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憧れの先輩のパパ活現場を目撃してしまった僕、大人のお姉さんに拾われる。  作者: 二上圭@じたこよ発売中
三章

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11 いくらでも図に乗れる

 新年度の学校生活で、最大の難所と見込んでいた一週間を無事に乗り切った。


 夕飯の献立はすでに決まっていたため、下校中にスーパーに寄った。生鮮食品コーナーでひき肉を手に取り、牛乳を求めて歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある横顔が映った。


 お酒売り場で、サングラス越しに二本の缶を見比べているその姿。彼女が成人済みであることは承知しているが、女子高生がお酒を吟味しているように見えてしまう。警察や教師の類がいたら、見咎めるものも出てきかねない光景だ。


「ユエさん」


「あ、ツバメくん。おかえりー」


 やましいことはなにもないユエさんは、まるで家にいるかのような調子で応じた。そのまま僕の買い物かごを覗き込み、


「今日のご飯は……ハンバーグ?」


「キーマカレーです」


「キーマカレーかー。……そういえば、ドライカレーとなにが違うんだろうね?」


「キーマは煮込むものですけど、ドライは炒め物って感じですね。あと、日本生まれです」


「へー、ドライカレーは日本国籍なんだ」


 感心したように言うユエさんに、僕も聞き返す。


「ユエさんはお酒ですか?」


「うん。選り取り見取りだから迷っちゃってるの」


 ピンクと白の缶を手にしたまま、ユエさんは楽しげにこちらへ見せてきた。迷っているという割には、買い物かごには既に五本。どれも色とりどりで被りもない。


「ツバメくんはどっちがいいと思う?」


「白がなんかラッシーっぽいんで、カレーには合うんじゃないですか?」


「じゃあ、こっちにしーよう」


 ユエさんは白い缶をかごに収め、ピンクの缶を棚へ戻す。そこで改めて、この人が成人済みであることを思い出した。


「そうだ。ついでに料理酒とみりんをお願いしていいですか?」


「そんなお伺い立てなくても、いつでも買っていいよ」


「料理酒とみりん、未成年には売ってくれないんです」


「え、そうなの?」


「れっきとしたアルコールですからね。買うときに、年齢確認されませんでしたか?」


「その手の調味料は、お兄ちゃんが揃えてくれたものだから。料理を始めるスターターキットみたいに」


「どおりで未開封だったわけだ」


 今使っている料理酒もみりんも、あの家に来た当初から揃っていた。一通りの調味料があるなとは思っていたが、そういう事情だったらしい。


 その場で、大容量の1.8リットルボトルをそれぞれ二本ずつお願いした。二袋に分けて持ったが、それでも指に食い込む重さだった。


 店を出てすぐ、ユエさんは声をかけてくる。


「片方持とうか?」


「辛くなったらお願いします」


「そう? 遠慮なく言ってね」


 控えめに遠慮した僕に、ユエさんは少しだけ心配そうな表情を浮かべる。


 たしかに重いが、無理をしているほどではない。この程度で頼るのもどうかと思ってしまうあたり、僕なりの男としての意地があった。


「今日は学校、どうだった?」


 帰り道、ユエさんはそんな尋ね方をしてきた。子どもに向けて聞けば、「普通だよ」とか「別になにも」と返されそうな質問だが、ユエさんが聞きたいことはわかっていた。


「ついにあの先輩たちから、『やっぱりおまえがあのテルくんだろ』って詰め寄られました」


「おー、いよいよそのときが来ちゃったか」


「毎日一緒に登校してましたから、さすがにね」


 カグヤ先輩との登校も、今日で五日目。昼休みに欠かさずやってくる先輩たちを、ずっと委員長がうまくあしらってくれていた。


 たとえば火曜日。僕がいない間に乗り込んできた先輩たちに、委員長は『テルくんなら、あれから見てないですよ』と、さらりと返して引き下げさせたらしい。


 その後も同じように追い返してくれていたが、毎朝カグヤ先輩と登校している目撃情報はあるのだ。


 今朝、校門前で待ち伏せられて、まずはしっかり顔を確認された上で、三時間目の休み時間に乗り込んできたのだ。昼休みはいないから、きっと不意打ちだったのかもしれない。


「それでそれで、どうなったの?」


