超、エキサイティン!
――ぇ……も、け……、だから
――だから、君は
「……」
何だ、今の夢……。
すっごいぼんやりしてたけど、なんか……。
『……おい、おい』
『ん、ああ、おはようノーディ』
『……誰か来たぞ』
『誰か?』
ルイディアさん達じゃないのか――って、ああ、そうか。
日が入ってきてようやく、自分がどこにいるのかを思い出した。
昨日、馬小屋に泊まったんだったな。かなりふかふかだったから一瞬わからなかった。
あ、もちろんふかふかだったのはノーディです。昨日は多少硬いのなんのと言ったけど、お腹の毛はね、もうふっかふかだった。白いしふっかふかのもふもふ。
「あ、もう起きてる。早いですね?」
「うん? あ、おはよう」
「おはようございます」
声をかけて来たフィオが、笑顔で挨拶を返してくれた。その手には掃除用具をもっている。どうやら、これから小屋の掃除らしい。
「何か知らないけど目が覚めたんだよ。いつもはこんなに早くないぞ」
少なくとも、地球にいるときは徹夜でもしていない限りはこんな時間に起きていなかった。時差ぼけみたいなものだろう。
一つあくびをして、ノーディに預けていた体を起こす。軽く動いて筋肉をほぐしながら、俺はフィオに話しかける。
「ん~。なあ、朝ご飯ってもう食べれるのか?」
「もうちょっとです。先にギルドのほうに行かれてきては? 朝の方が良い依頼も多いらしいですし」
「ありがとう、でも、冒険者が大挙してるところに入ったらろくなことになる気がしないからな、やめとく」
「……ジンさんも冒険者でしょ」
「それはそれ。これはこれ」
そういうと、フィオは変なの、と言って笑っていた。まあ、冒険者が冒険者を避けるのも変といえば変か。しかし、敬語が取れるほど変わったことを言ったつもりはないんだが。
「まあ、適当にぶらついてくるか。市場とかは面白そうだったなあ」
「じゃあ、先に朝ご飯食べていきます? 一人ぐらいだったらお父さんたちも何とかしてくれると思います」
「そうだな。ちょっと頼んでくる。二人は、ついてくるか?」
『……ああ』
『ぐー』
おい、何でスライムがまだ寝てるんだ。睡眠必要ないだろ。
振動でも加われば目を覚ますかと、ノーディに麻袋を引きずらせても全く起きる気配がない。本当にこいつスライムか。実はスライムに擬態した別の魔物だとか言わないよな。
もう引きずったまま行くかと一瞬思い、袋が破れた時の面倒を考えて却下した。ため息をつきつつ、ノーディの背に麻袋をのせて紐で固定する。よし、準備完了だ。
最後にフィオに軽く手を振って、俺はグリッサさんに挨拶をしにいく。
「おはようございまーす」
「うん? ああ、おはよう。割と早いじゃないか」
玄関でグリッサさんと鉢合わせた。ちょうど看板を出しに行くところだったらしい。これほど早い時間帯だというのに、フィオともども表情に眠気が全く感じられないのが凄い。
「それで、何かようかい?」
「ああ、朝ご飯ってもう出来てます?」
「出来てるといえば出来てるね。なんだい、そんなにお腹がすいてんのかい」
「昨日は結局何も食べずに寝てしまったもんで、少し。だからどれだけ美味しいのかも気になるんですよね」
「うちの旦那が作ってるんだ。うまいに決まってるよ」
「やだ~ラブラブじゃないですかぁ~」
「変な声出すんじゃないよ……気持ち悪いね」
グリッサさんは気味悪そうに腕をさすっている。え、そんなに? 鳥肌立つほど気持ち悪かった今の声? いや、俺も最初に聞いた時は自分でも爆笑したけどさ。気持ち悪いの?
『気持ち悪いね』
そして何でこういう時にだけ起きてるのお前? さっきまで寝てたのは演技かこの野郎。
『いや、今起きないといけないってスライムの勘がささやいてた』
「万能だな、スライムの勘!」
危機察知だけじゃないのかよ! もうスキルで【スライムの勘】が現れても驚かねーぞ!?
