プロローグ
お昼時の職員室。
若い男性教諭の前に出されたのは、ほのかに湯気をくゆらす麺料理であった。
「これ、ラーメンじゃないか!」
「えへへー、みんなで作ったよー!」
紫の瞳から赤光を輝かせ、楽しげにそう教えてくれるのは硫黄色の髪の女の子である。そんな女の子の、まったく同じ顔が机のまわりに五つ。背が低いため首から下は机の影に隠れているが、首元では彼女たちのトレードマークである揃いの栗のペンダントが楽しげに揺れているはずだった。
「ビター・マロンズ。あまり揺らすと羽鳥先生が食べられないでしょう」
せわしない彼女ら――苦栗五人姉妹にそう注意したのは男性教諭の真向かいに座る女性だ。白い服に白い髪、背中に小さな天使の羽根を持つ彼女はアマニタ・ヴィロサ。テングダケは独鶴茸のパーソニファイだ。
「ヴィロサに怒られたー」
「No.5、はしゃぎすぎ」
「みんな静かにー」
「……眠い」
「違うもん、No.3だよー」
ヘアピンの数字と同じ数のアフォ毛が揺れる。彼女らは本当に落ち着きがない。だが見た目も言動も子どもである彼女らは、ヴィロサと同じく苦栗茸のパーソニファイ。人の姿かたちをしているがキノコの具象化、化身、平たく言うと精霊や妖精といった存在だった。
「ラーメンなんて、こっちに来てから初めてだ」
そんな彼女らの会話の中、感動に打ち震えていたのは羽鳥由布人。キノコ採りの末に遭難し、彼女らの山里へと迷い込んだ、現生人類の成人男性である。
「基本、三食キノコ料理だけだったし……麺なんてあったんだ」
「調理室には小麦粉の備蓄もありますから、作ろうと思えば作れる者もいます」
先んじてラーメンを口にしていたヴィロサが汁を口に含み、「でも苦いわね」と顔をしかめた。ビターマロンズの食品嗜好は彼女らの毒を反映してか、苦いものを好むのだ。
「大人の味ー♪」
「ヴィロサは子どもー」
「って、もしかしてニガクリタケは入ってないよな?」
はしゃぐ五人姉妹をよそに、由布人の顔が青ざめる。五人の中で一番のしっかり者である長女、No.1を見る。すぐに返事がきた。
「この前トリュフ先生お腹壊したよね。だから入れてないよ!」
ニガクリタケ。多様な毒成分を含み、嘔吐や腹痛などの胃腸系中毒を起こす。酷い場合は痙攣やショックを経て死亡する。面倒くさそうなNo.2の声が続く。
「……別の入れたけど」
「これね」
ヴィロサが具材として刻まれていたキノコを箸でつまんだ。口の中に入れ、何度か咀嚼する。
「確かに、ニガクリタケじゃない……なんだったかしら、これ」
「シャグマアミガサダケだよー」
「ああ、なるほど」
何度か頷き、ヴィロサがもう一口。どうやら味が気に入ったようだ。由布人はもう待てなかった。麺が伸びてしまう。
「つまり問題ないんだな? いただきますっ」
まずはキノコの味見と、ヴィロサに倣って箸でつまみ、口にもっていく。
その時だった。
「ちょっと待ったあああああああ!」
職員室の扉が勢いよく開き、入ってきたのはヘヴィメタファッションの女だ。
燃えるような赤い髪、サングラスの奥で煌煌と輝く赤い瞳。そして露出した肌の上、右足やおへそ、そして肩へと、身体を斜めに駆け上がる炎のタトゥー。
火群カエン。触れるだけでも炎症を起こすとして有名な猛毒キノコ「火炎茸」のパーソニファイだ。
カエンの鋭い視線は由布人に注がれ……何を食べようとしているかを見た瞬間、床を蹴って一気に距離を詰めてくる。
まるで不良のカチコミだ。カエンの纏う謎の気迫に由布人がたじろぐ。
「え、ちょ、なに!? 待った、話せばわかる! せめて一口食ってから!」
「問答無用!」
会話の拒否。反応する間もなく由布人の腹部に強烈な拳がめり込んだ。つまんでいたキノコが宙に放り出され、カエンがそれを指先で掴む。そのまま倒れた由布人に詰め寄った。
