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騎士たちの雑談

「行ったか?」

「ふらふらしながらだったし、途中で顔からこけてたけど行ったよ。少なくともここの話は聞こえないと思う。あれ、大丈夫なのかなぁ……」


 陣がテントを出た後、レイド達は陣がしっかりとテントから離れたのを確認して会話を始める。


「それじゃ、彼が疲れているのを知りながらここの誰もついていかせなかった理由を聞こうか、レイド」

「この話はここにいる者たち全員でやらなければいけないからだ」

「君がそんなにさみしがり屋だとは思わなかった」

「真面目に聞け」


 皮肉気に笑うルイディアを、陣に内心で怯えられる眼光をさらに鋭くして睨むレイド。そこには、普段感情を悟らせないこの団長にしては、わかりやすく感情が乗っていた。

 眉を寄せ、口を引き結び、隠そうともせずにため息をつく。これを陣あたりが見れば不機嫌なのかと思うだろうが、この場に集まっている者たちはその表情を読み取れないほど短い付き合いではない。

 b中でも最も付き合いの長いルイディアは、レイドが感情を表にだすことがどれほどの事かがよくわかっている。

 だからこそ、あえて軽い口調で問いかける。

「ずいぶん面倒そうだけど、そんなに大変なことなのかい?」

「今はまだそれほどでもないがな。後々のことを考えると面倒で足りるかどうか……」


 もう一度ため息をついて腕を組むレイドを見て、そこまでのことなのだと理解して渋面を作る三人。


「しかし団長、彼が異世界人だというだけでそこまでのことにはならないでしょう」


 アンジェリカがこの場にいる全員がわかっていることをあえて問いかける。


「そうだな、彼が来たのが今でなければ面倒事の心配はなかっただろう。多少めずらしかろうとそれだけだ。しかし、時期が悪い」

「というと?」

「聖教国が、先日勇者召喚をしたそうだ」

「……っ!」


 レイドの口から発された言葉に衝撃を受けたように固まるアンジェリカ。


「――それは」

「冗談でもなければ不確実な情報でもない。ついでに言っておくと、ここでこの情報を知っているのはお前たちだけだ。あくまでも、この捜索隊の中には、だがな」


 同じく衝撃を受けつつも、どうにか口を開いたサイラスの言葉の先を見越したかのように、レイドが否定の言葉とこれが重大な情報であることを告げる。

 その言葉を受けて、サイラスが渋面をひきつった笑みに変える。


「俺としては、お前がそんな顔をすることの方が意外だが」

「??」


 顔をサイラスの方に傾けて疑問を呈するレイドに、向けられた方はいかにも『何のことでしょう?』といわんばかりの仕草を返す。

 短気な人間が見れば青筋の一つも立てそうなほどにむかつく表情だ。


「俺がジン君に話しかけた時、お前は彼に何か話そうとしただろう」


 が、さすがに短くない付き合いなだけあり、レイドはそれに対して平然とした無表情のまま返す。サイラスも反応を期待していたわけではないらしく、ああ、とわざとらしく手を打ってしゃべりだす。


「あれはギフト持ってるって言ったから、『お前勇者なの?』って聞こうとしただけですよ」

「うん、それ、この会話の核心をついてるよね? 明らかにそのことについて聞かれてたよね?」


 ひらひらと手を振りながら、さも関係ないことだとでもいうようにさらりと爆弾発言を放り込んでくるサイラスに、とうとうこらえきれなくなったルイディアがつっこみを入れる。


「え? あ、はい、そうですね」

「その顔やめてくれないかなあ!? 私なにも間違ったこと言ってないでしょ!?」


 つっこみに対して何言ってんだこいつ、とでも言いたげな顔が返ってきたことでさらに声を張り上げるルイディア。その反応はかえって目の前のひょうきん騎士を喜ばせることになるとわかっていても、つっこまずにはいられないのが彼女の性分だった。


