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21 クレープの見る夢 1

行方不明の仲間が見ている夢の話です。

少し続きます。

 おもむろに目を醒ました。

 

 爽やかな風が、窓から吹き込んでくる。白いレースを揺らして、ボクを眠りの世界から呼び戻した。

 

 茹だる暑さの8月は炭酸ジュースが恋しくなって――、ちょっと涼しい9月の夕暮れにはレモン香のハーブティーで――、ひっそり読書の10月の夜にはこっそり窓を開けて、野焼きの残り香を部屋に誘い込んで――、あっという間にボクの好きな季節は通り過ぎようとしていたのだから――何だか切なかった。

 ボクがここに来るよう説得された時は「冗談じゃない!!」と思ったけれど、ボクは自分でも驚くほどに馴染んでいた。空気が澄んでいるせいかもしれない。もともと喘息持ちだったボクには、自動車の排気ガスだとか大人たちのタバコの匂いだとか、合っていなかったのだと思う。自然豊かなこの土地には独特の香りがある……。

 

 ――初めてここに来た時、ボクは叔母の車に揺られて2時間ほど、キュウクツな思いをしていた。

 

 見覚えのあるスポーツカーが家の前に停まったのを見たボクは、「もう逃げられない」と腹を決めたのだけれど……。

 運転席から叔母の姿が現れるまでは、慈悲深い両親の「嫌なら転入しなくていい」という言葉を期待していた。それを引き出すため、数日前から念入りに「落ちこんでいる」アピールを演じてもいた。口数少なく、食事は控えめ、夕食後のひとときには思わせぶりの溜息などなど、両親の前でさり気なくかわいそうな息子を演出したのだが……。見透かされていたようだね。

 両親への恨み節を心のなかで呟きながら、ボクは観念して、叔母の車に乗り込んだんだ――。


 県道を抜けて、国道に合流。幹線道路を叔母のスポーツカーがグングン進むが、ボクのユーウツなココロときたら……、途中コンビニで休憩した時、トイレに立てこもってやろうかとも考えたんだけど、ますますみじめな気分になりそうだったので、考えるだけでやめた。

 オニギリと野菜ジュースの支払いをしようとすると、叔母が横からお金を出してきて、断ろうとも考えたけど、それも子供じみている気がしたので、素直に買ってもらった。

 お昼時のコンビニでは作業着を来た人がたくさんいて、店員さんもレジ打ちに余念がなかった。みんな仕事をしているんだなあと、ボクは列の中でボンヤリしていたけど――、そんな中で叔母の姿はちょっとだけ光って見えた。

 背筋を伸ばし黒のスーツを着こなして、歩く度に真っ赤なパンプスがきらめくんだ。服装がどうのとかじゃなくて本人が特別――そんな感じだった。ローヒールを固く鳴らして、黒珈琲を手に取って……大人の女って感じだ。

 真っ白なブラウスと真っ赤なルージュが、黒いスーツのアクセントで光っていたのかな。

 ちょっと休憩してから、また叔母は車を走らせた。今度はゆっくりと進む。黄色の信号も無視せず止まっていた。景色はあまり変わり映えせず、会話もしなかった。日射しが暖かくて、シートベルトに包まれるようにウツラウツラとしていて――。

 

 ―――単眼ニウス。

 

 ………居眠りから起きてみると、僕らは田舎道を走っていた。かすかに音楽が流れている。これで目を覚ましたらしい、この曲は……叔母が昔から聴いていると言ってた曲だけど、思い出せない。

 ボンヤリする頭に心地よく入ってくるメロディーは、なんて言ったっけ。たしか叔母の世代からは外れていたはずだけど、オールディーズの……教科書にも載っていたあの曲。

 ボクは頭の片隅でボンヤリしながら、車窓から見える景色に居住まいを直した。緑が多かった。すごく田舎ではなさそうだけど、だいぶ市街からは逸れて、景色が一変して見える。舗装されているけど、道路に張り出している木々の枝や、ガードレールを飛び越えて広がる一面の田んぼは、「いよいよなんだな」とボクのユーウツな気持ちを思い出させた。

 自動車が反射するギラギラした陽射しとか、ホッとするコンビニの看板もなさそうな静かな道路を、僕らは右折していく。今度は上り坂だ。

 木々の合間に丘を削った緩やかなカーブが続く。叔母のスポーツカーは実に滑らかにス~と進む。田舎のくせに道路はまだ新しいみたい。全国的に雨続きだったここのところ、気温は低めで夏物も振るわなかった。すみの路面はまだ湿っていたようだけど、車内に届く陽射しは温かく――暑いぐらいだ。

 「もう少しで着くわ。目を覚ましなさい」

 との叔母の言葉とともに車窓が下りた。半分ほど下りて外気が飛び込んでくるのが気持ち良かったけれど、外はやっぱり気温が低めだ。オールディーズと陽射しに暖められたボクのココロに叔母のセンコクが冷たく響いた……。

 太陽が色づいた葉っぱを透かしているのを、水に潜った魚の気分で見ていると、道路はほどなく昇りをやめて平らに開けた。

 灰色の広場のような駐車場。緑を押しやった場所を、叔母はシートベルトを外して徐行していく。ボクはこれが嫌いだった。駐車する時の「もう着いてしまった」感のことだ。学校へ遅刻する時に母の運転で感じた、あの嫌なユーウツな気分がしばしばよみがえってきては、「イヤだな……」と思う。買い物への運転でもそうだし、バスでも同じように感じるユーウツな感動……。行く場所ではなくて、減速と、その次に待ち受ける嫌な時間がセットになって、ココロに張り付いているみたいだ。

