表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹の薬が尽きる前に  作者: MONEMOLT


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/33

四角い土



 創磨は、ゲーム機の画面を食い入るように見つめていた。


「だけん、先に木ば取ったほうがよかって。暗うなる前にベッド作れんやったら困るけん」


「でも、めいはおうちば先につくりたかもん」


 隣で芽依がほっぺたをふくらませる。そう言いながらも、画面の中の芽依のキャラは創磨の近くをうろうろしていた。文句は言う。けれど、離れはしない。いつものことだった。


「家つくるにも木がいるやろ」


「わかっとるし」


「わかっとらんやん」


「わかっとるって言いよるやろ!」


 ぴしゃりと言い返されて、創磨は少しだけ口をつぐんだ。こうなると芽依は少し機嫌が悪い。けれど、そのあと何事もなかったみたいにまた話し始めるのも、創磨は知っていた。


 二人のそばでは、望来がバナナを一本持ったまま、よたよた歩いていた。


「みく、バナナある」


「うん、あるな」


「みくの」


「そうそう、みくの」


 満足したように笑って、望来はその場にしゃがみこんだ。小さな手には、白い薬ケースも握られている。


 朝と夜に飲まなければいけない、大事な薬だった。


 望来はそれがどれくらい大事なのか、まだちゃんとはわかっていない。ただ、母が毎日出してくるその白いケースを、自分のものみたいに持ちたがるだけだ。創磨はそのたびに、落とすなよと何度も言ってきた。


「みく、そこ座ったらいかん。踏まるっばい」


「ふまんもん」


「そういうことじゃなかと!」


 口ではきつく言いながらも、芽依はちゃんと望来の近くへクッションをずらしてやっていた。


 創磨はそれを横目に見ながら、画面の中の木を叩いた。四角い幹にひびが入り、やがて、ぽん、と木材になる。見慣れた光景だった。


 なのに、その時だった。


 ぶつん、と音が切れた。


 創磨は瞬きをした。画面が一瞬だけ暗くなって、すぐに戻る。


 けれど、戻った画面はどこかおかしかった。色が濃い。近い。草の揺れる音が、テレビやゲーム機からではなく、もっと近くから聞こえた気がした。


「そうま、今なんか変やなかった?」


「うん……」


 握り直したコントローラーが、じわりと汗ばんでいる。


 画面の中の草が揺れた。


 さわ、と。


 今度は、その音がはっきり耳のすぐそばでした。


 創磨は顔を上げた。


 部屋のカーテンが揺れていた。窓は閉まっているはずなのに、冷たい風が頬をなでる。


「そうま」


 袖をつかまれて振り向くと、芽依が不安そうな顔でこちらを見ていた。


「……なにこれ」


 望来がぽつりと言う。


「きらきら」


 その声で画面を見た瞬間、創磨は息をのんだ。


 ゲーム機の小さな画面から、白い光があふれ出していた。部屋じゅうを塗りつぶすような、目を開けていられないほど強い光だった。


「めい、みく、ちょっと——」


 言い終わる前に、足の下が消えた。


 ふわっと体が浮く。


 胃がひっくり返るような感覚。目をつぶる間もなく、白い光が全部をさらっていった。


     *


 最初に見えたものは、四角かった。


 草が四角い。土も四角い。少し離れたところに立っている木も、幹も葉も、びっくりするくらいきれいな四角だった。


 創磨は地面に手をついたまま、しばらく動けなかった。


 手の下の土はたしかにざらざらしている。けれど見た目がおかしい。絵本の中みたいに、全部が四角い。


「いたぁ……」


 すぐ近くで声がした。振り向くと、芽依がしりもちをついたまま、ぽかんと口を開けていた。その向こうには、望来がバナナを握ったままぺたんと座っている。


 バナナだけが、妙に現実っぽかった。


 いや、バナナだけじゃない。望来の手には、あの小さな白い薬ケースも握られていた。


「みく!」


 芽依が真っ先に立ち上がり、望来のところへ駆け寄る。


「いたい?」


「……ううん」


「ほんと?」


「みく、だいじょぶ」


 その返事に少しだけ息をついたあと、芽依はようやく周囲を見回した。


 そして、顔色が変わった。


 創磨も立ち上がる。


 家がなかった。


 さっきまでいたリビングも、ソファも、テーブルも、テレビもない。壁も、窓も、何もない。ただ四角い草原が広がっていて、遠くに低い丘が見えるだけだった。


「……とうちゃん?」


 創磨の口から、勝手に声が出た。


 返事はない。


「ママ?」


 今度は芽依が呼ぶ。声が少し裏返っていた。


 何も返ってこない。


 風の音だけがする。さっきゲームの中で聞いていたのと同じような、でも本物の、草を揺らす音だった。


「とうちゃん!」


 今度は大きな声で呼んだ。


「ママー!」


 芽依も負けじと叫ぶ。


 望来が二人を見て、不安そうに眉を寄せた。


「とうちゃんは?」


 その一言で、創磨の胸がぎゅっと縮んだ。


「おる。おると思う」


 言った自分の声が、まるで信用できなかった。


「どこに?」


 すぐに聞き返される。強い口調なのに、目はもう泣きそうだった。


「わからん。でも、近くに……」


「近くじゃなかやん!」


 芽依が叫んだ。


「家もなかし、道もなかし、へんやし、とうちゃんもママもおらんし! そうま、どうにかしてよ!」


 どうにかしてよ。


 その言葉が、ずしんと胸に落ちた。


 どうにかしないといけないのはわかっている。けれど、どうやってだ。


 創磨だって泣きたかった。父も母もいない場所なんて、見たことがない。こんな広いところに、三人だけで放り出されたことなんて一度もない。


「……探す」


 喉がからからだった。


「とうちゃんたち、探す」


 芽依は唇をかんだまま、こくりとうなずいた。望来の手をぎゅっと握る。


 三人で歩き出す。


 けれど、歩いても歩いても、あるのは四角い草と木と土ばかりだった。少し高いところに登れば何かわかるかもしれないと思って、小さな丘を目指した。創磨が先に立ち、芽依は望来の手を引いてついてくる。


