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ぷれしす  作者: みずきなな
十月
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80/173

080 名前

「絵理沙は魔法を発動したみたいだ。どうやってなのかはわからないけどね」

「そんな……あいつは魔法を使えないはずじゃ?」

「そのはずなんだけどね……」


 俺は再びフェンスまで走った。そしてフェンス越しに外を見ると、居た。絵理沙がグラウンドを歩いている。


「マジで無傷だと!? それで、なんでグラウンドのど真ん中を歩いてるんだ?」


 野木の方を振り返ると、苦笑しながら溜息をつく姿が見えた。

 そして、次に野木は俺に深々と頭を下げやがった。


「なっ? なにやってんだよ?」

「悟君、君には色々迷惑をかけてしまって申し訳なかった」


 こんな場所で頭を下げられても俺は困る!


「何でお前が俺に謝るんだよ? お前は俺に迷惑なんてかけてないだろ? 迷惑をかけたのは絵理沙の方じゃないか!」


 俺がそう言うと野木はゆっくりと頭をあげた。


「ありがとう悟君」

「お礼を言われる筋合いもない」

「……君は本当にいいやつだな」


 野木がクスリと笑った。俺はそんな野木の表情を見て思わず視線を外してしまった。

 意識しようとしている訳じゃないが、なぜか野木を意識してしまう。

 ついこの間まで男だったと思っていた奴が、いきなり女だと解ったからだろうか?

 それともこいつが俺好みの可愛い微笑みを浮かべるやつだからだろうか?

 とにかく、なぜかまともに野木の顔が見られなかった。


「悟君、もう少しだけ時間をもらっていいかな? さっきの続きの話をしておきたんだ」

「わ、わかった」

「ありがとう。じゃあ、僕の横に座ってくれ」


 野木は先にコンクリートへ座ると、俺を手招きしている。

 俺がごくりと唾を飲むと、ゆっくりとコンクリートへ座った。

 本当は座りたくなかったが、ここで意識していると思われるのも何か先行きに不安を感じる。なにせこいつはあの野木なのだから。

 そして、また密着した。


「悟君」


 野木の左腕が俺の右腕にあたっている。やっぱり柔らかい。


「悟君」


 そして、なんとも言えない甘い匂いがまたしても俺を襲う。


「悟君?」


 風に靡く髪が俺の頬をくすぐり、なんともいえない感覚に襲われた。


「どうしたんだい?」

「わぁ!」


 俺の目の前に野木の顔があった! それも数センチ前に!


「な、なにやってんだよ!」

「君を呼んでも何の返事もなかったからじゃないか」

「だからって、俺の顔の前にお前の顔を持ってくるなよ!」

「いやいや、何か考えごとをしていたようだったからついね」

「ついじゃねぇ!」


 やばい位に心臓が跳ねてしまった。今もドキドキしてるけど。


「続きを話してもいいかな?」


 顔を元に戻した野木が、空を見上げながら聞いてきた。俺はもちろんOKを出す。


「僕は絵理沙の双子の姉なんだ」

「さっきも言ってたな」

「うん。でもね? 悟君が見ていてもわかるように、姉と言っても生まれた時間が絵理沙よりも早かっただけだ。正直いって色々な面で絵理沙には頭があがらない」

「まぁ……それはなんとなくわかる」


 あんな妹を持つと苦労するだろうな。綾香なんて絵理沙と比べると凄まじく出来た妹なんだって実感できるよ。


「あと、北海道で話したと思うけど、絵理沙は僕の心を読む能力をすごく嫌っている。そして僕の存在も好きじゃない」

「そうなのか? 確かに能力は嫌っているのかもしれない。だけど、お前を嫌いってはないだろ? 実の姉なんだしさ? 俺は妹が大好きだし、妹も多分俺が好きだと思うし、姉妹で嫌いあう事もないだろ?」

「いや、きっと嫌っているよ。だからこそ、君達みたいな兄妹が羨ましいく思うんだ。僕らはそんな関係にはなれないだろうからね」

「なれないって事はないだろ?」

「なれないよ」


 野木は表情を曇らせて俯いた。


「絵理沙が僕を嫌っている理由は別にもあるんだよ」

「えっ?」

「絵理沙と僕は双子なのに、なぜか両親は僕ばかりを英才養育した」

「英才教育?」

「そう。英才教育だ。僕には特別に家庭教師までつけて魔法を教え込んだんだ」


 確かに理由がわからない。同じ双子なのに片方だけを英才教育とか……。


「それって、お前の方が出来がよかったからとか?」


 そういう理由ならありえるか?


