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Ascension / 次元上昇  作者: 塩麹絢乃
第二章 深層世界のディソナンス
37/107

2-2-A2 インターセプト!



 一昨日の社長さんの件。あの失敗を思い返すと実に汗顔の至りだが、「一般交渉のの流れを最後まで経験すると考えれば良い新人研修になる」という神辺さんの親身なフォローで、なんとか気を持ち直した。

 昼食を手早く済ませた俺は、抵抗する望月さんの口に三粒ほど舌下錠(サブリンガル)を押し込むと、準備した資料と専門家と共に望月さんを連れ立って、社長さんの元へ出向いた。今日は、今後の展開について話し合う予定だ。

 一昨日の剣幕が未だ記憶に新しい俺は、相応の覚悟を持って赴いたのだが、意外や意外、二日の期間を開けた彼はまるで別人の様に毅然としていて、俺が出しゃばる必要もなく、事は一昨日の失敗が嘘のようにスムーズに落着した。

 その切り替えの早さ、決断力……異能を用いていたとはいえ、伊達で「社長」を名乗っている訳では無かった。この調子なら、俺が出向く事はもう無いのかもしれない。

 三十分もすると、俺と望月さんを他所に話の大筋は終わり、行く末もだいたい定まった。彼には、もう複数のビジネスアイディアがあるらしく、自信たっぷりに「成功」を宣言した。彼の目からは、もう不安などは一切窺えない。

 最後に、彼と、MCG機関所属の専門家らに社交辞令的な挨拶を告げて、その場は散会した。


「ふぅ……早く終わったね。どう? 俺も普通の交渉は数回目なんだけど、今(・)日(・)だ(・)け(・)は(・)卒のない仕事ぶりだったと思わない?」


 あ、今の、ちょっと神辺さんぽかったかも。

 そんな失礼な心配もしたが、望月さんは、口に押し込んだ“三粒”の効果か割と饒舌に「参考になりました」と褒めてくれた。『三粒はキくぜぇ?』とは、六道さんの与太(ことば)だが、存外にアテになるものだな。

 ほくほく気分で、帰りの足(二宇さん)を呼ぼうとタブレットを取り出した所で、タイミング良く灰崎さんからの着信が入った。


「お、でたでた。話の方はどうだ?」

「今、終わりましたよ。二宇さんを呼ぼうとしてた所です」

「そうか! なら、駄目元でもかけた甲斐あったぜ。そっちの近所に『不審者が居る』って通報があった。今から向かってくれないか? ちょうど、手の空いてる奴がいなくてな」

「不審者ですか。はい、分かりました」


 返事に前後して支給品タブレットに位置情報が送られて来て、「頼んだ!」という言葉を最後に通話が切れた。

 最近の灰崎さんは本当に忙しそうだ。俺も、負担を減らしてあげなくてはな。


「そういう訳だけど……」


 と振り向くと、正気を保ったままの望月さんは薬を要求することなく頷いてくれた。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは息つく暇もなく現場に急行した。

 住宅街の合間を縫うように進むこと十分、位置情報らしき遠目に見えた緑へ近付くと、えらく小ぢんまりとした公園が姿を表した。子供が遊べる様な配慮も、「砂場」と「オーソドックスな遊具」を一つしか用意していない様な、手狭な公園。

 ここで合っているだろうか、と手元のタブレットに視線を落とした時、背後の望月さんが消え入りそうな声で話し掛けてきた。


「……あの、四藏サン。通報って、あの人じゃないデスか?」


 望月さんが指差している先――公園東側の木陰に、古びたベンチが二つ見えた。しかし、人なんて居ないぞ……と、よく目を凝らしてみて、ベンチにしなだれかかる枝葉に同化する、古色蒼然とした純和風の「旅装束」が寝転がっている気が付いた。

 頭の笠を深く被って日差しを避け、小袖の上に坊主合羽を布団がわりに掛け、坊主合羽から突き出た足元には股引、脚絆に草鞋を履いている。コスプレイヤーだろうか? ここらでイベントなんてなかった筈だが……神辺さんみたいなのが沢山いても困る。というか、黒衣でもないなら警察が対応して欲しいのだけれど。

 周囲を見回す限り他に人影はない。タブレットに送られてきたのは位置情報だけなので、通報にあった不審者がそ(・)れ(・)であるかどうか確認のしようがない。

 取り敢えず、俺は仕事に入った。


「すみませーん、大丈夫ですかー?」


 余裕を保った声を掛け、優しくその肩を叩く。すると、微睡みの中から抗議の声があがった。


「……んー、あー……なんだぃ、騒がしいね……」

「お休み中のところ、すみませんね。通報があったもんだから」

「何? 通報? ちょいと寝てただけじゃないか……ふあぁ~あ……」


 欠伸と共に顔に乗っていた笠が除けられ、下から無造作に伸びた緑髪と、女振りの良い端整な顔立ちが現れる。――この時点でほぼ『確定』と言って良いが、俺は右ポケット内の震動を止めつつ、タブレットに情報を打ち込む程度の行動に留めた。


