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笑わないんじゃない



 魔物じゃない血の匂い。それはつまり。


『シグルドさんが怪我してるってことか?』

『……たぶん、な』

 

 ふむ、喧嘩でもしたのか、それとも転びでもしたのか。

 別に珍しいことじゃないと思うけどな。


『危険な血の量なのか?』

『……いや』


 鼻にしわを寄せて答えるノーディ。単に血の匂いに反応しただけなんだろうか。

 まあいいか。とりあえず会いに行ってみよう。

 ノーディに道案内を頼み、人の波を割るように進んでいく。

 しばらく歩くと黒い皮鎧をまとった後ろ姿が遠目に見えた。今日は用事がないと言ってたような気がするんだが、これからギルドに依頼を受けに行くような格好だな。


「シグルドさん!」

「……ん」


 少し離れたところから声をかければ、一瞬の間を置いてシグルドさんが振り返った。

 何かを気にするように頬に手を当てているその人は、俺の方を見て軽く眉をひそめる。


「どうも、あの時は助かりました。ありがとうございます」

「いや、別にいいって」


 顔を押さえたまま手を振るシグルドさんは何かを探すように周囲に目を向けている。

 何を探して……あー。


「ハーモニーならいませんよ。歌ってくるってどこかに行きましたから、もしかしたら偶然会うかもしれませんけど」


 俺の言葉にシグルドさんは露骨に安心した顔をした。まあね、あれとはあんまり会いたくないよね。

 

「お前、あれと一緒で大変じゃないのか」


 そして言うことがこれである。あの短時間で苦手意識を植え付けるとは、さすがハーモニー。


「そもそも今日初めて会ったので。……ま、同じ宿に泊まる事になっちゃったんですけどね」

「災難だな。本当に」


 優しい目を向けないでください。泣いちゃいそう。

 ああ、それはそうと。


「どうしたんですか。その血」

「!」


 頬を指し示す俺に目を見開くシグルドさん。いや、そんなに頑なに隠してたらそりゃ分かりますよ。 血はノーディが言ってくれたからだけど。


「……少しな」


 誤魔化せないとわかったからか、シグルドさんは頬にあてていた手を下げる。そこには誰に殴られたのか、打撲痕があった。そして口の周りに軽く血を拭った跡もある。

 やっぱり喧嘩か何かか。そういえばずっと悩んでる素振り見せてたよな。

 ふむ。


「あの、シグルドさんはこれから何か予定ありますか」

「そうだな、ギルドに行くぐらいか」

「だったら道中でいいんで少し話しません? なんか悩んでる様子でしたし」

『……おい』

『悪い、ちょっと付き合ってくれ。リン、大丈夫か?』

『むー、なんとかー』


 ノーディの目線に険が含まれるのを感じながら、リンに問いかける。幸いリンはダルそうにしながらも肯定してくれた。

 本当に悪い。後で絶対に何かお返しはする。

 でも、今はこの人の悩みが気になるんだよ。


「別に気にしなくても」

「気になりますよ。俺だって色々と悩んでたことがありますけど、その時には……相談に乗ってもらったりしましたから。それに一人で抱えてるとネガティブになりますよ」

「ん……」

「ああ、それと」


 俺の提案を断ろうとするシグルドさんにいろいろと言ってみる。だが、いまいち乗ってくれなさそうなので切り札を切ることにした。


「話してもらえなくてもついて行きますし話しかけ続けますからね」

「お前もあの女と似てるぞ、割と」


 何とでも言ってくれ。例え血を吐くほど辛い言葉を投げかけられようとも俺は折れないぞ。

 面倒そうに頭を抱えるシグルドさんをまっすぐに見続ける。と。


「はあ……わかった。そうだな、少し話を聞いてくれ」

「喜んで」


 ため息をついて受け入れてくれた。

 呆れた顔のシグルドさんに笑顔で返事をする。はっはっは、しぶといのが取り柄なのだよ俺は。


「それで、何があったんですか」


 喜ぶのもそこそこに話を促すと、シグルドさんは目を遠くに向けながら軽く頭を搔く。


「そうだな、まず俺の悩みから話すか。……実は最近、パーティーメンバーと折り合いが悪くてな。いや、パーティーメンバーというよりはリーダーか」


 パーティー。

 確か冒険者が3人~6人で組む時に使われる言葉だ。1人だとソロ、2人だとコンビだっけ?


「俺たちのパーティーは2年ほど前にCランクに上がってな。受けられる依頼もその報酬も増えて、この年の冒険者にすればランクが上がるのも早いって言われてる」

「それでなぜ衝突が? 順風満帆じゃないですか」

「それだけならな。ただ、Cランクになってから、他の仲間が少し……なんというか、やる気というか覇気が無くなってきたような気がしてな」


 随分とあいまいだな。それとも遠慮しているのだろうか。


「別に依頼に手を抜いてるとかそういうわけじゃないんだが、もっと上に行ってやろうって意志が感じられないんだよ。前はそれこそ、もっと稼げるようになったら武器を新調するだの、いろんな依頼を受けて困ってる人たちを助けたいだのと……言い合ってたんだ」


 遠い目で語るシグルドさん。聞く限りでは考えの違いのようだが、言い方に疑問を感じるな。


「それは、いけないんですか?」

「ん?」


 なので湧き上がった疑問をそのままぶつけてみる。


「Cランクといえばそれなりに裕福な生活が送られると聞きました。シグルドさんたちはそのCランクで十分に依頼をこなせるだけの実力があるんですよね。だったら、もうそれ以上を目指す意味はそれほどない気がしますけど」


 そうでなくとも危険を冒してランクを上げるよりか、ある程度同じランクに留まって力をつける方がいいだろう。

 大抵の人間が考えるであろう俺の質問にシグルドさんは顔をしかめた。

 遠くを見つめていた眼は、何かを睨むように細められている。


「…………ジン、俺がこれから何言っても笑うなよ」

「はい」


 たっぷりとためを作ってつづられた言葉にしっかりと返事を返す。ここでふざけたら話してくれないんだろうなあ多分。

 さて、盛大に笑うべきか真剣に受け止めるべきか。


「俺はな」


 内心で葛藤している間に、シグルドさんが言葉を放った。


「英雄になりたいんだ」


 ……。

 …………英雄?


