09 成長の証
カグヤ先輩の隣にいると、それだけで注目を浴びる。だが同時に、心強さも得られる――と痛感したのは、昇降口で別れた直後だった。
上履きに履き替えながら、「おい、おまえ。カグヤ先輩とどんな関係だよ」と絡まれた場面を想像してしまい、ひとりで勝手に緊張していた。
早く教室に入って、もうひとりの頼れる存在を待ちたい。けれど、こういうときに限ってなかなかコウくんは現れなかった。
予鈴まであと三分。そんなタイミングで、
「若井くん」
隣から不意に名前を呼ばれて、びくりと背筋が伸びた。
声の主は、隣の席の田村さんだった。
「な、なんですか?」
咄嗟に返した声が、妙に上ずってしまう。
「来光くん、今日はお休み?」
「あー……コウくんのほうね」
「コウくんのほう?」
「いや、なんでもない。多分、休み明けだから、どうせ重役出勤じゃないかな」
「そっかー。お顔をちゃんと見られるのならよかった」
田村さんは安堵したように笑い、それ以上なにも言わずに、前の席の女子とのおしゃべりに戻っていった。
これと似たようなやり取りを、イメチェン初日にもした気がする。
あのときも、今回も。やっぱりただの自意識過剰。自分を高く見積もりすぎていたことを反省しながら、楽観的な気持ちに切り替わった。
カグヤ先輩と一緒に登校したくらいでは、周囲は僕なんかに興味を持ったりしない。
「噂のテルくんって奴、いる?」
――なんてことはなかった。
三年を示すネクタイを締めた三人が、昼休みに教室へ乗り込んできたのだ。
コウくんがいれば真っ先に頼るところだが、残念ながら家庭の事情によりお休みだと、朝から先生の口から伝えられていた。間違いなくサボりだろう。
このクラスで僕が呼ばれるときは、若井かワカだけだ。唐突に出てきたテルくんという響きに、朝の件を知らぬ面々は首を傾げるばかり。だが、知っているものもたしかにいた。
目は口ほどものを言う。
「あいつがそうです」と誰かが名指ししたわけではない。だが、ちらり、ちらりと向けられて束なった視線が、僕を的確に捉える。
それに釣られて、三年生たちの視線もこちらに向けられた。ゆっくりと、距離を詰めてくる。
「用があるなら、一足遅かったですね」
僕は咄嗟に、空席になっているコウくんの机を指差して言った。
「ついさっき、連れて行かれましたよ」
「連れて行かれたって……誰に?」
「なんか怖そうな先輩に」
三年のイケメン代表みたいな顔の先輩が、苦々しい表情を浮かべる。「もしかしてあいつにかな?」と声をかけられた後ろのふたりも、明らかに戸惑っていた。
「わ……わかった。邪魔したな」
短くそう言い残し、三人はそそくさと教室を後にした。
先輩たちが教室から充分に離れた。そのくらいの間が開いた後、事情を知るものたちの笑い声が、教室中に湧き上がった。
「若井くん、最高!」
隣の田村さんが惜しみない拍手を送ってくれるので、苦笑しながら言った。
「また来たら、今みたいなこと言ってくれると助かるよ。あれ以来、姿を見てないってことにしてもいいから」
「任せて! 『今はもう……この世にいないんだな』って顔するから」
「だったら、そのまま『埋められた説』にしようぜ」
「いいな。こう、校舎裏でスコップを持ってた人影を見たって目撃証言をつけて」
「だったら、いかにも最近、掘り返しましたって跡を作るか」
田村さんと昼食を囲んでいた女子たちだけではなく、委員長たちまで悪ノリするように声を上げた。それは連鎖のように広がって、教室中に小さな笑いの波を生んだ。
コウくんと担任以外、寄る辺のなかった教室に、少しだけ居場所ができたような気がした瞬間だった。
◆
翌日の昼休み。
今朝登校すると、クラスメイトたちが次々と「おはよう」と声をかけてきた。しかもその誰もが、いわゆるクラスカーストの上位層にいる面々だ。
極めつけは委員長だった。
「校舎裏、しっかり掘り返しといたからな」
ニカっと笑いながら、親指を立てて言ってきた。
その様子を見ていたコウくんは、お昼ごはんを誘ってくれた。屋上に足を踏み入れるなり、開口一番、「俺が休んでる間になにがあったんだ?」と尋ねてきた。
僕を目当てに三年生が乗り込んできたこと。その場しのぎでついた嘘。そして教室に広がった悪ノリの空気。その顛末を包み隠さず語った。
「上手いことさばいたじゃねーか」
感心した様子で、コウくんが笑った。
「まさか本当に、委員長たちが土まで掘り返すとは思わなかったよ」
「それだけワカのファインプレーが傑作だったんだろ」
「陽キャの悪ノリってとんでもないね」
「でもワカの度胸も、なかなかのもんだぞ。いきなり現れた先輩共を前にして、堂々と騙し切るなんてな」
「……まあ、自分でもちょっと驚いてる」
交換したうなぎ弁当の最後の一口を運びながら、僕は答えた。
「ああいう人たちを相手にする覚悟はしてたけどさ。もっとキョドって、言いたいことの半分を言えたら上等、って思ってたから」
「ま、ワカも成長したってことだ」
「成長したのかな?」
「初めて会ったときなんて、まるで俺に取って食われるんじゃねーかって顔してたぞ?」
「実際、取って食ったじゃん。僕のピーマンの肉詰め」
「ほら。今じゃ俺に相手に、平然とそう返せるようになっただろ?」
「これが成長の証ってやつかー」
しみじみと呟いて、僕は自前のお茶を一口飲んだ。