「ああ~ほら、まだ6月だけど、もう暑いでしょ。近所の人が『ぐったりしてる人が居る』って通報してくれたのよ。起こしてゴメンね? それでぇ……ちょっとだけ、お話の方、させてもらいたいんだけど……良いかな?」


 タメ口気味に気安く尋ねると、打てば響く快諾の声が返って来る。俺は、タブレットに会話を記録するフ(・)リ(・)をしながら、職務質問まがいの問を幾つか投げかけた。

 持ち物――凶器類なし。身分証なし。

 個人情報(パーソナル・データ)――氏名、住所、干支に至るまでスラスラと出てきたが、データベースに一致するものなし。

 なるほど、これで妙に職質を受け慣れている態度も含めて、誤(・)動(・)作(・)の可能性は排除できた。

 俺は、あまり長引かせずに会話を打ち切った。


「……それじゃ、あんまり外で変な事しないでね、僕らも大変だから。防犯のこともあるし、寝るんなら家で……ね。家は近所なんでしょ?」

「わかった、わかったよ。ったく、物騒な世の中になっちまったもんだ。昼寝もおちおちできやしないとはね」


 ボヤきながらも、旅装束の彼女はベンチを立ち上がった。荷物を確認する彼女を、俺は公園の出口でエスコートする。


「……今日のところは帰るとするよ。手間かけさせて悪いね」

「いえいえ、お気をつけて」


 公園の出口まで同道した俺たちは、そこで二手に別れた。俺と望月さんは東へ、彼女は西へ。数十メートルほど適当に離れた所で背後を振り返ると、ゆっくりと素直に遠ざかってゆく背中が見えた。


「……良いの? 見逃して」


 ここまで空気を読んで黙ってくれていた望月さんが疑問の声を漏らした。


「『相手が戦闘を望まなければそうしろ』って言われてるからね。多分、末端だけを掴んでも意味はないって判断だと思う。泳がせるつもりなんだろうね」


 俺は、ズボンの右ポケットに入れていた『探知機(レーダー)』を取り出す。先程の震動はこれによるものだ。履歴を見ると、靈氣(レーキ)を意味する赤字で、ついさっきの反応が記されていた。

 “UNKNOWN(不明)”

 靈氣(レーキ)や干渉力の波長には個人差があり、MCG保護下の変異者(ジェネレイター)、近衛旅団のものは既に登録済みである。“UNKNOWN”とは、詰まる所そういう事だ。


「それに、今の所は『纏骸者』ってだけで『反体制勢力』って決まった訳でもないし……。けど、みすみす見逃して、何の手も打ってない訳じゃあないよ」

「えっ、何かしてた?」

「まあね。二度手間だから、灰崎さんとの会話を聞いてて」


 探知機(レーダー)の履歴も確認した所で、俺はタブレットから灰崎さんに連絡する。


「灰崎さん、当たりでしたよ。『発信機』の具合はどうですか?」

「んー、イイ感じだぜ」


 望月さんが「いつのまに……」と呟いたので、最初に肩をたたいた時だよとジェスチャーで伝える。

 彼女が気付けなかったのも無理はない。というのも、『発信機』には軽い認識阻害が掛けられているのだ。現在は俺もその影響下にある為に詳しく説明する事は出来ないが、とにかく具合は良好らしい。

 その調子で移動記録を集積しつつ情報部の能力者(ジェネレイター)による接触も介せば、『蕃神信仰』の本体へ繋がる道も開けるというもの。


「それと、毛髪も取っておきましたよ。これで波長が分かるんですよね」

「……そういえば、そんな指示もあったな。よくやった、俺は忘れてたわ」

「はは。それじゃあ、今から戻りますね」

「おう」


 通話を切ると、望月さんはパチパチと拍手をしながら、社長さん時よりも気持ちのこもった褒め言葉をくれた。だいぶ、平常に戻ってきている様だ。俺は、謙遜の言葉と共に薬を一粒渡した。

 それにしても、これで『蕃神信仰』の信者だと判明した場合、もっと忙しくなるのだろうか。これ以上は勘弁だぞ。俺は、呼び出した二宇さんの手を借りて帰還しつつそう思った。

 ……もっと、本音を言ってしまうのならば、俺の預かり知らぬ所で機械仕掛けの神《デウス・エクス・マキナ》の見えざる手によって解決してくれれば御の字なのだが……。

 しかし、その翌日。

 俺の淡い期待に反して、優秀すぎる働き者の情報部によって暴かれた旅装束の素性が、機関内報より朝イチで伝達されてしまった。



    *



 今日も今日とて、元気よく家を飛び出した幼子が何時ものように道中で合流した同輩らと共に公園に赴くと、彼等の目的の人物もまた平常通り色あせたベンチの上でイビキをかきながら眠りこけていた。


