22.終焉(テル/アスカ)
確か毒にやられて死にそうだった。
のに。何故か毒の痛みは消え去り、さっきまで痛かった呼吸も痛くない。ラウグルにやられた深い傷もその痛みは感じない。
温かい繭に包まれているようで、身体は軽い。なんなら心地よいくらいだ。
これが死ぬということなら、それはそれで悪くないと思えた。
このまま意識を無くして終えば、もう目が覚めることはないだろう。
なんてことを考えていた俺の耳に、聞き覚えのない声が届いた。
「シュウを助けてくれてありがとう…嫌いにならないであげてね」
(シュウ…そういえばシュウは無事なのか??)
身体に力が入った。指先を僅かに動かすことができた。目はまだ重く開かないけれど、俺は生きてる。
身体が軽くなったのは、死にかけていたからではない。治療されていただけだった。
(でも…誰が?)
イーターの毒は強力だったし、そもそも死にそうな傷を負っていたし。高度な治癒魔法を使い手じゃないと、俺は助からなかったはずだし。
「良かった」とまたさっきの声がする。その声は少しシュウに似ている気もする。なんてことを考えていると、女性の息が耳元にかかった。
「今…ファリス君を呼んでくるわね?彼も心配してたから」
そう呟くと声の主が離れていく足音が頭に響いた。
(誰だろ…)
まだ手は震えているが、何度か握ったり開いたりすると感覚が戻ってきた。
徐々に感覚が戻ってきた。身体を起こすため、腕に力を入れてみる。手を着いて上半身を起こす事が出来た。
「テル!!良かったー!!」
中途半端に起き上がったところに思いっきりファリスの体当たりをくらい、もう一度どさりと倒れてしまった。
「死んだかと思った!でも、イーター達は引き上げたんだって、だから俺たち…助かったんだ!」
「ちょ……。重い…離れろよ」
覆い被さって頭上で涙ぐむファリスを引き剥がすと、もう一度半身を起こした。
状況はよく分からないけれど、援軍が来たと言うことは分かった。
辺りの様子を見渡したが、シュウの姿も、イーター達の姿も見えない。
「………シュウは?」
ファリスは目を逸らしながら、何かモゴモゴ言っている。
「あれは……違うんだって…俺もよく分からないけど…シュウは俺のこと好きなんじゃないって…言ってるし……」
ファリスが言ってることは、俺が最後に見たキスシーンのことだと、理解した。
(あぁ…あれは聖力のドレインだったんだ)
冷静になった今なら分かる。シュウのあの行動は、聖力を補給する為のもので。
だとしたら、目の前でラウグルが破裂したのは、やっぱりシュウの魔法だったってことだ。
(…俺はシュウに助けられたんだ…)
「テル君。目覚めてすぐに悪いけど、シュウを運んでくれないかな?」
そんなことを考えていると、さっきの声の主が現れた。
目の前に現れたのは、この世の者とは思えない程の儚げで美しい女性……。
(ん……?どこかで見た気が……)
そこでようやく気がついて、頭を深く下げた。
この方は王妃…。つまり、シュウの母親だ。
「話は後にしましょう。イリヤの元へシュウを運びたいの。シュウの治療はこれ以上は私たちじゃ出来ないから」
そう言われて目にしたのは、浅い呼吸を繰り返し青白い顔で横たわったいるシュウだった。
「シュウ…大丈夫なんですか?」
王妃はその美しい顔に微笑を浮かべ、それから俺を安心させるように肩に手を置いた。
「シュウは聖力を完全に使い切ってるから。イリヤに聖力を分けてもらう必要があるの。私たちにはできないけど、国王ならできるから」
天使族のことはよくわからないが、治癒魔法を受けるよりも自己治癒をした方がいいのだろう。
「急いで向かいます」
シュウの身体はほんのりと冷たい。それに、意識もなくぐったりしている。それなのに、前よりもかなり軽くなっている。
(最低だ…)
シュウの護衛だったのに。シュウがこんなに痩せ細っていたことにすら気が付かなかった。悩んでいたことに気付けなかった自分も、俺を助ける為に無理をさせてしまったことにも。
こうなってしまう前に、助けられなかった自分が悔しい。
