出立
おつきあいいただきありがとうございました。
怪物の襲来から一日。ハルとユリは急いで出立の準備を行っていた。
守護の結界が消え、さらには怪物による大破壊。どう知恵を絞っても、移住以外に取れる方法が思いつかなかった。
家の残骸から持ち出せる日用品を全て引っ張り出し、荷物をまとめた。使い物にならなくなったものは、惜しまず置いていく。
それは、ユリの両親の形見も同じだった。思い出の詰まったものを置いていくのはしのびなかったが、
「うん、いいよ、大丈夫」
と、ユリが悲し気な笑みで吹っ切った。
準備が終えると、ハルとユリは、二人で家から離れた場所にいた。
少しばかり盛り上がった土、そこに乗せられた小さな岩。
ユリの両親の墓だった。
墓には、花が供えられていた。通りがかった草原でユリが選び、摘んだものだ。
「家のすぐそばに作ろうか悩んだんだけど、あまり近いと悲しくて、でもやっぱりお墓がないと寂しいから、ここに作ったの」
離して正解だったね、とユリは背を向けたまま笑った。
墓を見て、ハルは自分の家族を思う。墓すら作ってやれなかったなと、小さな後悔を得た。
「もうここには来られないかな?」
震える声で、ユリが言う。
「もう、二度と会えないかな?」
と、断ち切るように、ハルに同意を求めてくる。
それで納得したいのかもしれない。ここでハルがうなずけば、ユリは両親のことを忘れて生きていくのかもしれない。
ハルはうなずけなかった。ハルも、家族への未練が断ち切れていないからだ。
思いだすのは、ほんの少し前の自分。いくら年老いても、ハルはずっと家族を忘れられなかった。死者復活の魔導具を求めて、ダンジョンをさまよっていた。
そんな自分には、文字通りに何も言えまい。
ハルは、肯定も否定もできずに、ユリの頭を撫でた。綺麗な金髪が、ハルの指をくすぐってほどける。
「ハル、ちょっとずるい」
ユリが、振り向いた。涙を隠すこともせずに、それでも笑みを浮かべて。
ずるい、と言われても、ハルにはこれ以上の答えは思い浮かばない。
それに、ユリも気づいているようだった。
「ごめんね。今のは、ちょっといじわるだったよね」
と、謝りながら、ハルの胸に顔を押し付けてきた。
「ハルにも、何かあるんだよね? いつか、それを教えてもらえるかな?」
しばし悩んで、首を縦に振る。語って面白い話ではないと思うが。
「じゃあ、約束ね?」
「……」
約束と言われると、少しためらう。何せ、自分の方は、ユリの話に輪をかけて悲惨だからだ。
一応、困り顔で伝えてみる。こちらの表情を見て、ユリは先ほどとは違う笑い方をした。
「ハルの声が治ったら、いっぱい教えてもらうからね?」
少しばかり明るい顔で、ユリは言った。それにハルは、肩をすくめることで、返事とする。
ユリの晴れた笑みを見て、ふとハルは思いだした。自分を指さし、涙を拭いているユリに聞く。
「え? なに?」
「……」
「ハル? ハルがどうしたの? あ……」
「……」
「なんで、私がハルを怖がらないか、聞きたいの?」
うなずく。すると、ユリはクスリと笑い、
「ハルは、助けてくれた恩人っていうのもあったけど、なんだかその……」
「……」
「……言っても、怒らない?」
こくり、と。
じゃあ、とユリも少し困ったように、
「ハルはなんだか、子犬っぽかったの。だから、怖くなかったんだ」
子犬、と言われてハルは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか首を傾げた。嬉しいかどうかと聞かれたら、微妙なところだ。
危険は無い、と判断されたのだろうか。もしくは、放っておけない、と。まさかいくら若くなったとはいえ、可愛いと思わているわけではないだろうが。
ハルが首をひねっていると、ユリがハルの右腕に抱き着いてきた。不意のことに、ハルは荷物を落としそうになる。
「そろそろ行こう、ハル。そして、またここに帰ってこよう? やっぱり、まだお別れは寂しいから」
ハルの腕を取って、ユリは歩き始めた。引っ張られて転びそうになって、ハルは荷物を抱え直す。
行くのは、人族の都。とりあえずは近くにあるという村の方へ。
ハルは、まだ自分の目的を諦めてはいない。魔導具を忘れたわけではない。
ただ、今はどこへ進めばいいのかも分からず、戻る方法も思いつかない。
ならば、隣で笑う少女を少し支えるくらいはいいだろうと、ハルもまた自然と笑みを浮かべながら、共に歩いて行くのだった。




