あなたはどちら様で?
ユニークが1000行きました! ありがとうございます!
ようやくかって? だって半年空いてるもの。
スリの金で多少懐が温かくなったところで、そろそろ気になっていることを聞くとしよう。
「すみません、あなたはどちら様で?」
「…………私ですか?」
右に移動し、左に移動し、それでも俺の視線が外れず、最後に後ろに誰もいないことを確認してから、美女は首を傾げてそういった。
そうだよ、あんたのことだよ。逆に俺が何を見て言ったと思ったんだ? なあ。
「そうです。金髪にこげ茶のローブをまとっているあなたです」
口元が引きつるのを何とか抑えて情報を追加する。これで疑う余地はないよな?
しかし、美女は困ったような顔でまた首を傾げる。
「人に名前を尋ねるときは、まず自分からですよ」
「…………ジン、といいます。職業は冒険者。そちらは」
「私はハーモニー。吟遊詩人をやっています。冒険者も少々」
今すぐ殴り付けたくなる衝動を全力で体の内に留めた。真剣に女を殴り倒したいと思った人は姉以外にいただろうか。いや、いなかった。
ってか、詩人で冒険者? そんなことをやってる人もいるのか。とても両立できるようには思えないんだが。
「意外と強いんですか?」
「? 何がですか?」
「いや、あなたですけど。冒険者なんでしょう?」
「私は全く戦えません。ええ、本気で武器を振り回しても、子供を殺すことができるぐらいでしょうね」
腰に差している短剣を見せてそういった。いや怖いよ、例えが怖い。しかもなんで強いわけでもないのに冒険者やってるんだ。
「あ、仲間を音楽の力で強化してるとか?」
「そんなことができる人もいるらしいですね。私は違いますが。どちらかというと、壊す側です」
「……でも、強くないんでしょう?」
「はい、私は、全く力を持っていません。詩を歌い、楽器を鳴らす、それぐらいしかできません。ある意味それが力でしょうか。お聞かせしましょうか?」
ハーモニーは微笑んで、背負っている袋から竪琴のような形の楽器を見せる。その声は先ほどまでの抑揚のないものとは違い、わずかに楽しげに聞こえた。
そんなに詩を歌うのが好きなのだろうか。ハーモニーはまた見惚れそうになるほど綺麗な笑みを浮かべている。
「ハーモニーさんがいいなら聞いてみたいですね」
「では、あまり人のいないところへ」
「別にここでもいいのでは? 稼ぎやすいでしょう」
「駄目です」
理由は語らずにハーモニーが歩きだす。
「そうですか」『リン、ノーディ、気を付けといてくれ』
『オッケー』
『……わかった』
その背を見ながら二人に警戒を促しておく。何も言わないということは悪意はないんだろうが、人のいないところというのは台詞として怪しすぎる。
「ちなみに題材は何がいいでしょう。おとぎ話などにしますか?」
なるべく広いところへ移動していると、ハーモニーがそう聞いてくる。言われても何がメジャーなのかは全くわからないので、なんでも適当にと答えておいた。
「そうですね。……では、『魔王との大戦』を」
少し間をおいて、頷きながらハーモニーが言った。
「へえ、いい話なんですか」
「――どうでしょう。私は好きですが、貴方が気に入るかはわかりません。まずは聞いてみてください」
「本当に、歌うのが好きなんですね」
「ええ」
歌の話になると突然流暢に話し始めたハーモニーに皮肉っぽく言ってみるが、彼女は気にせずに肯定してきた。楽しそうな雰囲気が語らずとも伝わってくる。
歌馬鹿というべきか。ますます冒険者を兼業している意味が分からない。
「ふむ、この辺りでいいでしょうか。邪魔にはなりませんね」
会話すればするほど謎が深まっていく隣の美女に首を傾げていると、当の本人はあたりを見回して竪琴を準備し始めた。
確かに、周りには人が全くと言っていいほど通っていない。居並んでいた屋台や露店もなく、代わりに怪しげな看板があり、鼻につく香りがあたりに漂っている。そして、昼間から煽情的な格好をしている女や、先ほどのスリのようなガラの悪い男がたまに見え……まてまてまて。
「ここ『歓楽街』じゃねえか!?」
「それが何か?」
「いやいや、何でこんな危ないところ来てるんですか! 馬鹿ですか!?」
「人が少ないところのほうがいいので」
あ、うん。そっか、話ができるようになったからって話が通じるわけじゃなかったんだね! 一つ賢くなったよははっ!
『お前らも教えてくれよ!』
『教えたけどジンが聞いてなかったんだよ』
『……ずっと考えてたな』
俺のせいじゃねえか!? いや、ほとんどハーモニーのせいだけど、警戒促しておいて話を聞いてないってバカ以外の何物でもないぞ!
