ルイディア・フェドリワ
展開に無理があるかもしれません。
『かも』じゃないだろとか言わないで。
「あの、本当に、すみませんでした」
「ですから、気にしなくても――」
「いやそれもあるんですけど、記憶喪失のふりをしてたことのほう、です」
「……ああ」
背負われながら言うことではないだろうが、それでも言っておいた方がいいだろう。別に顔を見るのが怖いとかではない。……いや、本当に違うからね? ひたすら無言で背負われる状況が辛かったというのはあるが。
けど、アンさんが全く返事を返してくれないことを思うと、やっぱり今言うことではなかったかもしれない。この無言タイムはめちゃくちゃ怖い。
この状況で自分から何か話すのは違うと思うしなあ。どうしよう。
「ジンさんは、いくつになりますか?」
「ぅえ!?」
と思ってたらいきなりアンさんが話しかけてきた! しかも何? いくつって。歳の事だよな? お前の罪はいくつある、とかそういう意味じゃないよね?
「じ、14……じゃない、15です」
「なぜそこで詰まるんですか」
「いや、嘘ついたとかじゃなくて、俺、昨日が誕生日なんですよ。ちょうどこっちに来た時……ですよね?」
何日も眠っていた、とかでない限りはそうなんだが。
「ええ、そうですが……それは本当ですか?」
「さすがにこの状況で嘘つこうとか思いませんって」
いやまあ、自分でも気づいたときは愕然としたから疑われるのも当然だと思うんだが、本当なんだよな。誕生日に異世界で目を覚ますなんて刺激的なサプライズは、おそらくたいていの人が経験したことがないに違いない。まあ、全くうれしくないけども。
ていうかマジでなんなの? この質問。なんか納得したように頷かれてるんだが。
「……ただ単に、子供に嘘をつかれて怒ったりはしません、と言おうと思っていただけです」
あの、あなた、心読でも読めるんですか? 俺の方も見ずにどうして言いたいことがわかるんでしょうか。
まあ、それはそれとしても、やっぱり微妙な感じになるな。いや、何が微妙なのかと聞かれたらちょっと困るんだけど。
強いて言うなら……アンさんの態度、だろうか。
この人、さっきの会話からずっと、何かを考えているような、はっきりとしない雰囲気が漂ってるんだよな。それがどうにも居心地が悪い。
騎士にもなると、やっぱり悩みも結構あるんだろうか……いや、サイラスさんはなさそうだったから違うか。
しかし、このままずっと会話が無いのは正直つらい……。そろそろ痺れもなくなってきたし、降ろしてもらおうか。
「ジンさん、着きましたよ」
「あ」
ぐだぐだ考えている間にテントに着いてしまった。
まあ、女性の悩みはよくわからない場合も多いし、俺に何かアドバイスができるとは思えないが。あ、そもそも俺が悩みの種なのかもしれない。レベル1はあり得ないっぽいし。
「私は他を手伝いに行ってきますので、ジンさんはここで大人しくしていてくださいね」
「あ、はい、わかりました。ここまでありがとうございました」
アンさんはまた、気にしないでください、とだけ言って歩いて行った。
さすがクールビューティー。ただ歩いているだけだというのに、夕陽の相乗効果もあってか、かっこいいと思ってしまった。これを写真にしたら、タイトルは『さらば』とかになりそうだ。
「……中、居よう」
うん、かなり恥ずかしいこと考えてたな、今。これは疲れているからに違いない。そうじゃなかったらなんだって言うんだ。
俺は思春期特有の病気なんて患ってない。患ってないはずだ。たぶん。おそらく。
数時間ぶりに帰ってきたテントはものすごく涼しかった。外とは全く違う。ずっとここにいたら出られなくなりそうなほどだ。
クーラーは嫌いなんじゃないかって? 電化製品は嫌いだけど魔道具は別だ。
……そんなことよりも。
「これからのこと、考えないとな」
あの人たちの事だから、すぐにここから放り出されることは無いと思うが、レベル1の事でそれも不確定になってしまったからな。
とりあえずは、あの時聞きそびれていたことを聞いてしまおう。もう俺が異世界人だということはばらしているんだし、あまり遠慮する必要はないだろう。遠回しにしようと思っていた質問も面と向かって聞けるだろうし……あと、元の世界に戻れるかも重要だ。
今はまだ落ち着いているが、突然ホームシックになりでもしたら大変だ。対策ができるかどうかは別として、帰ることができるかどうかがわかっているだけでもそれに対する覚悟はできる。何もわからないまま、ありもしない希望にすがるよりは遥かにましだ。
「おーい」
後は、町に入る時にステータスなんかの検査があるかも聞いておいた方がいいだろうか。異世界人ということを言っておいた方がいいのなら。そうした方がいいだろうし。
まあ、その辺は向こうから話してくれるかな? 言われなかったら聞こう。
「おーいってば」
いや、もしかしたら何らかの実験に付き合わされる可能性もあるか? あの団長さんが固まるぐらいレベル1というのはありえないらしいからな。
「聞こえてないのー?」
そういえば、ずっと団長さんと呼んでいたが、あの人の名前ってなんて言うんだろう。アンさんや他の騎士さんも団長と呼んでいたから、全く分からないんだよな。
もしかして、あまり名前を明かさないようにしているんだろうか。なら聞くのは失礼かも――
「おーいっ」
「うおうっ!?」
「うわっ!?」
なんだなんだなんだ! いきなり肩に手が!? なに? 敵襲? 俺を襲っても一切メリットはないぞ!?
