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憧れの先輩のパパ活現場を目撃してしまった僕、大人のお姉さんに拾われる。  作者: 二上圭@じたこよ発売中
三章

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08 あんたとは最初から、遊びだったのよ

「いってらっしゃーい」


「いってきます」


「いってきまーす」


 週明けの朝。ユエさんに見送られる形で、二週連続でカグヤ先輩と家を出た。


 先週は、肩を並べたのは駅まで。電車に乗るところまでだった。


 だが今日は違う。


 まるで前からそうしていたかのように、電車を降りてからも、自然にその隣を歩いていた。


 学校に近づくにつれ、こちらを二度見するような視線がちらほらと増えていく。


「いやー。案の定、ジロジロ見られてるねー」


 困ったような声音とは裏腹に、カグヤ先輩の顔は晴れやかだった。その笑顔には、周囲の視線など意に介さない明るさがあった。


「テルくん、大丈夫?」


「居心地はよくないですけど……針の筵ってほどではないですね」


「慣れない内はメンタル削られるけど、悪いことしてるわけじゃないんだから。そのうち、気にならなくなるよ」


「それまでは、胸と虚勢を張り続けろ、でしたっけ?」


「弱みを見せたら、裁かれるくらいの気持ちでね」


 太陽のような眩しさで笑うその様は、僕がよく知る素直でわかりやすい姿とはまるで違う。今のカグヤ先輩は、笑顔の奥にあるものを見事に隠している。


「カグヤ!」


「おっと!」


 そのとき、後ろからカグヤ先輩に勢いよく抱きつく影があった。


 一年前、カグヤ先輩が『誰かー、塩もってなーい?』と声を上げたとき、アイドルのうちわを掲げて答えた女子生徒。カグヤ先輩が身を置くギャルグループのひとり、たしかキララという名前だったか。


「ちょっと、危ないでしょキラ――」


「どういうことだ!?」


 キララ先輩の叫びは、怒りと困惑が混じった切実な響きだった。しかも女子にしては妙に低く、野太い声である。


「この男は一体、誰なんだよ!?」


「そんなの、あんたに関係ないでしょ」


 カグヤ先輩が突き放すように言い放ち、腕を組みながら冷たい目を友人に向けていた。キララ先輩はまるで裏切られたように目を見開き、僕を敵視するように睨んでくる。


「まさか……こいつが、あのテルなのか?」


「だったら?」


「だったらって……ふざけんなよ! ちゃんと説明しろよ!」


「どういうこともなにも、見ての通りよ」


 そう言って、カグヤ先輩はタバコを吹かすような仕草をして、鼻で笑った。急な修羅場に張られた緊張の糸が、拍子抜けするようにたわんでいく。


「ま、そろそろ潮時かなって思ってたし、いちいち説明する手間が省けて助かったわ」


「おまえ……なにを言って――」


「あんたにはもう飽きたのよ。正直、付き合ってあげるのも限界」


「嘘だろ、カグヤ……」


 あまりにもあっさりとした言葉に、キララ先輩は青ざめていくような表情を作った。


「俺は……っ、おまえのこと、本気で……!」


「そこがまた、めんどくさかったのよね。重いのよ、あんたって」


「……っざっけんなよ……おまえが、俺のすべてだったんだぞ……!」


 怒鳴りながら拳を振り上げるキララ先輩。だが、その拳は振り下ろされることなく、ふっと力を失ったように、縋るようにカグヤ先輩の肩に置かれた。


「……頼むよ、カグヤ……もう一度だけ……チャンスをくれよ。俺を、捨てないでくれ……お願いだから……!」


「ほんっとに無理。あんたのそういう女々しいところ、いとキモい」


 カグヤ先輩はその手を乱暴に振り払うと、さっと僕の腕を取り引き寄せた。


「やっぱりテルくんしか勝たんわ」


「カグヤァーッ!」


 哀願するように手を伸ばしながら、キララ先輩はその場に崩れ落ちた。寝取られた男のような喪失感がそこには浮かんでいた。


 そして、その五秒後。


「マジで彼氏?」


「ノー。マイ・フレンド」


 突然テンションが切り替わり、キララ先輩が素に戻る。それに合わせるように、カグヤ先輩も僕の腕からすっと手を離しながら、あっさりと答えた。


「マイ・フレンド? あの男嫌いのカグヤに?」


「男嫌いって……いつからそんな属性がついたのよ」


「だってカグヤ、男子に基本、当たりきついじゃん」


「誰にもってわけじゃないし。馴れ馴れしい男を塩ってるだけ。最初から距離感バグってるとか、ほんと無理」


「まあ、カグヤとお近づきになりたくて行動に移せるのって、図太い男だけだもんね」


「一生、近づいてほしくないわ」


「で、そんなカグヤさんのタイプは、話を聞いてくれそうな系男子?」


「話を聞いてくれそうな系?」


「黒いマスクが似合いそうな子ってこと」


 キララ先輩は意味ありげな笑みを浮かべながら、僕に横目を向けた。その意図を察した僕は、思わず渋い表情になる。


「それで、おふたりの出会いは?」


「小中が一緒」


「なんと! つまりテルくんは、北の地から追っかけてきた系の幼馴染!?」


「違う。わたしの字……まあ、特徴的でしょ?」


竹林(ちくりん)より生まれしお姫様だからね。名前負けせず、こんなに立派に育ってくれて……お母さん、嬉しいよ」


 よよよ、と泣き真似するキララ先輩。中学までは名前負けしているのがコンプレックスで「わたしの将来の夢は、子どもに姫という(おもに)を背負わせないこと」とこぼしていたカグヤ先輩は、苦々しい表情を浮かべた。


「そんな名前だから『もしかして南中の?』って声をかけてくれてね。地元仲間だってわかって、話が盛り上がって……それ以来、仲良くしてるって感じ」


「それは男女のお付き合い的に?」


「少なくともキララよりは、深いお付き合いさせてもらってるかな」


「やっぱり寝取られ! 寝取られなのか!?」


「そうよ。あんたとは最初から、遊びだったのよ」


「カグヤァーッ!」


 キララ先輩の縋るような手を払い除けながら、カグヤ先輩はタバコをふかす仕草をしてみせる。


 通学路のど真ん中。校門までは、あと二分という距離。


 そんな場所で堂々と注目を浴びながら、友人と小芝居を演じてみせるカグヤ先輩。


 今も心が陰キャという彼女の自称を、一体誰が信じるだろうか。


 裁かれるのが怖くて、足が止められないだけとは言うが。


 自然体で、神格化されたカグヤ像を貫いているその姿は、彼女の一面として、立派に本物に至っている。そんなことを改めて思い知らされた朝だった。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
並行して連載しておりますので、こちらもお目通し頂ければm(_ _)m
― 新着の感想 ―
ギャルならいい友達はいるのに… 間違いなく「立派な本物」だなあ。
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