第10話 ニアミスな二人
高校に入学してからの一週間は、なんとも散々なものだった。
華々しく高校デビューをしようとしたものの、自己紹介のタイミングで同じ中学校の出身のやつに見つかり、俺は早速根暗だった中学時代のことをぶちまけられた。
まあ、これで終わったならまだ良しとしよう。
その日の放課後から、俺は見たこともない女に絡まれ続けた。
茶髪をお団子ツインテールにした、やけに元気のいい女子学生が俺の前に現れたのだ。
別に姿を見せただけならいいんだ。だが、やつは俺に交際を持ちかけてきた。
その時はどうにか断って逃げ出したのはいいが、しばらく俺はトイレに隠れ続けた。
それで終わったと思ったら、翌日からも朝の登校時間になぜか出くわす。
自転車で衝突しても無傷。自転車で逃げようとしてもけろっとした顔で追いついてくる。俺は怖かった。
なんなんだよ、こいつは。これが俺の正直な感想だった。本当に怖かったぜ。
そして、ようやくその女と顔を合わせずに済む日曜日がやってきた。
俺はのんびりとして目を覚まし、ゆっくりと食堂に姿を現す。
「おはよう」
「おはよう、鴨太。ずいぶんとゆっくりだったじゃないの」
「ああ、最初の日曜だからな。いろいろあって疲れたから、起きるのが遅くなっちまった。母さん、ご飯はもらえるかな」
「はいはい、すぐ用意するわよ」
母さんはすぐさまご飯を用意してくれる。
「父さんは?」
「仕事。日曜は逆に忙しくなる仕事だから、しょうがないといえばしょうがないわね。しかも、お父さんは責任者だから、早く行かないといけないし」
「そっか……」
母さんと話をすると、父さんは既に出てしまっていたようだ。職場までも遠いこともあって、父さんは早く出ていくからな。
しょうがないとは思いつつも、なんかさみしいと思う。
俺が引きごもりがちになった原因には、こういうところもあるんだよな。親と遊ぶ機会がなくて、引きこもって一人でよく遊んでたからな。気が付いたら、陰キャって呼ばれる性格を形成してしまっていた。
「それで、鴨太」
「なに、母さん」
黙々と食べていたら、母さんが話し掛けてくる。
「どうなのよ、高校に入って。わざわざ隣の市の高校を受けたけど、うまくやれてる?」
「あ、ああ……。たまたま同じ中学校のやつもいたんで、交友関係はまぁ……」
母さんに心配されているのはよく分かる。小学校、中学校と、あんまり友だちがいなかったからな。また一人で浮いてしまっているんじゃないかと、母さんは気になってしまっているみたいだ。
だが、高校は同じ中学校のやつもちょっと浮いてしまっているので、同じ出身の俺を見つけて声をかけてきていた。そいつがまたあれこれと知り合いの輪を広げようとするやつなんで、俺も巻き込まれるようにして、どうにか友人を増やすことには成功していた。あんまり話せてないけどな。
それが証拠に、今日の俺には予定がない。
「そう。それじゃ、私と今日は出かけない? 近くのスーパーで日曜特売があるから、たくさん仕入れておきたいのよ。鴨太は育ち盛りだから、たくさん食べるでしょう?」
「分かった。それじゃ付き合うよ」
「そう、ありがとうね」
どうせ家にいても暇なだけだしな。
俺は母さんと一緒に買い物に出かけることにしたのだった。
車で出かけることになった俺たちが、そろそろ目的地に到着しそうになったその時だった。
俺の目の前で、道路に飛び出す危険なやつがいた。
案の定引かれそうになるが、その瞬間、俺は信じられないものを見てしまった気がする。
轢かれそうになった女が、車を足蹴一発で止めてしまったような光景が目に入ってきたんだ。
ところが、次の瞬間、女は長髪の男性と一緒に道路を無事に渡り切っていた。
……見間違いかな。
俺は確かに女が車に轢かれかかったのを見たはずだ。なのに、無事に渡っているし、凹んだはずの車は何事もなかったかのように走り去っていった。
その光景を見ていた俺は、母さんに声をかける。
「なあ、母さん」
「なに、鴨太」
「今、女の子が轢かれそうになってなかったか?」
「何を言っているの。そんなことはなかったわよ」
母さんは俺の質問にこう答えていた。
……俺の見間違いだったのだろうか。
それにしても、轢かれかかった女は、なんか見たことがある気がするんだよな。
俺はつい考え込んでしまうも、結局誰か分からなかったので気にしないことにした。それよりも、自分たちの買い物のことを考えよう。
俺はさっき見たことは気のせいだったと思うことにして、母さんと一緒に買い物をして回った。
今日はようやく、あの輪熊月乃とかいう妙な女子学生と顔を合わせずに一日が終えられそうだ。
そう思った俺は、なんとも穏やかな気持ちでこの日曜日を過ごすことができた。
だが、俺はこの時、とんでもなく重要なことを体験してしまっていたのだ。母さんが覚えていなかったので、すっかり忘れてしまうことになるのだが、これが後々に予想外な影響を及ぼすことになるとは、俺はまったく思ってもみなかった。




