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妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


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14/32

村の入口



 床の扉は、思っていたより静かに閉まった。


 ぱたん、という小さな音がして、その上に木の板が戻る。さらにベッドを少しずらすと、さっきまでそこに穴があったことは、ぱっと見ただけではほとんどわからなくなった。


 創磨はしゃがんだまま、その床をじっと見た。


 下には、望来と赤ちゃん村人が座れる小さな空間がある。


 たいまつが一本。


 水。


 焼きじゃがいも。


 少しのパン。


 それから、望来の薬袋と白い薬ケース。


 全部、ちゃんとある。


 あるはずなのに、創磨の胸のざわざわは消えなかった。


「そうま」


 芽依が横からのぞきこむ。


「まだ見ると?」


「……うん」


「もう閉まっとるやん」


「閉まっとる」


「じゃあ、よかやん」


 芽依はそう言ったけれど、その声にも少しだけ迷いがあった。


 芽依だってわかっている。


 扉があるから安心、というほど、この世界は簡単ではない。


 望来は床の近くにぺたんと座り、両手で床板を触っていた。


「ここ、ひみつ」


「うん。ひみつ」


 芽依が答える。


「みくと、あの子の」


「みくと、あの子だけじゃなか。みんなの」


 芽依が言い直すと、望来は少し考えたあと、こくんとうなずいた。


「みんなの、ひみつ」


 その言い方は、どこかうれしそうだった。


 でも創磨は、床ではなく窓の外を見ていた。


 家の中は、前よりずっと整っている。


 三つのベッド。


 チェスト。


 かまど。


 たいまつ。


 つよし号。


 水の入ったバケツ。


 床下の避難場所。


 ここだけ見れば、少しずつ守れる場所になってきた気がする。


 けれど、窓の向こうには村があった。


 畑。


 井戸。


 村人。


 赤ちゃん村人。


 そして、その外から来たピリジャー。


 昨日、灰色のやつらは村の外れから入ってきた。旗を背負ったやつを止められたのは、ほとんどたまたまだった。ボートがうまくはまって、鉄ゴーレムが動いてくれて、どうにかなっただけだ。


