第二十三話 またね、グランベル
馬車の納品を待つ間、勇者一行は順調に《西洞窟》を攻略していった。
「鉄の重さにも、だいぶ慣れてきたかも……」
洞窟からの帰り道、勇者が肩を回しながら呟く。
「それは何よりですな。
最終的には、やはり《鋼装備》にしたいですしな」
最後尾を歩くドーガが、勇者へ頷きを返した。
「重さって結構変わる?」
勇者が不安げに首を傾げる。
「安心してくだされ。
重さは、さほど変わりませぬ」
目尻に皺を寄せて微笑むドーガへ、勇者が嬉しそうに頷いた。
「それなら良かった!」
「今夜がグランベル最後だしな。
コンは《ワイルドボアの焼き串》の食べ納めだな」
ジンが告げる。
勇者は眉を下げ、助けを求めるようにラナを見た。
「ラナ、再現出来る?」
ラナが首を振り、今度はジンを見る。
「わらわに期待するでない。
……むしろ、ジンの《鑑定》で何とかならぬのか?」
「んー。使ってる香辛料は分かるけどな。
手順と量が分からねぇ」
ジンが両手を天へ向け、軽く首を振る。
「ふむ。
スパイスはあらかた買ってあるし、野営の時に手探りでやるしかないの」
「そっかぁ」
ラナが頷き、勇者も頷きを返した。
やがて街へ到着し、各自風呂を済ませて夕飯までの時間を過ごす。
「ジン、見て!
《エビ天様》、結構出来てきたよ!」
一階のソファでくつろいでいたジンへ、勇者が木彫りの《エビ天様》を掲げて見せる。
「おー。
いい彫り具合だな」
勇者から受け取り、仔細を眺めながらジンが頷く。
「本当に彫ってたんすね、コン。
……間近で見ると、割となんと言うか……」
クロウが瞬きをする。
虫っぽい。
その感想だけは胸の内へしまった。
「出来上がったら、馬車のいい感じのところに置きたいな」
勇者のふわっとした言葉へ、ジンが笑う。
「なんだよ、いい感じって」
「いい場所が見つかるといいっすね」
なんとなく御者台の後ろを想像しながら、クロウが頷いた。
やがて入れ替わりを知らせる鐘が鳴り、《夜市》になるべく屋台が一斉に動き始める。
「今夜は一杯いきてぇな」
窓の外の屋台を眺めながら、ジンが目を細める。
「お酒、好きなんすね」
酒に関してはさほどでもないクロウが首を傾げた。
「最後にみんなで乾杯したい」
《エビ天様》をしまって戻ってきた勇者が、嬉しそうに続ける。
「一杯だけな」
「一杯だけっすよ」
ジンとクロウが言葉を重ねる。
「……分かってる」
勇者が唇を尖らせた。
やがて一同が揃い、《夜市》へ向かう。
テーブル席を二つ確保して、勇者、ジン、クロウが《ワイルドボアの串焼き》の列へ並んだ。
「で?
何本買うんだ?」
ジンの問いかけに、勇者が元気よく答える。
「十五本!」
「もっと多いかと思った」
ジンの言葉へ、後ろのクロウも頷く。
「うん。本当は、保存用も欲しいかなって思ったんだけど。
でも、ここで食べ納めした方がいい気がしたから」
勇者の言葉を聞いて、クロウが頷いた。
「賢明な判断っすね。
やっぱり、現地で食べるのが一番っす」
やがて順番になり、勇者が店主へ元気よく注文する。
「おじちゃん!
《ワイルドボアの串焼き》、十五本ちょうだい!」
「へい、まいど!」
店主が応じ、ジンが後ろから口を挟む。
「ちなみに、今夜で食べ納めだ」
「……そうなのか。
寂しくなるな」
店主が瞬きしながら、焼き上がった串焼きを袋へ詰める。
「よし、なら今日は五本追加だ!
次の街で、《ワイルドボアの串焼き》が美味かったって宣伝してくれな!」
注文したものと合わせて四袋受け取り、勇者が満面の笑みを浮かべる。
「わーい!
ありがとう、おじちゃん!」
ジンとクロウへひと袋ずつ渡して、手を振って屋台を後にする。
「おかえりなさい!