「お姉さん、また寝てる!」


 嬉しそうに、幼子がそう言うと、同輩らも楽しそうに続けた。


「おーい、通報されたんじゃねーのかいっ!? 寝てていーのかいっ!?」

「よっ、ルンペン!」

「ホームレス! 不審者!」


 住宅街にあって清閑な公園に、快活な喧騒が満ちてゆく。これには堪らず、目的の人物――旅装束の者も、寝ぼけ眼をこすって起き上がった。


「うるさいねぇ……こちとら『ホームレス』でも『ルンペン』でもなく、風と共に現れ、風と共に去りぬ、乱世無頼の『風来坊』だと言ってるだろ? はぁ~ったく……まーた、来たのかい? 現代っ子なんだから、家でゲームでもしとけばいいものを……」


 同輩らは口を揃えて「もう、飽きた!」と答え、やんややんやと囃し立てる。

 彼等は、食い飽きた安い菓子を渡せば、なんだかんだと言いつつも相手をしてくれる、この暇そうな風来坊(おとな)に夢中になっていた。

 みみちい喧嘩の仲裁から始まった奇妙な縁だが、風来坊の方もけして悪くは思っていない。洋風の影響を多分に受けた此方の食物には興味を持っていたし、道端で芸でもやって小銭を稼ぐ前にガキ相手に感触を確かめておくのも、また一興。

 そうして、渋々の体(てい)を装いつつ、手妻(てづま)のひとつでも披露してやろうかと風来坊が意気込んだ……その時だった。


 突如、黒尽くめの物体が公園内に墜落した。


 まるで小隕石の如し。

 幼子も、同輩らも、風来坊も、前後の文脈をすっかり忘れて阿呆の様にぽかんと口を開け、もうもうと巻き上がる土煙の中を見詰めた。

 風に広がり薄れゆく中――段階的に現れた赤髪青眼、まだ仄かに若々しさが残る長身の男は、手元のトランシーバー型の機械を眺めた後、色あせたベンチ周辺に居る集団を見た。


「Generator……und Auserwählte」


 機械の確認を終えた青年は、品行方正、出来得(できうる)限りの礼を尽くす。それが、蕃神を心から信仰する者の習わしなれば。


「König des drachen, fieg. Das offene/Betäubt/Schrumpfen」

「……一体、どこの田舎方言(いなかことば)さね。お里が知れる……」

「Es freut mich, Sie kennenzulernen」


 風来坊の声も何処吹く風、転瞬、fieg(フィーㇰ)の末端部位が著しき変容を見せた。纏(まつ)わる黒衣が節々から千切れ、布片と化して舞い落ちるや、露出した肌上に赤熱する火掻棒を押し付けられた様な爛れた瘢痕(ケロイド)が急速に広がってゆく。


「くっ……坊主たちは下がってな! ゆっくりでいいから、腰抜かすんじゃないよ! 悪いけど庇える保証はないからね……っ!」


 風来坊の手に、地から突き出た【六角の金剛杖】が握られる。それを見て、幼子を含む同輩らは、震える足に鞭打っておずおずと下がっていった。

 時を同じく、目に見える変化は第二段階へ突入す。

 骨肉の軋音(あつおん)が周囲の鼓膜を叩き始めた。唯でさえ、風来坊が見上げざるを得ない長身が尚更に盛り上がってゆく音だ。それに伴って、突っ張られた瘢痕(ケロイド)が裂け、また硬化し、広がってゆく。

 それは、誰の目にも明らかな“怪我の功名”であった。痛めつけられた記憶が転じ、堅甲の鎧と化した、直視も躊躇してしまう程の有様(ぶざま)。

 この時、変容の全体図を把握した風来坊の脳裏に過ったのは、遠く、欧洲文献に伝え聞く伝承上の生物――龍(ドラゴン)の幻想だった。

 かつて人間だった龍は、隆起した石塊(いしくれ)の瞼をカッと見開きて、陶器に走るヒビ割れの口唇を揺り動かした。


 励起(Erwecken)!


 それは――高貴なる者に付き随う翳(かげ)。

 平定治世(へいていちせい)の裡(うら)で冷嘲熱諷(れいちょうねっぷう)の身に甘んじた血脈は、罷免(ひめん)の憂目(うきめ)に遇(あ)いて徳を以て怨みに報(むく)いんとす。

 而(しこうして)、始まりの奮起は躙(にじ)られども、猶以(なおもっ)て不撓不屈の焔(こころ)と変(へん)じ、却(かえ)りて、須臾米(フェムトメートル)の域にまで平たく研ぎ澄まされた矩形(スクエア)の外焔(ブレイド)、血汗(けっかん)を塗り固め、六方晶窒化炭素《ベータ・カーボン・ニトリド》をも凌ぐ結合を得た龍皮(りゅうひ)の内焔(ヒルト)、締(し)めて三尺の剣(つるぎ)に至れり。

