02 応接室での邂逅(そんないいものじゃない) 03
脳内には、女神の(“てへぺろ”、うっかりしちゃってたの)なんて声が聞こえてきた。
ああ、そんなことだろうと思ってましたとも。
「じゃあ、“ホウカ“さんはちゃんと女神から請け負った仕事をこなしているんですよね」
聞いていたとおりだ。
…………そして、既に男性が四名侍っている気がする。
「……はい、浄化の儀礼は滞りなく行ってくださっているのです。お人柄も朗らかな分け隔てなく人々に相対なさいます。とても素晴らしい神子様でいらっしゃるのですが……」
と、ヴェンデル司祭長は、“ホウカ“さんを讃えるものの、どんどん尻すぼみになっていく。
「そこまで聞くと、問題がないように思えますが……」
思えるんだけど、ヴェンデル司祭の言葉尻を聞いている限り、そんなことはないのだろうなと思う。
「実はそれで、少々困っております」
ヴェンデル司祭は、自分の崇める女神の神子へはネガティブな発言をしにくいのだろう、そこからの言葉を途切れさせた代わりに、助け舟のようにマディル団長は続けた。
「“ホウカ“様のお世話や警護、お話し相手に……と、高位の男性が複数人数対応したのですが……、軒並み彼女に魅了されておりまして、仕事を放棄し、あまつさえ諍いが起きそうな勢いなのです。実際、神子様には伴侶としてどなたかをお迎え頂く予定ではあったので、誰かお一人と恋仲になっていただくのは構わないのですが……」
そう言って、マディル団長は小さなため息をついた。
その向かいでは、あああああ……と言いながら、頭を両手で抱えたヴェンデル司祭長が落ち込んだ様子を見せている。
「本来であれば、私の補佐をするはずの副司祭が神子様に侍ったままで、神殿の仕事を放棄しております」
「王宮側も第一王子と第二王子の公務が疎かになり、まだ未成年のアリスト殿下にしわ寄せが来ております」
「他にも神殿騎士や……王宮騎士、魔法師団員、高位貴族の嫡男なども侍っておりまして、イロイロなところで業務が渋滞している状態なのです」
マディル団長はそれほど表情を変えてはいないものの、よく見れば沈痛な面持ちでいるし、ヴェンデル司祭長は言わずもがな、その背後にいるお供の人たちも、同意するように深く深く頷いている。
うん、待って?今の話だと四名で済んでなくない?
「このような状態で、また神子様が増えるとなりますと、お世話をする人員が更に必要となりますし、伴侶争いが激化する可能性もあり、そうなるとこれ以上仕事が滞る事態が起きる可能性も……」
ああああああ………と、頭を抱えてヴェンデル司祭長は悲痛な叫び声をあげた。
ちょっと待って、私が召喚された時の歓迎されてない感じって、まさかそんな理由!?
私も同じ穴の狢になると思われてたってこと!?
思わず、膝に載せていた両腕を思わず組み、ついでに足も組んで、ニッコリと微笑んでしまう。
頭を抱えているヴェンデル司祭長は気が付かないものの、背後に控えていたお供たちが、青ざめて一歩後ろに下がる。
「なるほど?つまり、私も、男を侍らすと、そう、思われていた訳ですね?」
「あっ、いや……そのようには……いや、あの、そういうわけでは」
「だから、召喚された際に、神託のあった神子だというのに、ああいう態度取られたわけですか、ふーん」
ガバリと顔を上げて、ヴェンデル司祭長は冷や汗をかきながら、オロオロと言い訳をする。
「いえ、ハリアーフル様は愛の女神であらせられます故……その」
わかった、だいたい女神の所為だな。
(ええ、酷い!)
何一つ酷くない。むしろ酷い目にあってるのは私だ。
しょうがないので、両腕と足を解き、ため息を付く。
「大体わかりました。ハリアーフル様から聞いていた通りのようですね。“逆ハー”が成立しつつある」
その言葉に、マディル団長は首を傾げた。
「先程も“ぎゃくはー”と仰っていましたが、それはなんですか?」
「んー……」
どう説明したものか、と少し悩む。
(彼には言って良いわよ)
女神は随分と彼を信頼しているらしい。
「……ええと、“ハーレム”と言うのはおわかりでしょうか」
「南方の王国にあるとは聞いておりますが、王の権威と後継を確実に残すための婚姻制度ですね。東方にも似た制度があるとか」
ちらりとマディル団長の顔を見ると、感情を読ませない顔つきで答える。
「この国にはないんですか?」
「この国では、基本一夫一婦制となっております。後継が生まれず、血縁に近しい者が居ない場合には、女神の許可を貰い、離縁か側室を設けるかのどちらかとなります。しかし、大概は血縁から養子を引き取ることが多いですね」
「なるほどね」
「女神が重婚を望まれませんので……王侯貴族であっても、できれば愛のある婚姻を、と」
聞いているとハリアーフル様もイリシア様も、浮ついた恋愛はお好きじゃないらしい。
そしてその意志を国民は尊重しているようだ。
(当然よ!移ろう愛なんて愛じゃないわ!南と東は男性神なのよ!奴らは自分達も“ハーレム”を築いているからって………!!………!)
女神の怒りの声が聞こえてくる。どんどんヒートアップしてきていて、とても煩い。無視だ無視。
「つまりね、その“ハーレム”って言うのは“王様が多数の妻を迎え入れること”じゃない?」
「そうですね」
「その逆、“女性が多数の夫を受け入れる”ことを“逆ハーレム”と言うのね」
「ルーナ様の世界ではそういう制度があるんですね」
思わず、右手をブンブンと左右に振って否定する。
「いや、無い。本来は無いんだ。まあ、なんていうか作り話の中に、ね。そういう妄想というか、女性の夢物語がね、あるだけなんだけど」
「なるほど。ですが現在我が国では、現実に起こりつつある、そういうことですね」
それまで殆ど表情の変わらなかったマディル団長の眉根がひっそりと中心へ寄った。
「まあ、そういうことになるかなぁ。……信じるの?」
「信じるも何も、実際にそうなりそうで、困っております」
「あ、やっぱりそうなんだ……」
そこまで話したところで、コンコン、と扉を叩く音が室内に響いた。
一旦話を切り、扉へ意識を向ける。
脇に控えていたメイドが誰何すると、「私だ、アリストもいる」と声がした。
「第二王子です」
マディル団長は私に向かって呟くと、扉へと近づき、第二王子とアリスト王子、銀髪従者と茶髪男性を迎え入れた。
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ルーナの前世は、営業と闘う広告デザイナー、あたりだと思ってください。
闘う時には、笑顔を浮かべて辛辣な言葉で刺しに行くタイプです。