選別という名の愛
学校での聞き込みから帰宅した後も、私の心臓は嫌な音を立て続けていた。
夕食の席では、いつも通り湊兄さんがテニスの話を笑って話し、雫お姉ちゃんが「冷えるわね。明日の朝食は温かいスープがいいかしら?」と優しく問いかけている。そのあまりに完璧な「幸せな家族」の光景が、今日学校で聞いたおぞましい噂を、すべて私の被害妄想だと思わせようとしていた。
(……でも、もし本当だったら? もし、お姉ちゃんが……あの事件の全部を……)
夜、家族が寝静まり、家全体が冬の深い静寂に包まれた頃。私は吸い寄せられるように二階にあるお姉ちゃんの部屋へと向かった。
ドアの隙間から漏れる、鋭い一筋の光。私は息を殺し、指先を震わせながらその隙間から中を覗き込んだ。
清潔に整えられたお姉ちゃんの部屋。その中心で、彼女はデスクライトの青白い光に照らされ、何かの作業に没頭していた。
お姉ちゃんの白い指先が、湊兄さんのラケットバッグから回収したであろう、一通のピンク色の封筒を丁寧に、けれど事務的に切り開く。それは、今日の試合会場で誰かが勇気を出して忍び込ませたラブレターだった。
お姉ちゃんはそれを、感情の失せた目で一読すると、机上のノートパソコンに視線を移した。
「……一年の、小西さん。お父さんは市役所勤め、お母さんはパート」
お姉ちゃんの白い指が、リズミカルにキーボードを叩く。画面には、一般人には入手不可能な、個人の詳細な記録が映し出されていた。
「家族の様子、お金の使い道……。あら、お母さん、三年前から内緒で借金を繰り返しているのね。今は別名義のカードでやり繰りしているけれど……だらしがないわ」
お姉ちゃんの呟きは、まるでお天気の話でもするかのように淡々としていた。
彼女は机の上に置かれた一冊の黒い革表紙のノートを開いた。そこには、湊兄さんに近づいた女子生徒たちの名前が几帳面な文字で羅列されている。
お姉ちゃんは、その「小西」という名前に、迷いのない手つきで大きな×印を書き込んだ。
「……この子もダメね。湊を任せるには、あまりに品がない。こんな『汚れ』を、湊の近くに置くわけにはいかないわ。……可哀想に、教えてあげないとね。自分たちがどれだけ不相応かということを」
ノートを捲る音が、静まり返った夜の部屋に不気味に響く。
そこには、昼間に聞いた「佐藤さん」や「高橋さん」の名前もあった。その横には、彼女たちが引き起こした「不幸」の原因となった事実が、執念深いほど細かく記されていた。
お姉ちゃんが行っているのは、単なる嫉妬ではない。
湊兄さんを守るための、冷徹で事務的な「間引き」だった。
「……あ」
恐怖で喉が鳴った。その小さな音を、お姉ちゃんの鋭い耳は見逃さなかった。
お姉ちゃんはゆっくりと、まるで最初から私がそこにいるのを知っていたかのように首を巡らせた。
「みゆ? 起きていたの?」
お姉ちゃんの顔に、いつもの慈愛に満ちた、柔らかな微笑みが戻る。
その穏やかな表情と、背後のパソコン画面に映る「他人の家の恥ずかしい秘密」とのギャップに、私は足の震えが止まらなくなった。
「……お姉ちゃん、それ、何をしてるの?」
私が震える声で問いかけると、お姉ちゃんは椅子から立ち上がり、私の前まで歩いてきた。そして、冷たい、けれどこの上なく優しい手で私の頬を包み込んだ。
「湊を守っているのよ、みゆ。あの子はあまりに純粋でしょう? だから、悪い虫や汚れが寄り付かないように、私たちが選別してあげなきゃいけないの。それが家族の役目でしょう?」
「でも……あの子たちの家で起きたことは、お姉ちゃんが……お姉ちゃんがバラしたの?」
「私はただ、真実をあるべき場所に届けただけよ。湊の隣に立とうとするなら、それ相応の覚悟と清らかさが必要だと思わない? 湊を任せられるのは、家柄も品性も完璧な、彼に相応しい相手だけ。……今のところ、そんな子は世界中どこを探してもいないけれどね」
お姉ちゃんは私の瞳を覗き込むように、声を低くした。
「みゆも、本当は分かっているでしょう? 湊が、何も知らない、汚れを持った女の子のものになるなんて耐えられないわよね? 私たちが、湊の一番の理解者でいなきゃ。……ねえ、みゆ。私たちは、家族でしょう?」
その言葉は、甘い毒のように私の胸に突き刺さった。
お姉ちゃんの狂気に寒気を覚えながらも、心のどこかで「これでお兄ちゃんは誰にも奪われない」という、暗く歪な安堵感を抱いてしまう自分がいた。
私はその時、お姉ちゃんが差し出した「共犯者」としての手を取ってしまったのだと思う。
「……うん。兄さんは、特別だもんね」
私が掠れた声で答えると、お姉ちゃんは満足そうに微笑み、私の額に優しくキスをした。
「そうよ、みゆ。良い子ね。さあ、もう寝なさい。これから中学生になれば、あなたも同じ学校で、もっと近くで湊の力になれるわ。二人で湊を守りまっていきしょうね。」
自室に戻った後、私は鏡に映る自分の顔を見た。
陽太の前で見せる「普通の女の子」の顔。そして、この家で湊兄さんを守るために影で動く「守護者」の顔。
二つの私が、二月の暗闇の中でゆっくりと混ざり合っていく。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
雫姉さんは現在19歳なので、女子大生です。
現実的に考えてここまで個人情報取得するのは検察庁や警察のお偉いさんじゃないと不可能です。
取得できる立場でも不正アクセスや職権濫用の罪になるでしょうね。
みゆちゃんに隠し事が増えましたが、そこまで枷にはならない予定です。
次話以降でも軽く触れる程度にするつもりです。
続きが気になると思いましたらブックマーク、お気に入り登録していただけると幸いです。
高評価頂けると励みになります。
コメント・評価も受け付けていますのでお気軽に感想やレビュー、誤字脱字報告お待ちしています。




