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宇宙から地球を見下ろしたとき、君はなんというだろう?  作者: トトノ
第二章 イリーナ・セルゲーヴナ
136/138

66 「だから、考えなさい」

 捜索は難航する。

 一秒ずれるだけで七・九キロの誤差。

 角度が一度ずれるごとに、高度分の誤差。加えて、外乱がどのくらい入り込むか未知数という状況は、素直に計算すると、シベリヤ平原のほぼ全域が着陸予想範囲なのだ。


 頼りになるのは、()()()()()()()()()、確率統計学。

 彼女が、連行される直前、ヴェルナーに託したノートに記していた、魔法のような方程式。

 もっとも確率の高い地点を算出し、確認に向かう。発見できなければ、その旨を反映して、再計算して、確率の高い地点を算出する。これを繰り返し、探索する範囲を極力小さく絞っていくのである。


 ――連綿なる式のように解くといいと思います。


 イリーナの声が聞こえた気がした。

 彼女はとっくに、ヴェルナーの知る世界を超えていた。

 彼女は自分で宇宙への船を組み、帰る方法までを入念に計画していたのである。


 いまや、彼女の記した方程式こそが、彼女の居場所を突き止める、唯一の道標である。

 その標を頼りに、ヴェルナーらは、ペンをひたすらに走らせる。

 計算を書きつけていくのすらもどかしい。


 いまは一刻も早く時間が欲しいというのに。


 焦る。


 焦ってもいい。


 存分に焦れ。だが、間違うな。


「解けた」


 ヴェルナーがマイクに飛びついた。座標をつげ、もっとも近い部隊が移動を開始する。発見の報告はなかった。


「もう一度、解きます」


 ひとつの可能性を潰し、別の地点に落下している確率が高まっていく。

 もどかしく感じながらも、生還に一歩近づいたのだと解釈し、必死にペンを走らせる。

 二度目もヴェルナーがとき、三度目は計算班のひとりが解を出した。


 どの地点にも、イリーナの姿はなかった。

 

 何かが、おかしかった。

 さすがに、ロケットの欠片すら発見できないのは、想定外の事態だった。

 何かが、間違っているのだ。着陸地点を予測する、式のどこかが。


 どこだ?


 スピーカーからは、砂嵐が聴こえるばかり。


 だというのに、焦りが募るばかりで、肝心の思考が働かない。

 ヴェルナーのペンが、止まった。


「ヴェルナー」


 大佐が肩を小突く。彼を現実に引き戻していく。


「すみません」


 管制室の誰もが、ヴェルナーに注目していることに、やっと彼は気づくことができた。


「ヴェルナー。皆、あなたに期待しているわ。

 イリーナちゃんを導いた、あなたの実力に。

 だから、考えなさい。

 あなたが他人より有利なことがあるとすれば、それは経験に依るところのはずよ」


 経験。

 彼が経験したことは、誰よりも先に、ひと(ヤスミンカ)を打ち上げたこと。

 だが、その時は弾道軌道だった。彼女から直接、フィードバックを受けたわけでもない。

 ヴェルナーは、叫ぶ。ほとんど泣きそうになりながら。 


「そんな無茶言わないでくださいよ。

 いまだってあの時だって、そのずっと前からだって、計算予測と着弾地点は一度も一致してはいないんですよ」


 その時だった。


 ()()()()()()()()()()


 自ら発したその一言が、ヴェルナーの記憶を開いていく。

 確かに、一致していない。いつから一致していないのだろうか。


 おもちゃのロケットを飛ばしたときから?

 軍の嘱託になったときから?

 ペーネミュンデで、V2を完成させたときから?


 SYシリーズの何代目から、上手くいかなくなったのか。

 はじめは、上手くいかないことは、製造技術が未熟だからだと思っていた。

 だが、ドクツで世界一の加工技術を手に入れてからも、そうはなっていない。

 むしろ、上手くいかなくなったのは、自分たちのロケットが完成してからではないか――?


 彼の頭のなかで、飛び地だった知識同士が、明確に線として繋がっていく。

 先ほどの会話。

 回転が止まらないこと。重量が変わっていること。逆噴射エンジンの確かな燃焼。

 何か、見落としているものがある。

 どこだ? 

 自分はもう、気づいている。そういう、確信めいた予感がする。

 ヴェルナーは深く、深く考えた。

 SYシリーズの着弾予測が収束できない現象が、はっきりと思い出されていく。

 そして、イリーナに託した武器を使って、自分でも問題を切り分けていく。

 いままで、当たり前だと思って、疑っていなかった事象に焦点を当てて。


「大気の影響をもっと大きく想定するべきなんだ」


 ヴェルナーが弾かれたようにペンをとる。


 彼の気づき。

 大気のリバウンドである。


 突入回廊の突入式から得られる虚数解。

 イリーナがノートにまとめた式は、完璧ではなかったのだ。

 彼女が省略した、この数字の意味するところに、注意を払ってやる必要があるにちがいなかった。

 ヴェルナーは脳裏で、克明にイメージする。

 水面に弾かれてとぶ水切りの石のように、ロケットが空気の層に弾かれるところを。


 大気の力を、侮っていた。

 弾かれたとしても、地球の重力を振り切るほどの力はないと勘ぐっていた。ありえないと思って、考えることをやめていた。完全に盲点だった。

 弾かれる度に、確実に減速するのであれば。

 そして、機体の突入角が変わるのだとしたら、その影響は想像していたよりも。


 自分が飛んでいきたい感情を、力でねじ伏せて、通信機にとびつく。

 間も無く、一時間が経とうとしている。

 一分、一秒が惜しい。


「東に向かって飛んでください。そう遠くまでいっていないはずです!」

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