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雑音の詩人

 


 私は数日前、変な少年に会いました。

 いえ、別に格好が変なわけではありません。外見はせいぜい髪が肩ほどまで伸びていて、緑色の狼と黒いスライムを連れているぐらいです。服もこれといって特徴のない普通のものでした。

 市場を歩いている様子は村から都に始めて来た子供そのものでしたが、それも別に珍しくはありません。アンティールに限らずそれなりに大きな町や都市ではよく見かけます。

 ですが、私のパートナーが反応したのです。ええ、ハーモニーのパートナーが。……男の人のアレみたいな表現になってしまいました。下ネタはいけませんね。

 それは置いておいて、なぜ≪ノイズマン≫が反応したのでしょうか。見る限りでは平凡そうな少年ですし、あの格好では音楽家というわけでもないのでしょう。

 背負っている袋の中で震える相棒に首を傾げていると、


「うおっと」

「気を付けろ、馬鹿が!」


 少年が男性にぶつかられ、よろけているのが見えました。隣の狼に支えられて転倒は免れたようですが、アレはいけません。男性の手に財布と思わしき巾着が握られています。

 これもよく見かける光景ですね。人が少ない村などから来た方々は盗人からすれば美味しい獲物ですから。

 いつもならそれほど気にも留めませんが……そうですね、これも縁でしょう。≪ノイズマン≫も気にかけていますし助けてあげましょうか。

 と、そのように上から目線で考えていた時期が私にもありました。

 

「がばっ!?」

 

 私が動く前に唐突にスリが素っ転んだのです。ええ、それはもう劇の一幕で役者が演じるように綺麗に。

 どうやらスライムが盗人の足にへばりついて引っ張ったようですね。スライムにそんな芸当ができるものなのでしょうか。少年が平気な顔をしているので、彼が命令したのでしょうが。

 考えている間に捕り物は進んでいきます。

 スリがナイフを取り出せば狼が止め、少年はその腕を踏みつぶしてへし折りました。ええ、何のためらいも感慨もなく、へし折ったのです。これにはさすがの私もびっくり。

 しかも何かをつぶやいているかと思えば、自分が罪を犯しているかどうかの心配です。思わず声をかけてしまったのはしょうがないでしょう。

 まあ、私もこの辺りの方を熟知しているわけではありませんので最後は確認するような言い方になってしまいましたが。


「とりあえず同じていいと思います。ええ、傷つけようとすれば、それに伴う罰が与えられるのは当然でしょうし」

「思いますって言われても……」


 しっかり答えられなかったのが少し恥ずかしく、早口で誤魔化してしまったからか少年は納得いかないようです。私の正体を暴くかのようにじっくりと観察していた時と違い、その眼には戸惑いがありありと映っていました。

 しかし、私にはその戸惑いは偽装のようにしか見えません。欲情の目線は散々浴びてきましたが、声をかけただけで警戒を向けられたことはありませんでしたね。そんなに怪しかったでしょうか。

 先ほどのお返しにジッと少年を見つめていると、横から顔を出した狼が突然、少年の手に噛みつきました。一瞬、体が震えたかと思うと、少年から警戒の雰囲気は完全になくなっていました。

 ……なるほど、≪ノイズマン≫が反応した理由は分かりませんが、普通の少年ではないようですね。

 

「ところで、いいんですか? 盗人の方が逃げていますけど」


 手をさすっている少年に興味が湧いた私は、捕り物劇の続きを促します。

 私が話している間に盗人は逃げてしまっていました。一体、彼はどうやって盗人を追うのでしょう。狼に追わせるのか、人々に所在を聞いて追いかけるのか。あるいは夜になってからの闇討ちか。

 そんな私の期待といかけに、少年はあっさりと応えてくれました。


「ああ。大丈夫ですよ。もう手は打ってあるんで」


 事も無げな台詞の直後、盗人の方の悲鳴が聞こえてきました。

 ……本当に人は見た目で判断してはいけませんね。これのどこが平凡ですか。

 狼を先行させてのんびりと歩いて行く少年の、全てを見通しているかのような姿。これは通じるところがありますね。英雄譚の軍師などを歌うときには少年を思い出してみるといいかもしれません。