また悲鳴が出そうになって、寸前で踏みとどまる。ガラの悪い男たちがこちらに注目してきていた。さっき俺が声を上げたせいだろう。男たちの目は俺と美女の間を行き来したのち、下卑た光を帯びる。
まずいな、ターゲットにされた。さっきのスリは不意打ちだったうえに一人だったからどうにかなったが、数人に囲まれたらノーディたちを含めても不利になる。各個撃破しようにもこの辺の道は知らないし。
とりあえず逃げよう。『商業街』で人込みに紛れれば、多少は追うのも難しくなるはずだ。
「ハーモニーさん、一旦ここから逃げ――」
――♪
身を翻そうとしたところに、穏やかな音楽が聞こえてきた。
場所が『歓楽街』ということもあり、場違いでは済まないほど似合わない音。それこそ苦笑や呆れを向けられそうなほど合っていない。
だというのに、優しく奏でられるそれを聞いた瞬間に誰もが誰もが動きを止めていた。チンピラ風の男たちも、怪しい目をした娼婦も、ノーディやリンも、もちろん俺も。
全員が、音楽に聞き入っていた。
――神が世界に訪れた 遥か天からこの大陸へ
至上の音楽に、さらに美声による歌が追加された。
もう、周りの雑多な音を聞こうとは誰も思わないだろう。とにかくこの歌だけを聞きたいと、それだけを考えているはずだ。
――数は十 誰もが誰も 奇跡の如きその風体
――人に亜人に地水火風 竜に生死に魔物たち
――それら全てを大地に産んで 天から見下ろし司る
――我らは祈りに感謝をささげ やすく貴く生を結ぶ
そこまで歌ったところで、曲調が変化した。安心をもたらす穏やかな音から、不穏さを漂わせる怪しくゆっくりとした音へと。
――神の一つは羨んだ 輝きゆらるその者たちを
――産み出ししは魔 澱みを集め、悪しきを詰め込む鬱袋
――やがて生された者らは四つ、死の形をした四の絶望
――全てを壊し、全てを喰らい、全てを倒して全てを支配す……
「……?」
唐突に音が止まった。
完全に話に引き込まれ、これからどうなるのかと続きを期待しているのに一向に音は戻らない。話を盛り上げる間かと思ったが、それにしては長すぎる気がする。
この場にいる全員の懐疑の視線を受け止めている歌い手は、楽器に目をやって首を傾げていた。
そして、さらに数秒後、再びハーモニーが口を開く。
「これはいけません。今日は中止ですね」
「……は?」
誰が漏らした言葉だったのか。呆然とした響きを持って、無音の街路に声が染みわたる。
1、2と心の中で数えてから、俺はゆっくりとハーモニーに歩み寄った。決して急がず、だが不審に見えないように。そして彼女の腕をつかみ――走った。
「おや、どうしました?」
「どうしましたじゃねぇーよ!」
惚けたように聞いてくるハーモニーに全力で怒鳴り返す。ついでに後ろを少しだけ振り返ると、我に返ったチンピラたちが「ふざけやがって!」と、俺と同じように怒鳴りながら追いかけてきていた。
チンピラに共感する日が来るとは思わなかった。
本当にふざけんな、だ。あれだけの曲を聞かせておいて途中で止めるのそうだが、それを一目でアウトローだとわかる奴らの目の前でやるか普通! その見た目で楽器もうまい、歌もうまいときたら奴隷として売り飛ばされることすら考えられるぞ!
てゆーかね、逆に何で考えないのって話だよ!?
『…………』
ほら、ノーディも物凄い目で見てるよ! 不審とかそんなんじゃない……こう、なんか凄い目で見てるよ! リン? 『うっひょー』って言いながらノーディの背に乗ってます。
「あいつらが、これから俺たちに何するかわかりますか!」
「身ぐるみを剥いで慰み者にするか、奴隷にするかでしょうか」
わかってんのかい!
「だから逃げてんですよ!」
「何故ですか? せっかく人目のない、静かなところに来たというのに」
「はあ!?」
いや、むしろその状況が逃げる原因なんですが。
思わず振り返ると、ハーモニーはまっすぐに俺を見てきていた。質問をしてきたのにその眼に疑問の色はない。何の表情も浮かべずに今まで通りだ。
表情に疑問を覚え、そのせいで走っている足が遅くなってしまう。ちらりと見えたチンピラたちはもうかなり近くまで来ていた。もともとそれほど速くなかったのと、この減速のせいですぐに追いつかれてしまうだろう。
「まあまあ、まずは手を離しましょう。話はそれからです。……洒落みたいになってしまいました。どうしましょう」
「どうでもいいわ! って、ちょ」
顔と同じく惚けた発言に突っ込むのと同時に、ハーモニーの腕が俺の手からするりと抜けた。足を止めて抱えていた竪琴を構える。
追いかけていたチンピラたちも同じく足を止めた。
「とうとう観念しやがったか」
「なんだ、これから続きでも聞かせてくれるのか? なんならベッドの上で鳴いてくれよ」
追いついたと思ったらにやにやと下卑た笑みを向けてくるチンピラたち。小物という単語が恐ろしく当てはまるが、俺はそれよりもさらに弱く、ハーモニーも子供を倒せる程度。ここは逃げるが勝ちのはず、だったのだが。
件のハーモニーはチンピラの雑言に一瞬肩を震わせた後、無言で腰につけているホルダーからナイフを取り出し……それを、持っている竪琴の糸にあてた。
小さなナイフを鼻で笑っていたチンピラたちが疑問を表情に浮かべた。何をするつもりなのかと。
『……ジン! 逃げろ!』
『なんかヤバい!』
ハーモニーの行動に疑問を憶えていると、後ろの二体がいきなり叫んだ。従属パスから焦りが伝わってくる。
リンが俺の服を掴み、乱暴にノーディの背に投げ捨てるように引っ張った。わけもわからず緑色の毛を掴むと、ノーディは俺が体に乗ったことを確認して走り出す。
その直後。
「下ネタはいけません。――そう思うでしょう、≪ノイズマン≫」
――がぎゃぎゃぎゃぎゃ!
そんな、少し険を含んだ声と共に、怪音がかき鳴らされた。