 さあ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ。


【參句(サンノク) - 闊然(かつぜん)と/痹(ひ)/蹙(しじかがま)る - Richtschwert (処刑人の剣)】


 刺々しく、瘢痕(ケロイド)に防護された無骨な龍の右腕が、龍皮のグリップを握りしめる。

 それが合図となった。

 全てに先じ、動いたのは風来坊。

 彼奴(フィーㇰ)の纏っていた黒衣、問答無用の構え、異国言語。何れを取っても、眼前の龍が『蕃神信仰』に属する「気狂い」である事を裏付けていた。加えて、人生の岐路に立たされてなお迷う愚者の末路など、風来坊は腐る程に見ている。それ故に、【六角の金剛杖】を地面に突き立てた動作に戸惑いの類はなく、それに附随する【植物】の幻出も同様だった。

 地を割り、底の底より現れ出でたるは、古今東西に犇めく毒性植物たち――何れも、鴆酒(ちんしゅ)に勝るとも劣らぬ荼毒(とどく)を有し、一度(ひとたび)、人肌に触れれば忽ちに体内へと浸透、彼の者に耐え難い苦痛と賑やかな諸症状を齎す悪魔じみた植物である。

 表面上、砂地に横溢(おういつ)せし鮮やか新緑は穏やかにして牧歌的、自然が隠し持つ脅威を察知する事は不可能だ――と、風来坊は踏んでいた。しかし、フィーㇰとて浅学浅慮の身に非ず、多種多様の中に見知った植物を捉え、そして敵対勢力の態度を能(よ)く観察していた。

 有毒。

 そう知っていた。

 その上で、龍は踏み入る。

 風来坊が、龍の肌(よろい)を裂き、効率よく荼毒(とどく)を与えんが為に用意した茎針(けいしん)、葉針(ようしん)、刺状突起(しじょうとっき)を諸共、歪(いびつ)に膨らんだ四足で以て潰してみせた。

 これ以上ない降伏勧告(パフォーマンス)である。

 しかし、風来坊にそんな気は更々ない。通らぬのならば、とすぐさま毒攻(どくぜめ)の策を放棄し、更なる工夫を加えんと金剛杖を揮う。だが、その試みが実現に至る前に龍も動く。

 風来坊が攻め方を転換する一瞬、地から金剛杖が離れた隙を、フィーㇰの戦闘勘は見逃さなかった。特殊な歩法を用いて尋常ならざる踏み込みを発揮、彼我の距離を瞬く間に詰め寄った。

 見事なまでに虚を突いた緩急、生来より積み重ねて来た弛まぬ鍛錬の賜物である。そして、間断なく揮われる【処刑人の剣】。半径三尺+片腕の大円軌道は、風来坊の頸骨と頭蓋骨の継ぎ目を終点に据えていた。

 されど、対手たる風来坊とて乱世を生き延びた手練。ためらわずに脚を継ぎ、身を翻す。

 交錯――。

 二つに別れた金剛杖の半分が精神體(アストラル)へと還り、振り切られた剣に沿って血飛沫が舞う。その光景を風来坊の背後から眺めていた幼子と同輩らの目には、風来坊の脇下が深々と断たれたかに見えた。

 しかし、その実が浅手である事を、当事者二人は瞬時に悟っていた。

 風来坊は衣服下に鎖と小札を編み込んでいたのだ。人知を超えた恩賚(おんらい)を前にして、それらは僅かな抵抗しか生み出せない。それでも、死線を別つには十分過ぎた。

 この一合に手合の力量を悟った風来坊は、まともにやり合っては時間稼ぎすら難しいとみて、地から枝蔓蔦根を幻出させつつ全力で走り出そうとする。がしかし、すぐに異変を感じ取った。

 斬り付けられた脇腹付近の感覚がおかしい――その違和感の正体を悟る前に、矢継ぎ早に繰り出された龍の爪先(まえげり)が脇腹にめり込んだ。歪に尖った爪先は、衣服下に仕込まれていた鎖帷子と小札鎧(ラメラーアーマー)に阻まれ大事には至らないが、その膂力は風来坊を鞠の如く吹き飛ばし、肺腑の空気を悉く払底、一時的な行動不能にまで追い込んだ。

 巨体が猛追する。乱暴にして丁寧な踏み込みが公園の砂地を刳(エグ)り、禍々しき足跡が次々と刻まれてゆく。

 対し、風来坊は体勢を立て直せず、ここに来て脇腹付近の違和感の正体を悟る。これは【痹(ひ)】、恐らく、剣の瑞(ずい)――いや、霊験(れいげん)であろう、と。

 彼女の不運は傷を負った箇所に尽きる。手先、足先ならともかく、脇腹という部位は汎ゆる行動に附随して伸縮する。故に、ただ立ち上がるだけの動作にも梃子摺らざるを得ない。

 今際の際に至り、風来坊に出来たのは、四肢で以て必死に砂を掻く事と、視界の端に映った幼子と同輩らに向かって叫ぶ事だけだった。


「坊主ども! そんな所でなにボヤボヤしてんだい! 逃げるんだよ!」


 住宅街に反響する声も虚しく、恐怖に慄く彼等は動けない。歯噛みする風来坊の背後には、風来坊が無意識の内に伸ばした植物類を踏み潰して【処刑人の剣】を振り翳した龍が肉薄する。

