9
「奴らの正体は掴めなかった」
ガイドさんはマンションの屋上にいた。
黒スーツを着て夏の陽射しを受けているのに、涼しい顔をしている。
そうか、と返事を返し、
「話がある」
と俺に向き直ったセリカさんは――
「本当にすまない。どうか許してほしい」
ラビリスにしていた様に、俺に向かって片膝をついて頭を下げた。
「えっ……なに?」
急にそんなことをされても混乱してしまうんだが。
「順に説明してやれ。困ってるぞ」
ガイドさんが俺の気持ちを代弁。
彼女はまた「すまない」と謝罪を口にし、頭を上げた。
「天太に命の危険が迫っているのは本当だ。だが、それを作った原因は……おそらく、我らにある」
本当にすまなそうに瞳を伏せた。
「……そう言われても話が見えないんだけど。会ったばかりなのに原因を作るもなにも」
「襲撃があった現場にお前たちもいた。そのせいで天太と羽沙も奴らの獲物として目をつけられた可能性が高い。つまり、姫様同様、お前たちも命を狙われることになる」
言わんとしてることはわかる。
「なんで一緒にいただけで俺たちも狙われるんだよ?」
そうなる理由がわからない。
ガイドさんがセリカさんの隣に並んで答えた。
「理由は単純。姫様と行動を共にしていたからだ。姫様が情に厚いのは有名だ。知人が人質に使われたら必ず食いつくとわかってるんだよ。
しかし、こいつに命の危険が迫ってるなんて、まるで事前にわかってたような言い方だが?」
その問いにセリカさんはアステア王子の件を説明し、ガイドさんは納得した。
「ストゥニールの宝玉は天太が巻き込まれるのを示唆していたわけか。なるほど、奴らに狙われちゃどうなるかわからないしな。で、姫様は自分が原因でこいつに被害が及ぶと気づいてるのか?」
セリカさんは首を振る。
「いや、気づいていない。だからこそ気づかれる前に解決したいのだ。もし姫様に知られたら、あの方は酷く自分を責める。それだけは避けたい」
二人の表情は真剣そのものだが、俺はそこまで深刻に受け入れることができていない。
正確には、現実味を感じられないと言うべきか。
実際に黒ずくめの連中が襲ってきたのを目の当たりにしても、まだどこか映画を見ているような感覚が拭えない。
別世界とか魔法とか、現実離れし過ぎている。
「でもさ、セリカさんたちメッチャ強かったし、簡単に追い返してたじゃん。相手はそんなに強くないんだろ?」
「真っ向勝負では引けは取らない。だが奴らはそれを避けるための策と手段を練ってくる。その手段に天太と羽沙が人質に取られる可能性が大きい」
セリカさんの表情に余裕はない。
その時――
「言ってるそばから現れたぞ」
ガイドさんの言葉を合図に、二人は剣を出現させた。
ギィン!
俺の頭上で鼓膜に突き刺さるような金属音。
「天太!」
セリカさんに腕を取られて身を引き寄せられ――
「え? えっ!?」
そのまま抱きしめられてしまった。
同じくらいの身長なので息が近い!
めっちゃいい香りがするし、胸があたってる!
状況がわからなくても、こんな美人と抱き合ったら意識しちゃうだろ!
二度目の金属音で我に返り、視線を向ければガイドさんが黒ずくめ三人と攻防を展開していた。
もしかしなくても、さっき頭の上で音が鳴ったのって、俺がやられそうになったのをセリカさんが守ってくれたんだよな?
……いきなり狙われたのか?
「ぐえっ!」
俺を抱えたままセリカさんが動いた。
細く見える身体からは想像できない力と、あまりの速度で、肺の空気と一緒に汚い声が漏れてしまった。
ギン! ギィン!