「あーびっくりした。いきなり叫ばないでくれ」
「いや、いきなり肩を掴まないでくれよ!?」
え、誰? この人。
俺の肩をつかんだのは、全体的に質素な印象を受けるローブを着ている人だ。顔は……ローブに付いているフードを目深にかぶっているせいでよくわからない。
わかるのは、めちゃくちゃ怪しい格好をしているということだけだ。
「何度も呼んだよ。返事をしなかったのはそっちだ」
その怪しい人物は、こちらを指さしながら不満そうにそう言う。
というか、俺呼ばれてたのか。全然気づかなかった。
しかし、それなら悪いのはこっちの方だな。気づいていなかったとはいえ、無視する形になってしまったのは申し訳ない。でも、たとえ呼ばれていることに気付いていても、その恰好を見た時点で大体の人がさっきの俺と同じような反応をすると思う。謝るけどさ。
「すみませんでした。考え事に夢中だったもので」
「うん、その素直さに免じて今回は見逃してあげよう」
なんで上から目線なんだ……。
てか、結局この人だれなの? なんかそのフードには見覚えがあるような気がするが。
「ん? ああ、そういえば自己紹介をしてなかったね」
俺の視線に気付いたのか、その人物はかぶっていたフードを取る。
「私はルイディア・フェドリワ。君の命の恩人だよ」
そのローブの人ことルイディアさんは、軽くウインクをしながらそう言った。
「ああ、あの呪文唱えてたローブの中の誰か」
「認識がひどくないかな?」
「だってあなた、顔隠してたじゃないですか」
自分でもいろいろあれだとは思うが、その言葉がすべてだ。
しかも、あの時ルイディアさんと同じローブの人はほかいたはずだ。後ろから入ってくるのか、と思ったけど入ってくる様子はないし、たぶんこの人は一人で俺のところに来たんだろう。
実際、この人がいなければ俺は死んでいたのだろうし、もちろん感謝はしている。しているのだが、そんな自分一人だけの功績みたいな言い方をされても……。
「何か誤解をしているようだけど、私は代表としてここに来たんだよ!? お礼を独り占めしようとなんて思ってないからね!」
その言い方だと逆に怪しくなるんですが。
まあ、言っていることに嘘はなさそうだし、代表と言うのは本当なのかもしれないが。
「でも、見栄を張ろうと思ってませんでした?」
「いや、そんなことは」
「あ、思ってなかったんですね」
「ちょっとだけしか思ってないよ」
「思ってたんかい」
ルイディアさんは、ちょっとだけだよ、ちょっとだけ、と指で小さく丸を作る。
なんか、面白い人だな。主に反応が。
「まあ、それはそれとして。……あの時はありがとうございました。おかげで、今生きることが出来ています」
「え、あ、ど、どういたしまして……?」
疑問形にならなくても。まあ、ルイディアさんが登場してからここまで、散々なことしか言っていないから仕方ないかもしれないが。
けど、この人は紛れもなく俺の命の恩人だ。
何かできることがあれば、それがどんなことであろうと躊躇うことなく協力できるぐらいには感謝しているのだ。
「なんかやりにくいね、君」
「そうですか?」
謝罪が唐突すぎたのだろうか。ルイディアさんは納得のいかなそうな顔をしている。やはりもう少し整った場で土下座をしなければならないか。もしかして、公衆の面前で頭を下げられることに快感を覚えるタイプだったりするんだろうか、この人は。
「鬼畜ですね、ルイディアさんは」
「何の話!? 今、君の頭の中で何が起こったの!?」
「はははは、冗談ですよ。笑えるでしょう」
「笑えないよ……」
ああ、なんでこんなに楽しいのかと思ったら、こういう反応をしてくれる人が今までいなかったからだ。
アンさんにはボケれないし、サイラスさんはこっちがいじられてたし、団長さんは論外だし。思い返せば、緊張するか叫ぶかしかしてなかったな。和むわあ。
「そういえば、他に何か用事があるんじゃないですか?」
「あ、そうだった。忘れてた」
忘れてたって……。俺のせいかもしれないけど、普通に忘れてたっていうのもどうなんだ。もう少し誤魔化そうとするとか、言い訳をするとかはしないんだろうか。そしたらいじれたのに。