 以是(これをもって)、神楽舞(かぐらまい)は完遂せらる。

 剣を揮う側、揮われる側、双方が同時に覚悟を決めた――その間際の事である、居合わせた全ての人物に取って予想外の出来事が起こった。



    *



 空気そのものに叩き付けるような大音響。

 狙いを澄ます時間は十分にあったが、龍みたいな奴の動きが中々にすばしっこく、俺の放った不意打ちの弾丸二発はあらぬ所を通過していった。 


「ちょ、四藏サン……っ!」


 望月さんは驚いている様だが、今の発砲は何の問題も虞(おそれ)も孕んでいない。

 俺たちが交渉しに来た傍観者の背後には、怯えた様子の一般市民――児童数名の姿が見える。これにより『保護』の名分が成立する。その上、そもそもの話として、昨今の緊迫した情勢を顧みずとも、状況によって「過失致死」までは大概免責されるのがMCG職員。なれば、先程の発砲は『義務』とさえ言える。

 けれども、それを懇切丁寧に説明してあげる時間はなかった。


「例の『反体制勢力』かも知れないから【剣】だけじゃなく《異能》にも注意して。見た目からして體を《変換》する感じだと思うけど。あっ、後――俺、遠くの動く的にはあんまり当たらないから。どうにかして、動き止めるか近付かないとね」


 早口で必要なだけの情報共有を済ませながら、望月さんの口に薬を適当に詰め込む。そして、支給品タブレットから救難信号を出し、戦闘に巻き込まれて破壊されないように遠くへ投げ捨てる。

 その間、龍が俺たちへと注意の一端を向けた隙に、傍観者は何処からともなく伸びた蔓によって児童数名の方へ引っ張られてゆく。恐らく、あれが彼女の【瑞(ずい)】とやらなのだろう。

 銃を左手に接近を始めると、遅れて、望月さんも護身用に神辺さんから持たされていた聖膏塗布(サクラメント)済の鎖付き鉈(なた)をカバンから取り出して、回り込むように動き出した。


「子供を連れて離れて下さい! 時間は稼ぎます!」


 既に救難信号は出しているので、時間さえ稼げれば俺たちの勝利である。気を付けなければならないのは、戦火が一般市民へ及ばぬ様に守る事と敵の逃亡を防ぐ事だけだ。

 龍の持つ平べったい鋒が俺を真正面に捉えた。どうやら、俺の大声を切っ掛けにしてか、完全に俺たちを敵と見做した様だ。

 ならば先手必勝! 俺は迫りくる巨体に向けて二度発砲した。けたたましい銃声に後に、中身の詰まったサンドバッグを殴った時の様な重苦しい音が二度続く。命中したか? ――いや、したにはしたが、龍は避ける素振りすら見せなかった上に流血もない。あの変な皮膚を貫けていないのか。

 マズイな、俺の持つ火力が、全くもって取るに足らぬ豆鉄砲だという事がバレてしまった。そう思うと、ゴツゴツと歪んだ龍の口元が、まるで笑んでいる様にも見えてくる。

 現在、彼我の距離は概算五メートル。相手は六尺を超える龍で、得物は一メートル弱、踏み込みも考慮すると間合いはこれくらいが限度か。予想通りに龍は自信に満ちた足で地面をエグッた。それに合わせて後退し、眼前を横切る鋒を見送る。

 あの手に収まる骸(むくろ)――『蕃神信仰』でいう恩賚(おんらい)を俺の異能でブン取れれば楽なのだが、事はそう簡単にはいかない。励起(レーキ)させた武装には、異能による干渉を働かせる事ができないのだ。その詳しい理由は研究者にでも任せるとして、かつての鹿刎番の折、ネㇾクフの剣を取ろうとした時もそうだった。あの時は咄嗟に機転を利かせて対象體を手首に切り替えて事なきを得た訳だが、今回も似たような攻撃を試みるべきだろう。