「おとぎ話に出てくるような、ですか?」

「……ああ、その通りだ。お前はそっちが思い浮かぶんだな」

「そっち?」

「なんだ、知らないのか?」


 知るも何も、英雄と言ったらそれ以外に何があると。


「今はこの世界に英雄たちが跋扈してるだろ、大英雄時代とか英雄黄金期なんて呼び名が定着するぐらいにな。だから英雄って言ったら強い力を持った奴って意味になる」


 ああ、そういう話か。確かにサイラスさんとかはまさしくおとぎ話に出てくるような人だな。英雄かどうかはともかくとして。

 ていうか大英雄時代ってすげえ名前だな。


「俺は今の定義じゃなく、どの時代でも変わらない英雄になりたいんだよ」


 言い切ったシグルドさんは照れたように頭を搔いている。

 そりゃそうだ。出世したいならともかく、英雄になりたいって言うのは基本的に子供ぐらいだろうし、いい大人が目指すようなものじゃないんだろう。

 まあ笑えないけどな。もっと突拍子もないことだったら。それこそ、世界の生物を皆殺しにするとかなら笑うけど。


「いいじゃないですか。それで、英雄になりたいからランクを上げたいと? それはさっきの話と矛盾しているような気がしますが」

「笑わない、んだな」


 普通に話を続けようとする俺に、シグルドさんが軽く驚いた顔をする。

 笑わないんじゃない。笑えないんです。


「俺だって目指したことがありますからね。無理でしたけど」


 いつのことだったか、そんな風に考えていたことがあった……ような気がする。本当にいつだったかな。何かでかいことがあった気がするんだが。


「お前いくつだよ」

「15ですが」

「まだまだこれからじゃないか。というか、ランクを上げて英雄になりたいわけじゃない。ランクを上げたら名も広がるし相応の権力もつく。それがあれば、救える人は多くなるだろ」


 なるほど、そういう意味か。

 確かに何かしらの力が伴ってないと英雄にはなれないな。暴力にしろ権力にしろ。そのことを考えると足踏みしている暇も惜しいと。


「だが、リーダーの奴……トランっていうんだがな。そいつは今のランクにもう少し留まるべきだと言ってる。俺だってそれが間違ってるとは思わない。実力をつけるなら基礎をおろそかにしちゃいけないことぐらいわかってる。……それでも、もう2年近くCランクに留まったままってのは、な」


 2年か。仕事の出世として考えるのなら2年程度は余裕でかかると思うが、こっちではだいぶ違うのかもな。平均寿命も低そうだし。

 一概に気持ちが先走ってるとは言いにくいな。


「ちなみに、英雄とかの話は仲間の方にしたんですか?」

「ああ。ただ、本気に取られてるかはわからないけどな」

「だったら、まずはそのことをしっかりと話して、心の内を説明してみたらどうでしょう。多少は理解が得られると思います」

「そうしたんだがな。どうしても感情的になるんだよ。この頬も、ちょっと殴り合ってな」


 頬に手を当てて顔をしかめるシグルドさん。

 傷が痛むというよりはその時のことを思い出している感じだ。


「だったら周りにいるような第三者に間に立ってもらえばいいんですよ。知らない人の目があるだけで激情的にはなりにくいです」

「……なるほど」


 ……まあ、これだけで解決するとは思えないけどな。俺が言ったのってあくまでも一般的な解決方法なかなおりだし。

 命を懸ける冒険者、それもCランクというそれなりのベテランたちが話をするのならお互いに譲れないものもあるだろう。

 最悪、一般人じゃ止められないぐらいの喧嘩になることを考えると、少し無責任なことを言ったかもしれない。

 そこまでの事にはならないと思ってるからシグルドさんも頷いてるんだろうが。


「ああ、そろそろギルドにつくな」


 早いな。

 確かにすぐそこに見えるギルドの建物にそんな感想を抱く。会話をしている間に結構歩いてたらしい。


「そういえば、ギルドで何しようとしてたんですか?」

「宿でじっとしてても気分が晴れそうになかったからな。一度外で頭を冷やそうと思ってた」

「ああ」


 だから鎧とか装備してたのか。俺も鎧とか着ようかな。動きに制限はかかるけど、どうせ戦闘になったらほとんど動けないだろうしなあ。


「ありがとな」

「はい?」


 しまった、ぼんやりしていたせいで変な声が出た。


「いや、いろいろと聞いてもらってな。おかげで割と気分が楽になった」

「それはよかった」


 ノーディを運んでもらったお礼を多少はできただろうか。

 ああ、そうだ。一つだけ付け足しておかないと。


「でも、間に立つ人は選んでくださいね。Cランクの殴り合いとか一般人には恐怖の対象ですから」

「はは、だったらその時はお前に頼もうかな」

「やめてください死んでしまいます」


 そういえば見たことがなかった笑い顔を見つつ、俺は本心からその提案を拒否した。冗談事じゃなく死ぬんだよいやまじで。

 恐ろしい事態に巻き込もうとしてくるシグルドさんとギルドの前で別れ、俺たちは宿に戻り、晩御飯を堪能して床についた。



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