081 一度ある事は二度ある?
今の俺に出来る事。
それは元気の無い野木を……いや、輝星花を慰める事だ。
こいつがこんなに意気消沈している姿なんて見たくない。
俺は、俺の出来る最大限の事をいまここでこいつにやってやる!
こいつは俺を北海道まで連れていってくれたし、いつもなんだかんだと俺の事を考えてくれている。こいつは……なんだかんだと良い奴なんだ。よし!
俺はコンクリートから立ちあがった。そして輝星花の前に立つと、輝星花に向かってひとさし指を指す。
「俺は輝星花っていう名前は嫌いじゃない!」
俺が言い切ると、輝星花の頬が赤くなってゆくのがわかった。
しかし、相変わらず呆気にとられて俺を見ている。
「俺はお前が男の口調だろうが、別にお前がおかしいなんて思わない! 今の時代は男口調の女子だっていっぱいいるんだ! だからその姿でその口調でも俺はぜんぜんOKだ!」
ゆっくりと右手で自分の口を覆う輝星花。
視線が自然と下がり、すごく恥ずかしそうに俯いてしまった。
しかし、これで終わりじゃない! こいつに自分の名前を嫌って欲しくないからな!
「俺はお前が女の時には輝星花って呼ぶ! お前が駄目だと言っても輝星花って呼ぶ! だから……えっと……と、とにかく自分の名前を嫌いになるなよ! 育った境遇はもうどうしようもないかもだけど、名前は女の子らしいじゃないかよ! お前の両親だって、名前まで男にしなかったんだろ? だから……その……」
やばい、何を言っていいのかわからなくなった。
話しているうちに脳内が混乱して、駄目だ……俺って駄目な奴だぁぁぁ!
「す、すまん……以上だ」
俺は思わず謝って両手で顔を覆ってしまった。ここまでやっておいて、ぶっちゃけむっちゃ恥ずかしくなっている。
もう心臓バクバクだし、顔は熱いし、手はべっとりだし、最低だぁぁ!
だが、次の瞬間、俺の耳には輝星花のクスクスと笑う声が聞こえた。
俺は思わず両手をどけて目の前の輝星花を見てしまう。
すると、輝星花が笑っていた。本当に笑っていた!
「優しいんだね……ありがとう、悟君」
俺は輝星花にそう言われた瞬間、またしても心臓がドキッと跳ね上がった。
やばい、すっげードキドキしする。輝星花の顔がまともに見られない……。って……これって……マジで俺は輝星花を意識しちゃってんのか?
「悟君、なんで顔を赤らめているんだい? まさか僕に惚れちゃったかないよね?」
輝星花は俺の気持ちなんか察する気配もなく、微笑ながらそう言った。
「ば、馬鹿言うな! 何で俺がの……(じゃない)き、輝星花なんかに惚れなきゃ……お俺は茜ちゃんが一番なんだよ!」
思わず茜ちゃんの名前を出してしまった。何やってんだ俺? もっと冷静になれよ……。
言い終えてから冷静になる俺。駄目すぎだろ。
「冗談だよ。冗談に決まってるじゃないか。君が越谷君を好きなのは知っている。それに……僕は君に惚れられても困るんだ」
「何だよそれ、俺じゃ輝星花には役不足な相手だっていうのか?」
そのまま流せばいいものを、ついつい口を出してしまった。俺もまだまだ子供だ。
「そ、そういう事じゃない! 僕は君がいいのならいつでも受け……じゃないだろ! 受け入れない! アウトだよ!」
自分で自分に突っ込みを入れる輝星花。輝星花にしては珍しく動揺している姿があった。
顔を真っ赤にして、胸に手を当てて何度も深呼吸をしている。
どうやら、なんとか落ち着こうとしているみたいだ。
しかし、まさかこいつとこんな馬鹿なやりとりをする日がくるなんて、思ってもなかった。
「輝星花、もうやめよう。もうこれ以上この話題に触れるのはやめておこう」
「ああ、そうだな。これ以上はお互いの精神力を削るだけで良い事がなさそうだ」
珍しく輝星花と意見が一致した。
そして、クスクスと輝星花が笑う。俺も思わず笑ってしまった。
「やっぱり、悟君は楽しいよ」
輝星花は笑いながらコンクリートから立ち上がった。
そして俺の横を通り過ぎると、屋上の真ん中に進んで行った。そして、両手を広げて空を見上げながらくるくると回りだす。
「おい? 何をやってるんだ?」
「別にぃ……深い意味はないよぉ? こういうのを一度やってみたかったんだよねぇ……こうやって女の子の格好で、スカートを穿いて回りながら空を見るのってさ、普段は出来ないだろ?」
女の姿でもその動作は十分おかしいだろ……。なんて言えないな。それが楽しいのならやらせておけばいい。きっと飽きればやめるだろうし。
そのままずっとくるくる回る輝星花。そんな輝星花を見ていると、だんだんとふらついてくるのが解った。
まさか……こいつ。
「おい! もしかして目が回ってないか!?」
「あはっ……くらくらする……よ」
「ちょ!? ストップ! ストップ!」
俺が静止すると、輝星花は回るのをやめた。
しかし目が回ったらしく、ふらついて倒れそうになっている。
馬鹿だろこいつ! なにを目まわしてんだよ!