「びっくりするね! いきなり叫んでどうしたんだい」
「あ、すいません」
くそ、従属パスでしゃべるのにはまだ慣れないな。普段はともかく、焦ったり興奮してると口に出る。……おい、にやにやしてるんじゃないよ。そこのお前だよスライム。脳内に顔文字送ってくんな。
『┐(´∀`)┌』
後でぶっ飛ばす。そう心に決めて、いったん怒りを腹の底に沈めておく。騎士団と過ごした数日は俺の煽り耐性を上げてはくれなかったらしい。上がりそうなもんなのに。
「えっと、今から朝ご飯て食べられますかね?」
「まあ、一人ぐらいなら問題ないさ。どっちにしろ、もう開店だしね。好きなもの注文できないのは勘弁しとくれよ」
「食べさせてもらえるだけでも御の字ですよ。それに」
カウンターに戻るグリッサさんに、少しだけ笑って言う。
「美味しいんでしょ? 文句なんてありません」
「……あっはっは! そりゃそうだ! うちの旦那の飯に文句なんてつけられないさね! なんせ美味いんだから!」
グリッサさんは俺の言葉に豪快に笑う。その顔は本当に楽しそうで、誇らしそうだった。
言葉通り、ご飯は本当においしかった。日本育ちの俺からしても、うまい以外の言葉が出ないほどには。
■ ■ ■
至福の朝食を終えて歩くことしばし、俺は昨日、遠めに見た市場を訪れていた。
別に買いたいものがあるわけでもない。いや、あるにはあるけど買えない。単に暇をつぶすならこの場所がいいと思っただけだ。実際、興味をひくものがいくつもあった。
道中ルイディアさんに教えられた薬草、毒草、変にいびつな形の短剣、明らかに呪いが掛かっていそうな禍々しい見た目の耳飾り、何に使うのか微塵も想像がつかないどす黒い液体、白昼堂々と売っていて問題ないのか全く疑問な大人のおもちゃっぽいもの。
いや、ヤバそうなもの多すぎだろ。本当にそれらは売ることを許可されてるのか? でも、まさかそんな違法行為を開けっぴろげに行ってるわけが……あ、なんか衛兵っぽい人たちが近づいてきてる。あ。大人のおもちゃっぽいものを売ってる奴が逃げ出した。それに鎧を着た男が通りすがりに一発、お腹にシュゥゥト! 超、エキサイティン!
『賑やかだね』
『そうだな』
呟きながら野次馬に混ざって男性に拍手を送る。動揺している人がほとんどいない辺り、こんなことが日常茶飯事なんだろう。そりゃ、魔物がいるぐらいでいちいち驚いてられんわ。
『……理屈、おかしくないか?』
『まあ、いいんじゃない? 問題があるわけじゃなし』
二体の会話を聞きつつ、気を取り直して辺りの景色を楽しむ。
先ほどのような突出した変わった品はそれほどないが、日本では見たことのない物ばかりなのは間違いない。
都会に出て来た田舎者のようにきょろきょろと商品を見回していると、突然曲がり角から男が飛び出してきた。早朝故かさほど人の多くない道で、かなりの速さで足を動かしている。
よほど焦っているのか、それともさっき捕まった奴と似たような理由か。男は俺のことなど見えていないかのように猛進してきている。
『ノーディ、リン』
『オッケー』
避けきれない。ぶつかる前に確信した俺は、二人に従属パス越しに声をかけておいた。
そして一瞬後。
「うおっと」
俺の肩に男が衝突してきた。思わずよろけて尻餅をつきそうになるが、ノーディが支えてくれた。それでも痛みはある。人よりも脆い俺の体は、多少の衝突でもなかなかの痛みを訴えていた。
「気をつけろ、馬鹿が!」
ぶつかってきた男は謝りもしない。それどころか不快そうに叫んでそのまま去ろうとして――ずっこけた。
「がばっ!?」
いや、ずっこけたというと表現が軽いな。石造りの道に顔から突っ込んだと言おうか。ついでにボキッて音がしたから鼻か歯が折れたかもしれない。痛そう。
まあ、俺のせいなんですけどね?
