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婚約破棄の忘れ形見  作者: さぁこ/結城敦子


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081:幽霊の正体見たり枯れ尾花

『私たち家族もベルトカーンの軍に助けて頂きました』


『あなたたち家族が?』


 チェレグド公爵夫人がサビーナを改めて、まじまじと見た。しかし、その視線にサビーナは怖気づく所か、力強く頷く。


『私たち家族だけではありません。先日、逃げてきた伯爵家もベルトカーン王国経由でエンブレア王国に。

”花麗国”の海岸からでは、もはや脱出は不可能だそうです』


『ベルトカーン王国は、保護はしても、在留を許さないのですか?』


 その質問にブルクハルトは困ったように肩を竦める。


『皆さま、エンブレア王国に行きたいと申しますので。その願いを叶えて差し上げているのです。

こちらの王太后さまは、先の”花麗国”の王の娘、現王の大叔母さまでいらっしゃいますから』


 そういうベルトカーン王国の国王も、先代国王の従妹の息子という立場ではあった。


『王太后さまは、私たち亡命貴族に大変、同情して下さって、親切にして下さいます。

ありがたいことです』


 サビーナはこの場にはいない王太后への感謝の意を表明した。さらに、三公爵夫人にも膝を折る。


『皆さまも、私たちを受け入れて下さったこと、御礼申し上げます。

そして、そこに導いて下さったベルトカーンの方々にも、感謝しております』


 『お役に立てて良かったわ』と微笑むニミル公爵夫人と違い、チェレグド公爵夫人は黙るしかなかった。

 ブルクハルトの言い分には、隙がなかった。あったとしても、そうは簡単に見せないだろう。


『そういう訳です。どうか皆さまのお力で、誤解を解いて頂きたくお願い申し上げます。

我々、ベルトーカン王国の王も臣民たちも、”花麗国”の現状に心を痛めております。

協力して、一刻も早く、”花麗国”に秩序を取り戻したいものですね』


 手を差し伸べられた”花麗国”の大使は、戸惑いつつも、礼儀上、それを握った。


『ヴァイオレット妃から何か連絡があれば、教えて頂きたいです』


 そのブルクハルト大使の言葉は、”花麗国”大使だけでなく、ニミル公爵夫人にも向けられたものだった。

 ニミル公爵夫人は、もう一度、首を振って、自分は何も知らない旨を示した。

 

『私こそ、聞きたいものですわ』


『さぞやご心配なことでしょう。けれども、ヴァイオレット妃のことです。どんな苦境にあっても、気高さを失わず、ご立派な振る舞いをされていると信じております』


 ブルクハルトは深い同情と尊敬を見せた。それは真に迫っていた。普通の母親ならば、感銘を受けそうだが、どこか危機感の無いニミル公爵夫人は不思議そうだ。


『それ、本当にうちのヴァイオレットのことなのかしら?』


『と、申しますと?』


 予想していない反応だったのか、ブルクハルトが面を食らっているようだ。

 マリーナはストークナー公爵夫人の腕の隙間から、黒尽くめの男の様子を探っていた。会話の内容はさっぱりだったが、話題がヴァイオレット妃に関することに変わったのは分かる。


『うちの娘は、噂ほど、素晴らしい子じゃないのよ』


『ご謙遜を……』


『あら、本当よ。

とってもお転婆で、それはそれは手が掛かって大変だったわ。

噂って、時々、真実を伝えていないと思いません?』


 ブルクハルトは『根も葉もない噂など、ありませんよ』と返した。


『そうねぇ。でも『花宮』の幽霊騒動は、ただの噂だったわ』


『……『花宮』の幽霊騒動……ですか?』


 『そうなの!』とニミル公爵夫人は、さも面白いことがあったんですよという風に、ブルクハルトに対した。遠くの娘の安否よりも、近くで起こった事件の方に興味があるようだ。

 『『花宮』に幽霊が出ると言う噂があったんですよ』と、ニミル公爵夫人は周囲にも説明する。

 もっとも、ストークナー公爵夫人は端から興味は無いし、チェレグド公爵夫人はすでに知っていた。”花麗国”大使はすでにそれとなく、その場から離れていた。

 そんな中、まさにその幽霊騒動の渦中に居たサビーナの顔色が悪い。


『サビーナは怖かったの?』


『い……いいえ。

いえ、はい、とても恐ろしかったです。

私が飼っていた猫も奇妙な亡くなり方をして……それが幽霊の仕業ではないかと……』


 身を震わせたサビーナに、チェレグド公爵夫人も可哀想になった。

 ストークナー公爵夫人はエンブレア語で「猫ちゃん、死んじゃったの」と呟いた。ようやくマリーナにも理解出来る言葉だったが、不安を抱く。今、交わされている話題は、夫人の精神に良くないのではないか。マリーナは自由になる左手で、ストークナー公爵夫人の右手をさすることで慰めたが、サビーナは瞳にただならぬ光を湛えたストークナー公爵夫人に『可哀想。あなたの可愛い猫ちゃん、いなくなっちゃったの?』と言われて、幽霊以上に怯えることになった。

 それなのに、ニミル公爵夫人は話題を変えようとしない。


『そんなことあるわけないのにね。――幽霊ですって! ブルクハルト大使はお信じになられます?』


 ニミル公爵夫人がブルクハルトに、さもおかしそうに聞いた。


『そのような存在もあるでしょうが、『花宮』はエンブレアの王の威光が輝く場所。

大方、木の枝が揺れる音や、影を見間違えたのでしょう』


『そうでしょうとも。私もそう思いますわ。

明かりを増やしたら、すっかりそんな噂、なくなりましたもの。

警備の者たちも、前よりも多くなったのに、幽霊どころか、ねずみの子、一匹も見なくなりましたよ!