 次も同じようにいくとは限らない。


「……家だけじゃ足りん」


 創磨がつぶやくと、芽依がすぐに顔を上げた。


「またそれ?」


「うん」


「今度はなに」


「村の入口」


 芽依は窓の外を見た。


 村には、ちゃんとした門なんてない。


 家と家の間に道があって、畑の向こうに草原が続いていて、少し離れたところに森があるだけだ。どこからでも入ってこようと思えば入ってこられる。


「入口って、どこ?」


「昨日、あいつらが来たとこ」


 創磨は外を指した。


 村の外れ。低い丘のほう。


 ピリジャーが最初に見えた場所。


「そこだけ守っても、別のとこから来るやろ」


「うん」


「じゃあ意味ないやん」


「意味ある」


 創磨はすぐに言った。


 言ってから、自分でも少し驚いた。


 さっきと同じ言い方だった。


 時間があれば逃げられる。


 時間があれば、鐘を鳴らせる。


 時間があれば、望来と赤ちゃん村人を床の下に隠せる。


 何かを完全に止めるんじゃない。


 少し遅らせる。


 その少しが、たぶん命に関わる。


「全部守るのは無理」


 創磨は言った。


「でも、来やすいところを少しでも入りにくくする」


 芽依は腕を組んだ。


「……柵とか?」


「うん。柵と、扉」


「また扉」


「今度は外の扉」


 芽依は少しだけため息をついた。


「扉ばっかりやん」


「扉、大事やろ」


「まあね」


 望来が二人を見上げる。


「とびら?」


「うん」


 創磨は望来の頭に手を置いた。


「外から悪いやつが入りにくくするやつ」


「ぐるる?」


「ぐるるも、昨日の灰色のやつも」


 望来は少しだけ目を丸くして、芽依の服をつかんだ。


「こわい」


「だから作ると」


 芽依がすぐに言った。


「みくが怖くならんように」


 望来は芽依の顔を見て、それから小さくうなずいた。


「つくる」


「みくは見る係」


「また?」


「また」


 芽依が言うと、望来は少しだけ不満そうに口を曲げた。


「みくも、する」


「じゃあ、つよし号で見とる係」


「つよしごうで?」


「うん。大事な係」


 望来は「大事」と言われると、少しだけ機嫌を直した。


「じゃあ、みく、つよしごう」


 創磨は家の外へ出た。


 朝の光は明るかったけれど、昨日までと同じようには見えなかった。


 畑の村人がゆっくり土の列の間を歩いている。井戸の近くにも村人がいる。鉄ゴーレムは村の端を大きな体でのそのそ動いていた。


 その向こうに、昨日ピリジャーが現れた丘がある。


 近く見える。


 けれど、いざ歩いてみると少し距離があった。


 創磨は石の斧を持ち、木のところへ向かった。


「また木切ると?」


 芽依が聞く。


「柵にする」


「どんだけいると」


「わからん」


「わからんのに作ると?」


「作らんとわからん」


 芽依は少し黙って、それから言った。


「じゃあ、いっぱい切るしかなかね」


「切りすぎたら、あとで困る」


「じゃあ、ちょうどよく切るしかなかね」


「その、ちょうどよくが難しかと」


 創磨がそう言うと、芽依は少しだけ笑った。


「そうま、むずかしい顔しすぎ」


「してなか」


「しとる」


 そんなやり取りをしながらも、創磨は木を切った。


 ごっ。


 ごっ。


 ごっ。


 石の斧の重さが手に響く。


 最初に素手で木を叩いた時よりは、ずっと早い。でも、体はちゃんと疲れる。ゲームみたいに何十本も平気で切れるわけじゃない。


 腕が重くなる。


 肩が痛くなる。


 腹も少し減る。


 創磨は息を吐きながら、心の中で思った。


 お腹ゲージ、減っとる感じする。


 でも、口には出さなかった。


 今それを言うと、芽依にまた「ゲームの言い方」と言われそうだったからだ。


 木材にして、棒にする。


 棒と板を並べて、柵を作る。


 作業台の上に、知っている形を置くたび、ぽん、と柵が現れる。


 便利だ。


 けれど、そのたびに材料はちゃんと減っていく。


 魔法みたいに見えても、何もないところから増えているわけじゃない。


「これ、何本?」


 芽依が数える。


「六」


「足りんやろ」


「足りん」


「もっと作る?」


「うん」


 また木を切る。


 また棒を作る。


 また柵を作る。


 望来はつよし号の中で、柵が増えるのをじっと見ていた。


「これ、なに?」


「さく」


「さく?」


「入っちゃだめ、ってするやつ」


「みく、入ってよか?」


「みくは、だめなとこはだめ」


「えー」


 望来はすぐに不満そうにした。


 芽依が横から言う。


「みくはすぐ入るけん、柵いるんやろ」


「みく、入らんもん」


「入るやん」


「入らん」


「昨日もあの子のとこ、すぐ行ったやん」


「ともだちやもん」


 望来は自信満々にそう言った。


 創磨は少しだけ笑いそうになったけれど、すぐに丘のほうを見て表情を戻した。


 柵を持って村の外れへ向かう。


 昨日ピリジャーが来た道は、はっきりした道ではなかった。草原のゆるい斜面から、村へ向かってそのまま入れてしまう場所だった。


