壊れたもの 壊した者
少し、昔話をしよう。
まだ俺たちがせいぜい十歳ぐらいだった頃の話だ。辺境都市ではなくもっと小さい村に住んでいた時。
その時の俺たちは大抵三人で遊んでいた。他の友達もいたが、三人で遊ぶことが一番多かったと思う。
三人の内訳は俺ことシグルドとトラン、そしてレインというもう一人。
レインは俺とトランのリーダーのような存在だった。いつも積極的に遊びに誘って、俺とトランが喧嘩をしたらそれを止めてくれて、面白そうな場所を探索するときは先頭に立っていた。
俺たち三人は、大人たちには内緒で変なものに手を出して、外に出て、好奇心の赴くままになんでもやった。
ちなみに、外に出ることを提案したのがトランで、変なものに触りたがったのがレインだ。
今思い返しても楽しかったと素直に感じる。一体何が面白かったのかわからないこともあるけど、それでも確かに楽しかった。
そんなある日、事件は起こる。
俺たち三人はいつもどおりに冒険と称して外に出た。今度はどこまで行く、何を取ってくる、どうやってばれないようにする。
楽しい計画を立てた外出は――結局、俺たちがまともに家に帰ることができなくなるだけに終わった。
まず、嵐にあった。
子供にとっては雨なんて楽しいだけだ。しかし、そこに暴風と雷が加わってしかも場所が村の外なら即座に恐怖へと変わる。
幸いにも雨風が防げる洞窟を見つけて避難できたが、そこからも不幸は続く。その洞窟が魔物の住処だったという形で。
真っ先に魔物を発見したのも俺だった。洞窟の奥にいたソレはゴブリンの何十倍も屈強な体、額から長く突き出した角、現れただけで死を悟るほどの威圧感持っていた。
ソレがオーガという魔物だと知ったのは冒険者になってからだが、自分たちが恐ろしいものに出会ってしまったということは即座に理解できた。
思考が消えて頭が真っ白になり、気が付けば一歩足を踏み出していた。
どうしてそんなことをしたのかはわからない。が、とにかく俺は一歩を踏み出し、その一歩がオーガの行動へとつながってしまった。
オーガは角の生えた額を俺たちに向け、串刺しにしようと一直線に突っ込んできたんだ。
恐怖に身をすくませているだけの俺は呆然とその光景を見つめて……次に服を体ごと横へとひっぱられ、放り投げられた。
訳も分からず洞窟内の岩に体を打ち付けながら見たものは、地面へと落ちていくオーガの首と、その後ろで剣を振っている鎧、そして視界の端に移った人間だった。
全身を鎧で覆ったその人は後から来た人間――男だった――と共にたまたま近くに寄った冒険者であり、村の人々から俺たちの捜索を依頼されたので探していたと、そう告げられた。
俺たちが英雄に憧れ始めたのはこの時だろう。トランは特にそうだったな。
ずっと『凄いの、かっこいいの』って連呼してた。
だから当然といえば、当然だったのかもしれない。
嵐が過ぎ、村を去ろうとする冒険者たちを、トランが追いかけるのは。
親も油断していたのだろう。俺たちが二度と許可なしに村を出ないようにときつくしかり、脱走できないように部屋の前で見張るようにしていたから。
冒険者が去る時も知らせないようにしていたから。
部屋の窓も釘で閉じてあったから。
――緊急時の避難所が娘の部屋の地下にあるなんて、知りもしなかったから。
そんなものがあることに気づかなかったのは、巧妙な偽装と以前の持ち主が死んでいたかららしい。
そのせいでトランは脱出し、最悪の事態が起こることになった。
冒険者について行こうとした道のりで、またトランが魔物に襲われたのだ。
そして、それを……トランの脱走を勘付いて追いかけてきていたレインが、庇った。
もちろん当時の俺たちに戦う力などあるはずがなく、冒険者たちが異変に気付いて引き返してきたときには、レインは血まみれで倒れ、トランも危うく殺されるところだった。
何とか魔物は討伐され、トランは助かった。
だが、結果として、俺たちは一人の親友を失うことになった。
■ ■ ■
「本当に、馬鹿なことをしたな」
「ああ、俺たち全員が馬鹿だった」
「そんなことがあったとは。苦労しましたね」
昔話を終えた俺たちは頭を押さえて、あるいは視線を下に向けて言い合う。
大人の忠告を聞いていればと、一体何度思っただろうか。
地下の避難場所など見つけなければと、何度考えただろうか。
英雄という言葉に憧れた自分を、何度責めただろうか。
「……それで、シグ」
今にも泣きそうなほど歪んでいた顔を何とか平常に戻したトランが、唇を引き締めて俺に向く。
だが、完全に戻せてはいないのか呼び名が昔のものに戻っていた。
「まだ、英雄を目指すつもりか。あの日から、ずっと馬鹿なことをしたと悔いていたのに」
「……ああ、目指すよ。俺は英雄になりたい。何もかもを救えるような、おとぎ話に出てくるような英雄に」
「その時は一応、詩も作ってあげましょうか」
俺の言葉にトランは目を吊り上げる。
「そんなものは存在しないと、何度言ったらわかる? あの時の冒険者だって子供を助けることはできなかった! 私のせいで彼らは目の前で子供を殺されたんだぞ!」