「まあ、大した話じゃないよ。単に傷は大丈夫なのかなと思っただけだからね。……その様子だと、痛みも特になさそうだ。安心したよ」
「……ありがとうございます」
やばい、今ちょっと泣きそうになった。いきなりそんな言葉をかけてくるとか、反則でしょう。しかも微笑みながらですよ。感動と言う名の刃が思いっきり俺の心に突き刺さってきた。面白い人とか言ってすみませんでした。
いや、団長さん達も心配はしてくれたんだけども、どうしても疑われているのがなんとなくわかったからな。純粋な心配の中に、ほんの一握りではあったが。
「それよりも、君は他の世界から来たんだよね? レイドから聞いたよ」
「そうですけど……レイド?」
「あれ、聞いてない? ほら、団長の名前だよ」
マジで? 団長さんってレイドっていう名前なのか。隠されているのかと思ったら、かなりあっさりとわかってしまった。
でも、呼ぶときは基本的に団長さんになりそうだ。そっちの方がしっくりくる。
「聞いてなかったです」
「彼、普段は団長としか呼ばれていないしねえ」
その団長さんを名前で呼ぶルイディアさんはどういう人なんだろうか。装備も鎧じゃなくローブだし、少なくとも騎士のようには見えない。どちらかと言えば魔法使い風だ。もしかしたら、騎士団の魔法専門の人なのかもしれないが。
まあ、どういう人なのだとしても、団長さんの名前を気軽に呼び捨てにできるぐらいには偉い人、あるいは個人的に親しい人なのだろう。
「ま、それはそれとして、私が来たのは君がいた世界のことを教えてもらいたいからなんだよ」
「俺の世界の事?」
「うん、常識とか些細なことでもいいんだよ。なにせ、異世界人なんてなかなか会えるものでもないからね。あ、嫌ならいいよ? ただの興味本位だし」
「いえ、それぐらいならいいですよ」
これからの事も考えなければいけないが……一人で考えすぎても泥沼にはまりそうだしな。あと、できればこちらの話だけでなく、この人からも話が聞きたい。主に魔法とか、魔力とかについて。
「ありがたい。じゃあさっそく聞かせてちょうだい」
「と、言われても。何が聞きたいのかぐらいは教えてください。どこから話したらいいのかわからないので。あと、顔近いです」
「ああ、ごめんごめん。で、何が聞きたいか、ね。……んー、強いて言うなら文化かな? どんな所で、どんな風に、どうやって暮らしていたのか、とか」
「わかりました。じゃあ、まず俺の住んでいた国から――」
----------
「――で、友達が『俺の最高がお前の究極とは限らないだろうが』って言って終わりましたね。その時は」
「うん、言ってることの意味は分かるんだけど、そこに至る過程が分からない。私たちがしてたのって、石をどれだけ遠くに飛ばせるかって話だよね? なんでいきなりそんな言葉が飛び出してきたの?」
「まあ、負けず嫌いなんですよ」
「そういう問題かな?」
その時、そこにいた当人たちにしかわからないこともあるんです。俺はわけわからなかったけど、少なくとも彼には何か感じるものがあったんです。
というか、結構話し込んでたけど今何時ぐらいなんだろうか。灯りがついているおかげでテントの中は明るいが、外はかなり暗くなっている。
「おお、もうこんな時間か。全然気づかなかった」
ルイディアさんも気づいたようだ。そういえば、魔法とかのことについて全く聞けなかったな。なんだかんだ楽しかったから別にいいけど。
対策とか全然考えれてないのは……まあ、うん、しょうがないよね。どのみち騎士団さん達に助けてもらわなければ何もできないわけだし。
「そういえばさ」
「はい?」
面倒なことにならないといいなあ、などと考えているとルイディアさんが声をかけてくる。
「ジン君は、私の事をよく見るよね」
「……それは、まあ」
人と話をするときに相手の顔を見ないことの方があまりないと思う。もしかして、無意識にじろじろ眺めてたりしてたんだろうか。
いやでも、会話に夢中になってる時に相手の顔見るのは普通なんじゃないか?