「とうちゃーん!」


「ママー!」


 何度呼んでも返事はない。


 丘の上まで来ても、見える景色は変わらなかった。四角い森。四角い起伏。遠くにきらっと光る水。知らない世界。知らない場所。


 創磨は息をのんだ。


 ゲームの中とそっくりだった。


 いや、そっくりなんてもんじゃない。まるごとだ。


 でも、ゲームなら、こんなに土の匂いはしない。風が冷たかったりもしない。芽依の手が震えているのも、望来が今にも泣きそうなのも、本物すぎた。


「やだ……」


 芽依が小さく言った。


「やだ。めい、こんなんやだ」


 ぽろぽろと涙が落ち始める。


「おうち帰りたか……」


 望来もつられるように口をへの字に曲げた。


「ママ……」


 創磨は何か言わなければと思った。でも、何を言えばいいのかわからない。だいじょうぶだよ、なんて言えなかった。だいじょうぶかどうか、自分にもわからなかった。


 その時だった。


 足元に伸びる影が、さっきよりずっと長くなっていることに気づいた。


 はっとして空を見る。


 四角っぽい太陽が、もうだいぶ傾いていた。


 その瞬間、頭の奥で、ゲームの知識と父の言葉が一気につながった。


 ——暗うなる前に、寝る場所ば決めろ。


 キャンプの時も、山に行った時も、散歩が長くなって夕方が近づいた時も、父が何度も言っていた言葉だった。


 暗くなる前に、寝る場所を決めろ。


 ゲームでも、最初の夜がいちばん危ない。

 木がいる。土でもいい。囲いがいる。

 まずは、暗くなる前に隠れる場所だ。


 創磨はぎゅっと拳を握った。


「めい」


 涙で濡れた顔が上がる。


「寝る場所つくる」


「は?」


「暗うなる。やばい」


「でも、とうちゃんたちは」


「探したか。ばってん、暗うなったらもっとやばか」


 言いながら、自分でもわかっていた。声が震えている。怖い。本当は今すぐ、とうちゃんって叫びながら走り回りたかった。


 けれど、望来がいる。芽依がいる。


 母がいつも言っていた。小さい子から先に見なさい。


 創磨は望来を見た。もう半分泣いていて、芽依の服を握りしめている。


「みく、さむい」


 その一言で、腹が決まった。


「めい。みく、先」


 芽依は鼻をすすった。すぐには返事をしない。けれど、少しして悔しそうに唇を曲げてから、うなずいた。


「……わかった」


 創磨は丘の斜面にしゃがみこんだ。土の四角に両手を当てる。ばこん、と変な感触がして、土がひとつ崩れた。


「……取れた」


 自分でも驚いた。


 芽依が目を見開く。


「そうま、今の」


「いいけん、掘る」


 もう一度叩く。土が崩れる。四角い穴ができる。


 創磨は無我夢中で土を崩した。芽依も、望来を少し後ろへ下がらせてから、隣で土を掘り始める。


「こう?」


「うん、もっと。みく入れるくらい」


「みく、ここ?」


「まだだめ!」


 望来が穴に近づいて、芽依に引き戻される。


 土を崩して、崩して、三人がぎりぎり身を寄せられそうな穴ができた頃には、空はすっかり赤くなっていた。


「みく、先入って」


 芽依が背中を押す。


「めいも」


「めいも入るけん、先」


 望来が穴の中にもぐりこむ。続いて芽依も体を押し込んだ。創磨は最後にもうひとつ土を崩して、入口をできるだけ狭くする。


 中は薄暗く、土の匂いがこもっていた。狭い。苦しい。けれど、さっきまで外に立っていた時よりは、少しだけましだった。


 芽依が望来を胸の前に抱え込む。望来はぐすぐす鼻を鳴らしながら、芽依の服を握っていた。


「そうま……まだ朝にならんと?」


「……ならん」


 外で、風の音がした。


 さわ、さわ、と草をこする音。


 そのあとで、べちゃり、と何かが土を踏む音が聞こえた。


 三人とも、ぴたりと息を止める。


 もう一度。


 べちゃり。


 今度は少し近い。


 芽依がとっさに望来の口を手でふさいだ。望来の目が丸くなる。創磨は暗闇の中で、入口を見つめたまま動けなかった。


 外に、何かいる。


 返事をくれる父も、安心させてくれる母も、ここにはいない。


 それでも、朝まで生きなければいけない。


 土の向こうで、低くうなるような声がした。


 創磨はぎゅっと歯を食いしばった。


 ——まずは、朝まで隠れる。

 今日は、それだけでいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