男が転んだ原因は、その足についている粘液状の何か、端的に言うとリンのせいだ。ぶつかる寸前に麻袋から地面に降りていたリンが、文字通り体を張って男の足を引っかけていた。
俺はうつ伏せでうめいている男に近寄り、その手に握られている袋を取り上げる。中身がジャラジャラと音を立てた。
「盗みは犯罪ですよ?」
周りに見せつけるように、喧伝するように俺の財布を宙につるす。要するに、俺はスリにあったわけだ。
確かに、さっきまでの俺は自分でも思った通りに田舎者のように見えただろう。別に日本でも都会人だったわけじゃない。その予想は大当たりだ。
だがしかし! 俺の隣にいるのは敵の巣に入った狼であり、よくわからないが万能なスライムの勘を持ったスライムなのだよ! 貴様の悪意は見え見えだったぞ!
ってか、そもそも向こうでも騙し討ちとか日常茶飯事だったしね。いまさらこの程度じゃ驚かんよ。
『危ないよー』
『うん?』
懐かしさを憶えながらスリを見下ろしていると、リンが声をかけて来た。ノーディも俺とスリの間に割って入ってくる。
「おあっ!」
それと同時に、スリは顔を押さえていた手を離してナイフを振りかぶってきた。どっから取り出したんだろう。口の中?
――まあ、予想はできてたわけですが。
『……ふん』
ノーディの足を狙ったナイフは、刃先をくわえられてあっさりと止められた。それはもう、おもちゃを振り回している子供を止めるぐらいにあっさりと。
そりゃそうだ。ノーディの筋力とか敏捷って成人男性はるかに超えてるしな。
俺は当然の結果に頷きつつ、マヌケ面をさらしているスリの手を踏みつぶす。呆然としていたからか、あっさりと手からナイフが離れた。
それを確認して、逆の足でスリの肘あたりを曲がらない方から全力で蹴り飛ばした。
「ぎゃあああああ!?」
「人に向けて刃物を振るうのも犯罪ですよ。いや、こっちではそうでもないのか?」
あらぬ方向に曲がってしまった腕を見て、そう呟く。そうすると正当防衛が成り立たなくなるんだが。さすがに法律までは聞いてなかったからなあ。
「いえ、いいえ。こちらでも同じです。ええ、同じですね。――同じでしたか?」
内心で焦っていると、後ろから声がした。なんとも耳にいい声で、だが紡がれる言葉がよくわからない。同じでしたかってなんだよ。質問を質問で返すなよ。
声に出さずに突っ込みつつ振り返る。
そこにいたのは、美女だった。
あまりにも端的すぎるが、そうとしか表現できなかった。いや、他に言葉を尽くそうと思えば確かに出てきはする。
例えば、太陽の如く周囲にその美しさを見せつけて輝く黄金の髪。
例えば、毛髪と同じ色であるにもかかわらず、月の如く穏やかさを象徴する柔らかい光を湛えた眼。
例えば、神すら敗北を認めるだろう白くもなまめかしい柔肌。
だが、これらを口にすることに、思い浮かべることに何ら意味はないだろう。彼女の美しさを表現するのに、言葉を尽くす意味などどこにあるのか。ただその威容を認め、拝すればそれでいいのではないのか――
「とりあえず同じでいいと思います。ええ、傷つけようとすれば、それに伴う罰が与えられるのは当然でしょうし」
「思いますって言われましても……」
一応突っ込むが、言葉に勢いが乗らない。
どうせ心の中だからと大分ふざけて表現してみたのに、それが全部当てはまるとかどんな生き物だ。あれか。マジで女神か? 辺境都市に女神降臨って御触書が出るのか? 皆、スタミナは満タンか!
『……そろそろ戻ってこい』
『おう!』
ノーディに手を甘噛み……甘噛み? された。だいぶ痛かった気がするけど甘噛みだろう。おかげで正気に戻れた。
それにしてもこんな美女がいるとはなあ。世界が違うとはいえ、あり得ていいのかと真剣に突っ込みたくなる。うちの姉でも及ばないぞ。
「ところで、いいんですか?」
「はい?」
凝視していた俺を気に留める様子もなく、美女は視線を下げて言う。
「盗人の方が逃げていますけど」
「ああ。大丈夫ですよ。手は打ってあるんで」
俺が美女に見とれている間にスリは折れた腕を抱えて逃げていたらしい。姿がどこにも見えなくなっている。美女に見とれなかったことも含めて、その精神力には敬意を表そう。
だが逃がさん。
忘れたのか、スリよ。お前の足には魔物がくっついているんだぞ。そして、こちらには匂いで獲物を追いかける狩人がいる。どこに逃げても追いかけれるし、そもそも逃げられない。
――〈うわああああ!〉
遠くで悲鳴が聞こえた。紛れもなくあのスリだ。
『ノーディ』
『……ああ。血がにおう』
先導するノーディの鼻がひくひくと動いている。たぶん、リンが服ごと足を溶かしたんだろう。
……よく考えると、スリも不幸だな。田舎者から財布を盗むだけの簡単なお仕事のはずが、いつの間にか歯を折られて鼻を折られて腕を折られて足を溶かされて。
あれ? 言葉にすると俺が外道みたいに聞こえる。不思議。
ノーディについて行く俺と美女は互いに首を傾げて――待って?
