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偽りのルノワール  作者: 小美里 戒
第3章 王宮の陰
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第八十話 サザーランド v.s. オードリー

 

 その戦闘はまさしく激闘であった。


 いや。

 もしかしたら見る者によってはそうは映らないかもしれない。

 恐らく目の前で一体何が起きているかも分からないだろうから。


 それほどまでにマリンダ=サザーランドとダンテ=オードリーの戦いは超越的だった。


 目にも止まらぬ攻防の最中、二つの影が交差する瞬間のみ、身体の奥底まで響くような衝撃が襲ってくる。

 基本的には互いにトーガを身に纏った肉弾戦の応酬だ。

 ルールにもあるように特別な魔術、どころか初歩的な魔術もほとんど使用しない。

 使っているのは空中格闘エア・ファイトのための風魔術ぐらいである。


 研ぎ澄まされた鋭敏な感覚で相手の呼吸を読み、舞う様に軽やかに闘技台の上を駆け抜けていく二人の戦士。


 鍛錬の末に練り込まれた高密度の魔力によって、マリンダの全身は紅く、そしてダンテの全身は翡翠色に輝いていた。

 その輝きがぶつかり合う度に結界が揺れ、甲高い衝撃音が鳴り響く。

 目に見えぬほどの速度で繰り出される拳の連打。

 それら全てを捌き、弾き、返すように振り上げられる蹴り足。


 その動きは決して荒々しくはない。


 むしろ美しくさえある。


 極限まで洗練された格闘術。

 

 才能だけでは決して賄うことが出来ない、研鑽された武術の完成系とでも言うべき姿がそこにはあった。




   ☆   ☆   ☆




 戦いが始まってから数十分。


「ちっ」

「……ふぅ」


 二人の戦士は互いに肩で息をするようにして、同時に動きを止めた。


「……今日はこれぐらいにしておくか」

「……そうだな」


 よくよく見てみれば二人共がボロボロである。

 服のあちこちが破け、青痣や出血も至る所に散見された。


「「……」」


 一瞬だけ睨み合う二人。

 しかし即座に未練を断ち切ったかのようにして、並んで闘技台から降りてきた。

 

 クレアが我先にと、ダンテの元まで駆け寄っていく。


「お、お父様!?」

「クレア……」

「こ、こんな傷だらけになって……だ、大丈夫なのですか!?」


 泣きそうな顔で父親を見上げるクレア。

 彼女は見るからに狼狽え、その表情を青くしていた。

 よもや父がこれほどまで傷付くことになろうとは想像もしていなかったに違いない。

 クレアの頭に優しく手を置いたダンテは、落ち着いた声で言う。


「この程度、なんら問題はない」


 言いきるダンテの声は力強さに満ちており、それが決して強がりではないことを物語っている。


 対するサザーランド親子は、というと。


「ちっ。あの野郎」


 舌打ちをする妙齢の美女の姿。

 そんな母親を見上げながらルークは苦笑した。


「もう。口が悪いよ、マリンダ」

「……ふん」

「いやぁ、でもマリンダがここまでやられるなんてね。びっくりしたよ」

「はんっ。私が本気を出せば、あの男は今頃地に伏せている」

「まぁ……そうだろうけど」


 マリンダの奥の手を知っているルークは素直に頷いた。

 彼女の隠し持つゲートスキル、そして奥義の反則的なまでの強さを知っているからだ。


「す、すごかったですね!」


 カナリアも興奮気味にマリンダを見上げている。


「ん、そうか?」

「はいっ! びっくりしました」


 無邪気な笑みをカナリアに向けられ、マリンダも薄く微笑んだ。

 どうやら満更でもない様子である。


 だがサザーランド親子の余裕の態度が非常に気に入らない人間がこの場に一人居た。


 クレア=オードリーである。


 彼女は自分の父親と互角に戦ってみせたマリンダのことをすごい、とは感じても、それで納得出来た訳ではない。

 今でも父こそが世界最強の存在だと信じているクレアにとって、サザーランド親子の会話は聞き逃せるものではなかった。


「ちょっと! 大口を叩かないでよ!」


 牙をむき出しにしてきたクレアを、ルークはぼんやりと見つめる。

 頭の上に疑問符を浮かべているような少年の顔が、これまたクレアを苛立たせた。


「むむむ~っ!」

「……え、えっと?」

「親がちょっと強いからって調子に乗らないでよ! 言っとくけどお父様が本気を出したら、こんなもんじゃないんだから!」


 どうやら、本気を出せばマリンダは負けない、という旨の台詞が気に入らなかったようだ。


「へ? あ、まぁ……それはそうでしょうね」


 とはいえルークは決してダンテ=オードリーという戦士を過小評価していない。

 むしろ最大限の敬意を持ったといってもよい。

 条件付きとはいえ、マリンダと互角に戦うなど尋常ではないことをルークは身をもって知っていた。


 そんな彼が本気で戦えば、それはそれは物凄まじいことになるだろう。


 しかしだとしても。


 マリンダが負ける姿をルークには想像することが出来ない。

 故にいまいちクレアの言いたい事がピンとこないのだ。


 そんなルークの落ち着いた態度がまたも癪に触ったクレア。


「~~っ! 貴方、私と勝負しなさいよっ!」


 ルークに指を突きつけながら。

 突然クレアはそんなことを言い出した。


「えっ?」


 ルークは戸惑ったように首を捻る。

 脈絡の無い提案だ。

 何がどうなって、そういう結論に至ったのか。


 焦ったような顔をしたのはルークではなく、ダンテだった。


「クレア、やめなさい」


 ダンテはルークの中に只ならぬ気配を感じている。

 歴戦の戦士だけが持つ嗅覚が警鐘を鳴らしているのだ。

 正確な事までは分からないが……端的に言えば、己やマリンダに匹敵するだけの強者であると見ていた。

 