 その時、返す刀が不用意にも大振りに揮われた。恐らく牽制を目的とした攻撃だろう、龍の体は下がりつつあり、目線は遠方に鉈を構えた望月さんに向いている。

 これは僥倖。巡り合わせが生んだ偶然のチャンスを逃がしてやる義理はない。

 俺は、逆に一歩前へ踏み出して、太い手首を注視して握り込んだ。忽ち血肉の感触が右手に広がる。常に干渉力を巡らせてはいないか、まあ応用的な使い方である、無理もない。


「Generator!」


 折からに都合よく口内が曝け出されたので、俺は弾倉に残っていた最後の一発を叩き込んだ。


「GURRRRRRRRRRRR……!」


 龍は嗄れた唸り声を上げて後方へ仰け反った。皮膚が駄目なら内部はどうかという発想だったが、死には至らずとも存外に効いたらしい。

 本来であれば、黙して結果如何を確認などせず、追撃を加えて勝負を決したい所だが、生憎の弾切れ、異能の再使用も時間がかかる。ここは大事を取って後退する事にした。

 しかし、その直後、


「剣(つるぎ)に気を付けな! 掠るだけでも痹毒(ひどく)に冒されるよ!」


 その忠告は遅すぎやしないか? と、バランスを崩しながら思う。右方には傍観者の姿だけ。児童数名は避難させたか。

 右足に、けして無視できない違和が生じていた。感覚が急に覚束なくなったのだ。眼球だけを動かして右足を見遣ると、MCG制服の膝元辺りが破れ、少なくない量の血が流れ出ていた。傷はかなり深い様に見えるが、蚊に刺されている時の様に全く気付けなかった。

 なるほど、痹毒(ひどく)。果たして、この傷が意図的なものかは分からないが、龍が後方へ仰け反った時に、龍の手へ引っ付いたままだった剣が俺の右膝辺りを掠めていたと見るのが妥当だろう。

 懸命に踏ん張ったが、それでも急に自身の体重を片足だけで支えきる事は出来ず、俺は転倒した。

 瞬く間に形勢は逆転。見上げた龍の口元を瘡蓋(かさぶた)の様な爛れが覆ってゆく。防護だろうか、それと同時に右手首の肉も蠢き始めた。まさか、治るのか……?

 遠方に構えていた望月さんが、慌てて『何か』と定義したであろう鉈を楕円の軌道で投擲するも、かねてより望月さんにも注意を払っていた龍には通じず、すっかり恢復した右腕を揮われ難なく剣に弾かれてしまい、鉈は刀身から真っ二つに断たれた。なんという……斬れ味。

 更には返す刀が実に洗練された動きで、俺の胴体を目掛けて降下してくる。さっきから攻撃に無駄がなさすぎる……!

 俺は、動かせる左足と両手で反射的に地面を突っ張ったが、避け切れない事を半ばで悟っていた。仮に避けられたとしても、どう考えても両足が元気な龍の方が素早い訳だから、その次に来るであろう攻撃は避けられない……。

 案の定、痹れから逃げ遅れた右足首を四角(スクエア)の刃が音も無く断ち切った。既に痹毒(ひどく)に冒されている御蔭か痛みは無い。

 俺は、ネガティブな思考を振り払い、その次にくるであろう追撃だけは避けるべく、使用可能になったばかりの能力を行使して遠ざかってゆく右手首を掴む。しかし、同じ箇所への攻撃は予想されていたのか、即座に修復された。

 ぐっ――心底から這い出た閉塞感が背後に立ち込める。だが、龍は絶望に浸る間も与えてくれない。

 力強く揮われた剣を前に、俺の体は再び反射的に地面を突っ張っていた。

 今度も――避けきれない!

 極度の緊張から鈍化しゆく時の中、ややもすれば景色に溶け消えてしまう程の薄刃が、嫌に目覚ましく、刀身に刻まれたアラビア文字に似た神字(しんじ)まで明瞭に見て取れた。

 嗚呼、それは、けして揺らぐ事のない焔(こころ)……その妖しき色気に魅入られ、彼の御刀に斬られるのであれば「本望」と、そんな思考まで頭に過り始めた、その時だった。

 不意に、時の流れが加速し始めた。

 身体が後方へと引っ張られ、剣は眼前を空過する。

 あまりに突然の出来事である。状況を把握しようと忙しなく廻転させた視界に、俺の胴体にがっしりと抱き付いく【蔓】が映り込んだ。太く、赤茶けたそれは、今も着々と生命力を増しながら、凄まじい速度で俺を後方へ牽引している。その元を辿って振り返った背後には、先程二分割された杖を地面に突き立てる傍観者の姿があった。

 逃げていなかったのか――謝意を抱くと同時に、俺は頭から垣根に突っ込んで止まった。


「ぐっ……た、助かりました。子供と一緒に逃げなかったんですか?」


 痛がっている暇はない。俺は現況の把握に努めつつ、内ポケットから取り出したスピードローダーで素早く再装填を済ませる。支給されている残弾はこの五発のみだ。


「馬鹿言うんじゃないよ。痹毒(ひどく)が広がってきてる所為で動けないんだ。坊主どもへは『遠くに逃げろ』と言っておいた」


 この痹毒(ひどく)、広がるのか……。

 切り落とされた右足首に傍観者が止血を施してくれる。その間に右足全体の感覚に意識を向けてみると、微弱な違和感だが、足の付根にまで痹れが登って来ている様にも思えた。

 なるほど、それで龍は追撃にあまり熱心じゃないのか。傷を付けた時点で仕留めたも同然という訳ね……。


「どうするんだい? その銃は効かなかったようだけど、他に策はあるのかい? 無いなら辞世の句でも考えようかね」


 口調こそ冗談めかしているが、傍観者は今もなお杖を強く地面に突き立て、望月さんを狙う龍を植物で相手取っている。その眼光の鋭さは諦観とは無縁。どうやら、タダで死んでやる気は毛頭ないらしい。

