7 リボンのために
「遥ちゃん。制服のリボン結んであげる」
「髪も可愛くしないとねー」
入園の日は憂鬱だ。朝からあっちこっちと私はキャキャウフフな看護師さんに振り回される。休暇をとってわざわざ私に会いに来る看護師さん、私って愛されてるな。リボンは正直どれでもいいのだが。まるで自分の娘の様に可愛がってくれるのはいいんだけどね。せめてもう少し寝させて欲しかったよ。
状況を理解するためにも、鏡を覗くと髪が凄いスピードで編みこみされていく。驚きの速さでほうっ、と感嘆の声を漏らす。端をきゅっと結んだ所で彼女は満足そうな笑みを浮かべた。とても美しい仕上がりだ。
「ありがとうございます」
「いえ、私の趣味でして。美容師もなりたかったのです。お母さんが医療関係の仕事だったので許して貰えませんでしたが」
素直にお礼を述べると、麻色の髪をおさげにした真面目そうな雰囲気の彼女はそう言った。え? 自分の髪は…
「私は人の髪をいじるのが好きでして。どうせなら、可愛い子の髪を綺麗にしたいですよね」
そう言って微笑む彼女は可愛い。いやいや、マジで。
するとその髪を見ておさげの子よりも遥かに年のいったおばさま達が
「こっちの色の方が遥ちゃんの髪に合うわよ」
「いやいや、絶対こっちだわ。制服の色も考えなきゃ」
私の髪のリボンについて言い争っている。
そんな中心にとろんといつでも寝れそうな遥がいる。いつもなら深く寝ている時間に遥ちゃん!! と布団から引き剥がされた。看護士さんは、妹ちゃんも無理矢理起こそうとしていたので慌てて止めに入った。
「どっちが良いか遥ちゃんに決めてもらいましょ」
ね?と彼女は言った。私はぼんやりと話を聞いていたが、その一言で目も開く。
「え、ちょっ…それ「いいわね! そうしましょう」
私の声は虚しく掻き消された。もう、彼女達は楽しそうにどのリボンが良いか決め始めている。あっ、ヤバい…言うタイミングを逃した。
遥は、目に見えてしゅんと肩を落とす。
看護士さん達は自分の持ってきたリボンを誇らしげに見せてくれた。
「遥ちゃんに似合うのはこのリボンだと思います」
彼女がはい、と見せてくれたのは白いレースがあしらわれた淡い薄桃色のリボンだった。かなり可愛い。前世はともかく今の私には色が白いのも幸いしてかなり似合うだろう。
うーん、と考え込んでいると口論していたもう一方の看護士さんが違うリボンを持ってくる。
「こっちの方が可愛いわよね」
彼女に渡されたのは濃い青のリボン。真珠らしきものが結び目に埋め込まれたリボンは可愛い。これも似合うだろうなと考えていると、恐れていた自体が起きた。
「遥ちゃん、もちろんこのリボンよね」
「青いリボンに決まってるわ」
まずい…非常にまずい。半ばやけくそなおばさま達がリボンを遥に押し付ける。おばさまのプライドを傷付けてはいけない。
リボンは可愛いのだがおばさまの威圧の含まれた声で私を脅しているように見える。選びにくい…。
そもそもパジャマが私服である、センスのセの字が無い私に選ばせなくてもね。
「どちらですか」
「さぁ。さぁ」
おばさま達はぐいっと遥に詰め寄る。私は後ずさりしたのだが背中が壁についてしまった。左右から攻められ本格的に逃げ場が無い。
そんな時おばさまの後ろから麻色おさげの彼女が口を開いた。
「遥さんの髪でしたらリボンは、瞳とお揃いにしてみては?」
彼女が持っていたのは翡翠色のシンプルなリボン。装飾が施されていないリボンは、可愛らしいではなくて綺麗に近い。センス皆無の私でもかなりに気に入った。
おばさま逹もぐぬ。と暗黙の了解だ。
「どうぞ」
私が手渡されたリボンを結ぶと、「とても良くお似合いです」麻色の髪を揺らして嬉しそうに笑う。眩しいくらい可愛いよ、と言ってみると恐縮です。と照れていた。
いやはや、癒しだね。
そしてばっちり髪型も綺麗なハーフアップにした私は鏡を見て誰!? と驚いた。そこには美少女が…
「もとが良いからね。黙っとけば大層可愛いだろうに」
哀れな目をしつつも、私の新鮮な反応におばさまも嬉しそうだ。
するとおばさまが口を開けて赤面し始めた。私は何気なく目線を追ってみるとブラック爽やか笑顔の宏がいた。おばさまから視線を外し、宏は私を見ると二秒程固まる。隙有り! 跳び蹴りしようとすると、首根っこを捕まれた。
「あ、アルカイックススマイル」
「髪崩れますよ?」
本当に謎だがこれが宏なのだ。そんな事を悶々と考えていると、宏は私の髪を凝視する。
彼は爽やか笑顔が崩れ、目を細めて笑った。遥は目を見開く。
私でもときめいたのだから後ろは見ずとも分かる。大惨事だろう。
彼は私の髪を少し手で遊ぶと
「生徒会の仕事がありますので、失礼します。篠崎さん、いえ遥をよろしくお願いしますね? 彼女はとても危なっかしいので」
「はっはひ! 宏道君さようなら」
申し訳なさそうなふりをして帰る事を伝える。おばさまは卒倒しそうだったが、ちゃんと言葉を返した。残りの二人はもう駄目っぽい。
帰り際に彼は私に手招きする。何か言いたそうなので耳を傾けると
「ちび、似合ってる。可愛い」
吐息がかかるくらいの距離で耳打ちされた。ただださえイケメンな宏が可愛いだと…。色っぽい声と可愛いの破壊力に私は茹でだこくらい真っ赤だと思う。
宏はニヤリと含み笑いを残して帰っていった。扉が閉まるとぺしゃりと膝から崩れ落ちた。
あぁ…色気が凄い。
耳の奥に残る声に、この赤みは当分冷めないだろうと悟った。
「遥ちゃんは宏道君とどういう関係なの?」
「お、おばさま! そ、そんな関係ではございません」
「そうなの? 絶対…気があると思うけど」
「え? 今なんと?」
「さぁ、次はかなたちゃんだね」
そんな私をよそに、おばさま逹の顔が生き生きと輝いた。
え、嘘でしょ。妹ちゃんにずっと座っておくこの地獄は無理でしょ。私は赤みのひかない顔でそう確信しておばさまを止めに入った。