響く不快な金属音。
「少し我慢してくれ」
「えっ……ぐぇ!」
左腕だけで俺を抱えなおし、もの凄い速さで走り出した。
剣を振るいながら鬼のように動いてくれる。
ジェットコースターの上下左右回転に掛かる重力がいっぺんに押し寄せてきている感じ。
美人に抱きしめられている甘い感覚なんてすでにない。
風を切る音と金属音。そして三半規管をこれでもかと揺さぶる不規則な動き。
敵がどうとかよりも、視界がグルグル回って目に映るものが認識できない。
「ガイド! 姫様は!?」
「心配するな、俺が生きてる限りあの部屋には入れん」
こんな状況のなかでも二人の声ははっきり聞こえた。
「なるほど、そういうことか」
密着してる俺がようやく聞き取れる声量で呟くセリカさん。
「じっとしていろ」
俺を解放するやいなや、セリカさんの剣が一際大きく発光、肉薄してきた黒ずくめ二人の首を一瞬ではねた!
瞬間、頭部を失った身体はボフッという音と共に煙になって霧散してしまった。
……血が噴き出るんじゃないかと嫌な汗かいたぞ。こいつら人間じゃないのか?
俺が声を出すのを忘れて驚いている間に、セリカさんは残りの三体もあっさり煙に変えてしまった。
「さて、説明してもらおうか?」
彼女が剣を消すのと同時に、いつの間にか消えていた雑音が戻ってくる。
襲われるときは周りの音が聞こえなくなるような状態にでもなるんだろうか?
問われたガイドさんは、苦笑しながら剣を消した。
「俺になんの説明をしてほしいんだ?」
「姫様が世界を飛んで間もないというのに、奴らの襲撃が早すぎる。そしてお前たちだ。バルモンドも王の勅令と言っていたが、ここ数日、別の任務であいつは王都にいなかった」
「…………」
ガイドさんは黙って話を促す。
「さらに傭兵とは名ばかりで、何かしらの任務に就いていたお前が現れた。お前たちと奴らはまるで姫様がこっちの世界に来ることを知っていたようではないか」
「傭兵とは名ばかりってお前な、本務は姫様の護衛とはいえ、国政に関わってる立場なら察して黙ってるのが筋ってもんだろ?」
「黙っていたじゃないか。王の護衛長が突然傭兵になってどこかに行ったなんて話し、裏があるのがあからさますぎて逆に問いただし辛かったぞ」
「一応、心労を理由に傭兵に転職したことになってただろ。大臣たちもそれで納得してたはずだ」
「裏事情を隠すための最低限の理由として納得していただけだ。だが、姫様に関わるなら話は別だ。なぜお前たちと奴らは、こんなにも早く私たちの前に現れた?」
まず俺に状況の説明をしてくれ。
とは思いながらも、込み入った話みたいだし、ひとまず先に戻ろうとしたら――
「天太はまだここにいてくれ」
……えー。
がしっとセリカさんに腕を掴まれ止められた。
「お前が生きている限り姫様の部屋に入れないと言ったが、それはまだ宝具を返還してないということだな?」
「さあな、別の魔法かもしれないじゃないか」
「魔道師でもないお前がそんな結界を張れるわけがない。無駄な言い逃れはせず白状しろ」
「お前ね、一応俺はお前より目上の立場なんだが?」
「今は傭兵なんだろう? なら気を遣う必要もない」
「なんだそりゃ」
苦笑して、ガイドさんは上着で隠れていたネックレスを取り出し、俺に見せてくれた。
細いチェーンの先端に碧くて丸い宝石が付いている。
「こいつはプロテッグの宝玉と呼ばれる物で、任意の場所に強力な結界を張れる代物だ。セリカの剣と同じ宝具であり、アルカディア国宝の一つだ」
なるほど。
便利な魔法アイテムみたいなもんか。
「姫様がこっちの世界に飛ぶことを知っているのは、我ら親衛隊とバァバだけだ。ここから情報が漏れることはあり得ない」
セリカさんがガイドさんに詰め寄る。
「明らかにお前たちは先回りしていた。姫様が世界を飛ぶのを想定していたのか?」
「そんなわけあるか。俺は最初に言ったよな? お前たちがこんなことをするとは思わなかったと」
ガイドさんは呆れ顔。
「ではなぜこんなに早く襲撃されたのだ!? 事前にわかっていたからこそではないのか!?」
「俺が知りたいくらいだよ。こっちは姫様を連れ戻せとしか命令されてないんだ」
「…………」
「…………」
二人は押し黙る。
話は後で聞くから、マジで戻らせてくれ。
この雰囲気がすごく嫌だ!