「トリュフ先生ごめん、でも今すぐ吐いて! これって加熱処理してないから! しないと毒だから!」
カエンの指先でシャグマアミガサダケから蒸気が上がり、焦げていく。その蒸気にむせながら由布人は立ち上がった。
「だ、だいじょ、ぶぶ……まだ、食べてない」
「――え、そうなの?」
「そうね。まだ食べる前だったわ。よかったわね」
呆けるカエンに、しれっとヴィロサが言った。赤い視線同士が交差する。
「アマニタ・ヴィロサ。あんたいつも一緒にいるんだから、注意とかしてあげなさいよ」
「注意するつもりだったわよ? でもほら、羽鳥先生って毒が入ってるって知ったら、慌てて料理を零すかもしれないでしょ」
その一瞬、ヴィロサの瞳に酷薄な光が灯った。
「せっかく作った料理を台無しにするなんて、失礼だし――いっそ死ぬような思いをして償うべきじゃない?」
「……あんたまだ根に持ってるのね、台無しにされたこと」
「ねーねー、先生死にかけてるよ」
ヴィロサの声に滴る毒気をかき消すような、ビター・マロンズの明るい声。二人が我に返る。
見れば再び倒れた由布人が白目をむき、死相を浮かべていた。
「……そういえば、シャグマアミガサダケの蒸気って中毒性があったわね」
「し、しまったぁ」
カエンが慌てて手にしたキノコをラーメン鉢に戻し、ついで由布人の丹田にくっきりと残った拳大の焦げ跡を見て涙目になる。
「ま、吸入量も少なさそうですし、何とかなるでしょう」
ヴィロサが窓の外を見る。地面に落ちた木の影からして、そろそろ午後の授業の時間だった。
「火群カエン、ラーメンの方お願いできますか? ちょうど苦いので貴女の好みに合うでしょう」
「別にいいけど、さ。そっちは?」
「せっかくなので今日は、山の上のレストランまで行ってみます」
そして由布人の足をつかむと、ヴィロサは歩き出す。
「さぁ羽鳥先生、死ななくて良かったですね。では次の授業は遠出して、向こうの山でやりましょう」
「ら、らーめん……」
「大丈夫ですよイタリア仕込みのコックがいますから。私達をアイドルにして知名度上げて下さるんでしょう。さっさと立たないとグランディにまた運んでもらいますよ」
職員室を出ていくヴィロサと由布人。カエンとビター・マロンズの姉妹たちは顔を見合わせた。
「ヴィロサ今日毒っ気多いー」
「ああ、あとなんか、上機嫌だな」
「……山に登るから」
「そういえば暑がりだったっけ」
カエンは温めたラーメンを一口。
「美味いな、これ」
「でしょー。私が作ったんだよ」
「No.3は遊んでたよー?」
「そんなことなーい!」
「私も、遊ぶー」
職員室を駆けて遊ぶ五女と三女。それに四女が加わる。二女が面倒そうな顔で手を引っ張られていく。長女が首を傾げた。
「ところで、アイドルとか授業とかってなんだっけー?」
「さあ。なんだか面白そうな遊びだけどな」
カエンが応じながら、呟く。
「……最近できたこの建物、一体なんなんだろうな?」
キノコたちの知名度を上げるため、山里で「アイドルを養成する学校を作ろう」という声が(ごくごく一部から)上がった。
そして出来上がったのがここ、「キノコ学園」。
しかし元より生育環境が違いすぎるキノコ娘たちのいるこの山里。科属 (かぞく)間を越えた集まりというのは、実は思いのほか少なかったりする。
よって、この学園の授業とは、各キノコ娘たちの住む場所に赴く往診的なモノと化していた。
知名度は――――限りなく、低い。
そして……本当にアイドルを目指す授業をしているかの真偽もまた、定かではなかった。
たぶん、こんな感じで(主人公の扱いはもう少しマシなはず)。
※火群カエンの「身体が熱いワケではないが、彼女が物に触れると緩やかに焼け焦げてしまう」に関して、「モノが焼け焦げている過程では、モノには熱が発生している」感じで解釈しています。




