死んだところで
俺を指さしたまま、ハーモニーは時が止まったように体を停止させていた。
「しかし」
そして、しばらくの間俺を見つめていたかと思うと急に身をひるがえした。
「この二、三日ほどで見られるほど安い物でも興ざめになってしまうんですよね。もう少しじらされた方がいいのでしょうか。ああ、でも早く見たいですね」
頬に手を当てて呟くハーモニー。この時点で俺を含めたこの場の全員がこいつが何を言っているのか理解できなかっただろう。
英雄を見た時のようなって……ええ。
『どういう意味か分かるか?』
『まあ、なんとなく』
すげえなお前。俺には何一つわからなかったよ。
『どういう意味なんだ』
『要するに「君を物語にして歌いたいから驚くようなことやってみて」ってことだと思う』
『……勝手だ』
ほんとだよ。なんで俺があいつの趣味のために体張ってゴブリン退治しなきゃいけないんだ。
そう身勝手さに怒りを覚えても、ギルドの外で早く行こうと言わんばかりに手を振っているハーモニーを見てしまうと……
『怒りより殺意が湧き上がってくる』
『堪えよう。今はまだそのときじゃない』
『……まだ?』
そうだな。せめて森に入ってからだな。
『じゃあ結局ゴブリン退治行くの?』
『行くわけないだろ……って言いたいところなんだけどな』
『何か問題でも?』
あるね。大いにある。それこそ未知の敵がいる可能性のある森に行くよりもでかい問題が。
『ハーモニーが敵に回るかもしれないんだよな』
『……そうか?』
『そうだよ』
疑問に満ちた声音のノーディにそれだけを返す。
これも可能性ではあるが、騎士団が守っている上に人の多い都市に、一体の魔物が近づくことよりよっぽど高い可能性だ。
なにせこいつは……ハーモニーは狂っている。
出会ったその時に音楽馬鹿なんていったが、それよりもたちが悪い。ハーモニーという女は、音楽や詩、あるいは歌のためなら人をも殺せる詩狂いだ。
自分の目的さえ達成できれば満足して、達成できないと達成するまであらゆる方法を試すような奴だ。
それは例えば世界中を旅することであったり、人々の意見を聞くことであったり――また、人の悲鳴や聞いたことのない音を聞くためだったりするんだろう。
『ハーモニーがな、俺たちがスリを返り討ちにした時にぶつぶつ呟いてたんだよ。「肉を溶かす音」がどうこうってな。……人が魔物にやられてようがお構いなしで音を求める狂人だぞ。新しい発想のために人を解体するぐらいしかねない』
『ああ、うん。確かに』
行動や思考が常識に縛られないというのは厄介だ。自由過ぎるから次の言葉も展開も予測できない。そしてハーモニーは俺が見て来た中でもトップクラスの自由人だ。
よって、眼前のこいつの機嫌を損ねて≪ノイズマン≫をかき鳴らされる事態になるぐらいなら、俺はまだゴブリン退治に向かうと結論付けた。そっちの方がいくらかマシだ。
『ゴブリンより恐れられる女……だと……!?』
『それだといまいち緊張感無いな』
実際はオークと比べても何倍か怖いからな? 武器ならともかく音の完全な防御方法なんぞ知らんし。
……ああ、武器と言えば。
「ハーモニー。一つ聞いてもいいですか」
「いいですが、歩きながらにしましょう。時間が惜しいので」
「いいえ、あなたが俺の質問に答えない限り俺はここを動きません。なのでちゃっちゃと答えてください」
「……むう、しょうがないですね」
不承不承といった様子で頷くハーモニー。これ以上お前の好き勝手にさせてたまるか。
あと、これぐらいは聞いとかないと安心できないんだよ。
「ハーモニーは武器は使えますか」
「ナイフ程度なら。それと少しの護身術も」
「……ゴブリンぐらいは殺せるんですね?」
「ええ。≪ノイズマン≫ならもっと強い魔物でも倒せます。周りの被害を考えなければ」
「わかりました」
絶対に使えない戦法を何でもなさそうに語るハーモニーにため息が出る。
まあ、ゴブリン程度は倒せるが、それ以上は≪ノイズマン≫がないと厳しいって情報も貰えたことだし、いいか。
「なら大丈夫でしょうね」
「そうですか。では出発しましょう」
「暑さ対策はできてるんですか?」
「これでも長い間旅をしていますので、猛暑程度は考えています」