「こっちに飛んでから襲撃されるまでの時間は?」
ガイドさんが先に口を開いた。
「半日も経っていない」
「早すぎるな。お前の言うように、事前にわかっていたからこそ起こせた奇襲だろうが、情報源が特定できないと?」
「ああ。だからガイドの任務に関係があると睨んでいる」
「残念ながら見当ハズレだ。もしそうだとしたら、いち早くお前たちの前に現れてたさ」
「……そう……だな」
二人の眉間に皺が寄る。
「だとしたら事態は深刻だ。姫様の行動が筒抜けで、護衛も俺たちしかいない。どういう理由であれ、こっちの世界にいるのは危険だ」
「言われなくてもわかっている」
「なら何故すぐに戻らない?」
「…………」
セリカさんは答えない。
このまま戻ってしまえば、ラビリスは婚約させられ、世界を見て回りたいという夢が叶わない。
けどここにいたら、セリカさんたちしかラビリスを守る人がいない。
……うん? あれ?
ふとある事に思い当たる。
事前に知らされていたというのなら――
「ラビリスたちが来ること、俺も知ってたかも」
「「!?」」
小声でちょっと呟いただけなのに、二人の視線が勢いよく向けられた。
「いやっ! 知ってたっていうか、夢で!」
焦った。
二人の目つきが鋭くなってるんだもの!
だけど、今朝の夢とラビリスたちが関係あるのか確認したかったので、ここで話せるならちょうどいい。
俺は覚えてる限りのことを全て二人に話した。
「……ローズ様が」
力なく呟くセリカさん。
正直、夢の出来事だから話半分で聞いてくれるだろうと思っていた。
「かけられたおまじないで天太はどこに行けるようになったんだ?」
身を乗り出して訊いてくるガイドさん。
二人は少しの疑問も持たずに、俺の夢の出来事を現実として受け入れてしまった。
「夢での話なんだけど? そんな真に受けられても困るというかなんというか……」
セリカさんは首を振る。
「断言しよう。天太が見た夢は現実だ。天太の会った人物像と会話内容。そして自分を『天使』と称したのなら、間違いなくそのお方は姫様の母、ローズ様だ」
顔は思い出せないが、金髪でドレスを着ていたということだけは覚えてる。
「え? じゃあ本物の天使なんだ!?」
「いや、そうではなく……私たちの世界の人間は、天使が退化して繁栄した存在だからな、自分を天使と言っても間違いではない。おそらく、驚かせるつもりだったのだろうが……」
「……うん?」
天使が退化して繁栄した?
どういうこと?
ガイドさんが先を促す。
「そこらへんは昔話になるから聞きたければ後にしてくれ。で、天太はどこに行けるようになったんだ?」
「……さあ? 特別なところへ行けるとしか聞いてない」
そこがどこなのか、ヒントになるようなことも言ってなかった。
うーん、と唸る二人。
「じゃあ、本当はローズさんは死んでないのかよ?」
「……いや、お亡くなりになられている」
セリカさんの悲しそうな表情は本物だ。
……夏だからって、怪談話はやめてくれ。
「天太、頼みがある」
「な……なんでしょう?」
セリカさんの視線にちょっと後ずさる。
……また面倒事じゃないだろうな?
「この場で起きた事と話した内容を姫様には秘密にしてくれ。勝手ですまないが、私たちから切り出さない限り、他言しないでほしい」
「……理由を聞いても?」
俺の問いにセリカさんは困った視線をガイドさんに向けた。
「天太が夢だと思っている出来事を信じるだけの理由が俺たちにはある。その理由は我が国の最高機密であり、知られた人間によっては消さなければならない場合もある」
「えー……」
「もちろんお前はソレに含まれないから安心してくれ」
「でしょうね! じゃなきゃ困るわ!」
勝手に夢に現れて、そのせいで人生終わらされたんじゃたまったもんじゃない!