そうやって、シュウを抱き抱えたまま後悔している俺に向かって、王妃は優しく微笑んだ。
「シュウを…みんなを守ってくれてありがとう。感謝してもしきれないわ」
王妃はそう言ってくれるけど、俺にはそうは思えない。もっと早くシュウの異変に気付けていたら…。
(それにイリーナ教官も…)
どこまでがシュウの思惑で、イリーナはどこまで知っていたのか。
(ピアスのこと…知っていたのも、提案したのもイリーナ教官だし…)
側から見たらシュウを抱えたまま、呆然としてるように映ってしまったんだろう。
王妃に「大丈夫?」と声をかけられた。
「救護拠点は幼児校舎。イリヤはそこにいるから向かいましょう?」
「はい。すみません。急ぎます」
考えるのは後にする。今はシュウの治療が先だと、幼稚舎へと急いだ。
***
避難所の入り口付近では、気を失ってしまったゼルを何とか避難所の中に入れようとアスカが苦戦していた。
「悪魔族は、元々筋肉が発達しにくいんだからね~~っ」
見た目と裏腹に思った以上にゼルは重く、持ち上げることは私には出来ない。
誰に言うでもなく叫びながら、無理矢理ゼルを引きずって移動させる。
体力も魔力ももう残っていないけれど…。
避難所に集まっていたモンスターはレイの言う通り、あのイーターを倒すと同時に集まって来なくなった。
そのことをどうにかしてレイに伝えないといけないけれど、伝える手段がない。
(レイの魔力が温存できるのに)
そう思っていると囲っていたファイヤーウォールがいきなり消えてしまった。
「何で…?」
嫌な予感が頭をよぎる。レイとユリアを助けに向かわないと。
(でもレイすら敵わない相手とどうやって戦うの?)
このままのゼルを置いていくわけにはいかない。
でも、私の魔力はもう殆ど残っていない。行ったところで、ただの足手纏い。でも、二人が危険だと分かって見捨てるなんてできない。
(どうしよう…。どうすれば…)
「アスカ!!」
混乱している私の耳に届いたのは、聞き慣れた声だった。振り返ると、母のジーナがモンスターを倒しながら手を振っている。
「ママっ!!」
年甲斐もなく思わず走り寄った。安心感とレイ達が危険だってことを伝えるために。
そう思うけれと呂律が回らない。口を開くと嗚咽が漏れる。
そんな私の頭を「もう大丈夫よ」と、微笑みながら母が撫でてくれる。
「もう平気よ?オスカと国王夫妻も助けに来たわ。あなた達のイヤホンがGPSになってたから、反応のある場所にそれぞれ向かってる…」
「でも…レイの魔法が…っ」
「大丈夫。安心して…あ。ほら、イリヤ達が…!?」
母が青ざめて見つめている先を見て、私も青ざめた。
レイは父に担がれて、ユリアは国王に横抱きにされている。二人ともどう見ても意識はない。
「嘘っ?何で…?二人は大丈夫なのっ!?」
「落ち着け。まだかろうじて息はある」
「かろうじてって…!!イリヤ!!何とかしなさいよ!!」
青ざめる母を無視して、父は幼児校舎の中にレイを連れて行く。
国王は完全に立ち止まると、苦しそうにジーナの腕を掴んだ。
「……ジーナさん…手を…貸してくれないかな?」
「もういいからっ!!ユリアちゃんは私が運ぶわ」
「あの…僕…学校全体に聖域張って…治癒魔法もかなり使ったんだけど…その言い方はないんじゃ…?」
「減らず口叩けるならまだ働けるでしょう?さっさと中に入って!!早くレイとユリアちゃんを治療して!!」
額の汗を拭う国王に向かって、母は何故か強気に言い放った。
私は呆然とただその様子を見守るしか出来なかった。
(…国王にそんな口をきくなんて怖すぎる…)
「あ…アスカちゃん。無事で良かった。僕たちが来たからもう大丈夫…。二人とゼル君も、僕が必ず助けるから。よく頑張ってくれたよ。みんなにはお礼を言わないと……」
(良かった……みんな……助かったんだ…)
国王の声は途中から聞こえなくなった。意識が遠のき頭が真っ白になる。
「アスカちゃんっ!?」
国王が駆け寄って来た気がするけれど、視界も暗くなりその場に倒れた。
(…良かった…)
そう思いながら目を閉じた。




