11-1 強襲者
くあ、と堪え切れなかった欠伸が漏れる。
四時間目終了。待ちに待った昼休み、飯の時間だ。
いつもなら俺もいそいそと食事の準備をするところだが、今日はそんな気分にはなれなかった。ただ単純に食欲がない。
弁当は持ってきているがこの季節ならそう簡単に傷みはしないだろう。後で夕飯代わりに食べるかな。夕飯までに食欲が戻っていればの話だが。
教科書を机にしまっていると目の前に影が落ちる。多分シオンだ。俺は上を向くことができずに引き続き後片付けを進めた。
「おまえ、酷い顔してるぞ」
「ほっとけよ、顔の造作はもともとだ」
「そうではない。隈が酷いと言っているんだ」
ぐ、とあごに指をかけられ上を向かされる。
わかってる。現に目がしぱしぱと痛みまともに開けていられない。いつもベストな体調を心がけている俺だ。欠伸をかましている時点で勘のいいやつなら普段と違うことに気づくだろう。
シオンは俺の顔を見て思いっきり顔をしかめると、これ見よがしに深いため息をついた。
「あまり悩み過ぎるな。魔法は繊細なコントロールを必要とする。寝不足では精度が落ち、無駄に魔法粒子を消費するぞ」
「わーってるって」
「なにを焦っている」
相変わらず鋭ぇな。俺はシオンの手を払いながら内心舌打ちした。
「言え。おまえは変に溜め込むからな」
前のこともあってちょっとの異変も見逃す気がないらしい。ごまかし切るのも無理だろう。観念して言葉少なに告げる。
「ここじゃ詳しく話せない。でも放課後話す」
とりあえずこのまんまじゃ午後も授業にならないので、昼休みを目一杯使って休むことにする。
屋上で一眠りするつもりだとシオンに告げると、おまえのいまの顔色なら保健室でも寝させてくれるだろうとアドバイスをもらった。
そんなにヒデェのかよ俺の顔。まぁベッドで寝られるならありがたいし、頭が痛いってことにして休ませてもらうか。
校医の先生にうその症状を告げると、早速ベッドへ潜り込む。
先生は食事がまだだったらしく、誰か来たら呼びに来て、なんて到底病人に向けないようなお願いをしながら保健室を出て行った。
もしかしたらバレてるかもしれないが、それでもベッドを使わせてもらえるだけありがたい。
なんだかんだですっかり避難場所になっちまったな。冷たいシーツの感触が混乱した脳を冷やしてくれるようで心地いい。
少し重みのある掛け布団に鼻先まで埋もれる。目をつぶれば乾燥した眼球を潤すようにじんわりと熱がにじんでいった。
不確かな状況では他の大人に助けを求めることができない。相談した相手が『選別』に関わっている可能性があるのだ。どこからどこまでが信用に足る人間なのか判断することができない。
だから情報を。情報を得なければ。
ズキズキと痛む眼の痛みを和らげようと親指の関節で押しほぐす。昨日帰ってから部屋にこもり、一晩中ネットで情報収集をしていた。
おっさんや俺たち以外にこの状況に疑問を持っている者は居ないのか。さまざまなキーワードを入れしらみつぶしにサイトや掲示板などを巡った。
魔法粒子についての疑問。犯罪者などが密やかに消されている疑問。
皆思いつきで軽く言葉を発していて、信頼に足るような情報は得られなかった。
少しでも頼る相手を間違えたら致命的だ。確実に、迅速に。そうじゃないと俺らも奴らに気づかれる危険性がある。
早くしないとおっさんが危ない。おちゃらけているが、この数日間付き合っただけでいい人だというのがよく分かった。お人よしな優しい人。早乙女に対するおっさんの態度を見ていれば一目瞭然だ。
だからこそ早乙女が許せない。
自分を気にかけてくれる人を蔑ろにして。そこまでして遂行しなければいけない『選別』ってなんだ? いい人間を選び出すというのならアイツこそ消されてしかるべきじゃないか。
簡単に人を殺せるような人間がいい人なわけない。正しく選別するならそいつらも皆死ぬべきだ。
眠ろうとしていたはずなのにそんな考えが頭を巡り、脳が変に活性化していく。
ひとつの思考に集中した脳は五感の働きを鈍くしていたようで……
パチリ、と耳元で音が爆ぜる。
危険を察したときはすでに遅く、体が跳ねるような衝撃を食らっていた。
「っ!!」
ずしりと全身に重みがかかる。
気をやるほどの痛みではないとはいえ、手足が感覚をなくすほどにしびれる。地球の重力が一気に10倍になったような、そんな錯覚に襲われた。
かろうじて視界はきく。しかし頑張って見ようとしなくても、俺をこんな状態にした犯人は自分から目の前へと姿を現した。
「うちね、戦前から代々続く剥製屋なの。剥製って奥が深くてね。きれいな形を作るために筋肉の構造から骨格まですべて勉強するのよ」
彼女が、何で……?!
予想もしなかった相手に自分の目を疑う。
「うちの親は医療にも手を出しててね。その縁で動物病院のお手伝いをしているのだけど、こういう相手の動きを止める魔法は使い勝手が良くて。使い慣れてるの。抵抗しても無駄よ」
キシリと。天井の光を遮って律花が俺の顔をのぞき込む。上から覆いかぶさるような形で、動けない俺の動きをさらに封じるかのように。
「体を動かす筋肉って微細な電気信号で動いているの。そこに過剰な電撃を加えると筋組織が麻痺して動けなくなるのよ」
混乱する俺をよそに律花は食らわせた魔法の詳細を語る。ゆっくりと丁寧に説明するその口調はまるで幼い子に昔話を聞かせているかのようで。
電撃の被害を逃れた心臓が緊張で鼓動を増していく。
「単に感電させればいいってものじゃないから難しいの。心臓などの不随意筋は止めちゃいけないし……できるだけ、痛い思いはさせたくないじゃない?」
クスクスと笑いながら被っていた布団を剥ぐ。首筋をなぞられているようだがその感覚すら鈍くてわかりにくかった。
半分まで布団をめくると適当に折り返して。あらわになった俺の腹を跨ぎ、腰をかける。
「最近様子がおかしいけれど、なにをしているの?」
問いかけるが俺に答えることはできない。顔の筋肉までもがしびれていて、呼吸はできるが唇を歪めることさえできなかった。
「制御のできない魔法ばかり練習して。……ううん、制御しようとさえしていなかった。あんなの相手にぶつかったら死ぬわ」
やっぱりあのときの人影は律花だったのか。
得心する俺をよそに彼女は俺の胸元のボタンを外しにかかる。
やめさせようとするがしびれの残った体は指先を痙攣させるのが精一杯で。一つ一つ、ボタンが対の穴から離れていく。
「それとも……誰かを殺したいの?」