「いや、英才教育は生まれた時からだ。生まれてすぐにそんな事がわかるはずがないよ」


 確かに……。


「僕は両親の心は読めなかった。だからなぜ僕に対してそうしたのかの理由は未だにわからない……。でもそのせいもあって僕は早い時期から変身能力を含めた高度な魔法が使えるようになったんだ。そして魔法管理局には最年少で入る事ができたんだよ」

「そうだったのか……。絵理沙は? 絵理沙はどういう教育を受けたんだ?」

「絵理沙は僕みたいに特別扱いされる事はなく、まったく違う環境で普通の女の子として育てられたんだ。それで絵理沙は両親が僕と絵理沙を差別していると思ったみたいなんだ。だから余計に絵理沙は僕の事を嫌っているんだよ」


 なんて複雑な家庭環境なんだよ……。


「なるほどな……」

「で、僕が男として過ごすようになったのも……本当は幼少期からなんだ」

「えっ? お前、趣味でとか……言ってなかったっけ?」

「実は、僕は両親の教育方針で幼少の時期から男に変身する訓練をさせられていた。そして男の子として生活を余儀なくされたんだ。口調も男で生活できるように強要された」


 酷い……。なんて酷い両親なんだ。


「お前は抵抗しなかったのか? いくら英才教育だからって、お前を男として生活されるとかおかしいだろ!」


 野木はまた溜息をついた。深く、そしてとても寂しく。


「両親は男の子が欲しかったんじゃないのかな? でも、生まれたのは女の双子だった。だから僕は男として、絵理沙は女として育てられたんだと思う」

「そんなのねぇだろ! ありえねぇし! 人間界だって狙った性別で生まれてくるなんてねぇんだぞ? そんなどっちが欲しかったからって、出来なかったからって、それで男子で育てるとかねぇだろ!」

「悟君、別に君がそんなに怒る必要はないんだ。ただ、僕がなぜ男の格好をしていたか。それを教えたかっただけだからね」


 そう言って笑顔をつくった野木。でも本当に寂しそうな笑顔だった。

 こいつ、きっと男として育った事をまったく喜んでないんだろうな。そう思った。


「ああ、そうだ、君に聞かれる前に言っておくけど、僕の本当の名前は【きらり】って言うんだ。【かがやく】【ほし】【はな】の漢字を並べて【輝星花きらり】って読むんだ」

「そ、そうか……お前の名前は輝星花きらりって言うのか」


 正直珍しい名前だと思ったけど、魔法世界だとそういう名前が普通なのか?

 いや、でもよく考えれば、絵理沙は本当の名前が絵理沙だよな?

 あれ? なんで日本人の名前なんだ? 魔法世界って日本? な訳ないよな?


「でも正直いってこの名前は好きじゃないんだ。星を見るのは好きだけど、僕自身は輝く星になんてなれない。だから、お願いだから、僕を本当の名前で呼ばないでほしい。今まで通り【野木】とか【一郎】とか呼んでくれ」


 いや、俺はお前を一度たりとも【一郎】とは呼んでないよな?

 って、今はそういう問題じゃないよな。しかし……自分の名前が嫌いだとか……。

 野木は自分が嫌いなのか? 名前が嫌いというのもそのせいなのか?

 俺はここでこいつに何がしてやれる? 俺は……慰めてやるくらいしかできねぇ。

 よし……。


「き、輝星花きらり!」


 俺は野木を本名で呼んだ。


「えっ!? さ、悟君?」


 輝星花きらりは目を点にして俺を見た。

 まさか呼んで欲しくないと言った名前で呼ばれると思っていなかったみたいで、怒るというよりは、呆気にとられて俺を見ていた。

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