第32話 最悪の報告
「大杉隊長、いらしてたんですか」
「今日くらいは私も参加しなくてはな」
新宿ダンジョン。今日ここで、日本初となるダンジョン踏破が懸かった攻略が行われる。
普段は事務処理を担当している私も、今日ばかりはダンジョンへと足を運んだ。
すでに攻略部隊はダンジョンの中へ入っている。その数は今までのボス戦最高となる50名だ。
激しい戦闘では一人一人が臨機応変に動けるスペースが必要で、通常のボス部屋なら多くて20名、10層ごとのボス部屋では多くて35名が妥当な人数である。
世界会議で報告された海外の踏破されたダンジョンはいずれも全50層。おそらく新宿ダンジョンも酷似している可能性が高いと考察され、今回の運びとなった。
「あ、誰か帰還したみたいですよ!」
部下が期待の眼差しをテレポートゾーンに向ける。
しかし、出てきたのは予想外の人物だった。
「え? 総隊長……?」
帰還したのは、今回の攻略部隊の指揮官であり、ミリタリー第一部隊隊長、後藤 竜二だった。
彼は辺りを見回し、私を見つけたのかこちらへ歩いてきた。
「攻略は失敗した。予想外の事態が起きため、作戦は撤退へと切り替わった」
「予想外?」
「ボスに事前情報にはない変化が起こった」
エスケープオーブを使用した事前調査、その結果では、ボスは耐久力こそ高いが攻撃力は他のボスと比べると並以下。作戦は「一斉火力で押しきる」というものだった。
彼は手短に説明した。今回の攻略でボスに致命傷を与えるまでは成功したが、そこでボスの状態が変化し、恐ろしい回復スキルを使い始めたという。
「疲弊した隊員達では押し切れないと判断した」
「もしそのまま続けたとして、後藤君なら勝率はどうみる?」
「おそらく良くて3割。攻撃自体に変化は見られなかったが、回復速度が尋常ではなかった」
鑑定スキル持ちも作戦に参加しているので、ボスのステータスは総隊長に逐一報告される。
彼は総隊長であり、世界ランキングは6位。その彼の判断はおそらく正しいのだろう。
新しく作戦を立てなければ、被害状況も確認せねばな。そう私が考えていると……
「総隊長! 副隊長が、一人ボス部屋に!!!」
それは、想像していた中で最悪の報告だった。
♦ ♦ ♦ ♦
私はミリタリー第二部隊所属、鈴原恵。
今回のダンジョン攻略には実力が足らず参加できなかったので、装備ではなくミリタリーの制服を着用してこの場に来ている。
「おい、なんか様子がおかしくないか?」
同じく第二部隊所属の三十代くらいのベテラン隊員が、そんなことを言い出した。
「総隊長! 副隊長が、一人ボス部屋に!!!」
その報告を聞いて、一瞬唖然となる私たち。
というのも、もし今回の攻略で撤退の流れになった時、殿を務めるのはうちの副隊長……真奈ちゃんなのだ。
「なんかやばい予感がする……いくぞ、お前ら!」
先ほどのベテラン隊員がそう呼びかける。第二部隊の面々が移動しだし、私も皆に続いた。
大杉隊長がいる所に着くと、先程テレポート機能で戻った隊員が焦った表情でなんとか報告を続けていた。
「予定通り、エスケープオーブを使用して途中まで撤退は行われました……ですが、最後の最後、私たちの班が脱出する直前でボスがこちらに突進してきたのです……それで、副隊長は私たちを庇って敵のヘイトを……!」
エスケープオーブは使用すると、十秒間扉に穴が開く。その瞬間だけ中の人はボス部屋から出られるのだ。
その逆のエントリーオーブは、閉まっているボス部屋に入ることができるアイテムで、これら二つは同時使用はできず、その時間内は一方通行の出入りしかできない。
彼が言うには、そのエスケープオーブの使用時間中に、ボスが攻撃を仕掛けてきたので、真奈ちゃんがそれの防衛にあたったという。
「まさか、彼女はエスケープオーブをもっていないのか……?」
ベテラン冒険者は恐ろしい予測を言い出した。その呟きが聞こえたのか、脱出した隊員はとても申し訳ない表情をしながら口を開いた。
「その……今回の攻略でエスケープオーブの数は限られており、私たち最後の班が使用したエスケープオーブが最後の一つなのです……」
事前調査に多くのエスケープオーブが使用され、その数は一気に減少した。それならなんとなく聞いたことがある。
隊員は説明を続けた。
「本当ならば、副隊長が予備を持っていました……ですが、予想外の事態に撤退の手筈が狂い……私たちが使ったのはその副隊長の予備なのです」
私たちはようやくことの重大さに気づく。
エスケープオーブなしでボス部屋にいる。
つまり、彼女がダンジョンから出ることは――不可能なのである。