よし、とりあえず殴りますね
怪音があたりに響き渡る。
『……が……!』
『んぎっ』
すると、突然ノーディが体を投げ捨てるように崩れ落ちた。そのせいで上に乗っていた俺とリンも投げ出され、しこたま腕や足をぶつけてしまう。リンは全部体だけど。
「いって……」
ずきずきと痛む腕を押さえつつ立ち上がる。二人は無事なのかと目を向けると、リンは小刻みに震え、ノーディは頭を石造りの道にこすりつけて苦しんでいた。
二人に駆け寄るより先にハーモニーを見る。怪音はいまだに続いており、さらに奥を見るとチンピラもノーディたちのように頭を押さえてもがいていた。
おそらく、というより確実にこの音のせいだろう。あの竪琴は音を聞いているものに何かしら影響を及ぼす魔道具か。なるほど、確かにハーモニー自身は弱いんだろうな。言っていたことも納得だ。
だが……これはどういうことだろうか。
俺だけ、全く何も影響がない。ここでは最弱のはずの俺に対して。
対象を選べる? いや、それならリンたちが苦しんでいる理由が分からない。
魔物だから? 検証のしようがないな。
俺だけが特別? それこそなんでだ。
……考えてもらちが明かないな。とりあえず演奏を止めさせよう。このままだとリンたちが気絶しそうだ。
――がぎ、ぎゃがっが、ぎぎぎ
ナイフを弦に滑らせているハーモニーの顔はやはり変わらない。俺が近づいても気づいているのかいないのか、一心不乱に竪琴を弾き続けている。
ただ、不思議なことに。
耳障りな音のはずなのに、俺にはそれが音楽だとはっきりとわかった。
何故かは全くわからないがそうとしか聞こえない。ハーモニーは適当に弦をひっかいているわけじゃなく、これも演奏の内なのだと理解できる。下手をすれば聞き入ってしまいそうなほどだ。
だが、二人の様子を見ればそういうわけにはいかない。名残惜しさを抑え込んでハーモニーの腕をつかむ。
「すみません、そろそろやめてください。リンとノーディが死にそうです」
腕を掴まれたハーモニーはわずかに身じろぎしてナイフの振るう手を止めた。
数秒、それ以外の反応を見せずに硬直したかと思うと、こちらを見ないままナイフを腰のホルダーに戻す。そして一つため息をついて振り向き、
「すみません、やりすぎてしまいました」
軽く自分の頭を小突きながら、にっこりと笑ってそう言った。
「……」
「……」
「………………」
「………………」
「……よし、とりあえず殴りますね」
「暴力反対」
「黙れ」
全力で振りかぶって脇腹に一発お見舞いしてやった。顔を殴らなかったのがせめてもの慈悲と思え。
足元で竪琴を抱えたままうずくまっているハーモニーから視線を外し、ノーディたちに向けた。
二人はいまだに苦しそうにしているが、さっきよりマシになったのが従属パス越しから伝わってくる。ただ、発狂しそうな苦しみが立ち上がれないほどひどい頭痛に変わった程度なのでまだまだ動けないだろう。
次にチンピラたちに目を向ける。
こちらは完全に全滅だった。泡を吹いて気絶している者もいれば、体を痙攣させてぶつぶつと言葉にならない言葉を呪詛のようにつぶやいている者もいる。
襲われることを心配しないのは助かるが本当にやりすぎだな。
「どうしますか、これ」
「……痛いです」
「痛くしましたから。で、いつもはどうしてるんですか? この状況」
「…………痛いです」
「わかってますって」
「………………いーたーいーでーすー」
めんどくせえなこいつ!? っていうかほぼ自業自得じゃねえか!
でも、このままだと話が進まないし……。
「あーもー、分かりましたよ。すいませんでした。ちょっと痛み止め取ってくるから待っててください」
「いえ、大丈夫です。謝ってもらったら何故か治りました」
「本っ当にいい度胸してんなぁ!?」
さっきまでの涙声は何だったのか。あっさりと立ち上がったハーモニーに全力で突っ込む。なんだよ、謝ってもらったら治ったって! ふざけてる場合じゃねえだろ!
「女の子は丁重に扱わなければならないということですね」
「女の子って年じゃなさそうだし男女平等って言葉知ってます?」
「よし、とりあえず殴りますね」
「暴力反対! あと繰り返してたら本当に終わりませんからやめましょう!」
だから竪琴で殴ろうとしないで!? 最悪死ぬから! 首がゴキィってなるから!
「……それもそうですね。では、後で殴りましょう」
「せめて竪琴以外でお願いします」
何とか落ち着いてくれたハーモニーに胸をなでおろす。殴られることは決定事項らしいが、まあ、竪琴以外なら何とかなるだろう。確信できないのが俺の体の悲しいところだ。
「さて、この惨状をどうするのか、でしたか」
「はい。ずっとその楽器持ってたなら対処法ぐらいはあるでしょう?」
「ええ、あるにはありますが、あの狼たちはどうしますか。私たちでは連れていけませんよ」
「あー、んー」『リン、ノーディ、動けそうか?』
『無理』
『……無理』
どうするか。どっちか一匹だけなら運べるだろうけど、それだと意味がない。
チンピラたちが目を覚ますことはなさそうだが、それでも『歓楽街』だ。何時また襲われるかなんてわかったものじゃない。できればさっさと逃げたいんだが……。
「なんだこれ」
もう衛兵を呼んできて対処してもらうかと考え始めたところで、無音の街路に誰かの声が響いた。
早速目をつけられたか?
