表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/108

第百話『影の目覚め』

 逃れられない。

 それはまるで、夢物語の悪人の末路のように。

 それはまるで、約束された愛の実りのように。

 それはまるで、歪んだ愛の悲惨な終わりのように。


 運命からは逃れられない、それが人生の影であるならば尚更逃れることは難しくなる。


「今だ!逃げっ…」

「逃げ場などありませんよ」


 そして今、影は形となって私たちを襲う。

 カラスさんは閃光手榴弾フラッシュバンを投げる、しかし一瞬の光に影の手は緩まるものの瞬く間に闇が支配する。


「首を捻れば終わり、王手、いえ、あなた達は詰みなのよ」


 死の間際。

 蘇る記憶は、いわゆる走馬灯と言われる。

 私はゆっくりと、思い返していた。


 あまり、いい人生ではなかった。

 志東さんに出会うまでは、私は……。


 わたしは?

 私は一体何をしていたんだっけ。


 記憶の引き出しが、まるで固く施錠されているかのように上手く開かない。

 私は、志東さんに出会う前。

 ずっと、あの部屋にいた。狭く、毎日が変わらない、朝も夜もない部屋。


 そのはずなのに、何かが引っかかる。

 志東さんに会うより前、けれどあの部屋に囚われていた日々より後。

 まるで、その部分の記憶にだけ豪雨が降り続けているようで。思い出そうとしても、景色が激しい雨にシャットアウトされてしまう。


 真っ暗な空の黒雨の中よく目を凝らすと、うっすらと、形が見えはじめる。

 私は、自由だった。けれどひとりだった。ずっとひとりで、自由なのに何かに囚われていた。


 私はどうして、志東さんと居るのだろう。

 どうして、私は志東さんに嫌われたくないのだろう。


 かっこいいから?

 私を認めてくれたから?

 本を持ってきてくれたから?

 美味しいご飯を作ってくれるから?

 怖い夢を見ると一緒に寝てくれるから?

 私の赤く汚れた手を優しく握ってくれるから?


 私が、志東さんのことを、好きだから?


 どうして、私は志東さんのことが好きなのだろう。

 彼は本を持ってきてくれて、面白い話を聞かせてくれて、外に連れ出してくれて、毎日壊すものを与えてくれて、優しくて。

 ただ、そばに居たくて……。


 ……そうだ、理由なんてなかったんだ。

 好きだからじゃなくて、捨てられるのが怖いだけだったんだ。

 だから、私は志東さんの好きな存在じゃないといけないんだ。


 志東さんは、私のことを好きでいてくれているのかな。


「あ、な、あなた、今、影を切って……!?」


 長々と考えた束の間の果てに。

 振るった刃が、影を切り裂く。


 影から伸びた手が、暗闇に形を無くしていく。


「なんだ、弱いんだ」


 思い出した、私は支配する側の人間なんだ。

 影でさえ逃げることは出来ない、私こそが終わりそのものなのだ。


「おかしい、おかしいですあなた!あなたは一体何なのですか!?影を切るなんて到底生き物のすることじゃありません!!」

「私はあなたにとっての終わり、夜明けなんだよ」


 いくら影から手が刃が私を阻止しようとしても、切り裂かれ闇に溶けていく。

 相手の焦りが伝わる、でたらめに手の数を増やしても、かえってその甘い攻撃が捌きやすくなるだけだというのに。


 焦りと、畏怖がよく伝わってくる。


 相手が闇夜に現れた蛇なら、私は空を支配する鷹なのだ。


「あなたの姉の、頓死とんしね」

「…っ!!」


 影は怒りのあまり、悪手を打ってしまったらしい。

 逃げず私の元へと、殺意と共に向かってきた。

 私は、それに応えるため刃を振り下ろした。


「姉よ、すま…ぬ……」


 夢から覚めたような気分だった。

 まだハッキリとしないような、けれど夢心地から這い出たような感覚。


「……うん、私だった」


 久しく自分を、垣間見た。

 運命からは、逃げることが出来ない。

 そして私は、追う側の人間なのだ。


 それをほんの少し、思い出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