俺の心境を察してか、セリカさんは少し優しい声色で話を続けた。
「状況によっては天太にも話さなければならない時がくるかもしれない。だが今は様子を見させてほしい。この事態はあまりにも不測過ぎて、軽率に判断できないのだ」
こっちは朝から不測の事態が続いてますけどね。
「話し辛いなら別に聞こうとは思わないけど……じゃあ、ローズさんはやっぱり幽霊になって俺のところに来たの?」
そこはやっぱり気になる。
「幽霊というか……似たようなモノというか」
「幽霊でいいじゃないか。お亡くなりになっているのは変わらないし、俺たちも説明できることじゃない」
説明できないのか。
ラビリスの母親、一体何者なんだ?
「しかしローズ様はなぜ別世界の天太に……?」
腕を組むセリカさん。
「お前の母親と面識があるようだが、何か聞いてないか?」
ガイドさんの問いに母さんの手紙を思い出す。
「直接は聞いてないけど、母さんからの手紙にローズさんに助けられたようなことが書いてあったな」
「どんな事で?」
「それは教えられないとも書いてあった」
「興味だけ惹かせるようなことをするなよ」
同感です。
「あの手紙は天太の母親のもので間違いないのだな?」
セリカさんの確認に頷いて応える。
「ならば少なくとも姫様と天太には間接的に接点があるわけか……バァバはこのことを知っていたのだろうか?」
顎に手を当て考えるセリカさんをよそに、ガイドさんが舌打ちをする。
「事態がややこしくなってきたな」
「襲撃者がなぜ姫様の動向を把握できたのか。どうやってこちらの世界に飛んできたのか、どうにか情報を集められないか?」
「簡単じゃないな。ただ、調べるにしても姫様が城に戻ってからだ。今の状態で姫様から離れることはできない。いくらお前たちが精鋭で信頼できる部下でもだ」
「……カチュアを連れてこなかったのは失敗だった」
セリカさんも同じく舌打ちをする。
「なんであいつだけ置いてきたんだよ?」
「姫様はしばらく部屋に引き籠っているという作戦だったのだ。そこで親衛隊三人の姿が見えないのも不自然だろう? だからカチュアとバァバが城の者を誤魔化すという役割だったのだが……」
「……子供が考えたような作戦だな」
「バァバの導きですぐに候補者の元へ行ける手はずなんだ! 僅かな時間で充分なはずだったんだ!」
「なるほど、その候補者が天太であり、なぜか天太はローズ様とお会いになっていたと。
出来すぎているな。バァバはローズ様と天太の母親に面識があることを知っていたんじゃないのか?」
「私も疑問に思っているが、今は確かめようがない」
はぁ、とため息を吐いたのはガイドさん。
「どちらにせよ、ここで推測を並べていても事態は変わらない。俺はしばらくここにいるから、お前たちでどうするか決めろ」
「無理やり姫様を連れ帰ったりはしないのだな?」
「何よりも姫様の安全が優先だ。状況によってはそうするさ。だが、お前たちも並みの覚悟でこっちへ飛んで来たわけじゃないんだろ? 少しくらい待ってやるよ」
「……そうか、助かる」
言うや否や、セリカさんは踵を返し「姫様のところへ戻るぞ」と俺を促した。
大人しく従うわけだが、もう一つ疑問に思ってることがある。
「ローズさんが出てくる前の悲鳴ってなんだったんだ?」
姫様! 姫様! と叫んでいたあの声。
ローズさんの話ばかりで、この事への答えをもらっていない。
「俺にはわからんな」
ガイドさんは肩をすくめて見せ、セリカさんは――
「……それは」
思うところがある様子。
「そのことをローズ様にお話ししたか?」
「話したというか、それを打ち消すように、勝手に覗くなってローズさんが出てきたんだよ」
「どういうことだ?」
ガイドさんの視線にセリカさんは視線を落とす。
「……わからない。だが……いや、この話は今は止めておこう。まずは現状をどうするか姫様と相談したい」
と言われ、この謎は保留となり、俺とセリカさんは屋上を後にした。