 そこに、柵をまっすぐ置いても、たぶん横から回られるだけだ。


 創磨はしばらく地面を見た。


 草の段差。


 土の出っ張り。


 家の位置。


 井戸までの道。


 村人が走る方向。


 鐘の位置。


 全部を頭の中でつなげる。


「そうま、止まった」


 芽依が言う。


「考えよる」


「また?」


「大事やろ」


「うん」


 芽依はそれ以上急かさなかった。


 創磨は柵を一本、地面に置いた。


 まっすぐではなく、少し斜めに。


 次の柵を、その横に置く。


 さらに、曲がるように置く。


「なんでまっすぐじゃなかと?」


 芽依が聞く。


「まっすぐやったら、壊されたら終わり」


「曲げたら?」


「入るのに時間かかる」


「めんどくさくするってこと?」


「うん」


 芽依は納得したような顔になった。


「めんどくさくするの、めい得意かも」


「それはちょっと違う」


「なんで」


「なんでも」


 柵を置いて、道を細くする。


 完全にふさぐのではなく、わざと一か所だけ通れるようにする。


 その場所に、木の扉――フェンスゲートを作ってはめた。


「これが入口?」


「うん」


「でも、村人も通るやろ」


「だから開けられるようにする」


「ピリジャーも開けるかもしれんやん」


 創磨は少し考えた。


「開けるかもしれん。でも、たぶん一瞬は止まる」


「一瞬?」


「一瞬でもいい」


 創磨は柵を押して、動かないか確かめた。


 完璧じゃない。


 低い。


 頼りない。


 大きな敵が本気で壊そうとしたら、たぶん壊れる。


 でも何もないよりはずっといい。


「時間があれば、鐘を鳴らせる」


 創磨は言った。


「鐘が鳴ったら、村人は走る。みくとあの子は床下。おれらは扉閉める」


「……うん」


 芽依はうなずいた。


「一瞬でも、大事やね」


「うん」


 昼近くまで、二人は柵の位置を変え続けた。


 最初に置いた形は、つよし号が通りにくかった。


 次に置いた形は、村人が引っかかりそうだった。


 三回目は、望来が勝手に小さい隙間から入ろうとして、芽依に止められた。


「みく!」


「入れた」


「入れたらだめなやつ!」


「なんで?」


「だめなとこやけん!」


 望来は不満そうにしたが、創磨はその場所を見て顔をしかめた。


「そこ、空きすぎか」


「ほら、みく役に立ったやん」


 望来が言う。


 芽依がすぐに言い返す。


「たまたまやろ」


「たまたまじゃなか」


「たまたま」


 創磨は二人の言い合いを聞きながら、柵を一つずらした。


 たしかに、望来が入れる隙間なら、赤ちゃん村人も入れる。


 逆に言えば、敵も何か入り込めるかもしれない。


 小さい目線で見ないとわからないこともある。


「みく、そこ見つけたのはえらい」


 創磨が言うと、望来はぱっと顔を明るくした。


「えらい?」


「うん。でも勝手に入ったらだめ」


「……えらいけど、だめ?」


「えらいけど、だめ」


 望来は少し悩んでから、こくんとうなずいた。


「わかった」


 たぶん半分くらいしかわかっていない。


 でも、それでよかった。


 昼は、焼きじゃがいもとパンを少しずつ食べた。


 創磨は自分の分を小さくちぎって、先に望来へ渡そうとした。


 芽依がそれを見て、眉を寄せる。


「そうまも食べんば」


「食べよる」


「それ、ちょっとやん」


「足りる」


「足りん」


 芽依は自分のパンを半分ちぎって、創磨の手に押しつけた。


「食べて」


「芽依のが少なくなるやろ」


「めいはじゃがいも食べるけん」


「芽依、じゃがいも好きじゃなかやろ」


「今日はいい」


 強い言い方だった。


 創磨は少しだけ黙って、それから受け取った。


「……ありがと」


「別に」


 芽依はそっぽを向いた。


 その横で望来が、焼きじゃがいもを両手で持って言う。


「みく、じゃがいもすき」


「みくは何でも好きやろ」


「きのこもすき」


「今きのこなか」


「きのこ、さがす?」


「今は探さん」


 少しだけ、空気がゆるんだ。


 でも、村の入口の柵を見ると、創磨の顔はまた真剣に戻った。


 午後は、たいまつを置いた。


 入口の左右に一本ずつ。


 明るすぎるわけではない。けれど、夜になった時、そこに柵があることはわかるはずだった。


 さらに、鐘までの道を何度も歩いた。


 入口から鐘まで。


 鐘から家まで。


 家から床下の扉まで。


 望来と赤ちゃん村人が走れるか。


 芽依が支えられるか。


 つよし号を通せるか。


「もう一回」


 創磨が言うと、芽依は少しだけ顔をしかめた。


「また?」


「最後」


「さっきも最後って言った」


「今度こそ」


「そうまの今度こそ、あてにならん」


 それでも芽依は、望来の手を取った。


 ちょうどその時、赤ちゃん村人が畑のほうからとてとて歩いてきた。


 望来がすぐに手を振る。


「あの子!」


 赤ちゃん村人も、望来のほうへ近づいてくる。


 創磨は鐘を見た。


「ちょうどいい」


「なにが?」


 芽依が聞く。


「練習」


