先輩と逢魔時
日が落ち、藍色の空が辺りを支配している。
言霊。
言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされている。
無論、それはただの言い伝えだ。
言い伝え…だったはずだ。
「分かっていただけたかな?良人君」
目の前の先輩は、暗く輝く瞳をこちらに向ける。
琴葉先輩。
口にした事を実現させる、言霊を言い伝えから呪いまで昇華させた女。
「――ま、知ってもらっただけで君達にはどうする事も出来ないんだけどね」
彼女の口から言葉が漏れる。その言葉は風にさらわれ、オレの耳には届かない。
「―――――ッッッ!!?」
生命の危機を直感的に感じ、真横に転がる。
――パァーーン――――ッッ!!
直後、風船が割れるような鋭い音が響く。オレのいた場所には深く刃物で切った――いや、抉ったような跡が出来ていた。
オレのいた場所は、水浸しになっていた。
「……水?」
「ぴんぽーん、正解―――ああ、鉄砲水なんかじゃないよ。一応合理的な理由じゃないと言ったことは起きないから」
彼女の指差す方向には、消火栓とホースがあった。地震で貯水槽が破損、偶然オレの方に高圧で水が射出されたと考えるのが妥当だろう。
「合理的、ね……だから毎回自然災害なんか遠まわしでしか殺せなかったわけだ」
「そうだよ。でもその言い方、私へのあてつけと思っていいかな?」
「――勝手にしろ」
彼女から数歩遠ざかり、距離をおく。黄昏の空は、静かにたたずむ彼女を一層不気味に見せた。
「君が途中参加してたのは気付かなかったけど……生徒会長さんはずっと事件を追ってたんだ」
何の情報もつかめて無かったけどね、と彼女は吐き捨てた。
舞先輩は再び気を失っている。出血は酷く、彼女の脚からは今もなお血が流れていた。
「なのに君が来てから調子が狂いっぱなしだよ――だから、一度だけ始末しようとした」
「―――十人目の、爆発事故か」
「そうだよ」
再び先輩が何事かを呟く。彼女の口の動きが止まると同時に、オレは後ろに跳ねた。
轟音が響く。オレのいた場所は、屋上から降ってきたガレキが突き刺さっていた。
「君達もろとも消したかったんだけど――失敗しちゃってね」
「そうかよ、そりゃ残念だ」
彼女から間合いをとる。少しでも気を抜けば、オレは彼女に殺されるだろう。
「ま、君達はここで死ぬよ。そして、残ったあの子も殺す」
「―――皐月の事か」
「それ以外に何があるのさ」
彼女が言葉を紡ぐ度に、屋上からガレキが降り注ぐ。右に左に、オレは避けることしか出来なかった。
「全く残念だ。そんな気が狂ってなけりゃアンタとは仲良くなれただろうに」
「うん、私も――そう思うよ」
一瞬、彼女の攻撃が止む。
「こんな事したって何もなんねーよ。もう止めろ、先輩」
「――無理だよ。これは、呪いなんだから」
スゥッと、彼女を包む雰囲気が一変する。さっきと同じ、尖ったような、敵視をするオーラ。
――話し合いの余地は無い。彼女の目は、そう言っていた。
「オレはテメーを止める。まずはオレからだ、オレを殺さねーとアンタは皆を殺せない」
トン、と自分の胸に指をあてる。これで、舞先輩には危害は加わらないはずだ。
「いいよ――まずは君から、殺してあげるよ」
言い終わると同時に、彼女は何かを口走る。
くそッ――またガレキか―――ッ!?
身構えるも、ガレキは降ってこない。
別の攻撃か――?
クスリと、彼女は笑う。
「そう身構えなくてもいいよ。すぐに君は殺すからね―――」
突如、彼女の後ろが紅く染まった。
「――――ッ!?」
彼女の真後ろにある大きな山々。
日は落ち、黒い塊と化したその物体の一部が紅く燃え上がり、それは断続的な爆発音とともに広がっていく。
「ここはね、戦時中に爆撃が起きたところなんだよ」
先輩は無表情を保ったまま呟く。
「もしもその中の爆弾が不発弾となり、あの山に埋まっていて、偶然あの地震で誤爆したとしたら?」
「―――あそこは村も町も無い。あんな所爆破したところで何も起きねーだろ」
「――そうかなぁ?」
ニタリと不気味に笑う先輩。
こいつは、何を狙っている?
「―――ッ」
ヒュンヒュンと、ガレキが降ってくる。考えは寸断され、回避する事に専念させられた。
「あぁもう、早く死んでよ良人君」
「わりーけど、まだ未練はあるんでな。死にたくねーっつの」
永遠とも思える攻撃を回避していると、彼女は急に攻撃を止めた。
―――?
なぜだ、なぜ攻撃しない?
「うん、そろそろかな」
ボン―――ボン―――ッ!!
彼女がそう呟くと、遠くの―――いや、さっきよりは近い――木が突然燃え出した。
「輻射熱だよ。魚焼くグリルと同じ、熱源が近いから火に触れてなくてもその熱で自然発火する」
「ココを燃やす気か?だとぢたらアンタも―――」
「――そんなバカな真似、するワケ無いでしょ?バカじゃないんだから」
少しずつ、着実に迫り来る火の手。だが、まだこちらに来るまでは時間がかかる。
それまでにアイツをどうにか出来れば―――オレは、彼女の口元から目を離さずに間合いを取る。
フッ、と彼女は不気味な笑いを崩さない。
まだ、何かあるのか―――?
「もう遅いよ」
――彼女の言うとおりだ。
しかし、なぜだ?
なぜこんなにも―――火の回りが早い?
気がつけばオレと彼女がいる周りはとっくに火の手に囲まれていた。
さてさて、琴葉先輩とのバトル(というよりは一方的にやられてる気が)にとうとう入りましたね~
どうやって戦わせようか考えなければ……