「はあ、君は本当に相変わらずだね。外見と中身がまったく一致しない」


 ひとしきり叫び終えて、息を整えながら昔から変わることのない友人を上目に見る。


「人を見た目で判断してはいけないという例を、体を張って表現しているんですよ」

「この状況でも減らず口が叩ける図太さはある意味尊敬するよ。ねえ、アン」


 呆れた目線を向けられても全く動じず、むしろ誇らしげに胸を張っているサイラスに疲れたようにため息をついて、レイドへの質問以降、一切しゃべっていなかった女騎士に同意を求めて振り返る。


「え、あ、ええ……そうですね」

「……アン、君もそろそろ会話が苦手なの治そうよ。ジン君にも必要最低限か、聞かれたことしか答えなかったでしょ?」


 自分に話がふられるとは思っていなかったのか、舌の上で何度か言葉を転がして少しの間を取り、ようやく同意を口にしたアンジェリカに、サイラスに向けていたものとは違った種類のジト目を向けてそう言った。

 その言葉に、アンジェエリカはうっ、と短く声を上げて、ルイディアの目から逃げるように斜めに視線をそらす。それはまるで、子供が親に痛いところを突かれて誤魔化そうとしているかのような光景だった。


「部下の子たちにちゃんと指示とか出せてるの?」

「ああ、指示は団長か副団長、後は俺とかに任せてますよ。そいつ」

「サイラスさん!!」


 にやにやと楽しそうに笑ってルイディアの後ろから答えたサイラスを、アンジェリカは顔を赤くして睨みつける。その顔は陣に冷静美人と評された無表情に近いそれではなく、ただの年頃の少女のようなものだった。


「レイド、ちょっと甘やかしすぎじゃない?」

「いろいろとやらせてはみたが、むしろ悪化しそうだったのでな。とりあえず、重要な役職の者とはしっかり話せるようにはなったぞ」

「まあ、確かにそれは頑張ったって言えるんだろうけどね。というか、仕事はちゃんとできてるの?」

「基本的に会話が絡まなければ優秀だからな。事務方でも活躍しているぞ」

「会話がしっかりできないっていうのが大問題だと思うんだけど……」


 まるで親が子供の将来について話し合っているような会話だ。本人たちは至って真剣にアンジェリカのことを心配しているのだが、彼女からすればいい年になって上司と、昔から知っているとはいえ上司の友人に自分のコンプレックスを目の前で話されるというのは恥辱以外の何物でもない。


「今は、私の事はどうでもいいでしょう。それよりも彼、ジン君のことについてです」


 『逃げたな』


 レイド達の心に同時に浮かんだのはそんな言葉だったが、しかしアンジェリカが言ったことは正論でもある。問題としては陣の事の方がはるかに大きいのだ。


「その通りだね。少し話がそれちゃったよ。――アンの事は後にしよう」


 ほっと安心したように息をついたアンジェリカに、ルイディアは言葉と目線でしっかりと釘を刺してから話を戻す。


「で、えーと、なんだっけ? 聖教国が勇者召喚?」

「そこから彼が勇者、ないしそれに似たような存在ではないか? というところまでだな。話し合ったのは」


 首をかしげながらの言葉に付け足しを入れて、そこでようやく話が本題に戻る。


「あれを話し合ったといっていいのかははなはだ疑問だけど……」

「話をして、意見を出し合ったんだから話し合いじゃないですか」

「そうだけどさあ……って、また話が脱線した。ごめん、もう余計なこと言わないから話進めよう。これじゃ朝になっても終わらなさそうだ」

「誰のせいだと言いたいところだが、先に謝ったから許しておいてやろう」


 レイドが言おうとしていた文句をすべてため息と一緒に押し流して、自分の周りに立っている三人を見回してから話を切り出した。


「彼が勇者であるかどうかについてだが、お前たちはどう思う」

「私は違うと思う」


 即座にルイディアが答える。


「あの国が召喚に失敗したなんて話は聞いたことがないし、もし失敗したんだとしても私たちが発見するまで、数日もあの大怪我で生き延びることはできないんじゃない?」

「今まで起こらなかったことが今日起こらないとは限らない。怪我については、俺たちが間に合ったのすら奇跡程度では済まないだろう。お前も言った通り、あの(・・)大怪我だったのだからな」