 創磨は鐘の前に立った。


 本気で鳴らすわけじゃない。


 でも、音は村に広がる。


 創磨は少し迷ってから、軽く叩いた。


 カーン。


 澄んだ音が、村の中に広がった。


 村人たちが動いた。


 畑の村人が顔を上げる。


 井戸の近くの村人も家へ向かう。


 赤ちゃん村人は一瞬だけ止まり、それから望来のほうを見た。


「こっち!」


 望来が呼ぶ。


「こっちよ!」


 芽依も手を伸ばす。


 赤ちゃん村人は、迷ったように少し足を止めたあと、望来のほうへ走ってきた。


 小さい足。


 遅い。


 でも、ちゃんと向かってくる。


「家!」


 創磨が言う。


 芽依が望来の背中を押す。


 望来は赤ちゃん村人の手を取ろうとして、うまく取れず、それでも一緒に走る。


 二人は家に入る。


 芽依が床の扉を開ける。


「はやく!」


 望来が先に入り、赤ちゃん村人が続く。


 芽依が扉を閉める。


 床板を戻す。


 ベッドを少しずらす。


 静かになった。


 創磨は家の入口からその様子を見ていた。


 見えない。


 何もないように見える。


 けれど、そこにいる。


 ちゃんと隠れている。


「……いける」


 創磨は小さく言った。


 昨日より、声に重さがあった。


 でも次の瞬間、外から足音がした。


 村人の足音ではない。


 ざり、と草を踏む音。


 創磨は体を固くした。


 芽依も振り返る。


 窓の外を見る。


 村の入口の向こう。


 森の手前に、白いものが見えた。


 骨みたいな細い腕。


 まだ遠い。


 一体だけ。


 たぶん、スケルトン。


 昼の明るさの中、木の影のほうへすっと隠れていく。


 創磨の喉が鳴った。


「そうま」


 芽依の声が低くなる。


「今の」


「……見た」


「敵?」


「たぶん」


「来る?」


「今は来んかもしれん」


 創磨はそう言いながら、柵のほうを見た。


 まだ頼りない入口。


 でも、なかった時とは違う。


 もし夜にあれが来たら。


 もし矢を撃ってきたら。


 柵だけでは足りない。


 扉だけでも足りない。


 次に必要なものが、頭の中で形になっていく。


 盾。


 見張り。


 もっと明かり。


 もしかしたら、弓。


 でも、今は全部はできない。


 まずは、今日作った入口を確かめる。


 創磨は床下の扉へ近づいた。


「みく」


 小さく呼ぶ。


 下から、望来の声が返った。


「なに」


「大丈夫?」


「だいじょぶ」


 少し間があって、望来が続ける。


「あの子も、おる」


 創磨は目を閉じて、少しだけ息を吐いた。


 よかった。


 その気持ちと同時に、胸の奥がまた重くなる。


 守らなければならないものが、増えている。


 家だけではない。


 望来だけではない。


 赤ちゃん村人も。


 村人たちも。


 畑も。


 この村そのものも。


 でも、それは悪いことだけではなかった。


 守りたいものが増えたから、創磨は次に何をすればいいか考えられる。


 怖くても、手を動かせる。


 夕方になった。


 村の入口に置いたたいまつへ火を移すと、柵の影が地面に長く伸びた。


 ただの木の柵。


 ただの小さな門。


 でも、昨日まではなかった線だった。


 村の外と中を分ける、最初の線。


 芽依がその横に立って、腕を組んだ。


「これで、ちょっとは入ってきにくかね」


「うん」


「でも、さっきの白いやつ、矢ば撃つとやろ」


「うん」


「じゃあ、柵の外から撃たれたら?」


「……困る」


「困るじゃなくて」


「盾がいる」


 創磨は言った。


 芽依が少しだけ目を細める。


「作れると?」


「たぶん」


「鉄いる?」


「ちょっといる。木もいる」


「鉄、まだ残っとる?」


「少し」


 芽依は村の入口を見て、それから家のほうを見た。


「じゃあ、明日は盾?」


 創磨はすぐには答えなかった。


 床下には、望来と赤ちゃん村人がいる。


 棚の上には、不吉な瓶がある。


 外には、柵と小さな門。


 その向こうには、森と道。


 遠くで、かた、と乾いた音がした気がした。


 骨の音。


 創磨は唇を結んだ。


「うん」


 小さくうなずく。


「盾がいる」


 芽依は何も言わず、創磨の隣に立ったまま、村の外を見た。


 家の中から、望来の声がした。


「そうまー」


「なに」


「もう出てよか?」


「まだ」


「えー」


「もうちょっと」


 芽依が少しだけ笑った。


「みく、すぐ出たがるね」


「うん」


 創磨も、ほんの少しだけ口元をゆるめた。


 でも、目は村の入口から離さなかった。


 柵はできた。


 入口も作った。


 隠れる場所もある。


 それでも、夜は来る。


 敵は外にいる。


 そして自分たちは、まだ小さい子どもだけだ。


 創磨は村の入口に灯ったたいまつを見つめながら、小さく息を吐いた。


 ――入口はできた。次は、盾だ。

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