第百四話『空白地帯』
早朝、空の色はまだ朝顔のような紫によった青色。
鳥がさえずっている、朝の空気を肺いっぱいに吸い込むと心地がいい。
朝には朝特有の匂いがあって、僕はそれが好きだ。
「この先空白地帯につき注意だって」
「気を引き締めていきましょう」
地面に突き刺さった看板の文字を読み上げるモルと、旅用の荷物がたっぷり詰まったリュックを背負った僕たちがいるのは空白地帯の境界線。
とはいえ、1歩先は地獄!なんてことはなく景色も変わらないため細かな線引きがどこかは曖昧である。
どこまでも広がる草原、遠くに聳え立つ山脈と鬱蒼とした森と突き出た巨岩の数々。それが僕たちが今見ている景色だ。
「空白地帯を真っ直ぐつきぬけて、アペトに向かいます、準備はいいですね」
「ラジャー!」
「元気がよろしいようで何より、では行きましょう」
普通に歩き出す僕と打って変わって、境界線を飛び越えるように大きくジャンプをしてモルは駆け出した。
大自然なんてものは地形変動後にはどこでも見れるもので、ピクニック気分にすらなれずギルドのクエストを受けているような気分にさせられる。
「志東さん、もしかして山登りもするの?」
「いえ、真っ直ぐ行くと山にはぶつからないですが、代わりに森を抜けることになりますね」
山登りを強いられるようなルートの場合は、アペトには行かなかっただろう。
真っ直ぐ、尚且つ山脈が上手いこと避けてくれているので比較的楽なルートだった、だからこそ今回はアペトが最終目標地点として選ばれたわけだ。
「いい景色、天然水の広告みたい」
「風情のない例えを……」
「むう、そんなこと言うなら志東さんが例えてみてよ」
そう言いながら、モルが僕の腕を体重をかけるように下へ引っ張る。
腕が取れる前に何か考えなくてはと、少し本気で考えてみることにした。
「そうですね……本格的なアルプス一万尺できそうな場所ですね、とかどうですか」
「絶対に私の方がマシだよ……」
昼頃には森が見えてきて、持参したサンドイッチと水筒の紅茶で昼食を挟み午後には森の手前まで到着したのだった。
予定より随分と早く到着したもので、魔物とも遭遇せず、モルが元気に走り続けた結果、予定より1日も早く森に入れそうだ。
「木、大きい……私が知ってるタイプの森じゃないよ」
「太さが僕が並んでも10人分くらいありますし、縦だと、えっと……」
「上ずっと見てると首痛くなるよ、志東さん」
背の高い木々の葉が太陽を隠していた。森にはやはり魔物やら変な生き物が住んでいるようだったが、これといって敵対せず。
土と同化したような巨大トカゲは小さな僕たちを石ころとしか思っていないようで、小さな淡い光を放つ綿毛のような鳥たちは僕たちを木の穴から覗き見ているだけだった。
「うわっと、ととっ」
「ちゃんと下を見て歩かないと危ないですよ」
「なんでこんな所に階段が……あ」
コンクリートなどの人工物が、苔やツタに覆われている。そのほとんどが地中に埋まっていたりして相当の年月を彷彿とさせていた。
「すごいね、ここも昔は街だったのかな」
「そうでしょうね」
空白地帯の、こんな森の奥にも人々の生きた跡が残されていたことに感心しつつも僕は歴史の趣にふけることなく今を見据えていた。
今の問題に、直面していたのだ。
「ところでなんですが悪いお知らせといいお知らせ、どっちから聞きたいですか」
「え……えっと、いい方から」
「いいお知らせは、ありません」
「なんで選択肢に入れたの……」
あった方が気分が上がるかと、という返しにモルはあまり納得はいっていないようだったが鼻をひとつ鳴らし流してくれた。
「悪いお知らせは」
「わくわく……!」
「迷いました」
迷ったという言葉に、モルは固まり沈黙、僕はわざとらしく考え込んでいる振りをして唸るしかなかったのだった。
「……」
「うーん」
考えるふりから、本格的に解決策を導き出そうとしていると、モルが僕の袖をクイクイと呼ぶように引っ張った。
「志東さん、志東さん」
「なんでしょうか」
もしかすると、何か打開策を思いついたのかもしれない。そんな期待を抱きつつモルへとしせんを向け……。
「デェッドッ、エンドッ!!」
「最悪の締め方しないでくださいよ……」
そんなこんなで、僕たちの冒険の始まりは最悪の締め方をしたのだった。