 誰かの言葉を借りるなら、「速度とともに落ちる感情」。駐車に挟まれたギュウギュウのスペースが嫌いで、シートに沈み込んだ。

 ところが――叔母は駐車せずにキョロキョロしている。

 「停めないの?」

 「ウン……いいわ、玄関前まで行っちゃいましょう」

 シートベルトを締め直すと、改めてハンドルを切った。奥に真っすぐ続く道がある。

 「たしか、あそこをくぐると学校の正面に行くのよ。アンタのお母さんとご挨拶で来た時には、そこに停めて歩いて行ったのだけど……。面倒でしょ?」

 駐車場を抜けると、また緑のトンネルが続いていた。道幅が広くて、ボクは窓を全開にして顔を出してみた。木々の匂いを吸い込んで先を見遣ると、ユーウツなゴール地点が近づいてくる――何だか、最後の悪あがきをしたくなったんだ。

 「ネエ! もっとスピード上げて」

 シートベルトを外して土足のまま座席に乗り、次いで窓枠からエビ反りに体を突き出した。タイヤのノイズが近い――結構コツがいる。

 「落ちるんじゃないわよ!」

 窓枠に腰掛けると、スピードがグッと増した。普通のオバさんなら「危ないわよ、落ちたらどうするの!」と叱るところだけどね――吹きつける風を受け止めて、映画のワンシーンみたいにカッコつけたかった……。屋根に頬をくっつけて、迫る新生活の入口を、トンネルの先を見ていた。対向車はない。中央を走る。車内を満たしたオールディーズも聞こえない。大胆で子供じみたパフォーマンスは自分でしたこととはいえ、気分が晴れるものではなかったけど、こんなことしかできなかった。

 きっと大人になれば、こんなことすらできない……。今の歳でこうだ、もっと年をとったら、きっと、無茶はできなくなるんだ……。

 ――先に誰かいた。誰か自転車に乗っている。叔母も気づいたみたいで、速度が緩やかに下がる。クラクションを上品にポフポフっと鳴らせて、脇を追い越すボクらに誰かが一瞬振り返る。中央寄りを走っていた自転車は左側へと避け、針路を譲ってくれる。明るいイエローのデイパックに赤ダイダイ色の上着を着ていた。

 シャシャっと軽快に漕ぐ後ろ姿は若く、同じ方向を進むことを考えれば生徒かもしれない。カッコつけた自分が急に恥ずかしくなって、何か噂をたてられたら嫌だなと思う間もなく自転車を追い越す。

 だけど、車は速度を下げ続けて、数メートルのリードを保ったまま自転車と並走する。アグレッシブな叔母のことだ……この機会に「お友達になれ」、「なかなかカッコイイシチュエーションじゃない、インパクトがあるわ!」と企んでいるに違いない。傍目はかなり危ないと思うんだけど、こんな情況で自己紹介なんて、それこそ子供みたいじゃないか。

 湿った木々の匂いと冷える体を感じながら、ボクは窓枠にしがみついて、一刻も早く叔母の気まぐれが通り過ぎるのを願った。きっと、頭を上にされたコウモリのように座りが悪く見えているはずなんだ。背を丸めて、縮こまって、相手を見る勇気もなかった。

 「なあ! おい、なあ!」

 自転車の人(男!)が、突然声を上げた。

 「アハハハ! スゴイな! アンタ、転入生か!」

 息を切りながら大声で呼びかけてくる。

 「シスター・ピュセルが言ってた奴だろ」

 確かめるまでもなく、ボクに言っているのだ。

 「なあ! 車すげえなあ。流行ってんのか」

 ボクは所在なく返事した。

 「そうです」

 「よく聞こえない! 後ろの窓開けてくれ」

 すぐに叔母が後部座席の窓を開けた。思わず見ると、彼は脚を高回転させて近づき腕を伸ばす。そして、片手で窓枠を掴んだ。自転車は即席の片手エンジンを手に入れて、まるでサイドカーだ。ボクはこういう事に頭が回らなかったけれど、叔母にはツーカーだったらしい。嫌な予感がした。彼は話す気満々なのだ。

 「ありがとな。なあ、これから挨拶に行くんだろ。転入生だろ?」

 「……そうです」

 「やっぱり! へえ~、面白そうな奴で良かった。こんな乗り方する奴、テレビ以外で見たことねえよ、ハハ!」

 「……」

 「別にいいじゃんか、ここの道広いし。滅多に車の出入りもねえんだよ。だから俺もおんなじことができる」

 無視もできないからチラチラと視線を戻せば、彼は微笑していた。ソラソラと波打つ髪は柔らかい。目を細める表情も何だか優しい。赤ダイダイ色の上着にはエンブレムが入っていたから、たぶん制服なんだ。先日渡された学校案内のパンフレット――苦々しく見たあの表紙に載っていた時計のような校章。不思議な形――、

 「着いたらさあ、俺が案内してやるよ。今日初めてだよな?」

 歯をイーッと見せて彼は笑ったんだ。

 大胆で、田舎の子供みたいな顔だったけれど……悪い奴じゃなさそうだ。

 正門がもうすぐ――。


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