079 招かざる者
いきなり屋上に現れた絵理沙。
確か絵理沙はマンションに戻ったんじゃないのか?
しかし、現実、絵理沙は俺の目の前にいた。そして、その表情は険しく、俺の横にいる人物をじっと睨んでいる。
俺は絵理沙の睨む方向に顔を向けると、そこには恐怖に表情を歪めた絵理沙の姿があった。
「え、絵理沙? お前、なんでこんな場所に?」
野木は眉間にしわを寄せながら絵理沙を見ている。
絵理沙はぐっと歯を食いしばりながら野木を睨んでいる。
「はぁはぁ……。こんな所に居たんだね……。それもそんな格好で……」
絵理沙の眉間には血管が浮いていた。ここまで怒った絵理沙は見た事がない。
「絵理沙、なんでお前、そんなに怒ってるんだよ?」
「どういう事なの? 私には何も言ってなかったよね? 北海道に悟君と一緒に行く事も! 私に黙って本当の姿を悟君に教える事も!」
絵理沙はうつむき加減で体を小刻みに震わせている。そして、俺の言葉は完全に無視だ。ちょっと心が痛い。
「待て絵理沙。今日は別に本当の姿を悟君に教えるつもりなんてなかったんだ。たまたま特別実験室を出た時に悟君に出会ってしまった。僕はこの姿を見られてしまったから、もういっそ正体を教えておこう思ったんだ。北海道の事はあとで話をしようと思っていたんだよ」
「へぇ……。なに? 悟君なんてなれなれしく呼んじゃってさ……あんた何様よ?」
何がどうした? いつもの絵理沙じゃない。
怖い、絵理沙が怖いぞ……。
野木も体を震わせている。俺に密着しているからそれがよくわかる。
「べ、別にいいじゃないか。悟君は悟君なんだし、悟君って呼んでもいいだろ? それにいつも僕はそう呼んでいる」
絵理沙は無言でずんずんと野木の前まで歩いてくると、いきなり俺の横に座っていた野木の胸ぐらを掴んだ。
「ひゃっ!」
思わず声をあげる野木。
「ふぅ~ん。じゃあそれはいいわ。でも、私は言ったはずだよね? 輝星花は家で大人しくしてなさいって。なのに何で学校に来てるの? それも私の制服を勝手に着て! 魔法力が尽きて変身も出来ないのに学校にくるとか馬鹿じゃないの!? で、何? 悟君に見つかったから正体をばらしたって? 馬鹿じゃないのマジ!」
俺は座ったまま絵理沙と野木を交互に見た。そして俺の脳裏に絵理沙の叫んだ名前が侵入してくる。
【きらり】って……誰だ? っていうか、野木しかいないよな?
野木の本名は【きらり】っていうのか?
じっと野木を見る。しかし、今はそんな事が確認できる状況じゃない。
俺が動揺している横で、絵理沙は野木を持つ手に力を込めた。すると、野木の着ている制服が引きちぎられそうに伸び、野木の足が屋上から離れたじゃないか。
「え、絵理沙っ! やめろっ!」
野木の悲痛な叫びも空しく、完全なネックツリー状態になっていた。
吊り上げられたせいでお腹が丸見えになり、野木は空中に浮いた足をばたばたとして苦しんでいる。
そして、絵理沙はそれでも躊躇する事なく、そのまま更に腕が伸びる所まで野木を吊り上げた。
「ぐ、ぐるしい」
「当たり前よ。苦しくしてんだから」
なんて酷い。実の兄に向かって何を……じゃない姉だ。
そして、片手で野木を持ち上げるとは……なんというパワーだ。
「え、絵理沙、待ってくれ。僕は本当に特別実験室に用事があったんだ。別に悟君に正体をばらそうとか思って学校に行った訳じゃない! さっきも言っただろう? 僕はたまたま悟君に見つかってしまったから正体を教えてあげたと」
「別に教える必要はないでしょ? 教えないで逃げればいいじゃないの! 体育対抗祭の時みたいにさ!」
やっぱり体育対抗祭の時の女生徒は野木だったのか。
「ぼ、僕が悟君に正体をばらすと何か問題があるのかい? 僕が女だという事実を悟君に教えて何かまずいのか?」
「う……煩い!」
「そうか、そうなんだ。絵理沙は僕が悟君を奪うとでも思っているのかい」
野木が絵理沙にそう言った瞬間、絵理沙の顔が真っ赤になった。
「な、なにを言ってるのよ! 馬鹿!」
野木に向かって怒鳴ったと同時に、絵理沙が俺の方に視線を向けた。
絵理沙と俺とは一瞬視線が合った。が、すぐに絵理沙が視線を外した。
絵理沙の赤い顔がさらに赤くなる。もはや茹でタコ状態だ。
しかし、俺はとんでもない事を聞いてしまった気がする。
確かに野木は言った。【野木が絵理沙から俺を奪う】と。
何だそれ? なんだよそれ?