「悟君…・・きもち悪くなったよ……」
「あほか!」
「あはは……まったくもってあほだね……」
そう言って前へと歩き出そうとした輝星花だったが、足をもつらせて前のめりに倒れそうになる。
「危ないっ!」
俺は咄嗟に輝星花の前まで走ると、体を支えようと腕を伸ばす。
しかし輝星花は俺が来るとは思っていなかったようで、ちょうど両手を前に突き出した時に、その間に俺がすっぽりと嵌ってしまった。
そして、輝星花はそのまま俺に抱き付くような格好で多い被さった。お陰で、なんとか倒れずに済んだけど……。
俺の左肩の上には輝星花の顔がのっている。そして髪がふわりと俺の顔にあたる。
輝星花からまた女の子らしいいい匂いがする。そして……俺は今の状況を確認した。
俺は現状として輝星花に抱き付かれている。と言うよりも、抱き合っている状態になっている。
そして、密着した胸部に柔らかさを感じるのは……俺の胸のせいじゃないよな?
これは……輝星花のあれか!? あれなのか!?
この弾力のある大きめの膨らんだ二つの物体。
まさか、これが輝星花のOPPAO!? OPPAOじゃない! OPPAI!?
「ちょ、ちょっと! 輝星花離れろ!」
俺は輝星花の両肩を持つと、力任せに引き離した。
「ご、ごめん、悟君……」
輝星花も慌てて俺から離れる。
「あ、あやまんなくっていい!」
というか柔らかかったじゃないか!
「危ない、危ない、こんな所を絵理沙にでも見られたら、僕は殺されちゃうよ」
「いや、それ以前に男と女が屋上で抱き合うとか……駄目だろ?」
「えっ? 今の僕は女だし、今の君だって女じゃないか?」
それはそうだ。そうだけど!
「中身は男なんだよ! 察してくれよその位は!」
野木は苦笑しながら「そうだったね」と言うと一歩前に出た。が……。
「あれ?」
またふらついた。
またしても俺は輝星花を正面から抱き支えてしまう。
「お前、英才教育を受けたんだよな? 何で2回もふらついてるんだよ?」
「め、面目ない……まだ目が回ってたみたいだよ」
「自分の事くらいわかんねーのかよ?」
「いやはや、本当に申し訳ない……しかし、来ないとは思うけど、絵理沙がここに来て、こんな場面を見たら、僕は間違いなく殺されんだろうね。だから早く離れようか」
「まったく、それなら余計に……って……おい……野木……」
「ん? どうしたんだい?」
俺は思わず絵理沙を野木と呼んだ。そう、それには理由があった。
では、ありえないと思うだろうが、俺の視界に入っている人物の特徴を言っておこう。
俺の視界にはある女性が写っていたんだ。
髪は長く、とても綺麗だった。瞳は茶色で外人かと思うくらいだ。
そして、その女性は容姿端麗でこの学園では目立つ存在だった。
そう…………俺の視界に写っていたのは……。
「絵理沙!?」
絵理沙だった。
「さっきからさぁ……二度も抱き合ってさぁ……何しちゃってんの? ねぇ……」
その声を聞いて輝星花が固まった。
魔法力が無いせいなのか、輝星花もまったく絵理沙の気配に気が付かなかったみたいだ。顔が真っ青になったまま俺に抱き付いている。しかし……。
「なんでお前がそこにいるんだよ!」
そう、絵理沙はなんと塔屋の上にいたのだ。
さっき屋上から飛び降りてグラウンドを歩いていたはずの絵理沙。
しかし、今、現実に絵理沙は塔屋の上にいる。
「私がどこに居ようが勝手でしょ?」
確かにそうだ。それはそうだが……。
「お、お前は忍者か!」
「……魔法使いよ」
そう言って、絵理沙は塔屋から一気に俺たちの横に飛び降りたのだった。




