10 他人の納得
「ご馳走様」と手を合わせて立ち上がろうとすると、肩にそっと手が置かれた。
「それで」
話はまだ終わってないだろ、という無言の圧に押されて、浮かしかけた腰が元の位置に戻る。
「なんで先輩方は、噂のテルくんを求めて乗り込んできたんだ?」
「その言い方は、もう察してるでしょ」
「なら言い方を変えるか。なんで、お姫様との関係がバレてるんだ?」
「カグヤ先輩と一緒に登校したから」
「あのワカが、お姫様と一緒に登校しただって……!」
コウくんは大げさに目を見開いてみせたが、その芝居がかった態度は白々しすぎた。
「それも知ってたんでしょ」
「『若井がまたカグヤ先輩と登校してるらしいぞ』って、ワカが来る前から話に上がってたからな」
悪びれる様子もなく、当然のように言ってのける。どうやら登校中の段階で、情報は広まっていたようだ。
「連絡網が優秀過ぎるのも、考えものだよね」
「令和は監視社会だからな」
「個人のプライバシーって、どこ行ったんだろうね。あー、やだやだ」
再び立ち上がろうとした瞬間、またも肩に手が置かれる。
「ついにお姫様といい仲になったのか?」
「なってないし、兆しもないよ」
「ならなんで『覚悟』を決めて、お姫様と登校なんて始めたんだ?」
「それは……」
コウくんの問いかけに、言葉が詰まる。
元々、その理由を話す予定ではあったが、いざ本人を前にすると口が重くなった。しかしいつまでも避けることはできないし、そもそも逃がしてくれるような相手ではない。
金曜に起きた出来事を、順を追って説明した。
二度目とあって、説明はスムーズに終わったが、変わらない疲労感がぶり返した。それを語り終えたときには、サチさんのような拍手を送られてきた。
「俺が帰った後、そんな面白いことが起きてたなんてな」
「面白くもなんともないよ。コウくんも他人事じゃないんだから、苦労を分かち合ってよ」
「分かち合うもなにも、裏でなにを言われようが気にならんからな」
肩をすくめながら、コウくんは軽く笑った。
「でもワカにとっては、いいキッカケになったんじゃないか?」
「なんのさ?」
「お姫様と関係を推し進めるための」
「だからカグヤ先輩は、そういう相手じゃないってば」
「そんな心のブレーキを緩めるには、ちょうどいい機会だって話だよ。踏んでる自覚くらい、あるだろ?」
そんなものはないと、否定することはできなかった。
なぜカグヤ先輩は、こんな笑顔を僕に向けてくれるのか。その疑問が胸をよぎるたび、友情という言葉を思い出し、自分を戒めてきた。
その戒めは、たしかに自覚のもとにあった。なにより一度、
『このままいってたら、ガチ恋待ったなしです』
ユエさんに慰められていたときに、正直な気持ちを言葉にしたのだ。
コウくんにここまで言われたのだ。もはや隠し通せるものではなかった。けれど、なにをどう口にすればいいのかわからず、黙ったままでいると、
「ワカのことだ。好きになったって報われないとか、関係が壊れるのが怖いとか、そもそも自分なんかじゃ釣り合わないって、そんなあるあるの卑屈な理由で、最初から諦めてるんだろうけどな」
胸の奥に突き刺さるほどの図星で、返す言葉が見つからない。
「だからこそ『釣り合わないから』なんてつまらない普通は、半端に抱えておくな。いい加減捨てちまえ」
「半端に抱えてる?」
「友情はオッケーで、恋愛はダメだっておかしな話だろ」
「……あ」
自分でも気づかないうちに、息を呑んでいた。
言われてみれば、その通りだった。釣り合わないのを理由に拒まれた経験があるわけでもないのに、自分の中で当たり前のように線を引いていた。
「そもそもの悩みのタネを思い出してみろ。女子たちから、この俺の相手役に選ばれてるんだぞ?」
「それを考えたら、自信を持って……いやー、やっぱり素直には喜べないや」
「釣り合うかどうかなんてのは、他人の物差しで測られた納得の話ってことだよ」
つまらないものを笑い飛ばすその言葉が、これまた胸にすとんと落ちた。
大変遺憾ながら、僕はコウくんと付き合っていることにされている。しかしそれが釣り合っているかどうかと問われれば、誰が見てもそうは思わないだろう。
それなのにコウくんに恋する乙女たちは、喜んでそれを受け入れている。
なぜか?
納得しているからだ。
本当はコウくんの隣に寄り添いたいと願っている。でも、それが叶わない夢であることを知っている。だから、自分が諦めた願いを他の誰かが叶えるくらいなら――せめて納得できる相手であってほしい。
もしそうでなければ、不満は感情のまま形を変え、攻撃をするための矛となる。
釣り合わないなんて言葉は、そんな矛の形のひとつなのかもしれない。
「結局、一番大事なのは、当人同士の納得だよ。他人の納得なんて、我が儘の押し付けでしかないからな」
コウくんはそんなものたちを鼻で笑うように言った。
「それが気になるのは、自分に自信がないからだ。だから俺は、他人の我が儘なんて気にしないぞ」
「コウくんって、自信の塊みたいなところあるもんね」
「そんな奴のお相手に、我が儘の塊みたいな奴らから選ばれたんだ。ワカも少しは、自信を持て」
「その自信の拠り所、酷すぎて頭痛が痛いんだけど」
「それ、二重表現だぞ」
「ひと粒で二度痛いってこと」
そう返すと、一本取られたようにコウくんは笑った。