「ああ、別に普通の意味じゃなくてね。なんていうか、観察されているって言った方がいいかな? そんな感じ」
「……というと?」
「それが私だからなのかはわからないし、無意識なのかもしれないけど、君はずっと私の顔じゃなくて私を見てきてる。仕草や表情から私自身がどんな奴なのかを探ってきてる。そういう風に見えるんだよね」
「よくそんなに詳しく語れますね?」
「観察してたのはお互い様ってことだよ?」
……こっちの世界の人間はみんなこうなのか? だとしたら恐ろしいな。
しかも、これは単に機敏がいいだけじゃない。おそらくスキルも絡んできてる。人が嘘をついていないか確かめるようなものがあると考えておいた方がいいか。でないとレベル1というのがあそこまで簡単に信じられた理由がわからない。
人はありえないと思っていることをそう簡単に信じられない。
「あと、なんていうか、その君の態度がさ、昔拾ってきた子によく似てるんだよね。その子も私が自分にとって敵なのか、味方なのかを判断して、それが済むまではずっと警戒してたよ。今みたいに距離を取って」
俺は野生動物か何かですか。いや、知らない間に全く違う環境に連れ出されたって点ではおんなじかもしれんけど。
「てか、その子っていうのは人ですか?」
「いや魔物」
「俺は魔物と同列ですか……」
「全く違う環境に連れ出されたって点では同じじゃないかな」
一切反論できねえ。なんなの? この人も心読めるの? もうこのせかいこわい。
「というか、話を逸らさないでくれるかな?」
ばれたか。
どの程度の認識なのかは知れたから問題はないが、このまま忘れてくれたならそれはそれで楽だったな。
「逸らすというか、ルイディアさんが何を言いたいのかがわからないんですよ。だからこっちも警戒しちゃうんです」
「別にどうしようとも思ってないよ」
わお、あっさり。
「だって気になっただけだからね。そんなに警戒するほど私たちが怖いのかなって」
そこまで怖い顔はしてないと思うんだけどね、と言ってあっけらかんと笑うルイディアさん。
なんだろう。まるで自分が汚れきっているかのような気持ちになる。この人の笑顔に何か隠そうとしていることがないのがわかる分、余計に心が痛む。
「すみません刑事さん……俺が悪かったです」
「え、いや、うん。ケイジって誰? あと、なんで謝るの?」
罪悪感から逃れるためです。
さて、それはどうでもいいとして。どうするかなー。
「別に、話したくないことなら深く聞こうとは思わないよ。さっきも言ったけど、気になっただけだからね」
追い打ちをかけるかのように慈悲の言葉が。なら、お言葉に甘えよう。どのみちそうするつもりではあったがな。
「すみません。警戒してたのは、まあ、昔いろいろあったから、ということで」
「そっか、わかった」
ルイディアさんが笑顔で頷き、会話が途切れた瞬間、
「すいません、お邪魔しますよ」
「んー? あれ、どうしたの」
「……どちらさま?」
狙ったかのようなタイミングで、テントの中にルイディアさんと同じようなローブ姿にフードをかぶった人たちが入ってきた。その見覚えのあるローブからして、この人たちは俺の治療をしてくれた人なんだろうか。それとも別人かな?
「え? ああ……もしかして、君があの時の怪我人か?」
「はい、そうです。あなた方は俺を助けてくれた方……でいいんですか?」
いやまあ、さっきの言葉からしてまず間違いなくそうなんだろうが。……一回見られてるはずなんだよな?
「ああ、その通りだ。なにせあの傷だったからな。顔の方はよく覚えていないんだ」
ああ、そりゃそうか。状況にもよるけど、わざわざ怪我人の顔を覚える暇はないだろうな。早急に治したい時ぐらいしか呼ばれないんd「それじゃジン君、行こうか」
「え? は?」
二人のローブの内、先に入ってきた男性(多分)と話していると、いきなり後に入ってきた女性(同じく多分)と話していたルイディアさんに腕を引っ張られる。え? なに? 何がそれじゃ、なの? とりあえずそこに至るまでの説明プリーズ。
「レイドに呼ばれてるらしいよ」
「……ああ。はい、わかりました」
「うん、それじゃ行こうか」
そうですね。でも手は引っ張らないでください。
とうとう結論が出るわけか。できれば協力してくれるとありがたいんだけど……断られたらどうするかなー。レベル1というのが大したことないわけじゃなさそうだし、正直面倒なことになる気しかしないな。
まあ、多分面倒はお互い様だろうし、大丈夫だとは思うんだけど。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫だと思うよ。レイド達は結構頼りになるから」
「わかってはいるんですけどねえ……」
明るく笑うルイディアさんに少し不安が和らぐのを感じながら、俺はテントから出た。