しかし、あの言葉から考えられる事はひとつだった。
それは前からもしかして? なんて俺が思っていた事だ。でも違うだろうとずっと思うようにしていた事だった。
「絵理沙、まさかお前……俺の事が……」
「煩い!」
「ひっ!?」
俺の言葉は絵理沙の怒鳴り声で遮られてしまった。
顔を真っ赤にした絵理沙は、ついに涙目になっている。
「輝星花の馬鹿ぁ! なんで悟君がいる前でそんな事を言うのよぉ!」
しかし、野木は返事をしなかった。というか、顔が紫になってるぞ?
「え、絵理沙! 野木が死ぬって!」
野木は絵理沙に思いっきり首を絞められて窒息したのか、気絶していた。
「はっ? き、輝星花?」
流石の絵理沙も実の姉が気絶したのをほっておく訳がない。
慌てて地面に下ろすと、2、3回ほど顔面びんたをした。その度に野木の顔が左右に揺れた。
いや、でもこれ、男がやったらすごい問題になるよな?
「う、う~ん?」
野木は絵理沙の往復びんたで意識を取りもどしたらしい。しかし、痛々しく頬に残る手形がなんともいえない。
「た、助かったのか? って、絵理沙? 何で泣いているんだ?」
野木にそう言われて絵理沙を見ると、本当に絵理沙は涙をぼろぼろと流していた。そして、
「輝星花の馬鹿! 悟君にばれちゃったじゃないのよ! どうしてくれるのよ…」
ここで俺は確信してしまった。絵理沙は間違いなく俺が好きなんだと。
しかし、なんで俺の事なんかが? 理由もわからないし、ここでどういう反応をすればいいのかもわからない。マジで困った!
そんな困惑している俺に向かって絵理沙がダメ撃ち攻撃を仕掛けてきた。
「悟君、もうばれちゃったから言っておくけど……私は君の事が好きなの……」
言葉を返せなかった。というか、告白された。
面と向かって女子に告白されたのはこれが初めてだ。それも俺が綾香の姿なのに……。
告白は大二郎にされた事はあるが、あいつは男だ。だからノーカウント。
しかし……人生初の告白が……絵理沙だとは……。
「そういう事だから!」
絵理沙は告白が終わると、俺の顔も見ずにグラウンド側のフェンスに向かって走り出した。それも、まるで短距離走でもするのか? と疑いたくなるような勢いで。
このままじゃフェンスに激突する!?
「絵理沙! 危ない!」
俺は咄嗟に叫んだが、それと同時に俺の目の前ではすごい事が起こった。
それは、絵理沙が2メートルはあろうフェンスをジャンプで越えてしまったのだ。
「う、嘘だろ!? ここ屋上だぞ!?」
俺は慌ててフェンスに駆け寄った。そして、フェンス越しに下を見るが見えない。
当たり前だ。フェンスを乗り越えなきゃ見えるはずがない。
でも、事実絵理沙はここを越えてしまった。
「野木! 絵理沙が飛び降りた! 俺、ちょっと一階にいくから、野木も一緒に来い!」
しかし、野木は平然とした表情で俺を見ている。
訳がわからない。実の妹が屋上から飛び降りたのに平然としているとかありえない。
いくら魔法使いだからって、屋上から飛び降りて無事とかあるはずない。ましてや、今の絵理沙は魔法が使えないんだぞ?
俺が慌てて塔屋のドアに飛び込もうとした時、野木がぐっと俺の腕を掴んだ。
「なっ!? なにしてんだよ!?」
「絵理沙は大丈夫だ。何の心配もない」
「おまえ、なに言ってるんだ? 屋上だぞ? ここは屋上だぞ?」
「知ってるよ。でも大丈夫。絵理沙は……魔法を発動した」
「えっ!?」
俺は野木の言葉に固まってしまった。