「確かにいい迷惑ですね」
血を吐くほど辛そうな表情でトランは叫んだ。
「私のせいで! 私がいなければ――」
「トラン!」
全てを否定する禁句を出しかけたトランに、思わず俺も叫んでしまった。
はっとした顔で俺を見上げるトラン。眼には涙がたまっていた。
失敗した、と後悔が胸に湧き上がってくる。
でも、言わなければならない。
意を決してその言葉を口に出――
「それは、言ってはいけないことでしょう」
そうとして、先に言われた。
さっきからちょくちょく口を挟んでいた第三者に。
「……シグ、この人は誰なんだ」
「ああ、うん。喧嘩になったときに止めてくれそうな第三者だ」
これほど豪快に台詞を止められるとは思わなかったけどな。
涙の引っ込んでしまったトランが、ハーモニーという名前の女性へ何とも言えない顔を向けていた。たぶん俺も同じ気持ちだ。
しかしハーモニーは俺たちの視線など意に介さず言葉を続ける。
「レインという方はあなたを庇って死んだのでしょう。ならばあなたがいなければ、などという仮定を語ってしまうのは、どんな意図があれど侮辱に当たるのでは?」
「ぐっ……」
言っていることは俺の考えていることそのままなんだがなあ。
このすっきりしない気持ちは何なんだ。
トランは律儀に反応しているが。
「いえ、死んだ人間への配慮を鑑みずとも、あなたは立ち上がるべきだと思います。生きているのですから、立ち上がり、前を向き、足を踏み出すことをしなければいけないのでは? せっかく救ってもらった命を無駄なことに浪費することに何かしら意味があるとは思えませんが」
「おい、言いすぎじゃ――」
「わかってるんだ、そんなことは……でも!」
また台詞を遮られた。一応当事者なんだけどなあ。
俺の内心を気にかける暇などないトランは今度はハーモニーを睨み付ける。
いや、睨み付けるというにはその眼光はあまりにも弱弱しい。
「でも……また、あんなことになるのはごめんなんだよ!」
叫ぶ。また眼に涙がたまり始めた。
顔を見せないようにか、トランは空を振り仰ぐ。
「私のせいで! 死んでしまったんじゃないか! あいつは、レインは! また死んだらどうすればいいんだ!? また私が余計なことをしたせいで、誰かが死んだら!」
「では、何故パーティーリーダーなどになったのですか。最も責任の重い立場でしょうに」
激情をぶちまけるトランに、ハーモニーはあくまでも淡々と質問する。
「トランぐらいしかできる奴がいなかったんだよ。職業の構成にしろスキルにしろ、な」
これ以上話せる様子ではないトランに代わってハーモニーの問いに答える。
実際、トランにリーダーを任せるのは俺も反対した。だが、本人が聞く耳を持たない。
おそらくレインがやっていたであろうことを代わりにやろうとでもしているのだろう。冒険者になったのも同じような理由だったから。
せめて務まっていなければやめさせたものを、残念ながらトランにはこの年でCランクに上がるぐらいの才能があった。
その上パーティーが固定化してしまったので今更変えられるわけもない。そしてずるずるとここまでやってこれたわけだ。
「あなたが代わりになればよかったのでは?」
「ああ、それは無理だ」
話の流れからして当然聞かれるであろうことに即座に返す。俺の答えに首を傾げるハーモニー。
いや、だってな。
「俺は突撃しかできないから、レインの代わりにはなれない」
「……なるほど」
少なくとも、俺がリーダーになっても戦いでは率先して魔物に突撃して、指揮はトランに任せることになっていただろう。
それではどちらにしろトランの負担が減らない。だからリーダーを任せて音を上げさせようとしたのに……このざまだ。
「では、何故まだ上を目指そうとしたのですか? 彼女にこれ以上負担をかけることは望ましくないのでは」
「あれは単に熱くならずに話す方法を聞こうとして遠回しな質問に――待て、何で知ってる」
今気が付いたけど、その話はジンにしかしたことが無いはずだぞ。その時お前はいなかったはずだ。
ハーモニーは軽く顔をそらして、無駄に上手い口笛を吹いている。こいつまさか。
「尾行してやがったな」
「ぴゅ~♪ ぴゅーぴゅ~♪」
上手いのがさらに腹立つな。というか俺が気が付けなかったとは……こいつの尾行がうまいというより、注意力が散漫過ぎたのか。
……まあ、いい。
それよりもトランだ。
目を向けてみると、少しの間でトランは何とか涙を抑えていた。
そして、俺の視線に気づいたのか軽く手で顔を隠す。
「……だから、お前も英雄なんて夢は捨てろ。わかったな」
精一杯に平静を保とうとして、それでも震える声に俺はこれ以上言葉を返すことができなかった。
最後に小さく付け加えられた『シグまでいなくなったら、私は――』という声が聞こえたから。
「じゃあな。今度の依頼は三日後だ」
律儀にそう言い残し、顔を隠したままトランは去っていった。
【深刻破壊者】ハーモニー




