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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第4章:幸福という名の鎖

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打ち砕かれる恋心と暗黙のルール

試合の興奮が冷めやらぬ帰り道。街灯がぽつぽつと灯り始めた、寒々しい夕暮れの通学路を、私と陽太、そして重いラケットバッグを肩にかけた湊兄さんの三人で歩いていた。二月の風は容赦なく体温を奪っていくけれど、湊兄さんの隣にいる時だけは、その圧倒的な存在感のせいで寒さを忘れてしまいそうになる。


「兄さん、今日の逆転劇、本当にかっこよかったよ! 最後まで諦めないの、痺れた」

「ありがとう、みゆ。陽太くんも、こんなに寒い中応援に来てくれて助かったよ。二人の声、ちゃんと聞こえていたからな」


湊兄さんはいつものように優しく微笑む。けれど、その瞳の奥には試合中のあの鋭い光の残滓が、ほんのりと、けれど消えずに残っているように見えた。私の頭の中には、さっきの1年生たちが言っていた「いなくなる」という不気味な言葉が、喉に刺さった魚の骨のようにずっと引っかかっていた。


「ねえ、湊さん。……一つ、聞いてもいいですか?」

陽太が、夕闇に紛れて核心を突くように口を開いた。


「なんだい、陽太くん」

「さっき、学校の女子たちが変なことを言ってたんです。湊さんに近づこうとした人は、みんな『いなくなる』って。……湊さん、ぶっちゃけ告白されたこと、ないんですか?」


湊兄さんは一瞬、歩みを緩め、遠くの街灯を眺めるような目をした。


「……告白か。もちろん、何度かはあるさ。でも、不思議なんだ」

「不思議……?」


湊兄さんは、まるでお伽話でも語るような淡々とした口調で続けた。


「付き合うとか、そういう段階に進む余裕なんて全くないんだ。……昨日、泣きながら『好きです』と言ってくれた子が、次の日の朝には青い顔をして俺のところに来る。そして、『昨日のことは、なかったことにしてください』って、震えながら謝ってくるんだ。まだ、返事すらしていないのに」


「え……? 全員が?」

私の問いに、湊兄さんは静かに、肯定の重みを持って頷いた。


「そう、例外なく全員だ。中には、そのまま学校に来なくなった子もいたし、急に転校が決まったって挨拶に来る子もいた。……みんな、まるで俺を『見てはいけない恐ろしいもの』でも見るような目で見て去っていくんだ。理由は誰も教えてくれない。ただ、みんなひどく怯えているんだ」


湊兄さんの声には、怒りも悲しみも、拒絶すらもなかった。ただ、深い霧の中に一人取り残されたような、どこか空虚な諦めだけが漂っていた。


「……兄さんは、悲しくないの?」

「悲しい、か。……よく分からない。ただ、俺が誰かを特別に想う前に、世界が勝手に整理されていくような感覚なんだ。まるで、俺の周りだけ時間が巻き戻されているみたいに…」


翌日の放課後。私と陽太は、湊兄さんの周囲に広がる不可解な空白の正体を突き止めるべく、中学校の校内へと足を踏み入れた。陽太が部活の先輩や同級生に根回しをし、私たちは学級の枠を超えて「噂の核心」を知る人物を訪ね歩いた。

そこで聞いた話は、想像を絶するものだった。


まずは、一年生。

「高橋さんの事件は有名よ。水瀬先輩を屋上に呼び出した翌朝、彼女が近所のコンビニで万引きを繰り返していたっていう鮮明な写真が、学校の先生たちのところに届いたの。本人は『あんな場所に行った覚えない』って泣いてたけど、映っていたのは間違いなく彼女だった……。結局、一週間後に学校を辞めていっちゃったわ」


次に、湊兄さんの同級生である二年生の男子。

「湊と同じクラスだった佐藤さんか……。あの子、湊に手作りの弁当を渡そうとした翌日、お父さんが会社のお金をこっそり盗んでいたっていう証拠が、会社の人たち全員にバラされたんだ。言い逃れできないほど完璧な証拠だったらしくて、お父さんはその日のうちにクビ。家族みんな、夜逃げみたいにこの街から消えたよ。偶然にしちゃ、怖すぎるだろ?」


最後に、卒業を控えた三年生の女子生徒。彼女はかつて湊に憧れていた一人だったが、その目はひどく冷めきっていた。

「……あんたたち、あまり深追いしない方がいいわよ。去年の話だけど、三年の木下先輩が湊くんに無理やり連絡先を渡したことがあったの。その日の夜、先輩のお母さんが昔やらかした『隠しておきたい恥ずかしい事件』が、近所に配られるチラシに実名で載せられたわ。家族はバラバラになって、先輩は心の病気になって転校していった。あの一家、この街から文字通り消されたのよ」


聞き込みを終える頃には、私と陽太の背中は嫌な汗でぐっしょりと濡れていた。

一例や二例ではない。湊兄さんに個人的な感情で近づこうとした者は、例外なく、その本人や家族がひた隠しにしてきた「悪いこと」や「秘密」を正確に暴かれ、生活をめちゃくちゃにされているのだ。


「……これ、単なる嫌がらせのレベルじゃないよな」

陽太が、乾いた喉を鳴らしながら、震える声で呟いた。

「湊さんを好きでいるうちは安全なんだ。でも、その隣に立とうとした瞬間、自分たちの人生の『汚れ』を暴き立てられる。……だから、あの一線を越えようとする奴はもう誰もいない。湊さんは、誰にも汚されないように『管理』されているんだよ」


放課後の校舎に、長く伸びる不気味な夕影。

その「掃除」の主は、相手がどれほど深い場所に隠した秘密であっても、執念深く掘り起こし、最も効果的なタイミングで突きつけてくる。


私の脳裏に、家でいつも優しく私のシーツにアイロンをかけてくれる、雫お姉ちゃんの細く白い指先が浮かんだ。

昨夜、お姉ちゃんの部屋の隙間から見えた、煌々と灯るデスクライト。彼女が熱心に書き込んでいた黒い手帳。


(お姉ちゃんが……兄さんを守るために、みんなを……?)


冷え切った廊下で、私は自分の家が、甘く清らかな香りのする「断頭台」のように思えて、激しい眩暈に襲われた。

おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


人気者がモテない理由。

本人の意思とは関係無しに離れていく。

リアルで起こるとトラウマものですね。

犯罪行為一歩手前の事件を考えるのはなかなか難しい。

推理小説を書く作家さんの知識がすごいこと実感しました。


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