 俺は、垣根の低木を支えに左脚だけで立ち上がった。


「脳を狙います。口腔内からの攻撃は効いていた様に見えましたが、あれは内部も硬化させていたか、角度が悪かったかで、脳にまでは届いていなかった可能性が高いです。なので、まず俺の力で頭蓋骨を抉(こ)じ開けてから……この銃に装填されている五発全てを脳にぶち込んでみたいと思います。それで死ななければ諦めましょう」

「力(チカラ)……さっき右腕を破壊した奴だね。分かったよ!」


 傍観者である彼女に取って《異能》は全くの未知である筈だが、話が早くて助かる。序に移動の補助を頼むと「心得た!」と頼もしい返事が返って来た。笑みとアイコンタクトが交錯するや、俺の身体に蔓や蔦が巻き付けられる。

 植物の補助によって、五体満足時よりも軽やかに片足で跳ね回りながら、俺は、龍と植物類とが跳梁する戦線へと復帰した。若干ぎこちなく感じるが、植物の力は俺の筋力よりも勝っている。贅沢は言っていられない。


「よ、四藏サン! どうするんですか、無理ぽいんデスけど! い、異能の出力も前より落ちてるから……足りないです!」


 異能で自らを『気球』とでも定義したのか、宙に退避している望月さんが泣き言を吐いてくる。確かに、既に望月さんの鉈は原形を留め得ず、「投擲後の回収を円滑に行えるように」と神辺さんが付けた鎖しか残っていない。

 ――手詰まりか? いや、それはそれで使いようがある。

 俺は、波打つ植物の上を跳ね回りながら、望月さんへ向けて指示を飛ばす。


「脳を狙うから足止めを! 失敗したら――単独で撤退!」

「りょ、了解デ――」

「GURRRRRRRRRRRR!」


 望月さんの返事は、途中から龍の咆哮に紛れて聞こえなくなった。

 意気軒昂たる龍は、剣を矢鱈に振り回し、切り落とした植物類を投げ付け始めた。励起させた【武装】は使い手の精神體(アストラル)と一心同体、手首を落とされでもしなければ手放せない為に、此方の攻撃を利用して遠距離攻撃の手段としたのだろう。

 蹴り上げられ、投げ付けられるそれは単なる枝、蔓といった植物であるが、迂闊には侮り難い。裁断を仕る武装が図抜けているが故に、植物は生命を脅かすに足る凶器――先鋭な手槍と化しているからだ。その矛先は、周囲を跳ね回る俺だけじゃなく、宙に浮かぶ望月さんにも向けられていた。

 マズイ――反射的に右手を握りしめる事で、一直線に宙へ向かう手槍は射程距離の際でギリギリ掴み取る事が出来たが、肝心の俺への攻撃に対しては防御も回避も中途半端に終わってしまった。

 腕のガードをすり抜け、脇腹を鋭い衝撃が突き抜けてゆく。遠のいた意識に望月さんの悲鳴らしき声がぼんやりと木霊する。ぶっ飛びそうな痛みだが、その熱が返って俺の意識を現実に引き戻す。

 喉元に込み上げてきた血か、胃液か、今ひとつ判然とせぬ液体を飲み下し、再び怒号を飛ばす。


「――足止めを! 気を逸らすだけでも良い!」


 龍の周囲から武器になり得る硬質な枝の類が引いてゆく。実に素早い対応を褒め称えたい所だが、これは傍観者の攻撃による勝利の道筋が薄れた事を意味する。

 詰まる所、頼りは望月さんだけとなった訳だ。

 “二手”。

 頭蓋骨を開き、鉛弾を叩き込む――龍を殺すには、この“二手”が必要なのだ。

 ……信じる外に道はないだろう。で、あれば、俺がその為にしなければならないのは、龍に相対し、一秒でも長く生存する事。

 その時、俺の視線と龍の視線が交錯した。忽ちの内に馥郁たる血気が辺りに充溢する。吐き気さえ催す強烈な薫。忽ちの内に酔った俺は、右足首と脇腹の負傷も忘れ、逆に身体に巻き付いた蔓を牽引する勢いで踊るように跳ね回った。

 余りに、余りに濃密すぎる命の遣り取りは、生理活性物質の過剰分泌を引き起こし、当たり前の様に暴走した脳が認知機能を歪め始める。嗅覚、聴覚は冴え渡り、視覚する時間感覚は遅滞し、痛覚、味覚の妨げは最初から存在しなかった。