 確かにクレアは同世代では、ほとんど敵なしと言ってもいい程の強さを誇っている。

 長いこと戦闘訓練を受けさせてきたし、ダンテの血を引いていることもあり、才能も十分だ。

 下手をすれば、既に近衛騎士団にも勝てるかもしれないだけの実力がある。


 だが。


「なによ、男の癖に逃げるつもり?」


 激した幼いクレアは挑発する様にルークに言った。

 これに対して反応したのはルーク……ではなくカナリアだった。


「はぁ?」


 不快げに眉を顰めた第3王女は声高に言う。


「貴方……ルークに勝てると思ってるの?」

 

 彼女としては信頼する……というか慕っている少年を馬鹿にするような発言が許せなかった。

 ルークの強さを知っている身としても。

 師として仰いでいる身としても。

 クレアの言葉は看過できない。


「ひ、姫様?」


 カナリアがどうして怒っているのだろう、とルークは思ったが、二人の少女の舌戦は止まらない。


「な、なんですか! 姫様は関係無いでしょう!」


 姫殿下の迫力に多少狼狽しつつもクレアは強気な態度を崩さなかった。


「ルークはとっても強いんだから。貴女が勝てる訳ないじゃない」

「私だって訓練は積んでいるわ!」

「ルークは私の護衛も兼ねている魔術師なのよ? 王族の護衛を任されているような人間がクレアさんのような子供に負ける筈がないじゃない」

「はぁ? そいつだって子供じゃない!」

「貴方とは違うの!」

「そ、そんなのやってみなければ分からないわ!」


 どんどんとヒートアップしていく二人の少女。


「分かるでしょ!」

「分からない!」


 睨み合う少女達を困ったように眺めるルーク。

 これには、さしものダンテも溜息を吐いていた。


「~~っ! いいでしょう。ルーク!」


 いきなりカナリアの鋭い視線がルークに突き刺さった。


「は、はい?」

「やってやりなさい!」

「えぇっ!?」


 カナリア姫様は止める側では無かったのか、とルークは思ったが彼女の眼光は有無を言わせない類の物であった。

 困ったように母を見上げるルークであったが、マリンダは呆れたように肩を竦めるのみ。

 続いてダンテに視線を向けたルーク。

 ダンテはルーク以外には聞こえないような小さい声で囁いた。


「……お手柔らかに頼む」


 気付けば、なんだか周囲の空気に流されるままに、ルークはクレアと戦うことになってしまっていた。


(い、いいのかなぁ……)


 肩をいからせ、ずんずんと闘技台の上へと歩を進めるクレアにルークは困り顔のまま続く。


 そんな二人の子供達の背中を見ながらマリンダがダンテに言った。


「本当にいいのか?」

「……やむをえまい。あの子の自業自得だ」


 マリンダはダンテという男が気に入りはしないが、その実力だけは認めている。

 自分に匹敵する数少ない戦士の一人だ、と。


 しかしその子供達の実力はどうか。


「はっきり言って勝負にならんぞ」


 マリンダは断言した。


「実際どれぐらい強い?」

「私と一対一サシで戦える程度だ」

「……なるほど」


 つまりクレアの勝利する可能性は1%にも満たないということだ。


「まぁこれも良い薬になるだろう」

「……薬?」

「同年代では敵なし。最近は手心があるとはいえ……外軍の戦士達とも互角の勝負をするようになってきた」


 多少の苦々しい表情でダンテは呟く。

 そんな将軍の様子を見て、マリンダは納得するように一つ頷いた。


「なるほど、調子に乗っている、と」

「あの年代であれば無理もないがな」


 ここらで天狗の鼻を折っておくのも良いことか、とダンテは考えたのだ。

 自分だけが決して特別ではない、とクレアには世の中を知ってもらう必要がある。


 そんなダンテの言葉を聞いて。


「くくくっ」


 さも楽しそうにマリンダは笑った。


「何が可笑しい?」


 彼女の笑い声を訝しく思い、ダンテが眉を顰める。


「いやなに」


 皮肉げな表情でマリンダは言った。


 王国最強の紅牙騎士団団長。

 歴代最強の大将軍。


 広く名の知れ渡った戦士二人。

 王国の誰もが二人を強者と見なし、恐れを抱く。


 そんな二人であったとしても。


「互いに子育てというやつには苦労させられるな」


 そう言って笑うマリンダの横顔を見ながらダンテは小さく溜息を吐いた。

 それは王国が誇る大将軍としての顔ではない。


 年頃の娘を持つ一人の悩める父の顔であった。


「ふぅ……そうだな」


 ダンテとしては非常に遺憾ながら。


「……全くもって、難しいものだ」


 この時ばかりはマリンダに同意する他なかった。




   ☆   ☆   ☆




 戦闘が開始した僅か三秒後。


「……きゅぅ~」


 闘技台の上で仰向けに倒れ伏す少女の姿があった。

 一瞬にしてルークの拳がクレアの額を打ち抜き、そのまま一撃で勝負は終了したのだ。


 あまりにも実力差があったこともあり、あっけないものであった。


「……わ、悪いことしちゃったかな」


 ダンテの方を恐る恐る窺うルークであったが、ダンテは小さく頭を振るのみである。


 今回の一件を機にして、クレア=オードリーはサザーランド親子と紅牙騎士団に敵対心を抱くようになっていくのだが……それはまた別のお話。







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