危機感を覚えて声がした方を見る。それはすぐそこ、チンピラたちが倒れている場所だった。ここまで近づいてきているというのに全然気づかなかった。
「……なあ、あんたらがやったのか、これ」
疑わしそうに確認してくるのは見覚えのある人物だった。確かギルドで依頼板の前に頭を押さえて立っていた男だ。
薄紅色の髪を揺らしながら、あの時と全く同じ格好で男は辺りを見回している。
「あなたはどちら様で?」
俺の隣で竪琴をしまっていたハーモニーが口を開いた。
「ちなみに私はハーモニー、吟遊詩人です。冒険者も少々」
「それはもう決まり文句なんですね。俺はジン、冒険者です」
「いや、名前を聞いたわけじゃ」
「あなたはどちら様で? 私たちは名乗りましたよ」
ハーモニーは無表情でそう問いかける。まあ、正しい判断だろう。すぐに襲い掛かってくる気はないようだが、それでも『歓楽街』にいる時点で怪しいとしか思えない。会話の主導権を取られてはいけない。
「……俺はシグルド。同じく冒険者だ。それで、あんたらがこれをやったのか」
男――シグルドは一瞬眉をひそめるが、すぐにそう答えてそして問いかけてくる。
「ええ、そんなところです。場所が『歓楽街』で私たちは女子供。わかるでしょう?」
「ああ、なるほどな」
それで理解できたらしい。頷きながらチンピラたちから少しだけ距離を取るシグルド。……あ、もしかして俺たちを警戒してたのか? 用心深いな。
「そもそもハーモニーさん一人でやったんですがね。俺は被害者です」
「あなたもここにいたんだから当事者です。言い逃れはできませんよ」
「言い逃れも何も、あんたが一人で暴れてただけでしょうが。そのせいでリンたちはまだ苦しんでるんですよ」
少なくとも俺は逃げようとしたし、それを止めたのはハーモニーだ。そこだけは絶対に変わらない事実だぞ。
「それはともかく、あなたはどういう御用で私たちに声をかけたので? 場合によってはそこの悪漢たちと同じ運命をたどることになりますが」
俺の講義をさらりと無視してハーモニーはシグルドを脅しにかかる。後で絶対に追求するからなこの野郎。
一度だけハーモニーの横顔を睨み付け、シグルドの方に目を向ける。
「一応言っとくが、俺はあんたらに危害を加えるつもりはない。『歓楽街』にいるのも散歩してたら迷い込んだだけだしな。……ただ、一つ聞きたいことがある」
「何でしょう」
「そこの魔物たちは、一体なんだ?」
シグルドは鋭い目つきで倒れているリンたちを睨んだ。
ああ、こういう反応する人もいるんだなこの街。ルイディアさんの言葉に反して誰も驚かないから、実は大して珍しくないんじゃないかと思ってたところだ。
「あれは俺の仲間です。っていうか、ギルドにいたときに見てなかったんですか?」
「……ギルド? いつ来たんだ?」
「ああ、そういえばなんか悩んでましたね」
「悩むとは」
あの時のことを知らないハーモニーが首を傾げて聞いてきた。
「こう、頭を押さえていかにも悩んでますってポーズして壁にもたれかかってました」
「人の目が集まるギルドでそんなことを? どれだけ構ってほしいんですか」
ポーズを再現してみれば、ハーモニーは目を丸くして口を手で覆うというオーバーリアクションをする。
「いや別にそういうわけじゃないんだが」
「まあ、あなたの悩みはどうでもいいです。それよりも危害を加える気がないなら、あの狼を運ぶのを手伝ってくれませんか?」
「…………」
ああ、わかるよシグルドさん。こいつむかつくよな。人の話を一切聞いてくれない上に、神経逆なでするのが異様に上手いから。
こめかみを引きつらせているシグルドさんに憐みを抱きつつ、二人の会話に口を挟む。
「すいません。横のが非常に、その、アレだというのはわかります。でも、困ってるのも本当なのでできれば手を貸していただけませんか?」
「……まあ、別にいいさ。特に用があるわけでもないからな」
丁寧に頭を下げて頼めばシグルドさんは渋々とだが頷いてくれた。
「用もないのに『歓楽街』を歩いていたんですか。まるで浮浪者ですね」
「帰っていいか」
「あのすいません本気で黙っててくださいハーモニー。この惨状の責任から何から全部押し付けますよ?」
ハーモニーの余計な一言にシグルドさんが踵を返そうとしたという本っ当に余計な一幕がありつつ、俺たちは『歓楽街』を脱出した。
……まだアンティールに来て一日も経ってないのか。
登場時点で分かる苦労人臭