「経験だけはありそうですよね。役に立つかはともかく」
「どういう意味でしょうか」
「べーつーにー」
横を歩きながらひたすら問い詰めてくる詩女と雑談を交わしている裏で、ノーディたちにも話しかけておく。
『リン、ノーディ。最悪、ヤバい魔物と出会ったら昨日やった方法で逃げるぞ。減速なんかは考えずに全力で逃げろ』
『……わかった』
『ハーモニーはどうするー? さすがに二人も乗れるほどノーディは大きくないけど』
リンは俺の頭の上で体を揺らして聞いてくるが……もう気づいてるだろ、お前。
一応言っておくけどさ。
『見捨てる。≪ノイズマン≫もあるんだ、自分で何とかするだろ』
『で、本音は?』
ほんっとに性格悪いなこのスライム。一々みなまで教えなくても察してるだろうが、リンどころかノーディすら。
顔があればさぞかしうざいにやにや笑いを浮かべているのだろうリンにジト目を向けるが、当スライムは全く気にせず『ねえねえー、ねえったらー』と揺れている。やめろ。
このままだと俺の首が耐えられそうにないので、声や表情には出さないように注意しつつ、従属パスを使って答えた。
『〝ハーモニーが死んだところで特に悲しくもないし、罪悪感もないから"だよ』
別にハーモニーを殺したいと思っているわけじゃない。冗談で済む内心でなら考えることもあるが。
ただ自分の命と天秤にかけてみれば、秤はあっさりと俺の命の方に傾く。ハーモニーと比べるのがノーディやリンであっても同じだ。ハーモニーの側が重くなることはない。
『あっはっは。そうだよね』
『……? 何がおかしい』
ノーディ、その台詞は使いどころが少し違う気がするぞ。そしてお前はうざいなリン。
「ちなみに何か買うものはありませんか? 例えば薬草など」
珍しく普通のことをハーモニーが聞いてきた。
そのことに驚きながらも頭の中で使った物や在庫を確認する。……薬草は昨日使ったけど、まだそれなりに数はあるし、なんとかなるだろう。
「特にはないですかね」
「そうですか。では行きましょう」
それにしても、何故急にそんなことを聞いてきたんだろうか。まるで俺が持ち物を消費していることを知っていたような……あ、なんか嫌な予感した。
いや、いやいや、気のせいだな。うん、気のせい気のせい。
そんな風に恐ろしい事実に気づいてしまいそうになったりしながらも、俺たちは門をくぐり都市の近くにある森へと来ていた。
たまにすれ違う人たちが男女問わず全員ハーモニーに見惚れていたのが印象的だったな。本人が全く気にしていないのも合わせて。
そういえばこいつ美人だったなあ。
「さて、何事もなくここまで来てしまったわけですが」
「なんで残念そうなんですか」
「そんなことはありません。それよりもどうしましょうか。二手に分かれてゴブリンを探しますか? それとも一緒に行動しましょうか」
「二人で行動した方がいいと思います。もし俺たちで対処できない魔物が来たらハーモニーの≪ノイズマン≫でどうにかしてもらいますんで」
「ふむ、わかりました。ですがどうやってゴブリンを探しましょうか」
「ああ、それに関してはもう解決してます」
ノーディがいるから、覚えさせたゴブリンの体臭を追ってもらえばわざわざ探し回る必要はなくなる。
この森ぐらいならもし逃がしても追跡することはできるそうだし、入ってきた場所に何かしら俺たちの持ち物でも置くか埋めておけば迷っても安心だ。
「……便利ですね」
本当にな。ゴブリンが群れていたらわざと見逃して、一匹や二匹になったところを狙うこともできる。しかも、【危機感知】で他の魔物が接近してきても気づくから奇襲をされる心配もほとんどない。
さすがは森に棲むグリーンウルフ。普通は臆病で個々の力も弱いから奇襲ではなく逃げることに能力を使っているようだが、うちのノーディは別格だ。
【爪術】やギフトすらもあるノーディは、ゴブリンどころかオーク相手でも場所によっては数体を同時に相手どれるのだから。まあ、臆病なのは変わらないからそんなことはしないだろうけど。
「さて、それじゃさっさと狩っていきますか」
「……はい」
だからなんでつまらなさそうなんだあんたは。




