プロローグ
私は夏が嫌いだ。
私が生まれたのは、記録的猛暑を更新し続ける夏真っ盛り。
暑すぎて陣痛に気が付かなかったと母は笑う。
あの日、この世に生を受けたその日から、私は夏が大嫌いだ。
望まれて生まれてきた訳で無いことは幼い頃から両親に聞かされて育ってきた。
「三人もいらなかったのよ。でも気付いた時には産むしかなかった」と、仕事熱心で向上心の絶えない母は子育てに割いた時間を悔やんでよく愚痴をこぼし、それを聞いている父はいつもとても申し訳なさそうに、そして居心地悪そうにしながら機嫌をとっていた。
年の離れた兄と姉も夏生まれ。
誕生日が近いので、毎年「両親が親になった日」である兄の誕生日に全員まとめて祝われて、いざ私の誕生日当日には当然何もなかったかのようにいつもと同じ食卓を囲む。
兄が中学生になった頃にはその習慣さえ無くなった。
一緒に住んでおきながら私の名前を最後まで呼ぶ事の無かった祖父母に至っては、こちらも期待しないまま二人とも他界してしまった。
もちろん、夏に。
寒ければ着ればいいけれど、暑くても脱ぐには限界があるし、虫も多いし、日差しの強さには眩暈がする。
海も川もプールも大嫌いで、山奥に住んでいるので山のレジャーには当然全く興味が無い。
高校受験に失敗してグレた姉が逃げるように嫁いで行ってしまったのも夏、体の弱い兄が初めて救急搬送されたのも夏、それから毎年のように入院しているので、二つが重なった年は本当に家の中の空気が最悪だった。
嫌な思いをするのはいつも夏。
年々強くなったつもりでも、やっぱり毎年夏になると嫌な気分も一緒にやってきてしまう。
むせかえるような熱い空気やぬるい雨、強い日差しと耳鳴りにも似た蝉の声、止め処なく溢れ出る汗を、勝手な頭が嫌な記憶と結びつける。
ああ、今年も夏が来た。
毎日毎日何かと文句を言いながら「やっぱり夏は嫌い」だと難癖つけて過ごしつつ、こんな気分を一掃するような大事件でも起きないものかと、今日も私は街へ出る。




