21.さよならの後(レイ)
逃がさないように、この身が離れないように、レギオンの身体を強く抱きしめた。
「最後の悪足掻き?まぁ、無駄だけど」
レギオンの小さな笑い声が聞こえて、それと同時に首筋に鋭い歯が刺さる。
ブチリという身体を食いちぎられる音と、激痛にほんの少し表情が歪んだ。
(…どうでもいい…)
痛みなど意識があるうちに体内に溜めた魔力を解放する。いつもは唱えない呪文を口の中で小さく唱える。
別に唱えなくても、魔法は発動できると思うけれど。
体内の魔力を燃やし続けるには、死ぬ直前まで意識を飛ばすわけにはいかないから。
「この状況で、まだ魔法を放つ気?俺が、お前を喰らい尽くすのと、どっちが早いかな?」
レギオンが余裕をみせる。そうやって油断してくれていた方が、俺にとってはありがたい。
(分裂されたら終わりだからな…)
魔力の熱の熱が身体の細胞中に行き渡り、膨張し始める。もう意識も飛びそうだ。
レギオンの薄ら笑いが、俺に『いまだ』と言っているように見えた。
(最後に見るのがコイツの顔とか…最悪だ…)
そんなことを思いながら、放出しようとした。その時だった。
「お待たせ!レイ君!」
声と共に教室の窓ガラスが割れて、俺の身体は温かい光に包まれた。
その瞬間、レギオンが叫びながら数百のイーターとなり散らばった。
『レギオン』という支えを無くした俺の身体は、その場にグシャリと崩れ落ちた。
何が起こったのかは分からない。けれど、もう『自爆』は使えなくなってしまった。
レギオンは分裂してしまっている。一体でもこの場に残すことは出来ない。そう、思っていたのに。
状況は最悪だ。唯一ユリアを救える『魔法』が無意味になってしまったのだから。
そう絶望している俺の肩に、誰かが手をかけた。
顔を上げると、そこには見慣れた『人物』姿があった。
黒い長髪と『魔王種』特有の、ミノタウロスの角。そして、炎のような真紅の瞳。
紛れもなく父親である『オスカ』だ。その父親が俺のことを見下ろしている。
「よくやった。お前はもう休んでろ」
散らばったイーターに向かって、広範囲に炎の渦を放つ。
狭い教室内。そこに倒れているユリア。それらを燃やし尽くさないよう、魔法を操っている。
この威力の魔法を操るなんて、この父親だからできる技だ。
「間に合って良かった」
次に声をかけて来たのは、国王陛下だ。
温かい光は徐々に俺の傷を癒していく。呼吸もできるようになってきた。
(…助かった…のか…?)
なんて考えている隙に、炎を逃れたイーターが集まり出して人型となった。
だが、身体のあちこちに穴が空いている。人間の形を保てない程にイーターが減ってしまったようだ。
「何だ?お前…まだ消滅してなかったのか?ある程度、黒焦げにしてやったのに」
更に炎を溜め打ちする気なのか、手の中で火の玉を作って、レギオンに向けている。
「久しぶりだけど…そろそろ俺は行かないと。今日はあくまで偵察だからな。今、戦う必要はお互い無いはずだ」
それだけ言うと、レギオンは大量のイーターを放った。
けれど、火の玉のイーターのスピードはない。何故か動きが遅く、攻撃力も下がっている。
不思議に思い、外を見ると光るカーテンのような帳が学校を包んでいる。
(あぁ。そう言うことか…)
国王の作り出した『聖域』だとやっと気づいた。
「やっぱり、この状況じゃやり難いか…」
レギオンは舌打ちすると窓の淵に立った…次の瞬間、無数のイーターとなり、外に逃げて行ってしまった。
「待てっ!」
「オスカ追わなくていい。あれだけ散らばった、レギオンを倒すのは無理だし…。それより治療が優先だ」
オスカが窓に足をかけるのを、イリヤが静止した。
「うるさいイリヤ。お前は黙って治療してろよ」
(どっちもうるさ……)
2人が来てくれたことで気が抜けたようだ。
全身に痛みが走る。息はできるけれど、体内は熱が篭って焼けるように熱い。痛みで視界が霞んできた。
(そんなことより…ユリア…)
身体の痛みなんて、どうでも良かった。ユリアのそばに行きたい。
「あぁ!レイ君、動いちゃダメだよ!」
起きあがろうとする俺を、国王が慌てて止めに入った。
「…先に…ユリアを」
ようやく声を発することが出来た俺に、イリヤは柔らかい微笑みを浮かべた。
「安心していいよ。ユリアちゃんは治療したから心配いらないよ…」
そんな暇なんて無かったはずだ。もしかしたら《《無駄》》だと、切り捨てたのかも…。そう思ってユリアを見た。
顎や喉の傷が塞がっている。胸も一定の速度で上下動を繰り返している。
「ね?重傷だけど死んでない。どちらかと言うと、君の方が重傷だよ。本当、ここまでよく頑張ったね」
国王は俺の治療をしながらユリアのことも、治療してくれていたようだ。
いつもは頼りなく見えるけれど、実際に治療を受けたら、稀有な存在なんだと気付かされる。
あんなに苦しかった呼吸も、折れた骨も…。今は楽になっているのだから。
「オスカさんもジーナさんも、援軍として駆けつけてくれた。だから、もう安心していいよ。誰も死なせない」
(そうかジーナ…母さんも…来たんだ)
「2人とも…イーターの部隊長相手に、よく生きていてくれたよ」
静かに状況を伝えてくれる国王の声は、優しく心地よい。温かい光に包まれて、傷口が徐々に塞がっていく。
それと反比例するように意識は遠のいていった。
(……ユリアが無事で良かった……アイツ……ザレス国王軍の隊長だったのか)
(……クソ親父。もっと早くこいよ………やっぱり呼吸苦しい……左目…時間経ってるから……治癒魔法じゃ治らないか……)
思考が混濁してまとまりのないことが、次々と頭の中に浮かんでは消える。
それを、うるさいと一掃して眼を閉じた。今はただ眠りたい。そう、目を閉じた。
「大丈夫か?」
「オスカ…やめなよ。聞いてなかった?レイくんは重傷だって…」
振り払う気力もないのに、父親がしつこく頬を叩いてくる。
「そうだな。ここはイリヤに任せるか」
オスカがまた窓の縁に足をかけるのを見て、イリヤはどこに行く気?とため息にも似た声をかけた。
「レギオンがいなくなったんだ。ガイアを加勢する。お前の愚弟をとっ捕まえる」
そう言うと、オスカは背中からドラゴンの翼を生やした。
オスカは悪魔族の純血。大切に守られてきた、魔王の血統だ。本来の姿は、背中に黒い翼をもち、ミノタウロスのような角を頭に生やしている。
普段の生活では、邪魔になるでそれらは隠しているけれど。
「行っても無意味。あれはルシウスじゃない…。ミーナと同様『フェイク』だったって、ガイア君から連絡があったから。因みにガイア君もこっちに向かってる」
「なんだ。つまらないな」
父親と国王の会話を遠のく意識の中で聞いていた。そうだ…。そもそもの原因は『ルシウス』だ。その名前を頭に刻み込んだところで、プツンと意識が途切れた。