 そうして、錯覚する。対手の息遣いに性根を見、足運びに善性を見、揮われる剣に人生を垣間見たのだと錯覚する。

 それは、まるで後頭部にもう一対の瞳が出来たかの様だ。高揚と興奮の域は疾うの昔に通り越し、俯瞰の立ち位置にまで意識が到達している。

 麗しの三昧境。

 けれど、俺の感覚で三十分後、未だ援軍が到着していない現実から算出して数分後の事――終焉の時は、戦場の半数から疎まれながらも、すぐそこまで差し迫ってきていた。

 必然だ。頭の何処かでは理解していた。

 傍観者の意識は、俺の補助と龍に植物を利用させない事に回されている所為で常に後手。補助を受けている俺も、片足のハンデを感じさせぬ程度には動けていたと思うが、未だ五体満足の上、剣まで持った龍の動きには敵わない。防戦一方の俺が追い付かれ、左足の先を断たれたのは必然であった。

 無事だった方の足も失った事で、俺の機動力は傍観者の補助も間に合わぬ程に低下。すぐさま、傍観者が俺の身体を剣の届かぬ高方へと蔓で吊り上げてくれたが、龍の見事な太刀捌きによって蔓は一振りで断たれてしまった。

 瞬間、重力に引かれて身体が落下を始める。それを下で待ち構えるは、大口を吊り上げた龍。絶体絶命の状況に、もはや生存は叶わぬのかと、やけになって覚悟を決めた、その時。

 突如として、勝ち誇った笑みを浮かべている様にも見えた、デコボコだらけの龍の顔が翳った。

 何故――と、考える間もなく、答えは「影」という形で現れる。

 振り向かずとも、影の大きさ、形状に、その正体は知れていた。それ故に、俺は心中で感謝を述べる。



 ありがとう、望月さん。



 まるで、重量感を感じさせないフワフワとした挙動でありながら、自由落下する俺を悠々と追い越していった滑(・)り(・)台(・)は、支柱に付着した土塊を撒き散らしながら龍に激突した。

 絶好の頃合に訪れた援護に、俺は込み上げて来るものを押さえ切れず、滑り台の下敷きになって倒れ伏した龍の脳天を注視し、射程距離内に入るやいなや、一も二もなく右手を握りしめた。直ちに手中には硬質にして温かな感触が広がり、眼前の脳天からは得体の知れない“汁”が迸ると共に血色の良いピンクの大脳が現前した。

 吐きそうな程に色めき立ち、震える銃口を両手で支える。先のない両足で着地しつつ、同時に素早く五回、引き金を絞った。


「ぐっ……!?」


 弾は全て命中した。

 音速に近しい弾速だが、その行方は目で追えずとも、俺の顔に飛び散った血飛沫に命中は確かである。それを知りつつ、俺が顔をしかめ、歯噛みしたのは、着地の衝撃で両足を骨折したからという理由だけではない。

 動いているのだ。

 龍が、まだ生きているのだ。

 すぐに信じる事は出来なかった。「死ななければ諦めましょう」と、俺は言った。しかし、勿論本気で言ったわけじゃない。脳天から脊髄方面へ向けて五発だぞ? 中は滅茶苦茶の筈だ……偶然、急所を……いや、それこそ意味がわからない。有り得ない。

 ダメージはある筈だ。

 青い龍眼は正気に非ず、グリンと上向き、あらぬ方向を捉え続けている。だが、その奥底に滾る闘志は些かも衰えていない。

 滑り台の下敷きになったまま、剣を持った右腕が鋭く弾かれた。それは、最後の羽ばたき。一切の制動を介さず、限界を越えた速度で以て俺の命に降り掛からんとするもの。

 これで幾度目になろうかという危機。しかし、高方の望月さん、遠方の傍観者、そして両足の痺れと骨折から自助も出来ぬ状況下にありながら、俺の心中は「覚悟」とは縁遠い「余裕」で満ちていた。

 見ていたからだ。何処からともなく飛来した土塊が、龍に着弾する寸(・)前(・)に弾け、龍の右腕に纏わり付いてその動きを阻害するのを。


「今だよ!」


 幼き知らせが耳を打つ。

 ――言われなくとも! 俺は、遅ればせながら芽吹いた枝葉をツテに上半身のみで龍に迫ると、脳天に開いた混沌たる大穴へ右腕を突っ込み、掻き回しながら引き抜いた。

 断末魔、下された最終指令を逸した龍の筋肉が全身をビクンと跳ね上げた後、ピタリと静止した。同時に、龍の表皮の変容が解けてゆく。

 嗚呼……脳内には達成感が満ちてゆく。

 今度は完璧な決着である事を、本能が教えてくれた。

 程なく、そこには白肌の裸体を晒す赤髪の青年が居た。右肩に刻まれた特徴的な刺青を除けば、体躯の良い一般人にしか見えない。

 その背中あたりから何かがコロンと転げ落ちる。その形状は、最近になって配られた例の『探知機(レーダー)』に酷似していた。

 拾って調べようかとも考えたが、弛緩した身体がうんともすんとも言わなくなってしまった所為で未遂に終わった。恐らく、事が終わってからノコノコと公園の入口やって来た近衛旅団の面々を見て、緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 もう少し、もう少しだけでも、早く来てほしかったな……。

 口に入った砂を力なく「ペッ」と吐き出しながら、素直にそう思った。


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