 ルイディアは理由を並べていくが、レイドはその言葉に首を振る。

 その可能性については、レイド自身も最初に考えたのだ。陣という存在が面倒事にならないのなら、それが一番良いのだから当然だが。

 しかし、考えれば考えるほど、ただの偶然というには不自然すぎるのだ。


「そもそも、サイラスにも聞いたが彼の様子もおかしかった。あれだけの怪我でありながら、お前が【聖者の神手(ホーリーハンド)】を使うまで痛みに叫ぶこともしなかったのだからな」

「ああ、あれは私もびっくりしたよ。叫ぶ気力もないのかと思ってたら、いきなり暴れだしたからね。確かにあれはおかしかったけど……でも、それは彼が勇者だっていうことにつながるかな?」


 レイドの言っていることはその通りだが、それと陣が勇者であるかもしれないということは関係あるようには思えない。


「【勇者】というのは自分の身などに危機が迫った場合、ありえないほどの成長をしたりそれを解決できる人物が寄ってくるなど、まるでおとぎ話のような奇跡が起こるらしいからな」

「え、そんな話初めて聞いたんですけど」

「事実かは知らんが、あの国の騎士に直接聞いた情報だそうだ」


 会話に口をはさんできたサイラスに、腕を組んで答えるレイド。


「勇者でないにしても、普通の……異世界人なのに普通というのもおかしいが……とにかく、一般的な異世界人とは明らかに違うだろう。それでも、勇者が誤ってこんなところに召喚されたという可能性は恐ろしく低いというのもそのとおりだ」

「たぶん勇者ではないと思うんだけどね。ギフトを持ってたといっても、それは勇者なら確実に持っているってだけだし」


 ルイディアの言葉に、少し考えてからレイドは言葉を続ける。


「……確かに、な。なにより、俺たちが知らないだけで、教国が勇者召喚をした時に来た異世界人もいるかもしれん」

「だね」


 頭を振って、ひとまず保留の判断を下すレイド。それに追随するように、苦笑しながらルイディアも頷く。


「そもそも、なんであいつはあんな大怪我してたんでしょうね?」


 二人がいったん結論を出したところで、サイラスがポツリとつぶやく。


「どういうことだ?」

「いや、あいつがいつ、こっちに来たのかはわからんけど、あいつ自身は怪我したことすら知らなそうだったもんで。なんとなく気になったんですよ」


疑問を呈するレイドに、サイラスは自分が思っていたことを伝える。


「あの」

「ん?」


 それに反応して、アンが手をあげて発言する。


「彼が来たのは、おそらく昨日ですよ。彼自身がそんなことを言っていましたから」

「じゃあ、あいつは知らないうちに怪我をしてたってことか」

「しかし、それは竜に襲われたのでは?」

「俺もそう思ってたけど、それならあの程度で済まんだろ。あいつ、レベル1だぞ? 単にかすっただけでも即死だ」


 それどころか、陣の年齢とレベルが釣り合っていたとしても、竜の強さを考えれば大した違いは無い。生き残る可能性があるとすれば、陣が高レベルであった場合のみだ。

 しかし、異世界人だということが確定した以上、陣が竜に襲われれば無傷で生還する以外の方法でこの野営地にいることはできない。


「竜以外の魔物は?」

「竜が、一週間以上前とはいえ暴れてたような場所に近づく魔物なんざ、そういねえよ」


 そして、近づいて来ることができる魔物に出会った時点で同じく終わりである。

 そもそもが、気絶している人間(えもの)にわざわざ怪我をさせる意味はない。そのまま殺してしまえばいいだけだ。

 この時点で、魔物によって怪我をしたという可能性はなくなる。


「こちらに来る前に怪我をしたのではないか? さすがに、絶対に事故が起こらない世界などないだろうしな」

「あー、そういう可能性もありますね。けど、こっちに来る時に、ちょうど怪我をするってすげえタイミングだと思うんですが……」

「有り得ないことではないでしょう。彼にとっては、こちらに来たことも事故のようなものですし」

「あいつ、不幸だな」


 アンの言葉に、憐みの表情を浮かべながらサイラスがつぶやく。

 何一つとして持たず、見ず知らずの世界に放り出されるというのは、不幸程度では済まない事態だ。ちなみに、レイド達が陣の手助けをすることを決めたのは、そんな境遇に対する同情も少なからずあったりする。