ほら、世の中には根拠の無い噂もあるということですわ』


『そのようですね』


 ブルクハルトは、あっさりと自分の意見を翻した。この程度の主義主張などに拘泥して、赴任国の王姉であり公爵夫人と言い争いするなど、国を背負った大使のすることではない。 

 ブルクハルトの返答は、ニミル公爵夫人を満足させたようだ。サビーナを励ますように微笑む。


『だから心配せずに、お健やかにお過ごしになってね』


『ありがとう存じます』


 そこに、従者が一人、近寄って来た。まずは三公爵夫人に礼をすると、サビーナに向かう。


『サビーナ嬢。陛下がお待ちかねです。是非、ダンスを、と』


『……そう。

申し訳ありませんが、陛下がお呼びなので、これでお暇します』


 サビーナが挨拶をすると、代表してニミル公爵夫人が許した。


『構わないけど、陛下のこと、宜しくね。

病み上がりなの。あまり踊らせないであげて。それからお酒も』


『畏まりました。ですが、私のような者の言う事を、陛下がお聞き届けにはなりません。

どうかニミル公爵夫人からお伝えくださいませんか?

私、まだ王太子殿下にもご挨拶をしていませんの。出来ればその時間を作って――』


 ニミル公爵夫人はサビーナに最後まで言わせなかった。


『まぁ、そんな気弱なことをおっしゃらないで。

陛下を窘めることが出来る人間は少ないわ。

私だけではとてもとても……なので、あなたのこと、頼りにしているのだから』


 『ねっ』とニミル公爵夫人がわざわざ立ち上がり、手を握る。


『陛下のご健康は、とても大事なのよ。

今日は早く『花宮』にお戻りになるように、それとなく、言って差し上げて』


『……畏まりました』


 サビーナが去った後も、ブルクハルトはたわいもない会話を続けた。

 ニミル公爵夫人が彼の手に巻いた包帯に気付き、「大使、その手、どうなさったの?」と聞くと、ブルクハルトは「可愛い子猫だと思って手を出したら、引っかかれてしまいました」と微笑んだ。


「猫がお好きなのね。ブルクハルト大使。

でも気を付けないと、あの子たちは、引っ掻きますからね」


 ニミル公爵夫人が右手の指を折り、猫のような仕草をした。


「ええ……気を付けます」


 いい歳をした大人の男が、猫を愛でるあまり反撃されたなど、恥ずかしかったのだろうか、ブルクハルトは一礼して、ようやくその場を辞した。

 

 それを合図にマリーナは、ようやくストークナー公爵夫人から解放されたものの、熱さでのぼせてしまったような気がする。いやに、息苦しい。

 そこで「少し風に当りに外に出たい」と申し出たが、その言葉が終わるか否かの瞬間に、ストークナー公爵夫人が「トーマスのお友だちも私を置いてどこかに行ってしまうの!」と大騒ぎし始めたので、叶わなかった。

 

「どこにも行きません。ここにおります」


 マリーナは請け負ったが、ストークナー公爵夫人の精神状態はいよいよ悪くなったので、夫の公爵が「今夜はもうお暇します」と馬車を手配することになった。それでも、ストークナー公爵夫人が落ち着かないので、請われてマリーナが付き添うことになった。

 アルバートにその旨が伝わると、彼は急いでやってきた。

 そして、”ジョン”を連れて行くのは止めて欲しいと叔父である公爵に懇願に近い交渉を始めた。お茶会や舞踏会ならともかく、邸宅まで連れて行かれては、何があるか分からない。マリーナが行く気を見せているのも不安要素となった。

 けれども、ストークナー公爵夫人が「私からあの子を取り上げようとするの!」と泣き出しては、公爵も折れる訳にはいかない。


「明日の朝、一番で戻す。頼むよ、アルバート」


 切実な様子で、今度は叔父が甥に懇願する。ベルトカーン王国の大使の存在は、夫人に悪影響を与えたようだ。

 マリーナはあまりにアルバートが”ジョン”にこだわってみせては、また”男色家”の噂が流れると警戒した。舞踏会には自国だけでなく、他国からの招待客もいる。

 遠くでブルクハルトが、こちらを伺っているのも不吉な感じがした。


「殿下、お許しください」


 アルバートは「明日の朝、馬車を遣わそう。必ず戻して下さい。必ずですよ――」と公爵だけでなく、夫人の方にまで言うと、マリーナがストークナー公爵家に行くことを許した。

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