 そういえば、今気づきましたがスライムがいませんね。彼の言った「手」とはアレの事でしょうか。肉を溶かす音はまだ聞いたことがありませんし……ふむ、期待ができますね。

 そのように考え事をしていると、盗人が見えました。痛みに悶えている盗人に、少年は素晴らしい笑みを見せます。

 ええ、そうですね。序盤の捕り物ならば、最初は主人公の笑顔で締めなければ。

 盗人はその笑みに気圧された後、がっくりとうなだれました。

 かくして、醜き盗人は、少年と少年に付き従う魔物たちに捕らえられましたとさ。


 ……ほう、まあいい終わり方ですね。

 結果はありふれたものであれど、役者がいい。

 私の顔形に見惚れるほどには人並みで、しかし敵対者には容赦がなく、なおかつ手段が変わっている。これはなかなかにいい。

 いやいや、まさか都市に到着そうそう面白いものが見られるとは思いませんでした。

 こんなことが日常的に起こるのなら、しばらく居ついてみるのもいいかもしれません。特にここはあの有名な辺境騎士団もいますし、何より歴史が歴史です。王道から外道まで、あらゆる物語があるのでしょうね。


「すみません、あなたはどちら様で?」


 おっと、また新しい登場人物が現れたのでしょうか。


「…………」


 む、なぜ彼は私の方を向いているのでしょう。

 右に動いてみても、左に動いてみても彼はずっと私を見てきます。……もしや後ろのノイズマンを勘付いた?

 そう思って振り向いてみると、ノイズマンは自分からわずかに震えてくれました。この少年に反応していることはわかりますが、どうして彼なのでしょうか。

 そして、彼はどうして私を見ているのでしょうか。

 ……もしや。


「私ですか?」

「そうです。金髪にこげ茶のローブをまとっているあなたです」


 こめかみをひくつかせながら彼は私の問いに頷きました。

 ふむ、彼には面白いものを見せていただきましたし、名を名乗るのもやぶさかではありません。が、


「人に名前を尋ねるときは、まず自分からですよ」


 数少ない母から習った礼儀なので、これをないがしろにすることはできません。何故かこういうと怒られることが多いのですが。

 しかし、少年の反応は一度こぶしを握り締めるのみ。しっかりと私の眼を見て自己紹介をしてくれました。

 そこらの大人よりよほど人間ができていますね。

 そんな人間ができている彼の名前はジンというそうです。ジンといえば、太古に悪神を封じたという神の名がそんなものだったような気がします。

 名前も面白いとは逸材ですね。本当に。


 そして自己紹介の後は、彼らと共に少しだけ行動することができました。ついでに私と行動すると頼もしいというイメージを植え付けようと邪魔者を排除してみましたが、失敗に終わってしまいました。

 あれほど深く歌うことに集中してしまうとは誤算でしたね。≪ノイズマン≫もいつもより張り切っていましたし。

 この街が気に入ったというわけではないでしょう。彼は人の街は全て嫌いですから。

 だとすれば、やはりジンですね。彼は≪ノイズマン≫の音を聞いても苦しまなかったようですし。

 もしや彼は神の生まれ変わりか何かでしょうか。まあ、何故ノイズマンが神に反応するかはわかり――


 ――? 

 ……神、ですか。


 そういえば≪ノイズマン≫にもそんな逸話がありましたね。

 確か、遥か昔に怪音あるいは雑音をまき散らした強大な魔物を討伐した記念に、その魔物の素材を使って作られたとか。

 もしや、何か関係が?

 

 …………ふむ。これは調べてみるしかないですね。実に面白そうです。

 もしかすれば、良い詩も作ることができるかもしれません。

 そうすれば、また夢がかなうかもしれませんね。ああ、本当に、この都市に来てよかった。


 彼は、ジンは私に何を見せてくれるのでしょう。

 ああ、願わくば、それがつまらないものではありませんように。つまらない生き方などしませんように。

 でないと――ええ、私は、何をするかわかりません。



 ■  ■  ■



 ちなみにこの後、同じ宿に泊まろうとしたら全力で拒否されました。なぜでしょう。



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