「はいはい。ジン君の怪我の事については今はいいでしょ。彼自身がもしかしたらおぼえてるかもしれないしさ」


 話の輪に入らずそれを眺めていたルイディアが、パンパンと手を打って、話し合っている三人を止める。

 ルイディアも陣が怪我をした理由が気になっていないわけではない。あれだけの怪我を負っていたら、普通は治療など間に合わず、死んでしまう。今まで、何人もそういう人間を見てきたルイディアは、経験としてそれを知っている。

 それでも、生きたのだ。

 この世界に来て、数日と経っていない異世界人が。


「……うん、やっぱり考えてもしょうがないよ」


 自分に言い聞かせるように、ルイディアは言う。


「まあ、それもそうですね。俺もちょっと気になっただけですし。一応、明日あいつに聞いときます。おぼえてたら」

「おぼえてたらって……」


 最後のひとことに呆れた目を向けるルイディア。


「それで、彼の正体についてだが」

「今は、これ以上の予測はできないんじゃない? 一番可能性があったのが勇者だったっていう時点で、君もこれ以外は思いつかなかったんだろうし」

「だから、お前たちを集めたんだが……ほとんど話が進まなかった気がするのは気のせいか?」

「気のせいじゃないと思うよ。そもそも、私たちが集まってまともな話ができたことって、あんまりないよね」


 首をかしげるレイドに、かなりだめなことを笑いながら言い切るルイディア。

 その二人を見ながら、サイラスとアンも苦笑する。実際、本当に深刻なことでない限りは、彼らの話が横道にそれなかったことはない。

 陣がサイラスを指して人選を間違えていないかと心配していたが、この団長『だからこそ』この人選なのだ。四人のことをよく知っている者ならば、それこそ疑問に思うことなど全くない。


「どうします? まだ、話し合いますか?」

「いや、もういいだろう。不確定要素が多すぎるからな、おそらく無駄になる」


 問いかけるサイラスに、きっぱりとレイドが言い切る。


「予想しておいて損はないだろうが、彼自身に何の自覚もないとしたらあまり警戒しすぎるのも問題だ。それに、本来の任務の事もある。休息は必要だ」

「ああ、そういや、俺はあいつのお守りでしたね。けど、このあたりに魔物や獣はすくないですよね?」


 レイドが今までより少し真面目な口調で言い、サイラスが頭をかきながら、思い出したようにつぶやく。

 その顔は、真剣とは言えないが、サイラスにしては真面目な方といえるだろう。なんだかんだと仕事はしっかりするのが、彼の数少ない美点の一つである。そして、それは他の者が関わっている時ほど顕著になる。


「それについては、馬を一頭だす。あまり遠出をしてほしくはないが、魔物がいるところまでいって来てくれ」

「了解です。ま、竜は離れましたしね。魔物も戻ってきてるでしょう」


 サイラスは軽く笑いながらうなずく。


「念のために言っておくが、しっかり注意しておけ。お前一人なら特に問題はないが、ジン君はそこらの子供よりも危うい存在だからな」

「それぐらいは心得てますよ」


 念を入れてくるレイドに、苦笑しながらわかっている、と頷く。

 もとよりサイラスも、火傷ですら命にかかわってしまう少年に大きな無理をさせる気などない。たとえ命令がなくとも、十分に気を使うつもりではいたのだ。まあ、面白そうなら多少の無茶はさせるが。


「……そうか。なら、もう言うことはないな。そろそろ解散するとしよう。各自、テントに戻り、明日に備えて休息を取るように。以上」

「「「了解」」」


 三人の声が重なり、そこで会議ざつだんは終わった。


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