 僕の窮地を語っているというのに、ユエさんはまるで物語の続きを求めるように、目をきらきらとさせてせがんでくる。


「人違いで乗り切りました」


「えー、この期に及んで? 通じたんだ、それ」


「生徒手帳を出して、『僕のどこにテルの要素があるんですか?』って言いました」


「あー、ツバメくんの名前、普通じゃ読めないもんね」


「タイミングよくトイレから戻ってきたコウくんが、『どうしたワカ?』ってアシストしてくれて。あっさり引き下がりました」


「それで、無事に今週を乗り切ったと」


「その分、来週が怖いですけどね」


 僕が苦笑いを浮かべるが、ユエさんはくすっと笑う。


「言うほど、ビビってるようには見えないけど?」


「最初はもっと、人生の修羅場みたいなことが起きると思ってたんですけどね。僕みたいなのがカグヤ先輩の隣を歩こうものなら、男子だけじゃなくて女子すら敵に回すかもしれないって。寄生虫みたいに見られて、責められるんじゃないかって」


「寄生虫って……自分のこと、卑下しすぎだよって――って、言ってあげたかったけど」


 ユエさんはニヤニヤとしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。


「プロデュース前のツバメくん、酷かったからねー。主にファッションセンスが」


「うっ……」


「前のままだったら、クラスの子たちも助けてくれなかったかもね」


 いたずらっぽく唇を歪めるユエさんに、僕は苦々しい顔をした。そんな僕の頭をぽんぽんと優しく叩いてくる。


「でも、今のツバメくんはちゃんと認められていると思うよ」


「認めて、貰えてるんでしょうか……?」


「嫌いな相手のために、あんな悪ノリする子いないって」


「……そうですね」


 その言葉が胸にしみて、勇気づけられたような気がした。


「いい? ツバメくん。釣り合いとか引け目とか、相手と比べて劣ってるからとか――そういうの、もうとっくに外見がどうこうって話じゃないの。今のツバメくんに足りてないのはただひとつ。自己肯定感の裏付けだけ」


「自己肯定感の、裏付け?」


「うん。たとえばわたしだったら――この恵まれた可愛いお顔」


 ユエさんは二本の人差し指で頬を突きながら得意げに言った。


「あとは元とはいえ、ナンバーワンアイドルの称号かな。わたしはこのふたつだけで、いくらでも図に乗れるね」


「図に乗ってる自覚、あるんですね」


「へー、ツバメくん……わたしのこと、図に乗ってると思ってたんだ」


「理不尽過ぎる……」


 笑っているのに、どこか氷のように冷たい声。その穏やかな威圧に、思わず身がすくむ。けれどその口元には、楽しげな笑みが浮かんでいた。


「さっちゃんだったら、ひじりんとしての名声。カグヤちゃんだったら、ギャルザベスの称号かな」


「本人、その称号、捨てたがってますよ」


「でもそれって、敬われて、憧れられるほどのなにかを築いてきたってこと。そんな中身の証明でもあるんだよ」


 ユエさんは人差し指を小さく振りながら続ける。


「ツバメくんには、そんな裏付けになりそうなもの、なにかある?」


「裏付け、かー……」


 空を仰ぐようにして答えを探してみても、どこにも書いてなかった。そんな僕の様子を見ながら、ユエさんはもったいぶるように、けれど優しく言葉を紡いだ。


「それを自分で見つけて、言葉にできるようになれば、ツバメくんは今よりもっと素敵な男の子になれるよ」


 ――その一言に、ハッとした。


『言葉にできるようになれば』


 以前、コウくんが大切だと言ったことが、同じようにユエさんの口からも伝えられた。


 もしかしたらユエさんは、僕自身がまだ見つけられない裏付けに、もう気づいているのかも知れない。でも、それを教えてしまわないのは、僕自身の言葉で見つけ出すべきのものだから。そうやって、自分で掴ませようとしてくれているのだろう。


「ユエさん」


「なーに?」


「今のセリフ、凄い大人のお姉さんっぽかったですよ」


「でしょー?」


 胸を張ってそう答えたユエさんの姿は、まるで無邪気な子どもみたいだった。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
並行して連載しておりますので、こちらもお目通し頂ければm(_ _)m
― 新着の感想 ―
頼りになるお姉さんの時と、頼りにならない時の差が大きすぎるのだなあ…
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