「なんでついてきてるんですか」
「これは通じるところがありますね」
「あれ、話聞いてます? 聞こえてます? それとも別世界の言語? あなたは異世界人?」
「溶かす音はまだ聞いたことがありませんし……ふむ」
美女は首を傾げたまま、悲鳴が上がるたびに何かをぶつぶつと呟いている。本当になんなんだこの人。
謎な美女の行動を観察しているうちに、スリの悲鳴がすぐそこまで聞こえてくるようになった。どうやらもう追いついたようだ。てか、割と遠いとこまで逃げてたんだな。
「あがっ、うがあああ!? 何なんだよこいつ!」
「私共のスライムですが何か?」
必死になってリンを引きはがそうとしているスリに、丁寧に答えてやる。口角を上げて、しかし嫌味になることが無いように悪感情は込めないで。
見よ盗人、これが笑顔だ。なんつって。
「ひっ」
スリは俺の顔を見ると何故か引きつった声を上げ、ずるずると後ろに下がった。最高の笑顔を見せてやったというのに、なんだその態度は。そこは安堵して静かになるところだろ。
『笑顔で静かになる奴はスリとかやってないと思う』
『なるほど確かに。あ、リン、もう離れていいぞ』
『ほいほい』
スリの肉をゆっくりと溶かして【吸収】していたリンが、のたくさとこちらに這いずってくる。視覚的になかなかのホラーだな。
『失礼な! キュートなスライムがあなたのもとに少しずーつ近づいてきているというのに!』
『人の肉を溶かしていた粘液がずるずると這い寄ってくる、だからな?』
現実を見ろ現実を。少なくとも今のお前を見てキュートさは微塵も感じられねえよ。そんな奴がいたら頭おかしいだろ。
「おや、可愛い粘液ですね。あなたのペットで?」
あ、いたわ頭おかしい奴。俺の隣にいたわ。しかもスライムじゃなくて粘液って言ってるのにその感想かよ。
『……おい、あいつ、いいのか』
『おお、忘れてた』
ノーディに言われてようやくスリのことを思い出した。また逃げられていたら面倒だったが、どうやらさすがに諦めたらしい。わずかに体を震わせてへたり込んでいる。
さて、捕まえたはいいが、どうしようか。叩き潰す以外は特に考えてなかったな。
『……食うか?』
「たかが盗みだからなあ。さすがに殺すのはなあ」
『じゃ、身ぐるみ剥いで放り出す?』
「放り出しても迷惑だろうし」
「では、有り金と持ち物をもらってから衛兵に突き出すというのは?」
「ああ、それいいな」
誰も損をせず、かつ俺が得をする。最高のアイデアだ。美女が口を出すのはもう気にしない。だって、言っても気にしてくれなさそうだもの。
決定したら即行動。スリの金の半分と、ついでにナイフやその他の役立ちそうなものをもらう。なんで半分か? だって、俺たちが金を取ったとわかったら印象悪くなるかもしれないし。
そんな打算を交えつつ、野次馬のうちの一人が連れてきてくれた衛兵さんに事情を説明した。スリから物を取ったこと以外、すべて。
衛兵さんはスリの惨状に少し眉をひそめたものの、結局盗みを働いた方が悪いと判断したのかスリの手を縄で縛って連れて行った。決して美女に見とれたわけではないだろう。ぼそっと「綺麗だ……」って呟いてたのはただの感想のはずだ。公私混同なんてしないよね?
ちなみに、衛兵さんに連れていかれるスリが安堵していたのが印象的でした。