ちょうどエールも届きましたよ」
今夜は、スイもエールを頼んでいた。
「よし。
じゃあ、グランベルに乾杯!」
「乾杯!」
勇者が杯を掲げ、一同もそれぞれ杯を掲げる。
「やっぱり美味いな」
「沁みますな」
ジンが美味しそうに飲み、ドーガもゆっくりと頷く。
「串焼きうまー!」
「本当に美味しいですね」
勇者が串焼きを頬張り、スイも微笑んだ。
「良い夜じゃの」
「晴れて良かったっすね」
ラナとクロウも、ゆっくりとエールを飲む。
──翌朝。
宿を引き払い、ジンの部屋から荷物を下ろして馬へ乗せる。
一行は市場を抜けて、馬車市場へ到着した。
「勇者一行様、どうぞこちらへ」
馬を預け、台で高さを保たれている馬車へ案内される。
「御者台の下と、座席の下に収納がついております」
説明を受けながら、ジンが左側から御者台へ上がり、自分の荷物を収納した。
続いて六人乗りの馬車へ後部扉から乗り込む。
勇者たちの荷物も収め、一通り見終えたところで説明を聞くため再び外へ出た。
「上の寝台ですが、こちらの梯子をご利用ください」
後部扉の手前にある段差の脇へ、梯子が取り付けられていた。
上がってみると、低めの天井と区画分けされていない寝床が広がっている。
「仮に寝るとしたら、ドーガが御者台だな」
真ん中まで進み、ジンが呟く。
前方まで這い進んで下を覗くと、御者台が見えた。
(空気の流れも良さそうだな……)
満足げに頷き、そのまま体勢を変えて御者台へ降りる。
(この高さなら梯子なしでも降りられる。
不測の事態にも対応しやすいな)
「何か気になることがありましたら、何なりとお尋ねください」
馬車市場の男が、外から声を掛けた。
「メンテナンスの目安は?」
馬車へ繋がれて違和感を示す馬を宥めながら、御者台へ座ったジンが問いかける。
「こちらが、馬車の仕様書になります。
点検の目安はありますが、二つ先の大きな街で整備なさると良いでしょう」
男が、ジンへ書類を渡す。
「分かった」
書類を受け取り、御者台の下にある収納へしまう。
後ろの窓をノックする。
「お前ら、質問は」
「馬車に彫刻を彫りたいです」
勇者が車内から挙手する。
「それはお前の寝床で練習してからな。他あるか?」
すでに馬車内でくつろいでいる一行が首を振った。
「……無いそうだ。世話になった」
「かしこまりました」
ジンの言葉へ男が頷き、台を引き抜く。
「念の為、左側から出発して、教会前を右側へ曲がって門へ向かってください。
途中で違和感があるようでしたら、門の手前で右へ曲がるとこちらへ出ますので」
「分かった」
男へ頷きを返し、ジンが手綱を取る。
短い声を発し、馬へ合図をする。
ゆっくりと馬が歩き出し、四つの車輪が回転する。
整備された石畳の上を、静かに馬車が走っていく。
「……静かですね」
「うむ、快適じゃの」
スイとラナが、向かい合って頷く。
「すごいね!
窓も大きくて見やすいし」
「そっすね、さすが貴族用っす」
スイの隣で、勇者とクロウが後ろを向いて窓から外を眺める。
「中古とは思えませんな」
ラナの隣に座っているドーガも、感慨深い眼差しで頷く。
教会前を右へ曲がる。
馬車は問題なく走行し、そのまま門へ向かった。
「……お前ら。窓開けて、外見ろ」
前方を見ていたジンが、窓をノックする。
下から窓を押し上げ、外を見る。
「わぁ……!」
定食屋の店主、武器屋、防具屋、宿屋、酒場。
そして、夜市の串焼き屋、怪しい道具屋……。そして、息を切らせた馬車市場の店員たち。
皆が、門の周りに集まっていた。
「勇者一行!
ばんざーい!」
酒場の店員たちが、酒樽の蓋をハンマーで叩く。
エールを注ぎ、門前で留まった勇者一行へ杯を渡す。
「門出の一杯を!」
素早く回った杯を、街の人々が高らかに掲げる。
「勇者一行へ!
かんぱーい!」
串焼き屋のおじさんが叫び、勇者が笑顔で杯を掲げた。
「かんぱーい!」
「その杯は、思い出にしてくださーい!」
酒場の店員が手を振る。
そのまま開門し、ジンが器用に片手で手綱を操り外へ出る。
「またね!
グランベル!」
窓から顔を出して、勇者はいつまでも手を振った。




