

「うわあああ! な、松本、お前……っ!」


私の絶叫と陽太の動揺が、静かな廊下に響き渡る。

「ふふん、隠し撮りじゃないわよ。あまりに平和な光景だったから、部員みんなで代わる代わる拝ませてもらったんだから。湊先輩なんて、これを見た瞬間、スマホを握りつぶしそうな顔してたんだからね?」


美咲の言葉に、私は目眩がした。あの時、試合の疲れと安心感の中で、無意識に求めてしまった陽太の手。それがまさか、部内全体に「公認」に近い形で知れ渡っていたなんて。


「あ、あの、これはだな……その、寝ぼけてて、つい……!」

陽太が顔を耳まで真っ赤にして必死に弁明する。その様子を面白そうに眺めながら、美咲はさらに追い打ちをかけるようにニヤリと笑った。


「で? そんなアツアツな仲なのに、運動会のお弁当は『お預け』なわけ? 真心のこもった愛妻弁当とか、期待しちゃうのが人情でしょ」


「そ、それは……!」

私は詰め寄る美咲から目を逸らし、蚊の鳴くような声で白状した。

「……私、今までテニスの練習ばっかりで、まともに料理なんてしたことないのよ。包丁なんて、リンゴの皮を剥くのが精一杯なんだから……」


「ええっ!? 本気?」

美咲が意外そうに声を上げた。

「水瀬家の料理は、いつもお姉ちゃんが全部やってくれてるの。兄さんのお弁当も、私は手伝うどころか、毎朝お姉ちゃんが作ったおかずをただ詰めてるだけで……」


私が俯いて白状すると、ようやく再起動した陽太が、照れ隠しのように頭を掻きながら苦笑いした。


「あはは……まあ、いいよ。雫さんの料理は確かに美味いけど、みゆが無理して作ったお弁当を食べて、もし真っ黒焦げの卵焼きとか入ってたらさ……。午後のメイン種目のリレー、お腹壊して出られなくなっちゃうかもしれないだろ?」


「む、失礼ね! そこまで酷いのは作らないわよ……多分。でも……分かったわよ。今度、お姉ちゃんにちゃんと教えてもらうことにするから!」


私が頬を膨らませて宣言すると、美咲は満足げにスマホをポケットにしまった。

「はいはい、その『特訓成果』、楽しみにしてるわね。ま、今回のお弁当は各自の家の味ってことで! その代わり、当日はテニス部のみんなでおかずの交換会をしよう」


「おう、母さんに言っとくよ。……じゃあな、みゆ。当日は負けないからな」 陽太はそう言い残すと、まだ少し赤みの残る顔を背けるようにして、自分のクラスへと走っていった。


遠ざかる彼の背中を見送りながら、私はスマホの中の「繋がれた手」の感触を思い出し、心臓の鼓動が止まらなくなった。 秋の高く澄んだ空の下、運動会という新たな「戦い」を前に、私たちの心は賑やかに、そして今まで以上に熱く弾んでいた。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。



舞台が学校に戻ってきました。

早川くん登場

運動会は3クラスが激突する流れになります。

お楽しみに。

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